216 / 237
第六章
ワイン販売始めました(その2)
しおりを挟む
クルト・ロックハンス士爵の作ったワインは日々値段を更新している。
二日目で一本金貨五千枚になったかと思えば、一週間経った今では、オークションで金貨一万枚を超える日もある。
さすがに一本五千枚や一万枚はどうかと思ったところ、そのワインを購入したのはロマンド侯爵、バルン伯爵であることが判明。
貴族の支払いは基本、信用払い。
商品を受け取った後での支払いが基本なのだが、商会の人間にお金を取りに行かせたところ、後日支払うの一点張りで、実質門前払いのような扱いを受けたという報告を受けた。
グリムリッパーに調査させたところ、この二人、貴族の身分を利用して、宝飾品やワインなどを買っては、その代金を踏み倒していたという前科が次々に出た。
どうやら、ワインの代金も同じように踏み倒すつもりだったらしい。
この二名を適当な理由で召喚し、雑談に見せかけて尋ねた。
「ところで、最近、上級市民街に素晴らしいワインの店ができたのを知っておるか?」
「おぉ、陛下もご存知でしたか。あそこのワインは本当に素晴らしい。私も一度飲んでみたのですが、これまでのワインとはくらべものにならない気品を感じさせるものです」
「よろしければ、陛下にも一本献上致しましょう。是非ご賞味なさってください」
やはり商会の責任者が儂であることは知らなかったらしい。
というか、バルン伯爵、一本儂に献上すると申しておるが、その代金はどうやって支払うつもりだ? グリムリッパーに調べさせたところ、其方の家の財政は傾き、直ぐに立て直しが必要ではないか。ワインをもう一本買うどころか、過去の一本の代金を支払うことすらできまい。
「味はしっておる。実はあの店の商会長は儂がしておってな」
儂がそう言った瞬間の二人の顔は、絵にして額に収めて配り歩きたいくらい、奇妙奇天烈なものであった。
「陛下が商会を? 国王が商売をするなど聞いたことあがりません」
「なに、とある工房主と縁ができてな。名前を貸しているだけのようなものだ」
名前を貸しているという言葉に、二人の表情に少し安堵の顔色が浮かぶ。
「であるが、名前だけでも商会長であるから、客に下に見られたら、儂の王都しての威厳が問われる。たとえば、代金を購入したのに支払わない客とかいたら儂はどう対応すればいいと思う? 家臣として意見を聞かせてくれ」
「へ、陛下! 私は代金を支払う予定でした」
「私もです」
まぁ、そうなるだろう。
「バルン伯爵、支払うことができるのか?」
「……時間を……」
「いつまでだ?」
儂の問いに、パルン伯爵は答えられない。
まぁ、そうだろうな。
ここで答えた期日通りに支払いができなければ、彼は国王である儂に虚偽の報告を述べたことになるのだから。
だからといって、踏み倒すつもりであったというわけにはいかない。
「パルン伯爵、其方の家を調べさせてもらったところ、とてもではないが金貨五千枚を早急に捻出できないであろう。そこで提案なのだが、トルシェン近くの村の空気が非常に美味しい。そこでしばし休息をするのはいかがだろうか? 跡継ぎには三男のジェイドがよかろう。幼いながらもなかなか優秀な男だと聞いておる。むろん、今の財政状況を立て直すにはいろいろと準備が必要であるから、儂から人員も送ろう」
今の言葉を要約すると、パルン伯爵はとっとと隠居して、パルン伯爵と同様小さな悪事を積み重ねていた長男、次男にも家を去ってもらい、伯爵家はしばらくの間王家の傀儡貴族になれ――という意味の言葉だ。
本来、王家と貴族の力関係を考えるとやり過ぎな話なのだが、今回の件は本来であれば伯爵家を取り潰しにしても妥当と言われる案件だ。
むしろ甘い采配であろう。
「それは……わかり……ました」
パルン伯爵はそのことを理解し、しぶしぶ頷いたのだった。
そして、ロマンド侯爵だが――まぁ、こやつなら金貨一万枚を支払うことは可能だろう。
「そうだ、面白い話があるのだが、聞いてくれるか、侯爵」
「はい、勿論にございます」
「とある貴族の娘が商売を始めてな。儂の商会ほどではないが、珍しい菓子や化粧品などでかなりの財を成していると聞いたことがある。ルイシアという名前の娘だが聞いたことはあるか?」
「私の自慢の娘にございます」
「そうであったか――ちなみに、その利益は儂の見立てでは月に金貨二万枚はあるかと思えるのだが、どう見る?」
「…………何かの間違いかと」
「間違い? まぁ、そうであろうな。国に上がっている帳簿の上では、利益は金貨三千枚程度になっている。いや、これだけでも十分に凄い、自慢の娘であろう。儂も娘は四人いるのだが、どれも優秀な娘でな」
このまま娘の自慢をしたいところだが、それはまたの機会にしよう。
ルイシアというのは、ロマンド侯爵が愛人に産ませた子供で、決して優遇された人生を送ってこなかった。元々、とある貴族と政略結婚させられるはずだったのだが、その貴族が先日のヴィトゥキント工房主と裏の取引をしていたことが判明し、婚約どころではなくなり、婚約破棄された。
結果、ロマンド侯爵はルイシアを家から追放したのだが、彼女はそこから自分の才で商会を立ち上げ、僅か短期間で結果を出した。
それを知ったロマンド侯爵は、ルイシアを呼び戻し、商会の財の管理をすると言い放ち、その大半を着服していた。しかも税を誤魔化すために、裏帳簿まで作って。
「帳簿の管理は確か、其方がしているそうだな。ならば、間違いがあるはずはないよな、侯爵よ」
「は……はい……もちろんで――」
ロマンド侯爵は悟ったようだ。
もう、何を言っても無駄。すべてバレているのだと。
「私も……少し休養したいと思います」
「そうか。あとのことは儂に任せて養生するのだな」
こうして、国の膿は摘出された。
全部ロックハンス士爵のお陰だな。
とはいえ、これから、侯爵家と伯爵家の管理と商会の管理。
忙しくなりそうだ。
宰相にも暫くは休暇を与えられそうにない。
と儂が覚悟をしたときだった。
「陛下っ! 一大事にございます!」
その宰相が駆けこんできた。
「百年前の病の再来にございます!」
「百年前の病……まさか、コクリ病かっ!?」
儂の問いに、宰相は頷いた。
コクリ病とは、百年前、この国の一部地域で流行った感染症の一種だ。
肌に黒い斑点が現れる他は特に症状らしい症状もなく、何事もないと思われる病だが、一週間後、突然感染者が死ぬという恐ろしい病気だ。
その致死率は九割を超え、いまだに治療法が確立されていない。
対策として、感染者が出た地域を隔離封鎖することしかできないが、百年前はその対応が遅れ、三万人の死者が出た。
唯一の救い――といっていいかはわからないが、その致死率の高さのせいで、それ以上の感染拡大はなかったというが。
「感染者は?」
「ハンドール領のショウシ村に四十名。カッソ村とスクナ村でも感染者がいる者と思われます。恐らく、カッソ村で発症した病に行商人が感染し、周囲の村に広げたかと思われます。ショウシ村の医師により、伝書鳩にてハンドール領主町に連絡がありました。古来の記録にはコクリ病は鳥には感染しないそうですから、そこは安心かと。転移石のある街にまで感染が広がっていないのは不幸中の幸いです――ただちに街道を封鎖し、三つの村の往来を禁止しました」
宰相がそう報告をする。
今のところ、村三つに病気を押しとどめているのは不幸中の幸いと言えるだろう。
ただ、三つの村を合わせて人口は約三百。それだけの数の犠牲を伴うのは心が痛む。
「それと、陛下。ハンドール前領主ですが――」
「ハンドール前領主――」
現ハンドール伯爵の父であるあの男は、中々に豪快な男で、領内で盗賊が現れたと聞いたときは、自ら兵を率いて討伐に赴くような男であった。
「息子に爵位を譲ってからは隠居していると聞いたが、そやつがどうしたのだ?」
「自ら支援物資を運ぶと申しております」
「それは、死にに行くと言っておるのか?」
村に支援物資を運べば、彼もかなりの確率でコクリ病に感染する。
そうなったとき、いや、そうならずとも、彼はコクリ病が完全に収束するまで、三つの村から出ることはできないだろう。
「これから、三村で不安による暴動が起こる可能性があります。その暴動を事前に抑えることができるのは、彼しかいないかと。それに――」
「儂から支援物資を送らず、許可を与えずともあの男なら勝手に行くであろうな。わかった――食料と薬を届けさせろ。それと、例のワインもあるだけ持って行かせて構わん」
「例のワインというと、ロックハンス士爵の? よろしいのですか?」
「儂が責任を取る」
商会の商品の在庫管理は儂に一任されている。
ワインは販売する数量をかなり抑えているので(そうしないと、王都の他のワインが売れなくなる)、ロックハンス士爵の作ったワインは大量に残っているのだ。
手向けの酒だ、せめて最高級の物を送ろうではないか。
そう思っての采配であったが。
「陛下――ハンドール前領主より報告が――」
「既にグリムリッパーから聞いている」
「例のワインで、コクリ病が完治しました」
「既にグリムリッパーから聞いている」
「ロックハンス士爵に、リーゼロッテ姫殿下経由で問い合わせたところ、『ポリフェノールは美肌に効果がありますから、皮膚の病気にも効果がありますし、抗酸化作用がありますから体の老廃物も取り除いて健康になりますよ。え? 病気ですか? 酒は百薬の長っていいますから、大抵の病気は普通に治りますよね?』だそうです」
「既にリーゼちゃんから聞いている」
一体どういうことだ。
理由を聞いても意味がわからない。
ワインで、国を滅ぼしかねない病を完治させるとかありえない。
「それと、ハンドール前領主より、感謝の言葉とともに、先日のワインの味が気に入ったそうで、一本金貨百枚で売ってほしいと連絡が――」
「桁が二つ少ないと言って――いや、快気祝いに一本送ってやれ」
儂はそう言って、頭が痛くなった。
コクリ病の事を考えすぎてここ数日酒を一滴も飲んでいないのに、二日酔いになった気分だ。
ロックハンス士爵、やはりこのままにしておくことはできんな。
リーゼちゃんと速やかに結婚させねばなるまい。
勝負は叙勲式だ。
グリムリッパーからの報告によると、現在、リーゼちゃんとロックハンス士爵の結婚を阻む一番大きな要因は、ロックハンス士爵が、リーゼちゃんのことを王女だと気付いていないことにある。
なんでも、リーゼちゃんは自分が王女であると言い出せず、そのためグイグイと距離を詰めているのに、肝心なところで踏み出せずにいるらしい。
本当は直接儂が国王で、リーゼちゃんが王女だと言ってもいいのだが、そうすればリーゼちゃんに怒られるのは目に見えているから、それは無理だ。
そこで、ロックハンス士爵が叙勲式で儂の顔を見れば、きっとあの時、工房で出会ったおじさんが儂だと気付くはず。
そうすれば、彼がいかに鈍感であろうとも、リーゼちゃんと儂の関係に気付き、リーゼちゃんが王女であることに気付くはずだ。
当然、リーゼちゃんとロックハンス士爵の結婚に反対する者も現れるだろうが、今回の件で儂の傀儡となったパルン伯爵家、そして大きな貸しを作った次期領主のルイシア嬢を利用し、反対勢力を抑え込む。
そうすれば、儂の勝ちは揺るがない。
優秀な婿と、可愛い孫を同時に城に招き入れる大チャンスだ。
そのためには――とりあえず、今ある仕事を終わらせて、叙勲式の準備を急がねばなるまい。
二日目で一本金貨五千枚になったかと思えば、一週間経った今では、オークションで金貨一万枚を超える日もある。
さすがに一本五千枚や一万枚はどうかと思ったところ、そのワインを購入したのはロマンド侯爵、バルン伯爵であることが判明。
貴族の支払いは基本、信用払い。
商品を受け取った後での支払いが基本なのだが、商会の人間にお金を取りに行かせたところ、後日支払うの一点張りで、実質門前払いのような扱いを受けたという報告を受けた。
グリムリッパーに調査させたところ、この二人、貴族の身分を利用して、宝飾品やワインなどを買っては、その代金を踏み倒していたという前科が次々に出た。
どうやら、ワインの代金も同じように踏み倒すつもりだったらしい。
この二名を適当な理由で召喚し、雑談に見せかけて尋ねた。
「ところで、最近、上級市民街に素晴らしいワインの店ができたのを知っておるか?」
「おぉ、陛下もご存知でしたか。あそこのワインは本当に素晴らしい。私も一度飲んでみたのですが、これまでのワインとはくらべものにならない気品を感じさせるものです」
「よろしければ、陛下にも一本献上致しましょう。是非ご賞味なさってください」
やはり商会の責任者が儂であることは知らなかったらしい。
というか、バルン伯爵、一本儂に献上すると申しておるが、その代金はどうやって支払うつもりだ? グリムリッパーに調べさせたところ、其方の家の財政は傾き、直ぐに立て直しが必要ではないか。ワインをもう一本買うどころか、過去の一本の代金を支払うことすらできまい。
「味はしっておる。実はあの店の商会長は儂がしておってな」
儂がそう言った瞬間の二人の顔は、絵にして額に収めて配り歩きたいくらい、奇妙奇天烈なものであった。
「陛下が商会を? 国王が商売をするなど聞いたことあがりません」
「なに、とある工房主と縁ができてな。名前を貸しているだけのようなものだ」
名前を貸しているという言葉に、二人の表情に少し安堵の顔色が浮かぶ。
「であるが、名前だけでも商会長であるから、客に下に見られたら、儂の王都しての威厳が問われる。たとえば、代金を購入したのに支払わない客とかいたら儂はどう対応すればいいと思う? 家臣として意見を聞かせてくれ」
「へ、陛下! 私は代金を支払う予定でした」
「私もです」
まぁ、そうなるだろう。
「バルン伯爵、支払うことができるのか?」
「……時間を……」
「いつまでだ?」
儂の問いに、パルン伯爵は答えられない。
まぁ、そうだろうな。
ここで答えた期日通りに支払いができなければ、彼は国王である儂に虚偽の報告を述べたことになるのだから。
だからといって、踏み倒すつもりであったというわけにはいかない。
「パルン伯爵、其方の家を調べさせてもらったところ、とてもではないが金貨五千枚を早急に捻出できないであろう。そこで提案なのだが、トルシェン近くの村の空気が非常に美味しい。そこでしばし休息をするのはいかがだろうか? 跡継ぎには三男のジェイドがよかろう。幼いながらもなかなか優秀な男だと聞いておる。むろん、今の財政状況を立て直すにはいろいろと準備が必要であるから、儂から人員も送ろう」
今の言葉を要約すると、パルン伯爵はとっとと隠居して、パルン伯爵と同様小さな悪事を積み重ねていた長男、次男にも家を去ってもらい、伯爵家はしばらくの間王家の傀儡貴族になれ――という意味の言葉だ。
本来、王家と貴族の力関係を考えるとやり過ぎな話なのだが、今回の件は本来であれば伯爵家を取り潰しにしても妥当と言われる案件だ。
むしろ甘い采配であろう。
「それは……わかり……ました」
パルン伯爵はそのことを理解し、しぶしぶ頷いたのだった。
そして、ロマンド侯爵だが――まぁ、こやつなら金貨一万枚を支払うことは可能だろう。
「そうだ、面白い話があるのだが、聞いてくれるか、侯爵」
「はい、勿論にございます」
「とある貴族の娘が商売を始めてな。儂の商会ほどではないが、珍しい菓子や化粧品などでかなりの財を成していると聞いたことがある。ルイシアという名前の娘だが聞いたことはあるか?」
「私の自慢の娘にございます」
「そうであったか――ちなみに、その利益は儂の見立てでは月に金貨二万枚はあるかと思えるのだが、どう見る?」
「…………何かの間違いかと」
「間違い? まぁ、そうであろうな。国に上がっている帳簿の上では、利益は金貨三千枚程度になっている。いや、これだけでも十分に凄い、自慢の娘であろう。儂も娘は四人いるのだが、どれも優秀な娘でな」
このまま娘の自慢をしたいところだが、それはまたの機会にしよう。
ルイシアというのは、ロマンド侯爵が愛人に産ませた子供で、決して優遇された人生を送ってこなかった。元々、とある貴族と政略結婚させられるはずだったのだが、その貴族が先日のヴィトゥキント工房主と裏の取引をしていたことが判明し、婚約どころではなくなり、婚約破棄された。
結果、ロマンド侯爵はルイシアを家から追放したのだが、彼女はそこから自分の才で商会を立ち上げ、僅か短期間で結果を出した。
それを知ったロマンド侯爵は、ルイシアを呼び戻し、商会の財の管理をすると言い放ち、その大半を着服していた。しかも税を誤魔化すために、裏帳簿まで作って。
「帳簿の管理は確か、其方がしているそうだな。ならば、間違いがあるはずはないよな、侯爵よ」
「は……はい……もちろんで――」
ロマンド侯爵は悟ったようだ。
もう、何を言っても無駄。すべてバレているのだと。
「私も……少し休養したいと思います」
「そうか。あとのことは儂に任せて養生するのだな」
こうして、国の膿は摘出された。
全部ロックハンス士爵のお陰だな。
とはいえ、これから、侯爵家と伯爵家の管理と商会の管理。
忙しくなりそうだ。
宰相にも暫くは休暇を与えられそうにない。
と儂が覚悟をしたときだった。
「陛下っ! 一大事にございます!」
その宰相が駆けこんできた。
「百年前の病の再来にございます!」
「百年前の病……まさか、コクリ病かっ!?」
儂の問いに、宰相は頷いた。
コクリ病とは、百年前、この国の一部地域で流行った感染症の一種だ。
肌に黒い斑点が現れる他は特に症状らしい症状もなく、何事もないと思われる病だが、一週間後、突然感染者が死ぬという恐ろしい病気だ。
その致死率は九割を超え、いまだに治療法が確立されていない。
対策として、感染者が出た地域を隔離封鎖することしかできないが、百年前はその対応が遅れ、三万人の死者が出た。
唯一の救い――といっていいかはわからないが、その致死率の高さのせいで、それ以上の感染拡大はなかったというが。
「感染者は?」
「ハンドール領のショウシ村に四十名。カッソ村とスクナ村でも感染者がいる者と思われます。恐らく、カッソ村で発症した病に行商人が感染し、周囲の村に広げたかと思われます。ショウシ村の医師により、伝書鳩にてハンドール領主町に連絡がありました。古来の記録にはコクリ病は鳥には感染しないそうですから、そこは安心かと。転移石のある街にまで感染が広がっていないのは不幸中の幸いです――ただちに街道を封鎖し、三つの村の往来を禁止しました」
宰相がそう報告をする。
今のところ、村三つに病気を押しとどめているのは不幸中の幸いと言えるだろう。
ただ、三つの村を合わせて人口は約三百。それだけの数の犠牲を伴うのは心が痛む。
「それと、陛下。ハンドール前領主ですが――」
「ハンドール前領主――」
現ハンドール伯爵の父であるあの男は、中々に豪快な男で、領内で盗賊が現れたと聞いたときは、自ら兵を率いて討伐に赴くような男であった。
「息子に爵位を譲ってからは隠居していると聞いたが、そやつがどうしたのだ?」
「自ら支援物資を運ぶと申しております」
「それは、死にに行くと言っておるのか?」
村に支援物資を運べば、彼もかなりの確率でコクリ病に感染する。
そうなったとき、いや、そうならずとも、彼はコクリ病が完全に収束するまで、三つの村から出ることはできないだろう。
「これから、三村で不安による暴動が起こる可能性があります。その暴動を事前に抑えることができるのは、彼しかいないかと。それに――」
「儂から支援物資を送らず、許可を与えずともあの男なら勝手に行くであろうな。わかった――食料と薬を届けさせろ。それと、例のワインもあるだけ持って行かせて構わん」
「例のワインというと、ロックハンス士爵の? よろしいのですか?」
「儂が責任を取る」
商会の商品の在庫管理は儂に一任されている。
ワインは販売する数量をかなり抑えているので(そうしないと、王都の他のワインが売れなくなる)、ロックハンス士爵の作ったワインは大量に残っているのだ。
手向けの酒だ、せめて最高級の物を送ろうではないか。
そう思っての采配であったが。
「陛下――ハンドール前領主より報告が――」
「既にグリムリッパーから聞いている」
「例のワインで、コクリ病が完治しました」
「既にグリムリッパーから聞いている」
「ロックハンス士爵に、リーゼロッテ姫殿下経由で問い合わせたところ、『ポリフェノールは美肌に効果がありますから、皮膚の病気にも効果がありますし、抗酸化作用がありますから体の老廃物も取り除いて健康になりますよ。え? 病気ですか? 酒は百薬の長っていいますから、大抵の病気は普通に治りますよね?』だそうです」
「既にリーゼちゃんから聞いている」
一体どういうことだ。
理由を聞いても意味がわからない。
ワインで、国を滅ぼしかねない病を完治させるとかありえない。
「それと、ハンドール前領主より、感謝の言葉とともに、先日のワインの味が気に入ったそうで、一本金貨百枚で売ってほしいと連絡が――」
「桁が二つ少ないと言って――いや、快気祝いに一本送ってやれ」
儂はそう言って、頭が痛くなった。
コクリ病の事を考えすぎてここ数日酒を一滴も飲んでいないのに、二日酔いになった気分だ。
ロックハンス士爵、やはりこのままにしておくことはできんな。
リーゼちゃんと速やかに結婚させねばなるまい。
勝負は叙勲式だ。
グリムリッパーからの報告によると、現在、リーゼちゃんとロックハンス士爵の結婚を阻む一番大きな要因は、ロックハンス士爵が、リーゼちゃんのことを王女だと気付いていないことにある。
なんでも、リーゼちゃんは自分が王女であると言い出せず、そのためグイグイと距離を詰めているのに、肝心なところで踏み出せずにいるらしい。
本当は直接儂が国王で、リーゼちゃんが王女だと言ってもいいのだが、そうすればリーゼちゃんに怒られるのは目に見えているから、それは無理だ。
そこで、ロックハンス士爵が叙勲式で儂の顔を見れば、きっとあの時、工房で出会ったおじさんが儂だと気付くはず。
そうすれば、彼がいかに鈍感であろうとも、リーゼちゃんと儂の関係に気付き、リーゼちゃんが王女であることに気付くはずだ。
当然、リーゼちゃんとロックハンス士爵の結婚に反対する者も現れるだろうが、今回の件で儂の傀儡となったパルン伯爵家、そして大きな貸しを作った次期領主のルイシア嬢を利用し、反対勢力を抑え込む。
そうすれば、儂の勝ちは揺るがない。
優秀な婿と、可愛い孫を同時に城に招き入れる大チャンスだ。
そのためには――とりあえず、今ある仕事を終わらせて、叙勲式の準備を急がねばなるまい。
291
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。