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クリーンアップ
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「それでは、作動します」
王宮の地下にある広間では魔術師四十人による儀式が行われている。カビのはえた『結界』の解除と『新結界』の構築である。維持には三人程度で事足りるが、発動には爆発的な魔力を必要とするためだ。
練習を重ねた詠唱が一つに重なる。魔法陣がほのかに光る。明滅を繰り返し、やがて青色に輝く透明な半円を結界の上に築いた。
『新結界』の完成である。
「長い間、この国を守り続けてくれてありがとう。ご苦労だった、賢者様。だがこれからは私がこの国を支える」
メレディスは幸福の絶頂にいた。自分がこの国に新たな歴史を築くのだ。
その上、目障りなのろま聖女と口喧しい平民上がりをまとめて追い払うことができた。
あれが自分の婚約者だと紹介されたときは首をくくりたくなった。あの時ドロシーは十五歳だったがすでにのろまで無能で、大嫌いだった。あれが隣に並ぶだけで陰口を叩かれた。
まるで自分まで無能の仲間入りをしたようで不快感が込み上げてくる。兄たちはかぐわしき美姫を妻としているのに何故自分だけがと、子供心にも絶望したものだ。それを支えてくれたのが、幼馴染みのヴィストリアだ。
「二人で一緒に運命を変えましょう」
その言葉を信じて、様々な方法を考えた。手っ取り早いのがドロシーの暗殺だったが、聖女殺しは大罪と定められている。王族であろうと死罪だ。誰かに殺させたとしても一番の動機がある容疑者が自分である以上、疑われるのは避けられない。
八方塞がりだったが、そこで新たな道を切り開いたのもヴィストリアだった。
発想を転換させたのだ。
「聖女が重要なのは『結界』があるからよ。だったら、聖女に頼らなくてもいい、新しい『結界』を作ればいいのよ」
金も掛かった。時間も掛かった。犠牲も生まれた。けれど全ては報われた。
全ては愛するヴィストリアとともに作り上げた『新結界』のおかげだ。『新結界』はこの国に新たな秩序をもたらすだろう。
「成功ね、メレディス」
ヴィストリアが感極まった様子で抱きついてくる。
「君のおかげだよ」
国王陛下も今回の功績を大いに評価してくれている。ドロシーとの結婚に渋っていたせいで、ここ数年は冷たい目で見られていたがそれももう終わりだ。ドロシーとの婚約破棄と、メレディスとの婚約が認められた。
正式な発表はまだだが、折を見て大々的に執り行うつもりだ。翌年には更に盛大な結婚式を執り行うのだ。いずれはあの愚かな兄になりかわり、自分こそが王太子となる。そして次の王になる。美しきヴィストリアを王妃として。
「けれど」
腕の中に居るヴィストリアが不安そうに瞳を揺らす。
「あの『酒樽』が戻ってくることはないの?」
婚約破棄はしたが、聖女認定までは撤回できなかった。ウィンディ王国では聖女に関する法律が定められており、解任には国王をはじめとした諸侯会議での承認が必要になるためだ。そのため、公式的にはまだドロシーが聖女である。
「心配ないよ」
メレディスは安心させるべく、多くの令嬢を虜にした笑みを作る。
「どうせ途中で野垂れ死にさ。あの動きじゃあ魔物より前にオオカミに襲われたらそれでおしまいだ」
「でもあの騎士はどうなの? 力はありそうだけど」
「それこそ心配はないよ」
にたり、と自身の顔が愉悦に崩れるのを堪えきれなかった。
「口は達者だが腕はからっきしでね。ほかの騎士相手に、五本に一本取れればせいぜいだ」
*********************************************
エクスの不安と緊張に反して、魔物は遠巻きにするだけで道中、一度も馬車を襲って来なかった。
宿屋もないため、街道沿いで野宿した。夜はドロシーが簡易の結界を張ったために寝ずの番をせずに済んだ。
馬車は順調に進み、三日目の昼過ぎになってマッキンレイ辺境伯の領地に到達した。丘を越えれば辺境伯の館があるビリーゲイルの町である。
「これは……」
エクスは息を呑んだ。
町の外壁を何千何万という魔物が取り囲んでいた。ゴブリン、コボルトといった低級の魔物からオークにオーガ、一つ目巨人までいる。
壁にしがみつき、互いを踏みつけ合いながら壁を乗り越えようとしている。壁の上では兵士たちが槍を振るい、矢を放ち、熱湯や油をかけて追い払おうとしているが、後から後から寄せてきて、留まる気配はない。空からもハーピーやグリフォンといった翼の生えた魔物が急降下しては爪やクチバシで兵士たちを引き裂いている。
反対側の壁では一つ目巨人が壁を壊そうと、手にした岩をぶん投げて、壁に叩き付けた。轟音とともにすでに刻まれていた亀裂が深くなる。壊れるのは時間の問題、というより寸前と言うべきだった。
正確な兵数をエクスは知らないが、町の規模から考えればせいぜい数百人というところだろう。町の壊滅は目前に迫っていた。
「まずいな」
魔物に気づかれずに町に入るのは不可能だ。ならば何万という大群をどうにかするしかない。先日見せた隕石落としなら一掃も可能だろうが、町にも被害が及ぶ。何より、決死隊と思しき一団が町から打って出て、一つ目巨人を攻撃している。同士討ちになってしまう。
「問題ありませんよ」
ドロシーは馬車から降りると、町を見下ろしながら天に向かって手を突き上げる。
「『聖なる慈雨』」
魔術を唱えた途端、雲一つない晴れ渡った空から雨が降ってきた。一粒一粒が虹色に輝き、陽光に反射してまばゆい光を放っていた。
何事かと立ち尽くしていると、ドロシーに袖を引っ張られた。いつの間にか馬車の中に避難している。
「そこにいると濡れますよ」
言われるまま幌馬車の中に避難する。エクスは馬車の中から外の様子をうかがう。
雨を浴びた魔物は急に苦しみだした。まるで毒でも受けたように血を吐き、もがきながら地に倒れていく。
ハーピーやグリフォンは悲鳴を上げながら墜落し、地に赤い花を咲かす。巨漢のオーガや一つ目巨人ですら味方を巻き添えにして倒れた後は、白目を剥いて痙攣するばかりだ。
中には知恵の回る者もいて、仲間の体を盾にしていた。が、魔物たちは死ぬと黒いチリになって消滅するため、すぐに自身も虹の雨を浴びた。
反面、町の人間や外にいる兵士たちに苦しんでいる様子はなかった。ただ魔物が死んでいく様を呆然と見ている。
雨が止む頃にはビリーゲイルの周囲に魔物の姿は一体もなかった。
「これで通れるようになりましたね」
ドロシーが馬車から出るとうん、とのびをする。何万もの魔物を一掃したというのに、平然としている。
「では、行きましょう。エクス」
天使もかくやという笑顔に、エクスの心臓が高鳴る。動悸が抑えられず、曖昧に返事をすると逃げるように御者台へ回り込んだ。
王宮の地下にある広間では魔術師四十人による儀式が行われている。カビのはえた『結界』の解除と『新結界』の構築である。維持には三人程度で事足りるが、発動には爆発的な魔力を必要とするためだ。
練習を重ねた詠唱が一つに重なる。魔法陣がほのかに光る。明滅を繰り返し、やがて青色に輝く透明な半円を結界の上に築いた。
『新結界』の完成である。
「長い間、この国を守り続けてくれてありがとう。ご苦労だった、賢者様。だがこれからは私がこの国を支える」
メレディスは幸福の絶頂にいた。自分がこの国に新たな歴史を築くのだ。
その上、目障りなのろま聖女と口喧しい平民上がりをまとめて追い払うことができた。
あれが自分の婚約者だと紹介されたときは首をくくりたくなった。あの時ドロシーは十五歳だったがすでにのろまで無能で、大嫌いだった。あれが隣に並ぶだけで陰口を叩かれた。
まるで自分まで無能の仲間入りをしたようで不快感が込み上げてくる。兄たちはかぐわしき美姫を妻としているのに何故自分だけがと、子供心にも絶望したものだ。それを支えてくれたのが、幼馴染みのヴィストリアだ。
「二人で一緒に運命を変えましょう」
その言葉を信じて、様々な方法を考えた。手っ取り早いのがドロシーの暗殺だったが、聖女殺しは大罪と定められている。王族であろうと死罪だ。誰かに殺させたとしても一番の動機がある容疑者が自分である以上、疑われるのは避けられない。
八方塞がりだったが、そこで新たな道を切り開いたのもヴィストリアだった。
発想を転換させたのだ。
「聖女が重要なのは『結界』があるからよ。だったら、聖女に頼らなくてもいい、新しい『結界』を作ればいいのよ」
金も掛かった。時間も掛かった。犠牲も生まれた。けれど全ては報われた。
全ては愛するヴィストリアとともに作り上げた『新結界』のおかげだ。『新結界』はこの国に新たな秩序をもたらすだろう。
「成功ね、メレディス」
ヴィストリアが感極まった様子で抱きついてくる。
「君のおかげだよ」
国王陛下も今回の功績を大いに評価してくれている。ドロシーとの結婚に渋っていたせいで、ここ数年は冷たい目で見られていたがそれももう終わりだ。ドロシーとの婚約破棄と、メレディスとの婚約が認められた。
正式な発表はまだだが、折を見て大々的に執り行うつもりだ。翌年には更に盛大な結婚式を執り行うのだ。いずれはあの愚かな兄になりかわり、自分こそが王太子となる。そして次の王になる。美しきヴィストリアを王妃として。
「けれど」
腕の中に居るヴィストリアが不安そうに瞳を揺らす。
「あの『酒樽』が戻ってくることはないの?」
婚約破棄はしたが、聖女認定までは撤回できなかった。ウィンディ王国では聖女に関する法律が定められており、解任には国王をはじめとした諸侯会議での承認が必要になるためだ。そのため、公式的にはまだドロシーが聖女である。
「心配ないよ」
メレディスは安心させるべく、多くの令嬢を虜にした笑みを作る。
「どうせ途中で野垂れ死にさ。あの動きじゃあ魔物より前にオオカミに襲われたらそれでおしまいだ」
「でもあの騎士はどうなの? 力はありそうだけど」
「それこそ心配はないよ」
にたり、と自身の顔が愉悦に崩れるのを堪えきれなかった。
「口は達者だが腕はからっきしでね。ほかの騎士相手に、五本に一本取れればせいぜいだ」
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エクスの不安と緊張に反して、魔物は遠巻きにするだけで道中、一度も馬車を襲って来なかった。
宿屋もないため、街道沿いで野宿した。夜はドロシーが簡易の結界を張ったために寝ずの番をせずに済んだ。
馬車は順調に進み、三日目の昼過ぎになってマッキンレイ辺境伯の領地に到達した。丘を越えれば辺境伯の館があるビリーゲイルの町である。
「これは……」
エクスは息を呑んだ。
町の外壁を何千何万という魔物が取り囲んでいた。ゴブリン、コボルトといった低級の魔物からオークにオーガ、一つ目巨人までいる。
壁にしがみつき、互いを踏みつけ合いながら壁を乗り越えようとしている。壁の上では兵士たちが槍を振るい、矢を放ち、熱湯や油をかけて追い払おうとしているが、後から後から寄せてきて、留まる気配はない。空からもハーピーやグリフォンといった翼の生えた魔物が急降下しては爪やクチバシで兵士たちを引き裂いている。
反対側の壁では一つ目巨人が壁を壊そうと、手にした岩をぶん投げて、壁に叩き付けた。轟音とともにすでに刻まれていた亀裂が深くなる。壊れるのは時間の問題、というより寸前と言うべきだった。
正確な兵数をエクスは知らないが、町の規模から考えればせいぜい数百人というところだろう。町の壊滅は目前に迫っていた。
「まずいな」
魔物に気づかれずに町に入るのは不可能だ。ならば何万という大群をどうにかするしかない。先日見せた隕石落としなら一掃も可能だろうが、町にも被害が及ぶ。何より、決死隊と思しき一団が町から打って出て、一つ目巨人を攻撃している。同士討ちになってしまう。
「問題ありませんよ」
ドロシーは馬車から降りると、町を見下ろしながら天に向かって手を突き上げる。
「『聖なる慈雨』」
魔術を唱えた途端、雲一つない晴れ渡った空から雨が降ってきた。一粒一粒が虹色に輝き、陽光に反射してまばゆい光を放っていた。
何事かと立ち尽くしていると、ドロシーに袖を引っ張られた。いつの間にか馬車の中に避難している。
「そこにいると濡れますよ」
言われるまま幌馬車の中に避難する。エクスは馬車の中から外の様子をうかがう。
雨を浴びた魔物は急に苦しみだした。まるで毒でも受けたように血を吐き、もがきながら地に倒れていく。
ハーピーやグリフォンは悲鳴を上げながら墜落し、地に赤い花を咲かす。巨漢のオーガや一つ目巨人ですら味方を巻き添えにして倒れた後は、白目を剥いて痙攣するばかりだ。
中には知恵の回る者もいて、仲間の体を盾にしていた。が、魔物たちは死ぬと黒いチリになって消滅するため、すぐに自身も虹の雨を浴びた。
反面、町の人間や外にいる兵士たちに苦しんでいる様子はなかった。ただ魔物が死んでいく様を呆然と見ている。
雨が止む頃にはビリーゲイルの周囲に魔物の姿は一体もなかった。
「これで通れるようになりましたね」
ドロシーが馬車から出るとうん、とのびをする。何万もの魔物を一掃したというのに、平然としている。
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