【完】真実の愛

酒酔拳

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15.マーシャの話

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15.マーシャの話



その日のうちに、ダニエルはアイリスに連絡をとり、マーシャの情報を聞いてくれた。
ダニエルの行動力は目を見張るものがあり、安心して任せられる。

アイリスによると、マーシャは体の調子が悪くなり、歌劇団をやめた。それからは、ラダトンの貧困街の奥地にいると噂を聞いたことがあるという。

まずは行ってみるしかなかった。
ここからそんなに遠くないということに、運が向いているようにも考えられた。

「私も一緒に行っていいかしら?武器の準備もおおかた揃ったから、情報を聞いたほうが良さそう。」

サーラの申し出を断る理由もなく、私たち3人は、ラダトンの貧困街へと出かけた。



ラダトンの貧困街は、別名、10番街と呼ばれている。

「俺は、昔、そこに住んでいたから、よく知っている。」

ダニエルは声のトーンを落として、案内をしてくれる。町全体が貧困の中、貧困街は一層酷かった。死臭と人々のうめき声で、まるで地獄絵を見ているようだった。

「ここから穴倉に入っていくと奥地だ。この穴倉は、臭いが半端ないから布を巻いたほうがいい。」

ダニエルは私とサーラにハンカチを渡してくれる。

「私、やっぱりやめておくわ・・・。死臭も嫌だけど、すごい臭い。汚物がそこら中にこびりついて、トイレの中にいるみたいだわ。とても耐えられない。」

サーラはダニエルからハンカチを受け取らず、そのまま帰ってしまう。

「仕方ないさ。ここの環境は最悪だからな。あれでも、サーラはラダトンでは良い暮らしをしている。」

ダニエルは、サーラが帰ったことを気にせずに、進んでいく。私も彼の後ろについて、歩いていく。穴倉は暗々としていて、気を抜くと汚物か死体を踏んでしまいそうになる。こんな状態まで、王宮が放っておくなど、あってはならないことだった。

汚物まみれの地べたに、何人もの子どもや老人などが肩を寄せ合って震えている。
彼ら、彼女らは、恨めし気に私を見ている。なぜか暗くても、人の目は薄明かりが照らされたように、鮮明に見えてくるのだ。

「ここが、穴倉の奥地だ。ここら辺に、マーシャがいると聞いたが。ちょっと待っていて。」

奥地は広間のように空間が広がっていた。
たくさんの人が、ひしめき合っているため、顔の判別は見分けがつかなかった。

ダニエルが、横たわっている老人に何かを聞いている。

「シャーロット、どうやらあそこに寝ているのが、マーシャのようだ。」

ダニエルは、奥地の端でゴザを敷いて寝ている老女を指さした。

「すごいな、よくわかったな。」

「ここの人たちは、お互いのことをよく知っているんだ。貧しいがみなで分かち合って、生き延びていこうと思いやりがある。俺も、飢えたときに、食べ物を分けてもらった。俺にくれる人も、飢えているけど俺のことを助けてくれるんだ。」

ダニエルは、ゴザに寝転ぶ老女に近づいていきながら、私に話してくれる。

彼の生い立ちは、私が想像するより酷いものだったのだろう。
だが、人を信じる心を失わなかったのは、この貧困街の奥地の人々の慈愛のためなのかもしれない。豊かに暮らしているのに、心は貧しい王宮の皆を思い出すと、何が貧困なのか、わからなくなってくる。

「やあ、マーシャ、話をしてもらえるかい?」

ダニエルはぐうぐうと眠っている、マーシャの肩を揺らして言った。
マーシャは長く伸びた白髪と皺だらけの顔だが、透き通るような肌をしていた。

「お前たちが来るのは、わかっておった。」

老女は目を瞑りながら、言葉を発した。声は小さかったが、はっきりとした口調だった。

「さすが、黒魔術の師匠だけあるな。じゃあ、何の用件できたかも、わかってるだろう?」

ダニエルはほっとした表情で話を続ける。

「アーニャの香のことだろう?アルバート王が香の力に支配してしまっているのだろう?」

マーシャは、すべてをわかっているようだった。

「すごいな。その通りだよ。」

「ふん、水晶の力が、すべてを教えてくれるんじゃ。」

マーシャはそう言って、傍においてある水晶玉を指さした。

「魔術の力は衰えてないみたいだな。安心した。それで、香の力を解く方法を教えてくれるのか?」

ダニエルは、お願いするように、話の核心を伝えた。

「その水晶の玉のとなりに、粉があるじゃろう。これは解毒剤のようなものじゃ。この粉をふりかけて、少しでも吸わせれば、たちまち正気に戻るよ。」

「!ありがとう。まさか、こんなにあっさり渡してもらえるなんて、思ってなかった。」

「アーニャは昔は、良い子だったんじゃ。両親を亡くして、歌劇団に入ってきてからも純粋無垢で、よく笑う可愛い子だったんじゃ。黒魔術は悪魔との契約。自分の命を削って、交換しなければいけないんじゃ。それを、私はあの子に教えたはずじゃのに。あの子はもう、気配がわかるほど悪魔が近づいて微笑んでいるのじゃ。」

「アーニャの命は短いのか?」

「たぶんな・・。私はいくつに見える?」

「老女だろう。70か75歳か・・?」

「私は、これでも41じゃ。」

ダニエルと私は、まじまじとマーシャを見る。老女にしか見えなかった。

「黒魔術はその力が強いほど、恐ろしいものだ。私を見れば、わかるじゃろう。」

マーシャの声は段々と苦しそうに、か細くなってくる。

「大丈夫か?」

ダニエルはマーシャの手をとって聞いた。

「もう、話しているだけでも奇跡のようなものじゃ。お前たちが来るまではと、頑張っていたんじゃよ。」

「なぜ、俺たちに協力を?」

「どうしてじゃろうね、最後くらい、良いことをしてみたくなったのかもしれない・・・。さあ、早く、行きなされ。私はもう、あちらにいかないと・・・・・・。」

マーシャはそう言いながら、息を引き取った。
彼女の手もだらりと垂れさがり、力を失っている。ダニエルはマーシャの手を合わせるようにして祈りを捧げる。

「マーシャがなぜ、この場所を死に場所にしたのか、なんとなくわかるようだよ。」

「なぜだい?」

冷たいものが手にぽたりと垂れた。私は知らずに涙を落としていたようだった。

「ここはなんでか、死にゆくものに、温かいもんがあるんだよな。」

そう言うと、ダニエルは目頭を押さえて、水晶玉のとなりにある白い粉の袋を手に取った。

「わからないが、わかりたいと思う。」

私は自分の本心を言葉にしてみる。

「ああ、裕福だった君にはわからないだろう。でも、いつかわかる日がくるさ。」

ダニエルは、私の言葉に頷いて言った。











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