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本編
第20話 別離
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皆が寝静まる夜更け。
夜の闇に紛れて、城を抜け出すひとつの影があった。足早に裏門へと進むその足取りは、迷うことがない。しかし、突然その足が止まる。行く先に一人の男が立っていたからだ。
「皇太子妃殿下、どちらへお出掛けですか?」
声を掛けられた影はピクッと身体を震わせると、目深に被った漆黒のフードを取り「見つかってしまいましたね。アーノルド様」と苦笑した。それは呼ばれた名のとおり、エルメだった。
「連れ戻しに来たの?誰に何と言われようと、戻りませんよ」
エルメがそう言った相手は、マリオンの側近アーノルドだ。
「いいえ、そうではありません。マリオン殿下より、エルメ様をご案内しろと仰せつかっております。どうぞこちらへ」
(はっ?マリオン?私をどこへ連れて行く気!?北の最果ての地!?それとも私を抹殺!?)
「どこへ行くのですか?」
エルメの質問にアーノルドは「行けば分かります」とだけ答える。主人であるマリオンとそっくりな返答にエルメは笑みを浮かべると、彼の言葉に素直に従った。ここで逃げても、男の足には敵わないと分かっていたからだ。
彼についていくと、一台の馬車があった。皇家の紋章のないシンプルな馬車だ。それにエルメが乗り込むと、アーノルド自ら御者の役目を果たす。そして動き出した馬車に揺られながら、エルメは静かに考えた。
(やっぱりこのまま北の最果ての地送り?ここへきて物語補正がきた?・・・どのみち、そうと分かったら、ここから飛び降りればいい。今は誰の目もないんだから・・)
夜の静かな街に車輪の音がこだまする。そしてしばらくすると、馬車が停まった。扉が開かれ、エルメが降り立った前には、こじんまりとした一軒の家があった。どう見ても貴族の住む屋敷ではない。周囲を見ると、同じような小さい家が並んでいる。
エルメが「どなたの家ですか?」とアーノルドに尋ねると、一本の鍵を手渡された。手の中の鍵を見つめていると、アーノルドが口を開く。
「こちらはエルメ様の物です。妃殿下が市井に下った時の為、殿下が用意されました。中は暮らしていけるだけのものは、揃えさせていただきました。足りないものは一つもないはずです」
(マリオンが私のために・・・私との賭けに負けることも想定していたのね)
「そうなの。分かりました。有り難く使わせていただきます。マリオン様にもよろしくお伝えください。アーノルド様にもお世話になりましたね。今までありがとうございました」
「いいえ、エルメ様。どうかご無事で」
アーノルドはそう別れの言葉を残して、再び御者として去っていった。ひとり残されたエルメは建物を見上げ、昔を懐かしむ。
マリオンと離婚すると宣言し、大金をせしめると意気込んでいた頃を。
マリオンの強引な言動に振り回されていた頃を。
そしてマリオンと番の契約を結んだあの時、彼の口から紡がれた愛の言葉を。
『エルメ、君の口から愛していると聞かせてくれ。私は狂おしいほどに、君を愛しているんだ』
「私も愛しています」
そうエルメの口から出たセリフが夜の闇に溶ける。そして、彼女の瞳から一筋の涙が落ちた。
渡された鍵を回し、扉を開けると、真新しい木の香りが鼻をくすぐった。灯りを探し、月明かりを頼りに室内へ足を踏み入れる。するとエルメの足は止まり、彼女の瞳は暗闇のただ一点を凝視した。その視線の先には、うごめく影があった。エルメはスカートの裾を上げ、隠し持っていたナイフを取り出すと、身構える。そして、見つめる影がボンヤリとしたロウソクの炎に照らされた。そこに現れたのは、ロウソクを手にしたマリオンだった。
夜の闇に紛れて、城を抜け出すひとつの影があった。足早に裏門へと進むその足取りは、迷うことがない。しかし、突然その足が止まる。行く先に一人の男が立っていたからだ。
「皇太子妃殿下、どちらへお出掛けですか?」
声を掛けられた影はピクッと身体を震わせると、目深に被った漆黒のフードを取り「見つかってしまいましたね。アーノルド様」と苦笑した。それは呼ばれた名のとおり、エルメだった。
「連れ戻しに来たの?誰に何と言われようと、戻りませんよ」
エルメがそう言った相手は、マリオンの側近アーノルドだ。
「いいえ、そうではありません。マリオン殿下より、エルメ様をご案内しろと仰せつかっております。どうぞこちらへ」
(はっ?マリオン?私をどこへ連れて行く気!?北の最果ての地!?それとも私を抹殺!?)
「どこへ行くのですか?」
エルメの質問にアーノルドは「行けば分かります」とだけ答える。主人であるマリオンとそっくりな返答にエルメは笑みを浮かべると、彼の言葉に素直に従った。ここで逃げても、男の足には敵わないと分かっていたからだ。
彼についていくと、一台の馬車があった。皇家の紋章のないシンプルな馬車だ。それにエルメが乗り込むと、アーノルド自ら御者の役目を果たす。そして動き出した馬車に揺られながら、エルメは静かに考えた。
(やっぱりこのまま北の最果ての地送り?ここへきて物語補正がきた?・・・どのみち、そうと分かったら、ここから飛び降りればいい。今は誰の目もないんだから・・)
夜の静かな街に車輪の音がこだまする。そしてしばらくすると、馬車が停まった。扉が開かれ、エルメが降り立った前には、こじんまりとした一軒の家があった。どう見ても貴族の住む屋敷ではない。周囲を見ると、同じような小さい家が並んでいる。
エルメが「どなたの家ですか?」とアーノルドに尋ねると、一本の鍵を手渡された。手の中の鍵を見つめていると、アーノルドが口を開く。
「こちらはエルメ様の物です。妃殿下が市井に下った時の為、殿下が用意されました。中は暮らしていけるだけのものは、揃えさせていただきました。足りないものは一つもないはずです」
(マリオンが私のために・・・私との賭けに負けることも想定していたのね)
「そうなの。分かりました。有り難く使わせていただきます。マリオン様にもよろしくお伝えください。アーノルド様にもお世話になりましたね。今までありがとうございました」
「いいえ、エルメ様。どうかご無事で」
アーノルドはそう別れの言葉を残して、再び御者として去っていった。ひとり残されたエルメは建物を見上げ、昔を懐かしむ。
マリオンと離婚すると宣言し、大金をせしめると意気込んでいた頃を。
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そしてマリオンと番の契約を結んだあの時、彼の口から紡がれた愛の言葉を。
『エルメ、君の口から愛していると聞かせてくれ。私は狂おしいほどに、君を愛しているんだ』
「私も愛しています」
そうエルメの口から出たセリフが夜の闇に溶ける。そして、彼女の瞳から一筋の涙が落ちた。
渡された鍵を回し、扉を開けると、真新しい木の香りが鼻をくすぐった。灯りを探し、月明かりを頼りに室内へ足を踏み入れる。するとエルメの足は止まり、彼女の瞳は暗闇のただ一点を凝視した。その視線の先には、うごめく影があった。エルメはスカートの裾を上げ、隠し持っていたナイフを取り出すと、身構える。そして、見つめる影がボンヤリとしたロウソクの炎に照らされた。そこに現れたのは、ロウソクを手にしたマリオンだった。
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