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第六章
授爵式の時(その1)
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とうとう授爵式の日がやってきた。
僕は、自分で仕立てた礼服に袖を通し、タイコーン辺境伯とリーゼさんと三人で馬車に乗っていた。
ユーリシアさんも女准男爵の爵位を授爵しているので式には出るはずなんだけど、所要で出席することができないらしい。
授爵式より優先する用事ってなんだろうか?
少し気になるけれど、それを深く考える余裕は僕にはなかった。
「緊張しているのかね、クルト君」
「……はい、少し。ところで、タイコーン辺境伯、少しやつれたのではありませんか?」
以前見たときは、あまり健康的とは言えないふくよかな体をしていた辺境伯だけど、いまは逆に、病気じゃないか心配になるくらい痩せられている。
「いやぁ、最近仕事が忙しくてね(主にクルト君の身元を隠したり、リクルトの町に入り込もうとする諜報員の処理をしたりと、君絡みなんだがね)。まぁ、君から貰った薬のお陰で、医者からは不自然なくらい健康だと言われているよ……」
タイコーン辺境伯はどこか遠い目を浮かべて言う。
本当に疲れているようだ
「僕が作っている薬なんて、あくまで民間療法のおまじない程度のものですから、ちゃんとした薬師に依頼したほうがいいですよ?」
「ああ、機会があったらそうさせてもらうよ(君以上の薬師がこの世にいたらね)」
タイコーン辺境伯は少し困ったように笑った。
そんな忙しい中、今日は僕のために、推薦人として時間を作ってくださったのが申し訳なく思った。
「ところで、クルト様。例の商会ですが、詳しい明細はまだ目を通していないようですが、売り上げは順調のようです」
リーゼさんが柔らかい笑みで言った。
「はい。と言っても、工房主代理としていただいているお給金だけで平気です……」
「クルト様、どうかなさいました?」
「いえ、リーゼさんの服が綺麗で、まるで貴族のお嬢様みたいだなと……」
リーゼさんのいつもの服も可愛らしいんだけど、今日はそこに気品のようなものを感じた。
そして、僕はずっと気になっていたことを尋ねることにした
「あの、その商会を取り仕切ってくださっている方とは一度しか会ったことがないんですけれど……もしかして――さんのお父さん……じゃないでしょうか?」
間違っていたら恥ずかしいと思って、途中言葉がつっかえてしまった。
でも、リーゼさんは僕の言いたいことを理解したのか、頷いて答える。
「クルト様……やっぱり気付いてしまったのですね(まぁ、クルト様の観察眼が悪い方(?)に傾けば、私とお父様が親子であることくらい一瞬で見抜いてしまいわすわね)。はい、あの方は私の――」
「ユーリシアさんのお父さんですよね?」
僕は再度確認する意味を込めて言う。
「父――え?」
「すぐにわかりました。初対面のはずなのに、無理やり応接室に連れて行くユーリシアさんの姿を見て。考えてみれば、ユーリシアさんって、イシセマ島の島主であるローレッタさんの従妹ですもんね。お父さんがお金持ちでも不思議じゃありませんよね」
僕はこれまで、ユーリシアさんの祖母が薬師をしていたという話以外、彼女の身の上について知ろうとしなかった。てっきり、既に他界しているものだと思っていた。
「でも、そうなると、納得です。あのおじさん、娘さんが僕のことを気にかけているって言っていたんですよ。その前に、婚約とか言っていたから、てっきり、恋をしているという意味だと思ったんですが、僕がおっちょこちょいで、いろいろと失敗しているから、これ以上ミスをしないように気にかけてくれているという意味だったんですね」
「待ってください、え? えぇと、ユーリシアさんとおと――そのおじさんが親子ですか? 顔とか髪の色とか似ていましたか?」
「そういえば似ていなかったです。きっとユーリシアさんはお母さん似なんですね」
「………………」
「どうかしたんですか、リーゼさん」
僕が尋ねたときだった。
「ユーリシア女准男爵の父君は既に他界しているぞ」
タイコーン辺境伯が言った。
「彼女を女准男爵に推薦したときに、城に問い合わせたからな。間違いない」
「え? ということは、僕の勘違いだったんですね。あれ? でも、そうすると、あのおじさんが言っていた僕のことを気にかけている娘って……」
誰なんだろ?
僕のことを気にかけてくれるほど深い付き合いのある知り合いの美人ってそんなにいないよね?
マーレフィスさんとバンダナさん……ううん、マーレフィスさんは孤児院で育ったって言ってたし、バンダナさんも父親は随分と昔に死んでいるって言っていた。
シーナさん……だと、お兄さんのカンスさんの話題が全く出ないのはおかしいし、あと、オフィリア様とミミコさん……じゃないよね? たぶん違うと思う。
ヒルデガルドちゃんやミシェルさんは種族が違うし、カカロアさんとユライルさんはそこまで深い付き合いじゃない。
ファミル様はタイコーン辺境伯が父親だし。
となると残っているのは――
「もしかして――」
「クルト様、気付いたのですか?」
「はい」
僕は気付いた。
僕のことを気にかけてくれている美人、それは――
「ハロハロワークステーションのキルシェルさんかもしれません」
考えてみれば、キルシェルさんとは会うたびに、僕にいろいろと質問をしてきた。
工房でお金を使う用事はないか? 何か大きな事業を始めるつもりはないか? そんな、まるで大金を使って大きな仕事をしてほしいようなことを。
それって、僕に商会を立ち上げさせようとするのと一致する気がする。
そう思うと、キルシェルさん、どことなくあのおじさんと似ている気が――
「違います!」
リーゼさんがきっぱり否定した。
「え?」
「……あの人は、私の父です」
「あ、リーゼさんのお父さんだったんですか。言われてみてば、目元とか似ている気が……」
「無理しなくていいですわ、クルト様。私は母親似ですから」
「……ごめんなさい」
僕は謝罪した。
「私は候補に浮かびませんでしたか?」
「えっと、はい、ユーリシアさんとリーゼさん、いつも一緒にいるせいで、どうしても美人というとユーリシアさんで」
「……(ユーリさんは確かに美人ですが、そうはっきりと仰らなくても)」
「リーゼさんはかわいらしい女性と思ってしまい――」
「クルト様、結婚しましょう! 今すぐ!」
リーゼさんが身を乗り出して僕の手を握って言った。
馬車が少し揺れて馬が嘶いた。
「待ってください、リーゼさん。今の時代、お父さんの命令に従う必要なんてありません! 結婚にはリーゼさんの意志が一番重要です」
「はっ! そうでしたわ(プロポーズの前に、式場を抑えてクルト様の逃げ場を潰すのが優先ですわね)」
よかった、リーゼさん、ちゃんと思い直してくれた。
でも、ちょっと惜しいことしたかな?
リーゼさんみたいな可愛らしい女性にプロポーズされることなんて、きっとないだろうし。
「そろそろ城の前に付くが、よろしいか?」
タイコーン辺境伯が少し呆れたように僕たちに尋ねた。
※※※
クルト様が馬車から降りたあと、タイコーン辺境伯が私に尋ねました。
「よろしかったのですか? クルト殿に話してしまっても。彼がこれから会うのは――」
「大丈夫ですよ、タイコーン辺境伯。クルト様が、今回の件で私を王女だと気付くことはありません」
僕は、自分で仕立てた礼服に袖を通し、タイコーン辺境伯とリーゼさんと三人で馬車に乗っていた。
ユーリシアさんも女准男爵の爵位を授爵しているので式には出るはずなんだけど、所要で出席することができないらしい。
授爵式より優先する用事ってなんだろうか?
少し気になるけれど、それを深く考える余裕は僕にはなかった。
「緊張しているのかね、クルト君」
「……はい、少し。ところで、タイコーン辺境伯、少しやつれたのではありませんか?」
以前見たときは、あまり健康的とは言えないふくよかな体をしていた辺境伯だけど、いまは逆に、病気じゃないか心配になるくらい痩せられている。
「いやぁ、最近仕事が忙しくてね(主にクルト君の身元を隠したり、リクルトの町に入り込もうとする諜報員の処理をしたりと、君絡みなんだがね)。まぁ、君から貰った薬のお陰で、医者からは不自然なくらい健康だと言われているよ……」
タイコーン辺境伯はどこか遠い目を浮かべて言う。
本当に疲れているようだ
「僕が作っている薬なんて、あくまで民間療法のおまじない程度のものですから、ちゃんとした薬師に依頼したほうがいいですよ?」
「ああ、機会があったらそうさせてもらうよ(君以上の薬師がこの世にいたらね)」
タイコーン辺境伯は少し困ったように笑った。
そんな忙しい中、今日は僕のために、推薦人として時間を作ってくださったのが申し訳なく思った。
「ところで、クルト様。例の商会ですが、詳しい明細はまだ目を通していないようですが、売り上げは順調のようです」
リーゼさんが柔らかい笑みで言った。
「はい。と言っても、工房主代理としていただいているお給金だけで平気です……」
「クルト様、どうかなさいました?」
「いえ、リーゼさんの服が綺麗で、まるで貴族のお嬢様みたいだなと……」
リーゼさんのいつもの服も可愛らしいんだけど、今日はそこに気品のようなものを感じた。
そして、僕はずっと気になっていたことを尋ねることにした
「あの、その商会を取り仕切ってくださっている方とは一度しか会ったことがないんですけれど……もしかして――さんのお父さん……じゃないでしょうか?」
間違っていたら恥ずかしいと思って、途中言葉がつっかえてしまった。
でも、リーゼさんは僕の言いたいことを理解したのか、頷いて答える。
「クルト様……やっぱり気付いてしまったのですね(まぁ、クルト様の観察眼が悪い方(?)に傾けば、私とお父様が親子であることくらい一瞬で見抜いてしまいわすわね)。はい、あの方は私の――」
「ユーリシアさんのお父さんですよね?」
僕は再度確認する意味を込めて言う。
「父――え?」
「すぐにわかりました。初対面のはずなのに、無理やり応接室に連れて行くユーリシアさんの姿を見て。考えてみれば、ユーリシアさんって、イシセマ島の島主であるローレッタさんの従妹ですもんね。お父さんがお金持ちでも不思議じゃありませんよね」
僕はこれまで、ユーリシアさんの祖母が薬師をしていたという話以外、彼女の身の上について知ろうとしなかった。てっきり、既に他界しているものだと思っていた。
「でも、そうなると、納得です。あのおじさん、娘さんが僕のことを気にかけているって言っていたんですよ。その前に、婚約とか言っていたから、てっきり、恋をしているという意味だと思ったんですが、僕がおっちょこちょいで、いろいろと失敗しているから、これ以上ミスをしないように気にかけてくれているという意味だったんですね」
「待ってください、え? えぇと、ユーリシアさんとおと――そのおじさんが親子ですか? 顔とか髪の色とか似ていましたか?」
「そういえば似ていなかったです。きっとユーリシアさんはお母さん似なんですね」
「………………」
「どうかしたんですか、リーゼさん」
僕が尋ねたときだった。
「ユーリシア女准男爵の父君は既に他界しているぞ」
タイコーン辺境伯が言った。
「彼女を女准男爵に推薦したときに、城に問い合わせたからな。間違いない」
「え? ということは、僕の勘違いだったんですね。あれ? でも、そうすると、あのおじさんが言っていた僕のことを気にかけている娘って……」
誰なんだろ?
僕のことを気にかけてくれるほど深い付き合いのある知り合いの美人ってそんなにいないよね?
マーレフィスさんとバンダナさん……ううん、マーレフィスさんは孤児院で育ったって言ってたし、バンダナさんも父親は随分と昔に死んでいるって言っていた。
シーナさん……だと、お兄さんのカンスさんの話題が全く出ないのはおかしいし、あと、オフィリア様とミミコさん……じゃないよね? たぶん違うと思う。
ヒルデガルドちゃんやミシェルさんは種族が違うし、カカロアさんとユライルさんはそこまで深い付き合いじゃない。
ファミル様はタイコーン辺境伯が父親だし。
となると残っているのは――
「もしかして――」
「クルト様、気付いたのですか?」
「はい」
僕は気付いた。
僕のことを気にかけてくれている美人、それは――
「ハロハロワークステーションのキルシェルさんかもしれません」
考えてみれば、キルシェルさんとは会うたびに、僕にいろいろと質問をしてきた。
工房でお金を使う用事はないか? 何か大きな事業を始めるつもりはないか? そんな、まるで大金を使って大きな仕事をしてほしいようなことを。
それって、僕に商会を立ち上げさせようとするのと一致する気がする。
そう思うと、キルシェルさん、どことなくあのおじさんと似ている気が――
「違います!」
リーゼさんがきっぱり否定した。
「え?」
「……あの人は、私の父です」
「あ、リーゼさんのお父さんだったんですか。言われてみてば、目元とか似ている気が……」
「無理しなくていいですわ、クルト様。私は母親似ですから」
「……ごめんなさい」
僕は謝罪した。
「私は候補に浮かびませんでしたか?」
「えっと、はい、ユーリシアさんとリーゼさん、いつも一緒にいるせいで、どうしても美人というとユーリシアさんで」
「……(ユーリさんは確かに美人ですが、そうはっきりと仰らなくても)」
「リーゼさんはかわいらしい女性と思ってしまい――」
「クルト様、結婚しましょう! 今すぐ!」
リーゼさんが身を乗り出して僕の手を握って言った。
馬車が少し揺れて馬が嘶いた。
「待ってください、リーゼさん。今の時代、お父さんの命令に従う必要なんてありません! 結婚にはリーゼさんの意志が一番重要です」
「はっ! そうでしたわ(プロポーズの前に、式場を抑えてクルト様の逃げ場を潰すのが優先ですわね)」
よかった、リーゼさん、ちゃんと思い直してくれた。
でも、ちょっと惜しいことしたかな?
リーゼさんみたいな可愛らしい女性にプロポーズされることなんて、きっとないだろうし。
「そろそろ城の前に付くが、よろしいか?」
タイコーン辺境伯が少し呆れたように僕たちに尋ねた。
※※※
クルト様が馬車から降りたあと、タイコーン辺境伯が私に尋ねました。
「よろしかったのですか? クルト殿に話してしまっても。彼がこれから会うのは――」
「大丈夫ですよ、タイコーン辺境伯。クルト様が、今回の件で私を王女だと気付くことはありません」
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