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第16話 大晦日
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大晦日になった。練習は充分にしてきたが、一通り弾いて確認してから、家を出た。天気は良かったが、風が冷たい。思わず身震いしてしまった。マフラーをしっかり巻き直してから、ファルファッラへと歩き出した。
右足首は良くなっていたが、こういう冷える日は少し調子が悪い。まあ、レストランの中は温かいはずだからどうにかなるだろう、とは思っている。
通用口から入るように言われているので、そちらから入った。廊下を歩いていくと、店長が店内のチェックをしていた。僕が声を掛けると振り向いて、
「吉隅くん。今日は、よろしくね」
笑顔で言う。僕も微笑みながら、「よろしくお願いします」と言った。
入口の近くに、受付用の小さなテーブルを置いてもらった。そこで、名前の確認とプログラム渡しをする。ノートに書かれている名前を見てみたが、わかる名前は先生くらいだ。あとは、顔を見たらきっとわかるだろう。僕がこの店で弾いていた頃に来てくれていた人が多いと聞いている。再会出来るのが、今から楽しみだ。
しばらくの間、ピアノを弾かせてもらった。リハーサルというほどでもないが、一応もう一度確認しておきたかったのだ。
そして、開店の時間になった。店長に声を掛けられ、手を止めた。椅子から立ち上がると、受付に向かった。店長がスタッフに向けて、
「それでは、開店します。今日もよろしくお願いします」
それに応えてスタッフも、「お願いします」と言う。昔も今も変わらない光景だ。かつては、この声と同時に演奏が始まった。緊張の瞬間だったな、と思い返した。
開店するとすぐに、何人もの人が入って来た。名前はわからないけれど、確かに知っている顔ばかりだ。
自ら受付に立ち、一人ずつ名前を聞き、感謝を伝えてプログラムを渡した。そして、最後に先生が来た。僕は少しの間、何も言えずに先生を見ていた。先生は、一歩、また一歩と僕に近付いてくる。
僕の目の前に立った先生が、微笑みを浮かべた。
「宝生学です」
僕は、我慢しようとしたが、吹き出してしまった。
「あの……知ってます」
「そうですか。それ、プログラムですか? もらえますか?」
「もちろんです」
慌てて先生に差し出すと、先生はそれをじっと見る。顔を上げると、「そうですか」と言った。これは、どういう反応だろう。
「先生。このプログラムはどうですか?」
「もちろん、いいですよ。君がここで、ずっと弾いてきた曲じゃないですか。楽しみにしてます」
先生が行こうとすると、店長がさっとそばに来て、
「宝生くん。君の席は決まってるんだ」
「自由席ではなかったですか」
「だけど、君は特別だから。と言うか、もう、そこしか空いてないけど」
先生は、眉間に皺を寄せてハーッと息を吐き出すと、
「案内して下さい」
「よし。じゃあ、行こう」
二人並んで、奥へ入って行った。僕は、みんなが席に着いたのを確認してからピアノまで歩いて行った。拍手が起こって、何だかこの場所ではないような気になった。
ピアノのそばに立つと一礼し、挨拶の後、曲を弾き始めた。先生が言っていた通り、ここでアルバイトをしている頃に弾いていた曲ばかりを集めた。弾いているとその頃が思い出されて、何だか胸がギュッとなった。
予定の曲を全て終えて立ち上がると、拍手が沸き起こった。僕は、何度も礼をして、感謝を伝えた。そして、再び椅子に腰掛けると、閉店間際に弾いてきたあの曲を弾き始めた。やはり、この曲を弾かないと終われない。
静かに曲は終わり、一瞬の静寂の後、店内は拍手に包まれた。
今後、どんなに有名なピアニストになれたとしても、ここでの日々はきっと忘れない。そう思った。
右足首は良くなっていたが、こういう冷える日は少し調子が悪い。まあ、レストランの中は温かいはずだからどうにかなるだろう、とは思っている。
通用口から入るように言われているので、そちらから入った。廊下を歩いていくと、店長が店内のチェックをしていた。僕が声を掛けると振り向いて、
「吉隅くん。今日は、よろしくね」
笑顔で言う。僕も微笑みながら、「よろしくお願いします」と言った。
入口の近くに、受付用の小さなテーブルを置いてもらった。そこで、名前の確認とプログラム渡しをする。ノートに書かれている名前を見てみたが、わかる名前は先生くらいだ。あとは、顔を見たらきっとわかるだろう。僕がこの店で弾いていた頃に来てくれていた人が多いと聞いている。再会出来るのが、今から楽しみだ。
しばらくの間、ピアノを弾かせてもらった。リハーサルというほどでもないが、一応もう一度確認しておきたかったのだ。
そして、開店の時間になった。店長に声を掛けられ、手を止めた。椅子から立ち上がると、受付に向かった。店長がスタッフに向けて、
「それでは、開店します。今日もよろしくお願いします」
それに応えてスタッフも、「お願いします」と言う。昔も今も変わらない光景だ。かつては、この声と同時に演奏が始まった。緊張の瞬間だったな、と思い返した。
開店するとすぐに、何人もの人が入って来た。名前はわからないけれど、確かに知っている顔ばかりだ。
自ら受付に立ち、一人ずつ名前を聞き、感謝を伝えてプログラムを渡した。そして、最後に先生が来た。僕は少しの間、何も言えずに先生を見ていた。先生は、一歩、また一歩と僕に近付いてくる。
僕の目の前に立った先生が、微笑みを浮かべた。
「宝生学です」
僕は、我慢しようとしたが、吹き出してしまった。
「あの……知ってます」
「そうですか。それ、プログラムですか? もらえますか?」
「もちろんです」
慌てて先生に差し出すと、先生はそれをじっと見る。顔を上げると、「そうですか」と言った。これは、どういう反応だろう。
「先生。このプログラムはどうですか?」
「もちろん、いいですよ。君がここで、ずっと弾いてきた曲じゃないですか。楽しみにしてます」
先生が行こうとすると、店長がさっとそばに来て、
「宝生くん。君の席は決まってるんだ」
「自由席ではなかったですか」
「だけど、君は特別だから。と言うか、もう、そこしか空いてないけど」
先生は、眉間に皺を寄せてハーッと息を吐き出すと、
「案内して下さい」
「よし。じゃあ、行こう」
二人並んで、奥へ入って行った。僕は、みんなが席に着いたのを確認してからピアノまで歩いて行った。拍手が起こって、何だかこの場所ではないような気になった。
ピアノのそばに立つと一礼し、挨拶の後、曲を弾き始めた。先生が言っていた通り、ここでアルバイトをしている頃に弾いていた曲ばかりを集めた。弾いているとその頃が思い出されて、何だか胸がギュッとなった。
予定の曲を全て終えて立ち上がると、拍手が沸き起こった。僕は、何度も礼をして、感謝を伝えた。そして、再び椅子に腰掛けると、閉店間際に弾いてきたあの曲を弾き始めた。やはり、この曲を弾かないと終われない。
静かに曲は終わり、一瞬の静寂の後、店内は拍手に包まれた。
今後、どんなに有名なピアニストになれたとしても、ここでの日々はきっと忘れない。そう思った。
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