227 / 237
【アニメ化記念】前日譚
将軍の意地
しおりを挟む
アニメの第三話くらいの時期の話です。
クルトの壁の補修工事を担当した現場監督(将軍)の話。
―――――――――――――――――――――――――
私の名前はアルレイド・ククソー。
本来の役職はこの街の守護を担う将軍なのだが、現在は辺境町で工事現場の現場監督をしている。
この辺境町は魔族の領地に最も近い、いわば人類と魔族の戦いにおける最重要拠点と言える。
人と魔族の争いなど数百年は起きていない。というのも、魔族にも派閥があり、その派閥同士の争いのため、人類を相手に戦いをしている余裕がないとのこと。
この機会に人類側から魔族に討って出るべき――という意見がある。
だが、魔族の中には人との争いを好まない中立派の魔族がいて、そいつらを敵に回す可能性を考えると簡単に戦争を仕掛けることはできない。ましてや、人類も一枚岩ではない。
つい最近まで、この国とコスキートとの間にある北の小国との戦争があったばかりだ。
魔族も人類も、一枚岩になれないという意味では同じだな。
まぁ、ともかく、この地は重要な拠点。
しかし、その城壁も随分とボロボロになってしまったため、城壁の補修工事を始めたのだが。
「……う……む」
目の前の壁を見る。
とても白い、セメントで塗り固められた壁だ。
私は置いてあった大きな槌を手に取る。
そして、鉄の槌で壁を殴ろうとした。
「何をしている!」
一人の騎士がこちらに駆け付けた。
そして、彼は私の顔を見て安堵の息を漏らす。
「なんだ、アルレイド将軍でしたか。何してたのですか?」
「ジェネリクか。ああ、壁の強度の確認をな……」
私はこの街の騎士隊の副隊長をしているジェネリクを一瞥し、そう答えた。
「強度の確認って、あなたが殴ればせっかく直った壁が壊れてしまいますよ」
「そう思うか?」
「そうですよ。殴るなら木の槌でお願いします」
ジェネリクが呆れたように言ったが、私は苦笑する。
「それを見ろ」
「それって――なんです? これ」
「さっきまで木の槌だったものだ。壁を殴ったら粉々に砕けた」
「は? いや、え?」
ジェネリクは信じられないという感じだ。
そりゃ、木の槌は石より脆いが、それでも本気で殴ればセメントの壁だと罅を入れるには十分だろう。
しかし、目の前の壁は綺麗な状態だ。
「いったい、何をどうしたらこんなに硬くなるのか」
「魔法薬でも混ぜてるんですか?」
「わからん」
「作った奴に聞けばどうです?」
「ハロワに問い合わせをしたが、機密事項扱いになっているらしい。私の権限でも問い合わせができないとなると、どこかの大貴族か王族、宮廷魔術師レベルの力が動いているかもしれない」
あの少年の実力を考えると、それも仕方のないことだが、こんなことなら貧民対策の補修工事は城壁の内側だけにして、外側は彼一人に頼めばよかったと考えてしまう。
「それより、将軍。手紙が届いていますよ」
「ああ」
私は王家の紋章の封蝋のしている書状を受け取った。
その封蝋を砕き、手紙を見て、顔を顰めた。
「どうしたんですか?」
「この街に工房ができるらしい」
「工房って――あの!?」
「ああ。まだ公表はされていないが、新たな工房主が誕生するそうだ。その推薦人は工房主オフィリア、第三席宮廷魔術師のミミコ、そしてリーゼロッテ第三王女殿下だそうだ」
「また凄い話ですね――一体誰なんです? その工房主ってのは?」
「わからん。工房主に関する情報が全く書かれていない――が、どのようなものを作っているか想像はできる」
「そりゃ、ここですからね。下手に魔物を刺激してほしくないんですけど」
西の森、魔族との領地の境にある大森林には、多くの魔物が生息している。
わざわざこの地に工房を構えるってことは、魔物に対して効果を発揮する兵器の開発の可能性が高い。
もしくは、森の手前にあるラピタル文明の遺跡関連か?
あそこは昔、悪魔召喚が行われたという話も聞く。
どちらにしてもあまり手出ししてほしくない場所だ。
「それで、工房はどこに建てられるんですか?」
「中央の太守館を建てるための空き地があっただろ? あそこに新設するそうだ」
「あぁ、あの広大な空き地ですか。ということは、この地に太守が赴任するのはまだまだ先ってことですかね」
「そうなるな」
自分で言うのもなんだが、私のような融通の利かない人間がいる町で太守になりたがる貴族はそうはいない。
辺境伯もそれを理解し、工房用の土地にそこをあてがったのだろう。
しかし、今から工事となると、完成するのはいつになることか。
リーゼロッテ殿下の修行はその工房で行われるって話だが、修行の期間以内に完成することはあるまい。
となると、殿下をお迎えすることはないだろう。
と私は手紙を読み進め、ふと顔をほころばせる。
王家直属冒険者のユーリシアがこちらに来るのか。
あいつとは王都にいたとき、何度か手合わせをした。
女ながら、中々の腕前だった。
奴がここに来るのなら、きっと詰め所にも顔を出す。
若い騎士たちの刺激になるだろう。
さて――
私は再び鉄の槌の柄を強く握る。
「将軍、本当にやるんですか? 将軍が自分が守るべき城壁を壊すなんて聞いたことがないですよ」
「ああ。少し意地になってきた。それに、私が殴っても壊れないと思うぞ?」
「将軍が殴れば、さすがに壁に罅が入りますって。俺のお気に入りのワインを賭けてもいいですよ」
「だったら、私が殴って壁に罅が入らなければ、秘蔵のブランデーを飲ませてやる」
本来、賭けるとしたら逆になるのだろうが、しかし私には予感があった。
そして――
ジェネリクからお気に入りのワインを貰い、壁を殴った反動で痛めた腕を魔法薬で治療することになったのだった。
クルトの壁の補修工事を担当した現場監督(将軍)の話。
―――――――――――――――――――――――――
私の名前はアルレイド・ククソー。
本来の役職はこの街の守護を担う将軍なのだが、現在は辺境町で工事現場の現場監督をしている。
この辺境町は魔族の領地に最も近い、いわば人類と魔族の戦いにおける最重要拠点と言える。
人と魔族の争いなど数百年は起きていない。というのも、魔族にも派閥があり、その派閥同士の争いのため、人類を相手に戦いをしている余裕がないとのこと。
この機会に人類側から魔族に討って出るべき――という意見がある。
だが、魔族の中には人との争いを好まない中立派の魔族がいて、そいつらを敵に回す可能性を考えると簡単に戦争を仕掛けることはできない。ましてや、人類も一枚岩ではない。
つい最近まで、この国とコスキートとの間にある北の小国との戦争があったばかりだ。
魔族も人類も、一枚岩になれないという意味では同じだな。
まぁ、ともかく、この地は重要な拠点。
しかし、その城壁も随分とボロボロになってしまったため、城壁の補修工事を始めたのだが。
「……う……む」
目の前の壁を見る。
とても白い、セメントで塗り固められた壁だ。
私は置いてあった大きな槌を手に取る。
そして、鉄の槌で壁を殴ろうとした。
「何をしている!」
一人の騎士がこちらに駆け付けた。
そして、彼は私の顔を見て安堵の息を漏らす。
「なんだ、アルレイド将軍でしたか。何してたのですか?」
「ジェネリクか。ああ、壁の強度の確認をな……」
私はこの街の騎士隊の副隊長をしているジェネリクを一瞥し、そう答えた。
「強度の確認って、あなたが殴ればせっかく直った壁が壊れてしまいますよ」
「そう思うか?」
「そうですよ。殴るなら木の槌でお願いします」
ジェネリクが呆れたように言ったが、私は苦笑する。
「それを見ろ」
「それって――なんです? これ」
「さっきまで木の槌だったものだ。壁を殴ったら粉々に砕けた」
「は? いや、え?」
ジェネリクは信じられないという感じだ。
そりゃ、木の槌は石より脆いが、それでも本気で殴ればセメントの壁だと罅を入れるには十分だろう。
しかし、目の前の壁は綺麗な状態だ。
「いったい、何をどうしたらこんなに硬くなるのか」
「魔法薬でも混ぜてるんですか?」
「わからん」
「作った奴に聞けばどうです?」
「ハロワに問い合わせをしたが、機密事項扱いになっているらしい。私の権限でも問い合わせができないとなると、どこかの大貴族か王族、宮廷魔術師レベルの力が動いているかもしれない」
あの少年の実力を考えると、それも仕方のないことだが、こんなことなら貧民対策の補修工事は城壁の内側だけにして、外側は彼一人に頼めばよかったと考えてしまう。
「それより、将軍。手紙が届いていますよ」
「ああ」
私は王家の紋章の封蝋のしている書状を受け取った。
その封蝋を砕き、手紙を見て、顔を顰めた。
「どうしたんですか?」
「この街に工房ができるらしい」
「工房って――あの!?」
「ああ。まだ公表はされていないが、新たな工房主が誕生するそうだ。その推薦人は工房主オフィリア、第三席宮廷魔術師のミミコ、そしてリーゼロッテ第三王女殿下だそうだ」
「また凄い話ですね――一体誰なんです? その工房主ってのは?」
「わからん。工房主に関する情報が全く書かれていない――が、どのようなものを作っているか想像はできる」
「そりゃ、ここですからね。下手に魔物を刺激してほしくないんですけど」
西の森、魔族との領地の境にある大森林には、多くの魔物が生息している。
わざわざこの地に工房を構えるってことは、魔物に対して効果を発揮する兵器の開発の可能性が高い。
もしくは、森の手前にあるラピタル文明の遺跡関連か?
あそこは昔、悪魔召喚が行われたという話も聞く。
どちらにしてもあまり手出ししてほしくない場所だ。
「それで、工房はどこに建てられるんですか?」
「中央の太守館を建てるための空き地があっただろ? あそこに新設するそうだ」
「あぁ、あの広大な空き地ですか。ということは、この地に太守が赴任するのはまだまだ先ってことですかね」
「そうなるな」
自分で言うのもなんだが、私のような融通の利かない人間がいる町で太守になりたがる貴族はそうはいない。
辺境伯もそれを理解し、工房用の土地にそこをあてがったのだろう。
しかし、今から工事となると、完成するのはいつになることか。
リーゼロッテ殿下の修行はその工房で行われるって話だが、修行の期間以内に完成することはあるまい。
となると、殿下をお迎えすることはないだろう。
と私は手紙を読み進め、ふと顔をほころばせる。
王家直属冒険者のユーリシアがこちらに来るのか。
あいつとは王都にいたとき、何度か手合わせをした。
女ながら、中々の腕前だった。
奴がここに来るのなら、きっと詰め所にも顔を出す。
若い騎士たちの刺激になるだろう。
さて――
私は再び鉄の槌の柄を強く握る。
「将軍、本当にやるんですか? 将軍が自分が守るべき城壁を壊すなんて聞いたことがないですよ」
「ああ。少し意地になってきた。それに、私が殴っても壊れないと思うぞ?」
「将軍が殴れば、さすがに壁に罅が入りますって。俺のお気に入りのワインを賭けてもいいですよ」
「だったら、私が殴って壁に罅が入らなければ、秘蔵のブランデーを飲ませてやる」
本来、賭けるとしたら逆になるのだろうが、しかし私には予感があった。
そして――
ジェネリクからお気に入りのワインを貰い、壁を殴った反動で痛めた腕を魔法薬で治療することになったのだった。
320
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。