除夜の鐘を聞きながら

ヤン

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第17話 空席の意味

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 店内は、僕と先生と店長。そして、スタッフだけになった。そのスタッフも着替えを済ませると出て行ってしまったので、僕たち三人がここにいる状態になった。店長は僕に微笑むと、

「お疲れ様でした。じゃあ、吉隅くんの為に何か作ってくるよ」

 休憩時間はあったが、そのタイミングでは食べなかった。よって、今僕は空腹だ。店長の気遣いが嬉しかった。少しして戻って来た店長は、丼に入った何かを持っていた。目の前に置かれて、それが蕎麦だということがわかった。そう言えば、今日は大晦日。年越し蕎麦を食べる日ではないか、と気が付いた。

「三人前、作ってきたよ。伸びない内に食べよう」

 店長が最初に食べ始めた。それを見て、僕と先生も食べ始めた。店長が作ってくれる物は、何でもおいしい。あっと言う間に食べ終えてしまった。店長は奥に入っていくと、湯呑みをトレーにのせて戻って来た。それぞれに配って、席に着いた。

 僕は、お茶を一口飲んでから店長に向かい、

「あの……。一つ訊いてもいいですか」
「改まって、何だい?」

 店長が首を傾げる。僕は一瞬ためらったが、やはり気になってしょうがないので訊くことにした。

「コンサート中、ずっと気になってたんですけど。先生のテーブルが一席空いていたのは、何か意味があるんですか? 確か、満席になったって店長言ってましたよね」
「ああ。そのことか。吉隅よしずみくん、本当にわからない?」

 僕が何か言う前に、先生が、「あ。そういうことでしたか」と言って、僕を見た。そういうことって何だろう。先生は、相変わらずわからないでいる僕の目を覗き込むようにして言った。

「君、本当にわからないんですか? この席に座るべき人が、もう一人いるでしょう?」
「え……」

 先生にそう言われて、ようやくわかった。

「店長。そんな配慮をしてくださったんですか?」

 涙が出そうになるのを、必死で堪えた。どうしてこの人たちは、こんなに優しいのだろう?

 店長は、鼻の下を指で擦ると、

「だってさ。油利木ゆりきくんだって、聞きたいだろうなって思ってさ」
「そうですよね。僕だけが吉隅くんのそばで聞いていたら、油利木くんも、いい気がしないでしょうね」

 先生の言葉に、つい笑ってしまった。

和寿かずとしは、そんなに心の狭い人じゃないと思います」
「でもね、吉隅くん。僕は、油利木くんにとって、邪魔な存在でしょう? 恋人に言い寄る悪い人間という認定をされているはずです。油利木くん、僕のことが嫌だろうなとは思うんですけど、こればっかりはどうにも出来ません」

 先生が湯呑みを手にして、お茶を飲む。僕も、もう一口飲む。何だか鼓動が速くなる。落ち着け、と心の中で自分に言った。

「ねえ、宝生くん。何か一曲弾いてよ」

 突然店長が言った。先生は眉根を寄せて、

「急に何ですか? 何故僕が弾かなければならないのでしょう?」

 先生が問うと、店長はニヤッと笑い、

「いや、別に深い意味はないよ。ただ、君の演奏を久し振りに聞きたくなっただけだから」

 先生は、店長から視線を外し僕を見た。その顔は、相変わらず不機嫌そうに見えた。そんなに弾くのが嫌なのだろうか。そんなことを考えていると、「吉隅くん」と呼ばれた。びっくりして、「はい?」と、疑問形になってしまった。

「君は、僕に何か弾いてほしい曲はありますか?」
「店長ではなく、僕に訊くんですか? あの……店長。何か聞きたい曲はありますか?」

 僕の問いかけに、店長は「いや」と首を振った。

「別に何でもいいよ。ただ、宝生くんの演奏を聞きたいだけだから」
「何でもいいと言われるのが、一番困りますよね、先生」

 僕なら困るだろうな、と思って言ったのに、先生は、

「いえ。別に」
「あ。そうなんですね」
「言ってくれれば楽なのは、間違いありませんけどね」

 やっぱりそうじゃないか、と思ったが、言わなかった。

 僕は少し考えて、ある曲を思いついた。先生に弾いてほしい曲。それは、あの時に弾いてくれた中の一曲。

「先生!」

 つい大きな声で呼んでしまった。そうされて、先生は目を見開きながら、

「何ですか? 吉隅くん」
「弾いてほしい曲です。あの時弾いてくれた、あの曲……」

 先生が、溜息を吐いた。

「君ね、それでわかる人は、いません。あの時、何曲弾いたと思ってるんですか?」

 言われて僕は頭の中でカウントし始めたが、そうと察したらしい先生が首を振り、

「吉隅くん。数えなくていいです。僕も何曲弾いたのかなんて覚えてませんから。それで? 何を弾けばいいんですか?」

 僕は、深呼吸をしてから、

「リストの『コンソレーション』です」

 そう告げた。
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