〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro

文字の大きさ
20 / 74
本編

第20話 別離

しおりを挟む
皆が寝静まる夜更け。
夜の闇に紛れて、城を抜け出すひとつの影があった。足早に裏門へと進むその足取りは、迷うことがない。しかし、突然その足が止まる。行く先に一人の男が立っていたからだ。

「皇太子妃殿下、どちらへお出掛けですか?」

声を掛けられた影はピクッと身体を震わせると、目深に被った漆黒のフードを取り「見つかってしまいましたね。アーノルド様」と苦笑した。それは呼ばれた名のとおり、エルメだった。

「連れ戻しに来たの?誰に何と言われようと、戻りませんよ」

エルメがそう言った相手は、マリオンの側近アーノルドだ。

「いいえ、そうではありません。マリオン殿下より、エルメ様をご案内しろと仰せつかっております。どうぞこちらへ」

(はっ?マリオン?私をどこへ連れて行く気!?北の最果ての地!?それとも私を抹殺!?)

「どこへ行くのですか?」

エルメの質問にアーノルドは「行けば分かります」とだけ答える。主人であるマリオンとそっくりな返答にエルメは笑みを浮かべると、彼の言葉に素直に従った。ここで逃げても、男の足には敵わないと分かっていたからだ。

彼についていくと、一台の馬車があった。皇家の紋章のないシンプルな馬車だ。それにエルメが乗り込むと、アーノルド自ら御者の役目を果たす。そして動き出した馬車に揺られながら、エルメは静かに考えた。

(やっぱりこのまま北の最果ての地送り?ここへきて物語補正がきた?・・・どのみち、そうと分かったら、ここから飛び降りればいい。今は誰の目もないんだから・・)

夜の静かな街に車輪の音がこだまする。そしてしばらくすると、馬車が停まった。扉が開かれ、エルメが降り立った前には、こじんまりとした一軒の家があった。どう見ても貴族の住む屋敷ではない。周囲を見ると、同じような小さい家が並んでいる。

エルメが「どなたの家ですか?」とアーノルドに尋ねると、一本の鍵を手渡された。手の中の鍵を見つめていると、アーノルドが口を開く。

「こちらはエルメ様の物です。妃殿下が市井に下った時の為、殿下が用意されました。中は暮らしていけるだけのものは、揃えさせていただきました。足りないものは一つもないはずです」

(マリオンが私のために・・・私との賭けに負けることも想定していたのね)

「そうなの。分かりました。有り難く使わせていただきます。マリオン様にもよろしくお伝えください。アーノルド様にもお世話になりましたね。今までありがとうございました」

「いいえ、エルメ様。どうかご無事で」

アーノルドはそう別れの言葉を残して、再び御者として去っていった。ひとり残されたエルメは建物を見上げ、昔を懐かしむ。

マリオンと離婚すると宣言し、大金をせしめると意気込んでいた頃を。
マリオンの強引な言動に振り回されていた頃を。
そしてマリオンと番の契約を結んだあの時、彼の口から紡がれた愛の言葉を。

『エルメ、君の口から愛していると聞かせてくれ。私は狂おしいほどに、君を愛しているんだ』

「私も愛しています」

そうエルメの口から出たセリフが夜の闇に溶ける。そして、彼女の瞳から一筋の涙が落ちた。



渡された鍵を回し、扉を開けると、真新しい木の香りが鼻をくすぐった。灯りを探し、月明かりを頼りに室内へ足を踏み入れる。するとエルメの足は止まり、彼女の瞳は暗闇のただ一点を凝視した。その視線の先には、うごめく影があった。エルメはスカートの裾を上げ、隠し持っていたナイフを取り出すと、身構える。そして、見つめる影がボンヤリとしたロウソクの炎に照らされた。そこに現れたのは、ロウソクを手にしたマリオンだった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...