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序章

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キンコーン カンコーン


「ふう……」


僕の名前は、朝倉一夜。
どこにでもいる、ごく普通の高校生。

で、いつものように授業が終わって、いつものように、終礼、いつものように放課後。
それは、確かに退屈だけど、だからって悲観するほどのものじゃない。
だって、それはあたりまえのことなんだから。
あたりまえの退屈な毎日を、いつものように過ごして、一日を終える。
それがすごくつまらないと思っていた事もあるけど、多分、それさえも、あたりまえのことなんだろう。
そして、そんなあたりまえのことをあたりまえにやり過ごして、僕らはあたりまえの大人になっていくんだと思う。
多分、みんな口に出さないだけで、そう思っているんだろう。


「なにぼーっとしてるのよ。朝倉くん。」

そんなことを考えていたら、突然目の前に仁王立ちしている女の子が現れた。


「……有馬さん?」
一瞬戸惑ってしまってから、彼女の名前を呼ぶ。

「有馬さん、じゃないわよ。今日は図書委員の割当日でしょ?
 ほら、さっさと行くわよ。」


「……ああ、そうだっけ、うん。わかった。」

「…………」

少しばかり、いいかげんすぎたかも知れない。
ちょっとだけだるそうにそう応えると、有馬さんにすごい目でにらまれてしまう。
……まあ、彼女は僕がどんな態度でいても、すごい目で睨んでくるような気もするけど。

どうしてこんなに目をつけられちゃったんだろうなあ。

この学園に入学して、一年、ずっとこんな調子で、この女の子……有馬奈津子さんに絡まれているような気がする。
僕のことが気に入らないなら気に入らないで、ほっておいてくれればいいのに、
おんなじ図書委員だからって、そこまで面倒を見るというか、突っかかってこなくてもいいんじゃないかなあ……

「ほら、いいからさっさと行くわよ!」


「ああ、うん、わかってるって。」
なにかというと、というか、なんにもなくても、彼女は僕につっかかってくるのだった。


「よっ、と……」
やれやれと、心の中でため息をつきながら、僕は大儀そうにカバンを持って、彼女の後をついていく事にした。


「今日は刀麻先輩も、向井さんも少し遅れるって言ってたから、私たちがしっかりしないとだめでしょう。」

「ああ、そうだったっけ……」

こっちを振り返りもせずに言う有馬さんに、僕も気のない返事を返す。
刀麻先輩と向井さんというのは、それぞれ一学年上と下の図書委員だ。
本来は図書委員というと、各自ローテーションを組んでやってるものだと思うけど、僕たちは違う。
図書室で本を読んだりするのが好きな僕たち4人だけで、ほかの図書委員の肩代わりをしている。
体よく押し付けられたと言えば、たしかにそうなのかも知れないけど、僕たち自身は部活のようなノリで、どことなく楽しんでいた。

「今日は、朝倉くんが鍵とってくる当番だったわよね?
 ほら、ぼーっとしてないで、行ってきて。」

……まあ、たまに、こんな風にからまれることをのぞけば。

「はいはい。」

いくら図書委員長だからって、ここまで口うるさくなくてもいいんじゃないかなあと思う。
大体漫画や小説でも、風紀委員長が口うるさいっていうのは定番だけど、図書委員が口うるさいっていうのは、あんまり聞かない。

「新機軸?」

「なんの話?」

「……いや、別に……」

多分説明したら普段の倍以上の勢いで怒られるんだろうな、なんて思いながら、いつものように図書室に向かう。
今日もいつもどおりの退屈な、だけどなんの不満もない一日。
そうに違いないと思っていた。




          この時は、まだ。




             2



「よっ……と……」



返却済みの書籍を目の前の本棚において、一つ一つ並べていく。
この作業が好きというわけでもないけれど、特別嫌いというわけでもなかった。
それは、まあ、図書委員に限らず、みんなそうだろう。
だけど、本が好きか嫌いか、ということについてならば、図書委員はある程度、本好きな面子が多いとは思う。
もちろん、別段本が好きではなくても、ただ楽そうだから、とか、それしかあいている委員会がなくて、なんて理由で図書委員になった人間も、いるとは思う。
だけど、そういう面々は、大抵本を読むのが好きな図書委員に面倒を押し付けて、図書室にはよりつかなかったりする。
まあ押し付けられたこっちにしてみても、嫌々作業をしているような人間と一緒にいて、不機嫌な顔をされるよりは、本好きな利用者や、静かに勉強したい学生……
そして、自分と同じく本好きな図書委員といたほうが気が楽には違いない。

そんな益体もないことを考えていると……



「先輩先ぱーい♪」

「……?」
聞き覚えのある声が、書架の向こうから聞こえてきた。
この声の持ち主が、ただ「先輩」というときは、大体僕のことだ。
今回も多分そうだろうと思って、そちらを振り返ると……

「Trick or Treat~♪」
妙にはしゃいだ声で、そんなことを言われた。

「真美ちゃん……なにそれ?」

「ハロウィンですよ。ハロウィン。先輩、知らないんですか?」

「そりゃ、知ってはいるけどさ……」
なんだか少し、脱力してしまった。
学校の中で、いきなりそんなこと言われてもなあ。

「残念ながら、今はおやつは持っていないんだよ。」

「えー、そうなんですかぁ?
 それじゃあ、先輩にいたずらしちゃいますよ~♪」

けらけらと、鈴が転がるみたいな笑い方で笑う彼女。
何かを握るような手つきで迫ってくる。

「いたずらか……困ったな。」

「困るようないたずらがいいですかあ?」

「例えばどんな?」
その問いにピタリと歩みが止まる。

「え。そぉですねえ……例えばー」
本当にいたずらが好きそうな顔で迫る彼女。

特に身構えることも無く次の展開を待っていると、パコンッと乾いた音が。


僕の頭上から。

「馬鹿なことやってないで、さっさと仕事しなさいよ。」

「へへっ。ごめんなさーい、有馬先輩っ。」
要領良く舌を出して謝る彼女。

僕は別に馬鹿なことしてないんだけどな……
と、思うまでなら不要な二発目を頭に受けないで済むだろう。

「はいはい、ごめんなさい。」


        パコッ!
 

「ハイは一回でいいのよ。」
結局、また丸めたプリントの束で叩かれてしまった。
まあ、三発のところが二発で済んだと思うようにしておこう。


……に、しても。


与えられた仕事をチマチマ片付けながら、ふと今日の今までを思い起こす。
直接言ってきたのは真美ちゃん一人だったにしても、教室のそこかしこで例の言葉が飛び交ってた気がする。
いや、登校中にだって近所の子供が言い合ってたような……

ちょうどそんなことを考えていたときだった。


「ごめんなさい、遅くなってしまって。」
のんびりとした声が、図書室内で控えめに響く。

「ああ、刀麻先輩。」
図書委員で唯一の上級生、刀麻綾先輩だった。
常にキリキリしている有馬さんや元気な真美ちゃんら、二人の図書委員にあって、刀麻先輩の落ち着きと文学少女然とした振る舞いは逆に異質で、つい眺めてしまう存在だ。
学年的にも雰囲気的にも、彼女が図書委員長であっても不思議ではないのだけれど、そうでないところがこの図書委員の面白おかしいところではある。

「あっ、朝倉君。ごめんなさい……
 ホームルームが長引いてしまって。」

「もう仕事、終わってしまいましたか?」
目が悪いせいなのか、謝意の表れか。
僕のすぐ側まで寄ってきた先輩の髪から、フワリと甘い香りが漂ってきた。

「いえ、残しておきましたよ。」
そう言って、気分良くまだ整理の済んでない本を刀麻先輩に渡そうとすると、聞き覚えのある音がやはり僕の頭上から。


        パコッ!


「残しておきました、じゃないでしょ。
 それは朝倉君の仕事。」

……四発のところが三発で済んだと思うことにして。

「有馬さん、いつ仕事してるの?」
さっきから僕を叩くために丸めた紙以外、何も持っている様子が無い彼女に、率直な疑問をぶつけてみる。

「朝倉君が仕事をしてない間にやってたの。」
不要の四発目を多少予感しての発言だったけど、良い意味でそれは裏切られた。

「あ、有馬さん。いいんです。
 まだ仕事が残ってるなら私も手伝いますから。」

「代わりと言っては何ですけど……少しいいですか?」
申し訳なさそうな顔で、それでものんびりとした口調のまま、刀麻先輩がそう言った。



町中はハロウィン一色だった。

キリスト教徒でもないくせにクリスマスを祝うなんて、ナンセンスだとまでいうつもりはないけれど、さすがに最近のハロウィンブームはどうかと思う。
小学生くらいのころにはそんなものがあるんだ、くらいの認識だったが、いつの間にか、町の飾りつけをハロウィン一色にするまでになってしまった。

これにはさすがに、日本人ってのは軽薄だなあと思わないではない。

案外、クリスマスがブームになりはじめたときも、こんな風に思った人間がいるのかも知れないけどさ。

「どうかしましたか、朝倉くん。」

「え? い、いえ……」
目の前にいるこの刀麻先輩の家は、明治時代から続く古い教会だということなので、この場合は当てはまらないのかも知れないけれど。
つまり、僕たち図書委員は、刀麻先輩の家の教会が主催する、地域のハロウィンパーティの手伝いに借り出された、というわけだ。

「ごめんなさいね、
 うちのことなんて手伝ってもらってしまって……」
 

「いえいえ、お構いなく。」
なぜか僕の代わりに答える有馬さん。


「そうですよ。
 それにちゃんとした教会でハロウィンだなんて、ちょっと素敵じゃないですか。」

あの後、図書室での雑用を終えた僕は刀麻先輩のお願いで、その先輩の家でもある教会に来ることになった。
本来なら用事を頼まれたのは僕一人なのだけれど、すぐ横にいた有馬さんが一緒に行くと言い出し、教会へ行くと聞いた真美ちゃんもついて来ることになった。

「わあぁ~、本当に教会なんですねえ。」
物珍しいのか、真美ちゃんが感嘆の声をあげる。

「真美ちゃんは初めてでしたっけ?
 ここへ来るのは。」

「はいー♪ 初めてですぅ。」
静かという点においては図書室と同種の空間だけど、やはり天井が高い分、人の声が良く通る。

「ほらほら、手伝いに来たんだから。」

「あはっ、そうでした。」
中央の通路でくるくると回っている真美ちゃんを注意しながら、刀麻先輩の指示を仰ぐ有馬さん。
図書委員長のいつもの調子で場を取り仕切って、僕に出る幕を与えてくれない。

刀麻先輩の話では、今日この教会でハロウィンの催し物が開かれるので、片付けと簡単な準備を手伝って欲しい、とのことだった。


そして……


「とりっくおあとりぃとぉ♪」

「とりっくおあとりぃとぉ♪」

教会の中で、意味がわかっているのかいないのか、子供たちが声をかけあっている。


「はいはい、おかしはこっちね。」

「こらーっ! だめでしょ!
 そっちは入っちゃいけないのっ!」


「あはは♪ なになに?
 真美にもお菓子くれるの? ありがとーっ♪」


刀麻先輩のお父さんの、短いお説教を聞いて、
(ハロウィンは本来キリスト教とは関係ないらしい。この教会でもあくまで地域振興の一環としてだそうだ)
子供たちがお化けの仮装をして、あらかじめ話を通してある近所の家を練り歩き、お菓子をもらって、帰ってくるという手はずになっていた。
で、その間の父兄の接待や、帰ってきた子供たちの応対に、どうしても刀麻先輩とそのご両親だけでは手が足らない、ということで、僕たちに白羽の矢がたったというわけだ。

案外教会っていうのも大変そうだなあ、なんて思ってしまったり。


「ねえねえねえ! こんなにお菓子もらったー!」
そんな子供相手に

「あー……うん、そう、良かったねえ。」
軽くあしらう僕。


……というか、むしろ保育園とか、そういう場所の苦労に近いような気がする。


「あはは、先輩、楽しいですねえ♪」


「まあ……真美ちゃんは楽しそうでいいけどね……」
こういっちゃなんだけど、精神年齢が近いのかも知れない。


「ほらほら、さぼってないで少しはこっちも手伝いなさいよ!」

「やってるよ。」

……こっちはこっちで、もう少し可愛げがあってもいいと思うけど。

自分のことを棚にあげてそんなことを考えているうちに、時間は経って……



「みんな、お疲れ様です。」
刀麻先輩の声が


「いえいえーとっても楽しかったですよぉ♪」


「刀麻先輩こそ、お疲れ様でした。」


「お疲れ様でした。」


「いえ、私は自分の家のことですから。
 今日はホントにみんなに甘えてしまいまして……」
残り物のジュースや紅茶をそれぞれのコップに注ぎながら、少しだけ申し訳なさそうな顔で、刀麻先輩が言う。
ハロウィンパーティも終わって、刀麻先輩の両親も俺たちに気を利かせてくれたらしく、教会に残ったのはいつもの図書委員の面々だけになっていた。


「いえ、大体もとは、今日俺の仕事を手伝ってもらったお礼ですし。」


「うーん……それにしては、少し貧乏くじをひかせてしまいましたか。」
刀麻先輩


「えー?
 こんな貧乏くじだったら、わたしはどれだけ引いてもいいですよぉ。」
真美


「ふふっ、そういってくれると助かります。」
そういって、幼い子供を見るような目で、真美に向かって微笑む刀麻先輩。


「えっと、今日はこれでおしまい、ですか?」
協会には、僕たちだけになった。


「ん、う~ん、あとはちょっと片付けるだけだから、みんなはもう、帰っていただいていいですよ。」


「あ、俺も手伝いますよ。」
ちょっと片付けるとは言っても、色々とパーティ用の小物が出ているこの部屋を片付けるのは、一人では大変だろう。
乗りかかった船ということもあって、思わず申し出ていた。


「……だったら、私も手伝うわ。」

「わたしも手伝いますよぉ?」

真美ちゃんと、なぜかちょっと不機嫌そうな有馬さんも続いて立候補する。


「……そうですか? だったら甘えついでに、もう少しだけお願いしてもいいですか?」
いつもの図書室での受け答えのように刀麻先輩が答えるのと同時に、俺たちは片付けを開始した。


「この飾りつけが入った箱はどこにやればいいですかね?」



「うーん……そうですねぇ……そこの階段を降りたら物置になってるので、適当なところに置いてくれればいいですから。」

「はい……よっ……と……」

「これはまた……」
教会の物置、なんていうと、それだけで雰囲気がある。
もともと歴史の古い教会だけあって、ちょっとした地下室って感じだ。

「適当なところって……どこにおけばいいかな。」
暗い中で少しだけ目を凝らす。

「ん……ここ、棚になってるのか……」
と、ちょうど抱えている箱が納まりそうな棚が目に留まる。

「よい……しょっと……」
箱を抱えなおして、その空間に押し込もうとした時だった。


    カタン……


「……うん?」
何かが、自分の手の甲に当たる感触と……


    キィン……!


そこから何か、金属質なものがこぼれ落ちる音が響いた。


「うわっ!?
 とと……っ?」
 
バランスを崩して、床の上に箱を置く。

「しまった、なんか落としちゃった……よな?」
あわててしゃがみこんで、音のした方向を見る。

「うん?
 これかな?」

すぐ目の前に筆箱くらいの大きさの箱が、やっぱり筆箱と同じように開いた形でころがっていた。
紙で封がしてあったらしく、開いた口の両端にぼろぼろにちぎれた紙が、申し訳程度に張り付いていた。


「中身、さっきこぼしちゃったのかな……」
拾い上げてみると、木でできているらしいこの箱じゃさっきみたいな音はしないはずだ。
ということは、この箱からこぼれたものが床におちて、さっきの音がしたんだろう。

そこまで考えて、三度目を凝らして、周りを見てみる。
いい加減この部屋の暗さにも目が慣れてきたおかげで、目的のものはすぐに見つかった。


「なんだ……これ?」


「鍵……?」
そこに転がっていたのは、一本の……鍵だった。
さっきの木箱にちょうど納まるくらいの大きさ。
大きさからして、どこかの部屋の鍵という感じじゃない。
特に鍵の頭の部分に施されている精緻な彫刻が、この鍵が実用品というよりは、芸術品に近いものだという印象を与えていた。


「いや……」
なんらかの直感が、それも違うと伝えてくる。
その文様は、芸術品というよりも、なにか神聖で……

儀式めいた、『そういう意味』の実用品なんじゃないかと感じさせていた。


「……………」

その、なんだか不思議な雰囲気に……

「え……?」
僕は、自分でも気づかないうちに、その鍵を手にとっていた。


その瞬間。


       シャイン!


「え……っ?」
不意に、なにもない空間に、僕は放り出されていた。
白一色の、なにもない世界。

暑くも、寒くもない。

さっきまで感じていた物置の中の湿っぽくて、埃っぽい空気さえ感じられない。

「な、なんだこれ?
 え、ええっ!?」

軽いパニックに陥って、手足をバタバタさせてみても、なにも感じない。

「お、おおーいっ!?
 刀麻先輩!? 有馬さん!? 真美ちゃんっ!?」

声をかければ届くはずのところにいる三人に大声で呼びかける。
けれど、そんな声さえ吸い込まれるようにどこにも響かず消えていく。


「……っ!?」


叫びだしたくなるような恐怖を必死で飲み込んで、周りを見渡す。


白。


白、白、白。


白だけに塗りこめられた牢獄のような場所で、自分の手足すら見えずに僕はただ一人浮かんでいた。
いや、浮かんでいるのか、沈んでいるのかすら分からない。
上下左右の感覚もないまま、一人だけで存在している。
ここは、まさに牢獄といっていい所だった。

自分の正気を疑って、それでも現状を受け入れたくなくて、取り留めのない思考に陥っていると……


「ア……」
なにかが、聞こえた。
いや、聞こえなかったのかも知れない。

だけど、なにかを感じた。

それはもしかしたら、なんの前触れもなく気がふれてしまった自分が、とうとうありもしないものを感じただけなのかも知れない。
それでも、初めてこの空間で自分を圧迫する、白以外のものを感じたくて、意識を集中する。

物置の暗闇の中で、あの銀の鍵を見つけたことを思い出す。
そんな、ほんの何分か前のことさえ、ずいぶんと懐かしいことのような気がしてしまう。


「あ……」

それは、確かにあった。
なにかがうごめいている感覚。
それが危険なのか、そうでないのかも考えずに近づいていく。

ただ、なにも感じないでいるのが、怖くて。
すがるみたいに、それに近づいていく。


「ダレ……?」


「え……っ?」
声が、聞こえた。
意味のある、声が。

それだけで、安堵でへたりこんでしまいそうになる。
この状態じゃ、へたりこむこともできないんだけど……


「聞コエル……声……ダレ……?」


「女の……子?」
聞こえてくる声に思わずほうけたような声を出してしまう。


「ア……誰カ、イルノ……?」

「う、うん、いる、いるよ!」
自分の事を認識してもらえて……
とにかくこの場に一人でいるわけじゃないことがわかって、必死に答える。


「ア……ダレ……ダレナノ?」
女の子の声にも懸命なモノが混ざっているのが分かる。


「え、えっと、
 一夜……朝倉一夜……だけど……」

名前を名乗ってどうなるというものでもないのだろうけれど、どう答えていいかわからずにそのまま名前を告げる。


「アサクラ……カズヤ……」


「う、うん……」


「ヨカッタ……ドレダケ、コノ時をマッタダロウ……」


「え……?」


「10年……
 100年……
 ウウン……1000年……
 モット……」


「ヤット……戻レル……
 外ニ……出ラレル……」


「ちょ、ちょっと、待った、いったいなんの話を……」


「モウスグ……アナタガ開ケテクレタ扉カラ……」


「だから……っ!?」
わけが分からないまま、なにかを言い続けるその女の子へと、感覚のない腕を伸ばそうとしたところで……


       シャイン!


「え……?」
不意に視界が暗くなっていた。
いや、そう思ったのは一瞬のことで、徐々に視界が闇に慣れていくのを感じる。


「あ……れ?」
目を凝らすとそこは、ついさっきまで俺がいたはずの物置の中だった。

「あの……朝倉くん、どうかしましたか?」

「あ、い、いえっ!? なんでもないですっ!」
後ろから聞こえてくる刀麻先輩の声にあわててこたえる。

「まったく、なにをぐずぐすしてるのよ、こっちはとっくに終わったわよっ!」


「う、うん……今、戻るよ。」


夢……だったのか……?


なんとなく開いた手のひらには、確かに手に握ったはずの鍵が……なくなっていた。
その代わり、どこからか風が入っているのか、床に転がっていた木箱に張られていた紙が、ゆらゆらとゆれていた……



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