【完結】聖女様ver.2.0 ~無能と蔑まれた聖女様は王子から婚約破棄の上に追放されたけれど超ハイスペックに更新しました

戸部家尊

文字の大きさ
6 / 28

クリーンアップ

しおりを挟む
「それでは、作動します」

 王宮の地下にある広間では魔術師四十人による儀式が行われている。カビのはえた『結界』の解除と『新結界』の構築である。維持には三人程度で事足りるが、発動には爆発的な魔力を必要とするためだ。

 練習を重ねた詠唱が一つに重なる。魔法陣がほのかに光る。明滅を繰り返し、やがて青色に輝く透明な半円を結界の上に築いた。

 『新結界』の完成である。

「長い間、この国を守り続けてくれてありがとう。ご苦労だった、賢者様。だがこれからは私がこの国を支える」

 メレディスは幸福の絶頂にいた。自分がこの国に新たな歴史を築くのだ。
 その上、目障りなのろま聖女と口喧しい平民上がりをまとめて追い払うことができた。

 あれが自分の婚約者だと紹介されたときは首をくくりたくなった。あの時ドロシーは十五歳だったがすでにのろまで無能で、大嫌いだった。あれが隣に並ぶだけで陰口を叩かれた。

 まるで自分まで無能の仲間入りをしたようで不快感が込み上げてくる。兄たちはかぐわしき美姫を妻としているのに何故自分だけがと、子供心にも絶望したものだ。それを支えてくれたのが、幼馴染みのヴィストリアだ。

「二人で一緒に運命を変えましょう」

 その言葉を信じて、様々な方法を考えた。手っ取り早いのがドロシーの暗殺だったが、聖女殺しは大罪と定められている。王族であろうと死罪だ。誰かに殺させたとしても一番の動機がある容疑者が自分である以上、疑われるのは避けられない。

 八方塞がりだったが、そこで新たな道を切り開いたのもヴィストリアだった。
 発想を転換させたのだ。

「聖女が重要なのは『結界』があるからよ。だったら、聖女に頼らなくてもいい、新しい『結界』を作ればいいのよ」

 金も掛かった。時間も掛かった。犠牲も生まれた。けれど全ては報われた。

 全ては愛するヴィストリアとともに作り上げた『新結界』のおかげだ。『新結界』はこの国に新たな秩序をもたらすだろう。

「成功ね、メレディス」
 ヴィストリアが感極まった様子で抱きついてくる。

「君のおかげだよ」

 国王陛下も今回の功績を大いに評価してくれている。ドロシーとの結婚に渋っていたせいで、ここ数年は冷たい目で見られていたがそれももう終わりだ。ドロシーとの婚約破棄と、メレディスとの婚約が認められた。

 正式な発表はまだだが、折を見て大々的に執り行うつもりだ。翌年には更に盛大な結婚式を執り行うのだ。いずれはあの愚かな兄になりかわり、自分こそが王太子となる。そして次の王になる。美しきヴィストリアを王妃として。

「けれど」
 腕の中に居るヴィストリアが不安そうに瞳を揺らす。

「あの『酒樽』が戻ってくることはないの?」

 婚約破棄はしたが、聖女認定までは撤回できなかった。ウィンディ王国では聖女に関する法律が定められており、解任には国王をはじめとした諸侯会議での承認が必要になるためだ。そのため、公式的にはまだドロシーが聖女である。

「心配ないよ」
 メレディスは安心させるべく、多くの令嬢を虜にした笑みを作る。

「どうせ途中で野垂れ死にさ。あの動きじゃあ魔物より前にオオカミに襲われたらそれでおしまいだ」
「でもあの騎士はどうなの? 力はありそうだけど」
「それこそ心配はないよ」
 にたり、と自身の顔が愉悦に崩れるのを堪えきれなかった。

「口は達者だが腕はからっきしでね。ほかの騎士相手に、五本に一本取れればせいぜいだ」

*********************************************

 エクスの不安と緊張に反して、魔物は遠巻きにするだけで道中、一度も馬車を襲って来なかった。
 宿屋もないため、街道沿いで野宿した。夜はドロシーが簡易の結界を張ったために寝ずの番をせずに済んだ。

 馬車は順調に進み、三日目の昼過ぎになってマッキンレイ辺境伯の領地に到達した。丘を越えれば辺境伯の館があるビリーゲイルの町である。

「これは……」
 エクスは息を呑んだ。

 町の外壁を何千何万という魔物が取り囲んでいた。ゴブリン、コボルトといった低級の魔物からオークにオーガ、一つ目巨人サイクロプスまでいる。

 壁にしがみつき、互いを踏みつけ合いながら壁を乗り越えようとしている。壁の上では兵士たちが槍を振るい、矢を放ち、熱湯や油をかけて追い払おうとしているが、後から後から寄せてきて、留まる気配はない。空からもハーピーやグリフォンといった翼の生えた魔物が急降下しては爪やクチバシで兵士たちを引き裂いている。

 反対側の壁では一つ目巨人サイクロプスが壁を壊そうと、手にした岩をぶん投げて、壁に叩き付けた。轟音とともにすでに刻まれていた亀裂が深くなる。壊れるのは時間の問題、というより寸前と言うべきだった。

 正確な兵数をエクスは知らないが、町の規模から考えればせいぜい数百人というところだろう。町の壊滅は目前に迫っていた。

「まずいな」
 魔物に気づかれずに町に入るのは不可能だ。ならば何万という大群をどうにかするしかない。先日見せた隕石落としなら一掃も可能だろうが、町にも被害が及ぶ。何より、決死隊と思しき一団が町から打って出て、一つ目巨人サイクロプスを攻撃している。同士討ちになってしまう。

「問題ありませんよ」
 ドロシーは馬車から降りると、町を見下ろしながら天に向かって手を突き上げる。

「『聖なる慈雨ホーリーレイン』」
 魔術を唱えた途端、雲一つない晴れ渡った空から雨が降ってきた。一粒一粒が虹色に輝き、陽光に反射してまばゆい光を放っていた。

 何事かと立ち尽くしていると、ドロシーに袖を引っ張られた。いつの間にか馬車の中に避難している。
「そこにいると濡れますよ」

 言われるまま幌馬車の中に避難する。エクスは馬車の中から外の様子をうかがう。

 雨を浴びた魔物は急に苦しみだした。まるで毒でも受けたように血を吐き、もがきながら地に倒れていく。

 ハーピーやグリフォンは悲鳴を上げながら墜落し、地に赤い花を咲かす。巨漢のオーガや一つ目巨人サイクロプスですら味方を巻き添えにして倒れた後は、白目を剥いて痙攣するばかりだ。

 中には知恵の回る者もいて、仲間の体を盾にしていた。が、魔物たちは死ぬと黒いチリになって消滅するため、すぐに自身も虹の雨を浴びた。

 反面、町の人間や外にいる兵士たちに苦しんでいる様子はなかった。ただ魔物が死んでいく様を呆然と見ている。

 雨が止む頃にはビリーゲイルの周囲に魔物の姿は一体もなかった。

「これで通れるようになりましたね」
 ドロシーが馬車から出るとうん、とのびをする。何万もの魔物を一掃したというのに、平然としている。

「では、行きましょう。エクス」
 天使もかくやという笑顔に、エクスの心臓が高鳴る。動悸が抑えられず、曖昧に返事をすると逃げるように御者台へ回り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美
恋愛
「アイラ・ロックウェル、君との婚約は無かったことにしよう」そう婚約者のセドリックから言い放たれたのは、通っていた学園の卒業パーティー。婚約破棄の理由には身に覚えはなかったけれど、世間体を気にした両親からはほとぼりが冷めるまでの聖地巡礼——世界樹の参拝を言い渡され……。仕方なく朝夕の参拝を真面目に行っていたら、落ちてきた世界樹の実に頭を直撃。気を失って目が覚めた時、私は神官達に囲まれ、横たえていた胸の上には実から生まれたという聖獣が乗っかっていた。どうやら私は聖獣に見初められた聖女らしい。 そして、その場に偶然居合わせていた第三王子から求婚される。問題児だという噂の第三王子、パトリック。聖女と婚約すれば神殿からの後ろ盾が得られると明け透けに語る王子に、私は逆に清々しさを覚えた。

処理中です...