勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

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第六章

ワイン販売始めました(その1)

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 ワインが完成したので、僕たちはそれを販売する店を作るため、王都を訪れた。
 王都の中でも、貴族街と呼ばれる場所の近くにお店がある。
 お店というか、布で周囲を覆われた空き地だったけれど。

「クルト様、お店の建築、お任せしてよろしいでしょうか?」

 リーゼさんが当然のように僕に言った。

「はい……えっと構いませんけれど……こういうのって、普通、専門の建築家に任せるものなのでは?」

 工房を建てる時もそうだったけれど、なんでリーゼさんやユーリシアさんは、僕に建物を建てさせようとするのだろう?
 資材も十分あるし、一日もあれば十分作れるけれど、こういうのはお金を節約せずに専門家に任せた方がいいと思う。

「う……確かにそれは……ええと、そうですわ! 王都の職人はこだわりが強すぎるのです!」
「こだわりが強すぎる?」
「クルト様、ここからでも見える王城、クルト様なら建てるのにどのくらい時間が必要ですか?」
「僕一人だったら、三週間は必要ですね」
「そうですわよね。でも、あの王城はできあがるまで三年、さらに離宮を含めると五年の歳月がかかっているのです。すべては建築家の拘りが原因です!」
 そうだったのか!?
 考えてみれば、一週間ほど前にも王都を訪れたけれど、その時に建築中だった家が、まだ建築途中だった。てっきり、別の家と勘違いしたのかと思っていたけれど。
 確かに、僕はお店の外装とか内装にこだわりはあまりない。
 完成して、十分使えると思えばそれで良しと思ってしまう。
 きっと、一流の建築家は、建物の柱の木目の模様が気に食わなくても、建物を取り壊して一から作り直そうとするんだろう。
 うちの村のイチゴ農家のおじさんがそんな感じだった。
 イチゴをそのまま食べるなら、表面にある種の数が一個につきちょうど六百個がいいという独自の理論を持っていて、それ以外のイチゴはジャムに加工して絶対に他の村人に配らなかった。
 でも、そのおじさんが作ったイチゴはとても美味しかったっけ。王都でもっと美味しいイチゴがないかなって探したことがあるけれど、どうしても種の数は二百個から三百個くらいで、大きさもおじさんが作ったイチゴに比べてかなり小さかったし、甘味も少なかった。
 おじさんが言っていた六百個理論は正しかったと証明された。
 あれが職人のこだわりっていうやつなのか。
 そっか、王都で建築家をするなら、そこまでこだわりが無いとダメなんだ。
「凄いですね! 王都の建築家さん!」
「え? あぁ、はい……クルト様がどんな想像をしているかわかりませんが、凄いのです」
「なら、なおさら、王都の職人に建ててもらったほうがいいのでは?」
「商会のスタートまで時間がありません。こだわりの強い建築家に任せたら時間が足りないんです。ですから、ここはこだわりの少ない店を作れるクルト様にお任せしたいのです!」
「あんまり褒められている気がしないけれど、はい、わかりました」

「できました!」
 翌日、店ができあがった。

   ※※※

 一からのワイン造りに、空き地からの店舗の立ち上げ。
 早くても一年以上はかかると思っていたのだが、まさか数日足らずで形になるとは。
 読めなかった。このカルロス、ホムーロス三世の目をもってしても。
 ということで、儂と宰相は、お忍びでその商会を見に行くことにした。

「ほぉ、これはなかなかの店構えではないか」
「ええ、周囲の景観を損なわず、まるで遥か昔からそこにあったかのような佇まい。つい先日まで空き地だったとは夢にも思わぬことでしょう」

 ロックハンス士爵が一日で作ったという前衛的な街の噂は聞いていた。どのような奇抜な建物ができるかと少し期待していた。だが、ここで周囲とかけ離れた建物を作れば、要らぬ軋轢を生みかねないという危惧も同時にあった。
 どうやら、ロックハンス士爵はそのあたりを理解し、店舗を建築したのだろう。

 店は準備中の札がかかっていたが、その店の前に、一人の女性がいた。

「ようこそお越しくださいました、カール様、ジョアン様。リーゼ様より支配人を命じられました、ユライルと申します」

 その女性は儂と宰相がよく使う偽名を告げるとともに、恭しく頭を下げた。
 一流の貴族の教育を受けているようなその振舞いに目を見張るものがある。
 そして、その顔、見覚えがあった。
 ファントムだ。
 一流の諜報員の一人を店舗の支配人に据えるとは、リーゼちゃんは本気でこの店を守ろうとしていることが伺える。

「中の案内を頼もう」
「はい、こちらへどうぞ」

 店の中に案内される。
 店内はとてもシンプルな造りで、特に驚くようなものはない……と思ったが、照明に使われている魔法晶石を見て、考えを改めた。
 魔法晶石による照明は、非常の貴重で、天井に一つあるだけでも店の格を上げるアイテムになりうる。だが、この店には魔法晶石による照明が、天井だけでなく、各商品棚にも取り付けられていた。
 商品の見栄えをよくする――ただそれだけのために。
 なんとも恐ろしい話だ。
 これだけの魔法晶石、魔導兵器の燃料として造られていたらどれだけの武器になりうるのか。

「商品はワインと聞いていたが、これは?」

 小さな小瓶に入った液体だった。
 ワインには見えないが。

「そちらはグレープシードオイルです。葡萄の種を原料に作られた油で、食用はもちろん、美容マッサージにも使われます」
「なるほど……確かに儂も最近肌荒れが気になっていたからの。一本貰っておくか」
「かしこまりました。後ほど御夫人の分と合わせて二本、届けさせます」
「うむ……ところで、肝心のワインはこれか?」

 そこにあったのは、赤、白、ロゼの三種類のワインが詰まったガラス瓶だった。
 コルクで密閉されていて、香りはわからないが綺麗な色をしている。

「見事な色ですな、カール殿」
「ああ――どれ一杯試飲させてもらうか」
「はい。では、まずは赤ワインから」

 そういうと、ユライルは赤ワインの瓶を持ち、コルクスクリューで栓を抜く。
 途端、ワインの豊潤な香りが店内に漂った。

「これは――」
「まるで天上の花園にいるかのような心地ですな」

 宰相が言う天上の花園とは、死した人間が行きつく世界にあるという花畑のことだ。
 伝承によると、そこはとても幸せな香りが漂っている至福の空間らしいが、確かにこの香りだけで幸せに包まれているかのようだ。
 曇り一つないワイングラスに注がれる赤ワインを見る。

 なんてことだ、その一滴一滴が、まるで天上から舞い降りる神の雫かのように輝いて見える。
 さすがに香りのせいで幻影を見ているようだったが、しかしこれは。

 注がれたワインを見て、儂はそっとグラスに口を近づけ――

 意識を失っていた。
 いや、本当に天上の花園に行っていたのかもしれない。
 臨死体験というものだろうか?
 意識を失っていてもなお、儂の手はワイングラスから手を離さなかった。

 赤ワインの味は――至高そのものだった。
 儂も随分様々なワインについて蘊蓄を語ってきたが、儂の言葉でこのワインを語ることはできない。人間の言葉で神を語るのと同じ、不敬に当たるというものだ。
 気付くと、宰相も隣で幸せそうな顔をして立ち尽くしていた。

「しっかりせい、ジョアン!」
「はっ、いま天使のクルミちゃんが笑顔で手を振っていたような」
「それは見てはいけない夢だ。しかし、これの値段をつけるとなると、予定していた金貨十枚ではすぐに完売していまうな」
「いっそのこと、オークションにした方がいいかもしれませんな」

 そうなると、一本の値段が天文学的な額になりそうだと危惧する。

「次は白ワインを頂こうか」
「はい。では、まず部屋の喚起を致します」

 赤ワインの瓶に蓋をし、支配人が何かのボタンを押した瞬間、部屋から赤ワインの香りが消え去った。

「さすがにこの香りが店の外に出ればパニックになるのではないか?」
「ご安心ください、ワインの香りは店の外に出るとき消臭される仕組みになっております」
「そうか……どこか勿体ないような気がするが……この香りをずっと嗅いでいたい」
「よろしければ、このワインをモチーフにしたフレグランスもございますので、後でお試しください」
「うむ、是非頂こう!」

 そして、白ワインの味は――いや、儂がこれ以上語るのはおこがましい。
 これなら、貴族たちもこぞって買い求めることになるだろう。

 表向き商会長ということになった儂は一安心した。

 だが、儂はまだまだ甘かったのかもしれない。
 まさか――店舗開店二日目で、ワイン一本に金貨五千枚の値がつくことになるとは思ってもいなかった。

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更新遅くなってすみません。
この章はあと3話程で終わりますが、それより先に明日より最終章の更新がスタートします。
2月10日まで毎日更新で、2月10日が最終話となります。
もうしばらく、勘違いの工房主にお付き合いください。
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