除夜の鐘を聞きながら

ヤン

文字の大きさ
15 / 20

第15話 優しさ

しおりを挟む
 少しして、二人分の紅茶を持って店長が戻ってきた。店長は小さく笑い、

「ごめん。ティーバッグなんだけど」
「いいです。ありがとうございます」

 カップに触れると、冷えていた指先がじんわりと温かくなってくる。僕はカップを持ち上げ、香りを楽しむ。自然に笑顔になった。

「店長も先生も優しくしてくれて、僕は今まで本当に助けられてきました」
「そうか。僕たちは君のことが好きだから、そうしてきただけなんだけど」

 そう言ってすぐに店長が、「あ」と言い、右手を横に振った。

「違うよ。僕は君のこと、そういう意味で好きなんじゃなくて……」

 否定してくる店長の様子がおかしくて、つい笑ってしまった。そんなことはわかっています、と伝えようかと思ったが、やめた。店長は紅茶を一口飲むと、

「こんな否定の仕方、余計に勘繰りたくなるかもしれないけど、違うよ。僕には、別に好きな人がいるから。それに、好きになるのは女性だし」

 店長の好きな人とはどんな人なんだろうと思ったが、そこには触れず、「わかってますよ、店長」と、言うにとどめた。

 店長は、また紅茶を口にしてから、

「じゃあ、さっきの続き。走ってきた宝生ほうしょうくんは、そばまで来ると僕の腕をギュッと握って、『行きますよ』って言って、僕を引っ張り始めた。逆らえないからそのままさせてたけど、すごい力だったな。あれ、ピアノ弾くからなのかな?」
「どうでしょうね。先生、必死だったから、普段にない力が出た……とかでしょうか?」

 僕が、考えを口にすると、店長は頷き、

「そうかもしれないな。とにかく、必死な感じだったよ。それで、君の部屋の前まで来たら、呼び鈴を何度も押して。その時も、本当にそれまで一度も見たことがないような、恐怖なのか焦りなのか、何だかそういうものが浮かんだ顔をしてて。時々僕を見て、『返事がありませんよ』って言ってみたり。普通の状態じゃなかった。その後、君がドアを開けてからは、君の見た通りだけど、あんな宝生くん、見たことなかったよ。それで、もちろん君が生きていてくれたことは嬉しかったし、おいしい雑炊を作らなきゃって思ったんだけど、冷静な自分もいて。『ああ。そうか。宝生くんは、こんなにも吉隅よしずみくんのことを大好きだったのか』って思ったんだ」

 店長が話を終えると、僕は紅茶を一口飲んだ。また一口。熱かったけれど、ほとんど一気に飲んでしまった。

 あの時の二人の優しさ。特に、先生の優しさを思い出す。僕は、いつもあの人に守られて生きてきたんだと思う。どんな僕も、決して見捨てずに。

 そんなことを思っていたら、鼓動が速くなり、目には涙が浮かんできた。それを、店長に見られまいとして俯いた。が、そうしたことで却って、テーブルに涙が落ちてしまった。

「紅茶、もう一杯淹れてこようか?」

 店長が、そっと声を掛けてくれる。僕は、ただ首を横に振った。僕は椅子から立ち上がり、「会計をお願いします」と言って、店長に伝票とお金を渡した。店長は頷き、レジへ向かった。僕もその後についていった。会計を済ませてから、僕は店長に頭を下げ、

「それでは、当日よろしくお願いします」

 何とかそれだけ言うと、通用口の方へ歩き出した。店長は、何も声を掛けてこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...