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Scene4 善は急げです!
しおりを挟む「イグリデュール王国・・第二王子セリウス・・・」
イグリデュール王国とは、この国のことだ。そして男の言葉を繰り返したシャーロットは、重要なことを思い出す。王族のみが受け継ぐ炎のように赤い瞳の話を・・
つまり目の前にいる赤い瞳を持つ男こそが、この王国の第二王子セリウスということになる。そんな人物からの思いも寄らぬ命令に、シャーロットは驚きのあまり口をあんぐり開け、そんな彼女を見て、セリウスは再び笑った。
「名乗るのが遅くなったな。私は、第二王子セリウスだ。今日は、この領の視察に来たんだが、噂に聞いていたシャーロット嬢がいると言うじゃないか。これは会わない手はないだろう?」
実に楽しげに語るセリウスにシャーロットは彼の言う自分の噂というのが気になる。そんな彼女は、セリウスに問うわけでもなく、ただ独り言のようにブツブツと呟いた。
「噂・・私の噂なんて・・・ああ、きっと胸がまな板だとか、まとまりのないこの茶色い髪がどうとかそんな感じでしょう?・・・シーラ様みたいなお胸はいらないけど、噂になってるというのはちょっとショックよね。でもまあいっか。人の噂も七十五日とも言うしね。何と言っても、ルーカス様とシーラ様お似合いだもの。早く婚約破棄して、お二人の恋を応援して、私は王城つきメイドとしての道を進むの・・・」
ここでシャーロットのボンヤリと心ここにあらずだった瞳に光が宿り、決意を込めた表情で宣言する。
「セリウス殿下!殿下から直々にお声をかけていただけるとは、ありがたき幸せでございます。住み込みメイドの命、謹んでお受けいたします。善は急げですから、さっそく父にも話を・・・」
そう言って部屋から出ていこうとするシャーロットに、セリウスが少し慌てた様子で引き止める。
「おい!ちょっと待て。住み込みメイドとは何の話だ?」
「殿下、“城への居住を認める”と仰っしゃられたではありませんか」
シャーロットがそうハッキリと言うので、セリウスが「いやだから、メイドではなくだな・・・」と反論するが、すでにシャーロットの姿はなかった。ペコッ頭を下げ、扉から姿を消したのだ。
一人残されたセリウスは頭をガシガシかく。そして彼の呟きが部屋の静けさに消えていった。
「嘘だろ、おい・・」
◇◇◇◇◇
「そうか・・・ロッティが決めたなら、私たちは何も言うことはないよ・・元々先方からの申し出だしね」
シャーロットは早速屋敷に帰ると、両親を捕まえ婚約破棄をすること、そして城の住み込みメイドとして働くことを宣言した。メイドの件は、セリウス殿下直々の仰せということで諸手を挙げて喜ばれた。何より王城で働くということは、下級貴族にとって一種のステータスだったからだ。
「でもあなた・・こんなに可愛いロッティちゃんを差し置いて、浮気するなんて許せないわ。婚約して五年よ!五年!伯爵令息じゃなかったら、私が殴り込みに行くところよ」
レジーナが拳を振り上げながら、怒りを露にしている。それを宥めるようにエルウィンが言葉をかけた。
「まあ、落ち着きなさい。ロッティ本人より怒ってどうする。お前の気持ちも分かるが、私たちは娘の背中を押すだけだろう?」
「分かってるわよ。こうなったらメイドとして立派にお仕事をこなして、もっといい男性を捕まえちゃいなさい!」
レジーナは鼻息荒くそう言うと、シャーロットを抱きしめた。娘を邪険にされて腹が立たない親はいない。婚約破棄ともなれば、噂好きの貴族たちが好き勝手話を広げるのは、目に見えていた。
しかし、当のシャーロットは、むしろ嬉しそうな顔をしている。どうやら婚約破棄よりメイドのことで頭がいっぱいのようだ。
「お母様、ルーカス様とシーラ様は、本当にお似合いなんですよ。ですから、私それほどショックを受けてないんです。それよりメイドのお仕事にワクワクしてるんです」
そう言ってキラキラした瞳を向ける娘に、エルウィンとレジーナは顔を見合わせ苦笑した。
こうして、コールマン家の家族会議は終了したのだったが、シャーロットが自室に下がるとすぐにエルウィンの元に慌てた様子の執事がやって来た。なんでもセリウスが訪ねてきたというのだ。
昼の視察の際に会ってはいたが、まさかの不意の訪問にエルウィンとレジーナはバタバタと出迎え、セリウスは挨拶もそこそこに単刀直入に切り出した。
エルウィンたちは、きっとメイドの話に違いないと思っていたのだったが、セリウスの口から出てきたのは全くもって予想外の話だった。
「シャーロット嬢から話は聞いていると思うが、少し手違いがあってね。私は彼女をメイドはなく、婚約者にするつもりなんだ」
これにはエルウィンたちは、目が点になる。「婚約者ですか?」と戸惑うエルウィンにセリウスは、宿での会話を説明する。
「彼女は、どうやら自己評価か低いようだね。それに、君たちのどちらに似たのかおっちょこちょいなところもある」
「・・はい・・・大変申し訳ございません。ですが殿下、娘には婚約者がおりまして・・・」
「知ってるよ。コーネリアス伯爵の息子の話は、噂になっているからね。だが婚約破棄するんだろう?シャーロット嬢がそう言っていたが?」
「はい、仰っしゃるとおりで・・ですから、婚約破棄するような娘では、殿下のお相手には役不足かと・・」
「私が、彼女の新たな婚約者では、不服かい?」
「滅相もございません!ただ、恐れながら申し上げます。なぜシャーロットなのでしょう?それに娘は本当にメイドの仕事に心を奪われております。それにこんな時だからこそ、私どもは娘の気持ちを最大限尊重したいのです」
「分かった!それなら彼女の気持ちが私に向けばいいんだな?」
セリウスはそう言うと、ニヤリと笑った。これにはエルウィンも、「それはもちろんです!」と頷くしかない。
「ではこうしよう。彼女の気持ちが私に向いた暁には、正式に婚約者として披露目を行う。また万が一、彼女が他の男に心を寄せたら、潔く私は諦めよう。それから彼女の今の勘違いは、そのままで・・そのほうが楽しめそうだからね」
何だか物凄い好条件に、なにか裏があるのでは?と警戒するエルウィンとレジーナだったが、セリウスは自信満々にそう言い切ると、さっさと帰っていった。残されたエルウィンとレジーナは、呆気にとられるばかりであった。
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