勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

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5巻

5-2

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『それでは、これよりCブロック第一試合――ユーラ・クルミペアVSチャンプ・イオンペアの試合を始めます――試合……はじめっ!』

 審判はそう宣言した直後、走って舞台の上から飛び降りた。
 と同時に、クルミも私と一緒に後ろに大きく跳躍ちょうやくし、背負っていた巨大な斧を振り下ろす。
 当然、その斧はチャンプ、イオンには全然届かない。
 しかし、彼女の振り下ろした斧は狙い通りに命中した。
 ――石でできた闘技場の舞台に。
 クルミが振り下ろした場所からひびが一気に広がり、チャンプとイオン、二人の足下が一瞬にして瓦解がかいする。
 この武道大会において、石舞台が破壊されたことは何度もあった。丈夫な石ではないから、斧やハンマーでたたけば砕けるし、凄腕の拳闘士けんとうしならば素手でも穿うがつことはできる。
 しかし、一撃で舞台を半壊させるなど前代未聞だろう。
 ルール上、体の一部が地面についたら場外負けとなる。
 たとえ、舞台上に現れた穴に落ちたとしても、それは場外負けだ。
 完全な不意打ち。
 足下に現れた落とし穴を避けられる人間などいるわけがない。私がチャンプとイオンの立場だったら、まずそのまま場外負けになっていただろう。
 しかし、二人は違った。
 イオンは突如とつじょ現れた穴に戸惑い落下しながらも、武器の鞭を振るう。
 その鞭はチャンプに絡みつき、そのまま彼を残った舞台上に放り投げ、落下から救い出した。その直後、イオンは地面に着地する。
 一瞬で自分を犠牲ぎせいにして、チャンプを救う選択をしたのだ。
 さすがは前回チャンピオンのコンビだと私は感心した。
 イオンによって辛うじて場外からまぬがれたチャンプは、仁王立におうだちで私達を見る。

「やってくれたな、完全に油断していた。イオンのかたき、取らせてもらうぞ」

 チャンプがそう言って殺気を放つ。
 凄まじい威圧だ。
 全身の毛穴が開くんじゃないかってくらいに恐ろしい。
 思わず身構えた時、突如殺気と威圧が消えた。
 なんで殺気を止めたんだ? 無我の境地?
 そう思ったが、なぜかチャンプは、対応に困ったように頭をポリポリといて、私に尋ねてきた。

「なぁ、兄ちゃん。そっちのじょうちゃん、大丈夫か?」
「え?」

 私が振り返ると、そこではクルミが泡を吹いて気絶していた。

「……あんたの威圧が怖くて気絶したみたいだ」

 私はそう言って苦笑した。
 まったく、いきなり舞台を壊す荒業あらわざを見せたと思ったら、ただの威圧で気絶するとか、どんだけ繊細せんさいなんだよ。

「悪い。この子を場外に下ろしてもいいかな?」
「あぁ……イオンに手当てをさせようか?」
「大丈夫、外傷もないし、寝かしておいたら大丈夫だろ」

 私はそう言って、チャンプと審判に許可をもらってから、クルミを抱き上げて一度舞台から降り、場外の壁際に寝かせた。
 本当にこの子は、凄いんだかダメダメなんだか。
 それから舞台に戻って仕切り直しといきたかったのだが……さっきまでの殺伐さつばつとした空気はなくなっていた。
 チャンプもすっかり毒気が抜かれたような表情だ。
 ただ、かといって戦わないわけにはいかない。

「せっかくクルミが頑張ってくれたんだ。私も負けられない」
「俺も、イオンが見ているからな。それに、男同士の勝負の方が俺は好きだ」

 そう言って嬉しそうに笑うチャンプ。
 私は女なんだけどね、とは言えない。
 私はクルトに作ってもらった愛剣『雪華せつか』を抜いて構える。
 そして、私達の戦いが始まった。


「――あれ? ここは?」

 クルミが目を覚ましたのは、チャンプ達との試合が終わってから一時間後だった。

「大会本部の医務室だよ」
「医務室ですか?」

 ふらふらとした目で周囲を見渡すクルミは、どうやらまだ現状を把握はあくできていないようだった。
 だけど徐々に視線がはっきりとしてきて、思い出したように口を開く。

「…………あっ! 試合はっ! 試合はどうなったんですか?」
「大丈夫だ。なんとか勝ったよ」

 私がそう言うと、クルミは笑みを浮かべた。
 でもそれは、想像していたのと違ってどこか悲しそうな笑みだった。
 もっと大喜びしてもらえると思ったんだけどな。
 それにしても、厳しい戦いだった。
 肉を切らせて骨を断つどころか、骨を切らせて肉を断つと呼べる手段でなんとか勝利できた。
 剣士として致命傷ともいえる傷を負ったが、そこは、以前、クルトから貰った傷薬のお陰ですっかり完治している。

「強いですね、ユーラさんは。僕なんて本当になんの役にも立たなくて」

 どうやらクルミは、自分がなんの役にも立てなかったと思ってあんな表情を浮かべていたみたいだ。

「なに言ってるんだ。イオンを倒したのはクルミの手柄だろ」

 私はそう言ってクルミに軽くデコピンをした。
 クルミは少し涙目で額を押さえる。
 あれ? 強かったかな……かなり手加減したつもりだったんだけど。

「大丈夫か?」
「大丈夫です……その、ユーラさんの気遣いが嬉しくて……それに、僕が戦いに役に立ったって言ってもらって……あっ! 舞台! 急いで直さないと!」
「直すって、クルミ、あの壊した舞台、修理するつもりだったのかい?」

 いくらなんでもあの舞台を元通りに戻すのは……いや、クルミならやりかねない。
 だって、クルトなら絶対にできるから。

「はい! だって、あんな状態じゃ、次の試合ができないじゃないですか」
「大丈夫だよ。試合は別の会場に移って今も続いている。準決勝からは別の会場で行われる予定だったから、そこを使ってるんだ。ただ、今度から会場を壊すのはやめてくれって運営委員に言われたよ」
「そうですか……じゃあ、別の方法を考えないといけませんね」

 今回みたいな奇想天外な方法を他にも考えられるのだろうか?
 事前に話を聞いておかないと、こっちの心がもたないね。
 そうだ、もう一つ伝えておかないと。

「あぁ、それと、第二試合の相手が決まったよ。パープルとメイド仮面のコンビだ。試合内容は見てないけれど、パープルは戦いに参加せず、メイド仮面が全ての攻撃を素手で受け止め、反撃して倒していたそうだ。実力は未知数。今大会のダークホースと言われているよ」

 まぁ、ダークホースと言われているのは私達も同じだろうけれど。
 既に私達とパープル達の戦いのチケットは完売していて、ダフ屋による転売の値段は通常価格の十倍以上になっているらしい。

「第二試合はこの後始まるけれど、クルミは行けそうかい? 無理なら棄権きけんするけど」
「大丈夫です。ちょっと休憩したら――あの、僕の荷物はどこですか?」
「荷物ならそこにあるよ」

 クルミの荷物は運んでおいた。
 結構な量と重さだったので、クルミ自身よりもこっちを運ぶ方が一苦労だった。
 クルミはそんな荷物をちらりと見る。

「……あの、やっぱりこの服装だと戦いにくいみたいなので、着替えようと思うのですが」
「あぁ、その方がいいね。私が手伝おうか?」
「いえ、その……」

 クルミは俯いてなにか言いにくそうにしている。
 ん? どうしたんだ?

「……部屋から出ていってもらえると助かります」
「あっ! 悪い悪い」

 なにが『手伝おうか』……だ。今の私は男装しているんだった。
 私はクルミに謝罪し、医務室を出た。
 失敗したなぁと思っていると、部屋の外に人がいることに気付いた。
 その姿を見るまで全然気配がなかったことに驚愕きょうがくしたが、それも仕方がないだろう。
 というのも、そこにいたのはローレッタ姉さんだったから。
 この状況を作った元凶である彼女を前にして、背に汗がにじみ出る。

「クルミ選手の容態ようだいは大丈夫でありますか? ユーラ選手」

 ローレッタ姉さんが尋ねてきた。

「えぇ、大丈夫です」

 声が震えないように注意しながら、私はそう言って顔をそむける。

「彼女は怪我はしていません、ただ気に当てられただけですから」
「そうでありますか。あなたは優勝候補でありますからね、パートナーが不在のせいで不戦勝になる、なんて事態にならなくてよかったでありますよ」

 ローレッタ姉さんはそう言い残すと、あっさりと去っていった。
 彼女の背を見ながら、私は生唾をみ込む。
 本当にクルミのことが心配でわざわざここまで来たのだろうか?
 もしかして、私の正体に気付いているんじゃないだろうか?
 私が悩んでいると、背後で医務室の扉が開く。

「ユーラさん、着替え終わりました……あの、どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ。それより、クルミ。本当に着替えたのか?」

 さっきと見た目は変わってないみたいだけど。

「はい、スカートの下にズボンを穿きました」

 クルミはそう言ってスカートの裾をつかんでまくりあげ、私に半ズボンを見せてきた。
 その恥ずかしいポーズに「さっきの羞恥心はどこにいったんだ」と私はため息をついた。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 第一試合で、僕、クルトは闘技場の舞台を叩き割るという不意打ちでイオンさんを場外に落とし、なんとかユーラさんの役に立った。
 でも、それだけじゃダメだ。
 僕が闘技場を叩き割るところは見られてしまった。
 次の相手に同じ不意打ちは通用しないだろう。
 たとえ、僕が第一試合のように舞台を叩き割ったとしても、ある程度器用な人なら、場外に落ちる前に舞台の修復を済ませてしまう。いや、武道大会の決勝トーナメントまで残っている人達だ。舞台が壊れる前に、逆位相の攻撃をぶつけて衝撃を完全に緩和させることくらいしてくるはずだ。
 少なくとも、僕ならばそうするから。
 こうなってしまえば、斧を振り回すことしかできない僕じゃ、試合中に出番はない。
 ユーラさんの言う通り、邪魔にならないように舞台の端で待っているか、自分から場外に落ちるしかないだろう。
 でも、それだけじゃダメだと思う。
 僕にできることはなにか?
 ルールを再度確認する。
 勝負は男女二対二の戦いで、得物は自由。ただし、手に持てない道具――攻城用のバチスタなどの使用は禁止。
 ……手に持てるものは自由?
 それならば、が使えるんじゃないかな。
 僕は予備の闘技場に向かうため、一緒に街を歩くユーラさんに尋ねた。

「ユーラさん、まだ時間がありますか?」
「ん? 試合開始までは少し猶予があるけど、どうした?」
「道具を作ろうと思います。僕、攻撃用の道具とか作るのはあまり得意じゃないけど、それでも、できることはしておきたいんです」
「……時間は二十分もないぞ? 作れるのか……は聞くまでもないか」

 ユーラさんは苦笑し、「やれるだけやってみたらいい」と言ってくれた。

「道具は持っていますから、五分で終わらせます!」

 僕はそう言って、スカートの中に隠していた、使い慣れたかばんを取り出す。

「……どこに隠しているんだ、どこに」

 呆れたようにユーラさんが言うけれど、でも、この鞄ってこの服に合わないからね。

「ん? クルミ、その鞄……いや、同じ村の出身だから、同じ物があっても不思議じゃないか」
「え?」

 これ、どこにでもあるような鞄だけど、気になったのかな?

「いや、なんでもない。それで、なにを作るんだ?」
「ちょっとした装飾品です……」

 でも、これだけじゃ道具も素材も足りない。
 ……あ、あのお店は。

「ユーラさん! あそこです!」
「あそこって……硝子がらす細工の店?」
「はい、あそこなら、僕が欲しいと思っている物を作れます!」

 僕は店に入ると、硝子細工の店の店長さんに事情を説明して、作業場を少し借りられないか尋ねた。
 店長さんは最初、少し渋った顔をしていたが、ユーラさんがなにかを握らせたところ納得してくれた。
 たぶん、お金だろう。
 あとでユーラさんに返さないといけないな。
 僕は作業小屋を借りて、を作り始めた。
 素材と道具を準備する僕を見て、ユーラさんが尋ねてくる。

「クルミ、なにを作るんだ? いい加減に教えてくれないか?」
眼鏡めがねです」
「眼鏡か。で、どんな凄い眼鏡なんだ? 眼鏡から火炎光線が出る魔道具とかか?」
「目から火炎光線って、ゴーレムじゃないんだから、そんなの出しませんよ」
「いや、目から火炎光線が出るゴーレムって私は知らないんだけど、そんなのあるのか?」
「え? ないんですか?」

 どうやら、ユーラさんは知らないらしい。
 道を塞ぐ岩を破壊するのに便利なんだけど。
 あぁ、都会じゃ岩が道を塞ぐことなんてないから、目からレーザーが出るゴーレムは必要ないのかな?

「でも、これは目からレーザーは出ませんよ。レーザーを防ぐことくらいならできますけど」

 僕はそう言って、チャチャっと完成させた眼鏡をユーラさんに見せた。
 怪訝な表情を浮かべるユーラさん。
 まぁ、見た目からして普通の眼鏡じゃないからその反応も当然か。
 なんといったって、これは眼鏡は眼鏡でも、夕日がまぶしいと思った時にかけるサングラスだから。

「……ちょっと目を離したうちに完成している。いったい、いつの間に作ったんだ?」
「え? だって、サングラスを作るのってスピードが大事なんですよ? 太陽が眩しいと思った時に、近くでかまどを作って、珪砂けいしゃとか使ってささっと作るものですよね。作るのが遅かったら、先に太陽が沈んじゃいますよ。夜になるとサングラスは危ないです」
「そうなの……か? ……すぐに使うためだけにサングラスを自作したりしないと思うけど……」

 そうなのかな? だけどやっぱりちゃんとした冒険者だと、そういった事態に備えてサングラスくらい常備してるんだろうな。
 僕が納得していると、ユーラさんが首を傾げた。

「というか、サングラスなんて何に使うんだ?」
閃光弾せんこうだんを使います」
「閃光弾?」
「光の魔法晶石を爆発させる、瞬間的な目くらましです。僕とユーラさんがサングラスをかけた直後、この閃光弾を弾けさせ、光の爆発で目が眩んだところで、ユーラさんが攻撃を仕掛ければ簡単に敵を倒せます」
卑怯ひきょうな気もするし、光の魔法晶石を使い捨てってのも勿体もったいない気がするが……うん、悪くない戦法だ。過去の大会で光の魔術師が同じような方法を使った記録もあるし、反則にはならないだろう」

 よし、ユーラさんのお墨付すみつきも得られた。
 これで、二回戦も勝ち上がってみせる。
 ユーラさんに少しでも恩返しできるように、もっといろいろと作戦を考えないと。


 僕達は会場に向かっている途中、意外な人を見つけた。
 僕、リーゼさんと一緒にこの島に来た冒険者の一人、カカロアさんだ。
 さっきまで、同じく一緒にこの島に来た冒険者のユライルさんの試合が行われていたはず。てっきりカカロアさんは会場に残って他の試合を見ているか、それとも試合が終わったユライルさんをねぎらっていると思っていたんだけど。

「クルミ様、第一試合の勝利おめでとうございます。少々時間をよろしいでしょうか?」

 僕を見つけたカカロアさんが、そう声をかけてきた。

「熱心な追っかけには見えないけど……クルミ、知り合いかい?」

 ユーラさんの質問に僕が答える前に、カカロアさんが答える。

「はい。以前、クルミ様にとてもお世話になりましたカカロアと申します」

 カカロアさんがそう言って頭を下げた。
 前にリーゼさんと話をした時、カカロアさんも一緒にいたから、彼女はクルミとクルトが同一人物であることを知っている。

「ふぅん……悪いが、試合まで時間がないんだ。話なら試合が終わってからにしてもらえるかい?」

 ユーラさんがそう断りを入れようとしたのだが、カカロアさんは首を横に振る。

「そうお時間は取らせません。クルミ様とユーラ様が出場なさる試合まで、まだ時間があります。なにせ、一つ前の試合が一時間も長引いたので、今はクルミ様達の一つ前の試合が行われているところです」
「一時間も? なにがあったんだ? 試合の制限時間は一時間だから、よほどのことがない限り、さらに一時間も時間が伸びることはないはずだが」
「ココラ・ユライルのペアに問題が起きて、審議が長引いていたようです」
「ユライルさんになにかあったのですかっ!?」

 カカロアさんの言葉に、僕は思わず声を上げた。
 もしかして、大きな怪我をしたんじゃないか? だとしたら、すぐに治療ちりょうにいかないと。
 しかしカカロアさんは首を横に振った。

「試合は一時間続き、結果はココラ・ユライルペアの判定勝ちでした。時間が押していたため、すぐに次の試合が始まるはずでしたが、物言いが入りましてココラ様の身体検査を行うことになりました。ココラ様は最初、その身体検査を拒みましたが、最終的には合意。結果、男性として登録していたココラ様が女性であることが判明したのです。前代未聞の出来事に、審判団及び貴賓席のスポンサーが集まって話し合いが行われ、結果、ココラ・ユライルペアの反則負けが決定――」

 淡々と語るカカロアさんの話を聞き、僕は汗が止まらなかった。
 まさか、僕以外にも性別を偽って参加している人がいるなんて、思ってもいなかった。
 このまま僕の女装もバレて、僕のせいでユーラさんが反則負けになったらどうしよう。
 隣にいるユーラさんを見た。

「……そう……か……残念だな。ユライルも……そのココラって奴も」

 ユーラさんの声も震えている。
 ユーラさんは、数えるほどしか会話したことがないユライルさんだけでなく、会ったこともないココラって人に対しても、まるで自分のことのように同情しているように見えた。

「審議の結果が出るまで一時間の時間を要したため、ココラ・ユライルペアの次の試合で、クルミ様、ユーラ様が行う一つ前の試合――アッパー・カットペアとドキュン・ムネアツペアの開始が、今から十分後となっています。そのため、お二人の試合は一時間十分後になります……そこで、クルミ様、少々お時間をよろしいでしょうか?」

 カカロアさんに尋ねられ、僕はユーラさんを見た。
 ユーラさんは引きつった笑顔で、

「あ……あぁ、行ってくるといいよ」

 と僕を促してくれた。


 カカロアさんに連れてこられたのは、関係者以外立ち入り禁止のVIPルームのある区画だった。
 王侯貴族のみが立ち入ることを許される場所らしく、僕には酷く不釣り合いな場所に思えてくる……いや、違った。VIPが多いため、給仕をしているメイドさんが大量にいる。そのため、メイド服姿の僕にはある意味ピッタリの場所だった。
 もしかして、人手不足で僕に働いてほしいのかな?
 カカロアさんが一際豪華な部屋の扉をノックして、ドアノブを握る。
 その直後だった。
 扉の中からタタタタタっと少し高いヒールの足音が聞こえてきて、扉が開くと同時にその足音の主が僕に抱き着いてきた。
 リーゼさんだった。

「クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様クルト様」
「えっと……二十一回ですね」
「数えていらっしゃったのですか?」

 僕の名前を二十一回連呼するリーゼさんの横で、リーゼさんと一緒に部屋にいたらしいユライルさんが、僕が回数を数えていたことに驚いていた。
 まぁ、自分の名前だし、回数は数えられる。


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