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1巻
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しおりを挟むプロローグ
僕――クルト・ロックハンスの所属する冒険者パーティ「炎の竜牙」は、北の大地に生息していたフェンリルを討伐して、村へと帰ってきた。
フェンリルといえば、一体で大都市を滅ぼすと言われるレベル、Sランクの魔物だ。
そのSランクの魔物を単独パーティで討伐する――それは即ち、英雄のパーティであるということの証明だった。
フェンリルに悩まされていた近くの村の村人たちは、新たに生まれた英雄のパーティのために宴を開いてくれた。
開いてくれた……のだけど。
「あぁ、糞マジぃ飯だな、おい」
一口食べただけでそう言って肉を放り投げた、黄金色の髪の戦士――彼こそが「炎の竜牙」のリーダーであるゴルノヴァさんだ。
炎の魔剣を操り、これまで葬ってきた敵は数多。最強に最も近いと言われる戦士である。
「そんなこと言ってはなりません、ゴルノヴァ。たしかにこの料理は私たちが食べるには少々味も薄いですし、正直に言って美味しいとは思えませんが、私たちを祝ってくれるために用意してくださった粗末な糧です。無駄にしてはいけません」
そう言いつつ、一口スープを飲んでから何も食べようとしない修道女――彼女はポラン教会に所属する回復魔法の使い手、法術師であるマーレフィスさんだ。彼女が持つユニコーンの角杖から放たれた魔法で治せない怪我はないと言われており、近いうちにポラン教会の司祭に抜擢されるのではないかと噂になっている。
「へへっ、まぁ牢屋で出される飯よりはマシやけどな」
そう言って魚料理を食べながらニヤニヤと笑みを浮かべた女性は、レンジャーのバンダナさん。頭に常にバンダナを巻いているからそう呼ばれているが、本名は決して名乗らない。かなりヤバイ過去があるのではとゴルノヴァさんは言っていたけど、彼女のレンジャーとしてのスキルはまさに一流だ。特に彼女が持つ『七つ道具』と呼ばれる道具を駆使した時、解除できない罠や鍵はないと言われている。
そして戦闘面でも、『疾風の指輪』により加速した神速の動きで、雑魚魔物たちを倒していた。
三人とも、まさに英雄と呼ぶにふさわしい冒険者なのだけれども、しかし食事の態度が悪い。
村人たちが一生懸命作った料理を、マズイだの粗末だの牢屋の料理よりはマシだのと言ったら、料理人たちや村人たちがどんな気持ちになるかくらい、わかるものだろうに。
「すみません、村長さん。せっかく料理を用意してくださったのに」
僕は食事の前に、村長さんに謝った。
「いえいえ、いいのです――皆様のお陰で、フェンリルに怯える日々に終わりを告げられたのですから……」
そう言ってくれるが、村長さんの表情はやはり晴れない。
だけどそれも当然だ、「炎の竜牙」に支払う成功報酬は、村の蓄えのほぼすべてに相当するから。これからのことを考えると、あまり浮かれてはいられないだろう。
「おい、クル! お前が飯を作れ!」
ゴルノヴァさんが僕に命令をした。
「はい、わかりました! ……村長さん、厨房をお借りしてもよろしいでしょうか」
僕がそう尋ねると、村長さんは恐縮したように答える。
「そんな、あなた様も英雄のお一人。料理は私どもが作りますから」
「気にしないでください。僕は英雄のパーティの末席にはいますけど、雑用係のようなものですから」
僕は苦笑して言った。
そう、僕は「炎の竜牙」のパーティの荷物持ち兼雑用係だ。
森で迷子になっているところをゴルノヴァさんに助けられてから、こうして誠心誠意尽くしてきた。
主な仕事は仲間三人の世話。料理や洗濯、宿屋の手配に情報収集、武器や防具の手入れ等だ。
戦闘に関しては、元々からっきしだったこともあってほとんど参加させてもらえないので、戦闘技術も低いまま――というより、段々と他のみんなとの差が広がっている。体も小さくて、もう十五歳で成人しているのに子供に間違えられるくらいだし、仕方ないんだけど。
それでも、僕は幸せだった。
こうして英雄のみんなの役に立てることが。
これからも一生懸命働こう。
――これは、力のない僕が英雄と呼ばれる冒険者のパーティで雑用係をしながらも世界を救うために旅をする、滅多にない物語である。
なんちゃってね。
僕はいつも通りささっと料理を作って、ゴルノヴァさんたちに持っていった。
ちゃんとしたキッチンがあるなんて、屋外での調理に比べたら楽なものだ。
「やっぱりお前の飯のほうがまだマシだったな」
「ええ、マシですね」
「うちもこっちの味のほうが好みやな」
三人は、僕の作った料理を一応褒めてくれた。
「ありがとうございます」
「しかし、残念やな。もうこの料理が食べられないのは」
そう言ったのはバンダナさんだった。
その言葉の意味がわからず僕が固まっていると、ゴルノヴァさんが笑いながら言う。
「何だ、バンダナの言葉でわからないのか? クル……お前はリストラだ。今までご苦労だったな」
「え?」
リストラ? それって、クビってこと?
「な、なんでですか!? 僕、何か悪いことしましたか」
「違うよ、何もしてないだろ、お前」
「パーティは四人まで。これが神が定めた世界の理です。これから英雄のパーティとなる私たちがさらに強くなるには、高位の魔術師の力が必要不可欠、そう判断しました」
「魔術師を入れるには一人抜けてもらわないかんやろ? つまりはそういうこっちゃ。荷物係がお荷物になってる状況やからな」
三人が次々に口にする。
「そんな……何でもします! お願いします、ゴルノヴァさん! 僕をパーティにいさせてください!」
「うるせぇよっ!」
ゴルノヴァさんはそう言って僕の鳩尾に膝蹴りを入れた。
僕の体は軽く飛ばされた――というところまでは覚えている。
目を覚ますと、僕は村長さんの家にいた。
ゴルノヴァさんたちはすでに村を去ったという。
やっぱり力のない人間は英雄のパーティには必要ないってことだよね。
×――これは、力のない僕が英雄と呼ばれる冒険者のパーティで雑用係をしながらも世界を救うために旅をする、滅多にない物語である。
○――これは、力のない僕が英雄のパーティをリストラにあったことから始まり、どうしようかと途方にくれる、よくある物語である。
第1話 クルトの適性と白髪の剣士
転移結晶があれば、この村に設置されている転移石から王都の転移石まで一瞬で移動できる。だけど高価な魔道具のため、リーダーのゴルノヴァさんしか持っていなかった。
結局、僕は村長さんのお世話で行商人の馬車に乗せてもらえることになり、なんとか近くの町――サマエラ市まで辿り着くことができた。
まずはお金を稼がないと。僕が持っていた幾ばくかのお金は、お世話になった御礼として村長さんと行商人に全部渡しちゃって、もう残っていない。
かといって、冒険者ギルドに行って別の冒険者パーティの雑用係として雇われるつもりもなかった。ゴルノヴァさんが心変わりして僕を再びパーティに誘ってくれるのではないか、という夢みたいなことを考えていたからだ。
そんなことはあるはずないのに。
でも、万が一そんなことがあった時のために、他の冒険者パーティには入らず、しばらくは日雇いの仕事を探そうと思い、ある施設を訪れた。
ハロハロワークステーション、略してハロワ。
仕事を求める人間が訪れる、仕事の斡旋を業務とした施設だ。
噂には聞いていたけど、十二歳の頃に田舎の村を出てから三年間、ゴルノヴァさんたちのパーティで荷物持ち兼雑用係をしていた僕には縁のなかった場所だ。
緊張しているせいで、平屋の建物なのに非常に高く見えてくる。
僕は右手と右足を同時に前に出し、その門をくぐった。
ここがハロワか……外観よりも狭いんだな。
「いらっしゃいませ! ようこそハロハロワークステーションへ!」
「わっ!」
突然声を掛けられ、僕はびっくりして声を上げてしまった。
横を向くと、二十歳くらいの猫目の女性が僕を見ていた。
「すみません、驚いちゃって」
僕は胸の鼓動を抑え、息を整えた。
そして「大丈夫ですか?」と心配してくれたお姉さんに頷きを返す。
「お客様、当店のご利用ははじめてですか?」
「は、はい。わかるんですか?」
「もちろんです。仕事をお探しですか? それとも求人募集ですか?」
「仕事を探してます」
「でしたら、まずは面談と適性検査を行わせていただきます。こちらへどうぞ」
僕は言われるがままに奥の部屋に案内される。
そこは、テーブルと椅子があるだけの小さな部屋だった。
「あの、面談って何をするんですか?」
「少し質問をするだけですよ。まずは、お名前と年齢から教えていただいてもよろしいですか?」
「はい。クルト・ロックハンス、年は十五歳です」
「クルトさんですね。この国――ホムーロス王国のご出身ですか?」
「あ、いえ、どこの国かはわからないんですけど……ハスト村っていう、シーン山脈の中の村です」
「あのあたりに村なんてあったんですね。わかりました。これまではどのような仕事をなさっていたのですか?」
そう言われて、僕の胸に刺さっていた棘のようなものがさらに食い込んだ。
答えにくい質問だけれども、答えないといけないよね。
「冒険者パーティ『炎の竜牙』のパーティにいました」
「『炎の竜牙』? 先日SSランクに上がったばかりの英雄パーティじゃないですか! えっと、本当に?」
「はい、そこで雑用係と荷物持ちを……クビになっちゃいましたけど」
「あぁ……そうだったんですか。でも、英雄のパーティにいたっていうのはかなりのプラス評価になりますよ」
そうか……やっぱりすごいな、ゴルノヴァさんたちは。
ただの雑用係だった僕でも評価されるっていうのなら。
「クルトさんは過去に罪を犯したことはありますか?」
「ありません」
僕が首を横に振ると、お姉さんはにっこりと笑う。
「ありがとうございます。それでは適性検査に移りますね。過去に適性検査を受けたことはありますか?」
「いいえ、それもありません」
「そうですか――もしかしたらクルトさんに隠れた才能が見つかるかもしれませんよ」
そうだといいんだけどね。
三十分後、適性検査の結果と僕の顔を、適性検査をしてくれたお姉さんが何度も見比べていた。
「これは……なんとも凄いですね」
「……自分でもそう思います。ここまでなんて」
僕が行ったのは、長剣、短剣、槍、棒、弓といった武器の使い方や、攻撃魔法、回復魔法、補助魔法の適性検査。
適性――それは人が神から授かった力だ。
たとえば、木を切ることはできても岩を砕くことができない剣があったとする。しかし剣を扱う適性が高い人間がその剣を振るえば岩を砕くことができ、さらに適性が高ければ鋼鉄をも真っ二つにすることができるようになる。
適性のランクは、才能のない場合がGランクで、F、E……Aランクと上がっていく。その上はS、SSときて、最も才能がある者にはSSSランクが割り当てられる。
ちなみに、ゴルノヴァさんは剣の適性がAランク。マーレフィスさんは回復魔法の適性がBランクで棒の適性がCランク。そしてバンダナさんは短剣の適性がBランクだって前に話していた。
しかし、僕のランクはその比ではなかった。
「ここまですべてGランクですか」
そう、僕には何の才能もなかったんだ。
最後に検査が行われた格闘術を含め、百八ある戦闘系の適性がすべてGランクだった。
レベルも低いからある程度低いのは覚悟していたけれど、ここまでとは。
「レベルが上がれば適性が上がることはありますけれど……この状態で一人で魔物と戦えば、レベルが上がる前に死にますね。冒険者になるのは諦めた方がいいかと思います」
「ですね……」
「あとは専門職――鍛冶や錬金術、薬術等の適性検査が残っていますが、すみません。それらの検査技師が現在不在でして、検査は後日になってしまうのです。一週間程お待ちいただけるでしょうか?」
申し訳なさそうな顔で、お姉さんが言ってくる。
「そんな……あの、すみません。あまりお金がなくて」
「そうですか――えっと、あそこにある荷物を持ち上げてもらうことはできますか?」
「荷物?」
彼女が指差した先には、大きな土嚢のような袋が置かれていた。
僕は言われるがままに、それを手に取る。
少しだけ魔力が吸われる感覚とともに、ずっしりとした重さが手のひらから伝わってくるが、かろうじて持ち上げられそうだ。
「……っ!」
腰のあたりまで持ち上げたところで、足が震えてきた。
「もういいですよ、クルトさん。それだけの力があれば工事現場での仕事もできるでしょう。タイコーン辺境伯領のとある辺境町で外壁補修工事現場の臨時職員を募集していますので、一週間、そちらで働きますか?」
工事現場か。
村にいた頃は家や村を囲う壁の修理を手伝ったこともあるし、これならなんとかなりそうだ。
「はい! お願いします!」
僕は笑顔で頷いた。
馬車で一日かけて、僕は辺境伯領を訪れた。停留所から、外壁補修工事の現場へと歩いて向かう。
そこでは、何人かの男の人が壁にセメントを塗る作業をしていた。
僕は現場監督を見つけると、ハロワで貰った紹介状を見せる。
僕が頼りなく見えたのか、現場監督さんは訝しそうに見ていたが、
「人手不足だから仕方ないか」
とため息をつき、僕を現場――城壁の西側へと案内してくれた。
そちらのほうはまだ作業が始まっていないらしく、僕以外誰も作業をしていない。
壁にはいくつか罅のようなものが走り、かなり脆くなっているのが見てとれた。たしかにこのままでは、オーガといった狂暴な魔物の攻撃を何度か喰らったら壊れてしまうかもしれない。
「いいか、坊主。これから仕事を説明する。一度しか言わないからよく聞け。質問は受け付けない」
そう言って、現場監督さんは僕にセメントを塗る方法を教えてくれた。
しかし、大切なことがひとつ抜けている気がした。
「あの……」
「質問は受け付けないって言っただろ! いいからやれ! 三時間したら見にくるからな。最低、セメント樽ひとつが半分になるくらいはしておけよ。報酬は出来高制だから、サボったら損だぞ!」
「わ、わかりました」
僕はそう言われ、急いで仕事を始めた。
ひとつ気になったのは、セメントに魔力を込めて強度を増すという行程の説明が抜けているってところだったけれど。
でもきっと、そんな常識、説明するまでもないって思ったんだろうね。
だって、魔力を込めていないセメントなんて、鉄のハンマーの一撃で罅割れしちゃうくらい脆くなるもの。
それにしても……現場監督さんってぶっきらぼうに見えて優しいよね。
セメント樽が半分になるくらいって、そんなの五分もあれば終わっちゃうのに。
僕が初めてだから気を遣ってくれているのかな?
親切な現場監督さんでよかった。
でも、その気持ちに甘えないように頑張ろう。
現場監督さんは、言った通り三時間後に戻ってきた。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!」
大きな声を上げながら。
「す、すみません。何か間違えていましたか」
「間違えていたって、おま……オマエな……これはなんなんだ!」
「えっと、監督さんの言う通りにしたつもりですけど、すみません。セメントが切れちゃいまして」
「そうじゃねぇ! いや、そうだ! なんでセメントが切れるくらい終わってるんだ! ここにはセメントの材料、樽十五個分くらいあっただろ!」
「はい、そのくらいしかありませんでした」
だから、まだ西側の壁の三分の一しか補修が終わっていない。
「そもそも、お前、高い場所とかどうやって修復したんだ! あそこは梯子をかけないとできなかっただろ!」
「あ、そこはセメントを掬ってから投げて壁にくっつけ、コテに棒を取り付けて伸ばしてやりました」
「セメントを投げてって、んなことできるわけが――いや、実際にやってるんだよな」
そこまで言った現場監督さんはぶつぶつと何か考えるように呟き、
「お前、あとどのくらい働ける?」
そう尋ねてきた。
どうやらクビにはならなかったようだ。
「一週間はここで働かせていただきたいと思っています」
「そうかそうか、一週間か。よし、今日はもうあがっていいぞ。悪いが報酬は今はこれだけしか払えなくてな。残りは後日、ハロワに振り込ませてもらうよ」
そう言って、現場監督さんはずっしりと重みのある袋を僕に渡してくれた。
そこには銅貨がいっぱい入っていた。
「こんなにいただいてもいいんですか?」
「当たり前だ。持っていけ」
現場監督さんはそう言って笑みを浮かべた。
いい人だな――報酬は出来高制だって言っていたのに、こんなにお金を貰えるなんて。
しかも、お金がない僕のために、一週間分纏めて前金として払ってくれるなんて。
よし、明日はもっと気合を入れて頑張ろう!
――そう思ったのに。
「明日からもう来なくていいぞ」
仕事を初めて三日目。北側の城壁の補修工事を終えた僕を待っていたのは、現場監督さんのそんな言葉だった。
「ほら、これが今日の分だ。これを受け取ったらもう戻りな」
「ちょっと待ってください! まだ一週間経っていませんよっ! 僕に不手際があったのならしっかり直しますから!」
「これ以上お前がいたら、他の奴らに仕事が回せないんだ! わかってくれ!」
現場監督さんは泣きそうな表情で言った。
やっぱり僕が足手纏いになっているようだ。
一週間分の給料もすでに渡されているのに、さらにお金を渡してまで追い出そうとするなんて、僕ってそんなに使えないのかな。
「すみません、明日からはもう少し早くできるようにしますから――」
「これ以上早くされたら困るって言ってるんだ。この城壁の修復は貧困対策も併せているんだよ」
「え? 早かったら困る? 僕ってそんなに早かったですか?」
僕の運動神経からしたら、この程度は遅い部類だと思うんだけど。
「いいか! もう一度言うぞ。お前の壁の補修技術の高さは超人級。適性ランクでいえばSSかSSSなのは間違いない。だからこんなところで仕事なんてしていないで、王都で働けっ!」
「僕がSSかSSS? あはは、そんなわけないですよ。僕を慰めるためにそう言ってくれるんですね」
その後、貰いすぎたお金を返そうとしたけれど、現場監督さんは断固として受け取ってくれなかった。貧困対策だって言っていたから、僕が家無しの無一文だと思って同情したのかもしれない。結局、お金は受け取ることにした。
僕は現場監督さんに礼を言って、元の町に戻るのだった。
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