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竜神教会
13.勇者と聖女の未来(2)
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「承知しております」
「ならば、よろしい。わたくしは……世を乱す結果にならなければ、あなた様がたにも、ある程度の自由は認められるべきだと考えています。しかし……これは、身に過ぎた願いかもしれませんが……あなた様には、辛い思いをしていただきたくないのです」
「大司教さま……」
もしアーサーとサフィアがそういう関係になったとしても、彼は見ないふりをしてくれる。けれどアーサーはメアリー姫と結婚することになるからと、サフィアを案じてくれているのだ。
大司教からの愛情を感じ、サフィアは深く頭を下げた。
「ご心配をおかけしまして申し訳ございません。しかし今朝のことで、何か勘違いをした者の報告を受けたのではないでしょうか。……大司教さまは、彼がここに来る前にどちらにいらっしゃったがご存じでいらっしゃいますか?」
「その様子だと、あなた様もお聞きになったのですね」
大司教はいつものような感情の読めない微笑みを浮かべながら答えた。
サフィアは頷いてアーサーのことを話しそうになり――口を開く前に、あることに気付いた。
大司教は、あなた様“も”と言った。ということは、大司教“も”草竜の森のことを知っていたということになる。けれど、それだと違和感があった。それが本当のことだったとしたら、大司教はアーサーが草竜の森で過ごし、人に慣れていないことを知りながら、誰にも話していなかったということになる。アーサーがここで生活していく上で、明らかに文化面でのサポートが必要だっただろう。でも、それを誰にも頼んでいないのだ。大司教が明かせば、少なくとも教会で地位の高い人々は信じただろう。大司教の人柄も、そんな嘘を言う必要性がないことも分かるからだ。これから共に旅をするサフィアはもちろん、勇者の指導を主に担当するベテラン兵にも、教えてくれて良さそうな気がする。しかしサフィアは聞かされていなかったし、ベテラン兵も、アーサーにそういうサポートが必要だったことを知らない様子だった。
どうしてかは分からないが、大司教はアーサーの生い立ちについて知らなくて、そしてそれを知るために、サフィアに鎌をかけていることになる。
サフィアは草竜の森のことは言わず、朝と同じ言い訳をすることにした。
「……はい。彼の文化が、我々と違うことは承知しています。なので、その……彼にとっては、身体的接触も、わたしたちが思う意味とは違うのです。それを、きちんと理解しています。なので、大司教さまがご心配なさっているようなことは、ありません」
「…………そうですか。それならば、良いのです」
とりあえず、大司教からそれ以上聞かれることはなかった。
サフィアは大司教室を出て自分の部屋に入ったあと、ベッドに飛び込んだ。
「ああ~……つ、疲れたぁ……」
ごろごろと転がってから仰向けになった。やけに肩がこった気がする。
しかし……大司教すらも草竜の森のことを知らないとは、一体どうなっているのだろうか。
光竜の紋章さえあれば勇者であることは間違いないので、教会が引き取りを拒むことは絶対にない。けれど、普通はその人物がどういう生い立ちなのかとか、そういう情報も受け取るはずなのだ。
たしかに草竜の森で育ったというのは突拍子もない話だし、人の手を入れてはいけない森に住んでいたとなると、本人に悪気はなくても背信者とみなす人だっているだろう。だから公表するべきではないし、言いふらすことではない。
でも、普通大司教には伝わるはずだし、知っていたら少なくともサフィアには教えてくれたはずだ。
そもそも、アーサーはどうして森からここに来たのだろう。彼だって、森で過ごしていたかったと話していたのだから、自分で出て来たわけではないはずだ。誰かが迎えに来たようなことを言っていたけれど……。誰だっただろうか。肝心なところなのに、思い出せなかった。親とかではなかったはずなのだが。
「もう、考えても分からないわ……!」
サフィアは髪をぐしゃぐしゃと掻きまわして、考えることを諦めた。とにかく自分たちがやることは、闇竜を倒すことだけだ。
「ならば、よろしい。わたくしは……世を乱す結果にならなければ、あなた様がたにも、ある程度の自由は認められるべきだと考えています。しかし……これは、身に過ぎた願いかもしれませんが……あなた様には、辛い思いをしていただきたくないのです」
「大司教さま……」
もしアーサーとサフィアがそういう関係になったとしても、彼は見ないふりをしてくれる。けれどアーサーはメアリー姫と結婚することになるからと、サフィアを案じてくれているのだ。
大司教からの愛情を感じ、サフィアは深く頭を下げた。
「ご心配をおかけしまして申し訳ございません。しかし今朝のことで、何か勘違いをした者の報告を受けたのではないでしょうか。……大司教さまは、彼がここに来る前にどちらにいらっしゃったがご存じでいらっしゃいますか?」
「その様子だと、あなた様もお聞きになったのですね」
大司教はいつものような感情の読めない微笑みを浮かべながら答えた。
サフィアは頷いてアーサーのことを話しそうになり――口を開く前に、あることに気付いた。
大司教は、あなた様“も”と言った。ということは、大司教“も”草竜の森のことを知っていたということになる。けれど、それだと違和感があった。それが本当のことだったとしたら、大司教はアーサーが草竜の森で過ごし、人に慣れていないことを知りながら、誰にも話していなかったということになる。アーサーがここで生活していく上で、明らかに文化面でのサポートが必要だっただろう。でも、それを誰にも頼んでいないのだ。大司教が明かせば、少なくとも教会で地位の高い人々は信じただろう。大司教の人柄も、そんな嘘を言う必要性がないことも分かるからだ。これから共に旅をするサフィアはもちろん、勇者の指導を主に担当するベテラン兵にも、教えてくれて良さそうな気がする。しかしサフィアは聞かされていなかったし、ベテラン兵も、アーサーにそういうサポートが必要だったことを知らない様子だった。
どうしてかは分からないが、大司教はアーサーの生い立ちについて知らなくて、そしてそれを知るために、サフィアに鎌をかけていることになる。
サフィアは草竜の森のことは言わず、朝と同じ言い訳をすることにした。
「……はい。彼の文化が、我々と違うことは承知しています。なので、その……彼にとっては、身体的接触も、わたしたちが思う意味とは違うのです。それを、きちんと理解しています。なので、大司教さまがご心配なさっているようなことは、ありません」
「…………そうですか。それならば、良いのです」
とりあえず、大司教からそれ以上聞かれることはなかった。
サフィアは大司教室を出て自分の部屋に入ったあと、ベッドに飛び込んだ。
「ああ~……つ、疲れたぁ……」
ごろごろと転がってから仰向けになった。やけに肩がこった気がする。
しかし……大司教すらも草竜の森のことを知らないとは、一体どうなっているのだろうか。
光竜の紋章さえあれば勇者であることは間違いないので、教会が引き取りを拒むことは絶対にない。けれど、普通はその人物がどういう生い立ちなのかとか、そういう情報も受け取るはずなのだ。
たしかに草竜の森で育ったというのは突拍子もない話だし、人の手を入れてはいけない森に住んでいたとなると、本人に悪気はなくても背信者とみなす人だっているだろう。だから公表するべきではないし、言いふらすことではない。
でも、普通大司教には伝わるはずだし、知っていたら少なくともサフィアには教えてくれたはずだ。
そもそも、アーサーはどうして森からここに来たのだろう。彼だって、森で過ごしていたかったと話していたのだから、自分で出て来たわけではないはずだ。誰かが迎えに来たようなことを言っていたけれど……。誰だっただろうか。肝心なところなのに、思い出せなかった。親とかではなかったはずなのだが。
「もう、考えても分からないわ……!」
サフィアは髪をぐしゃぐしゃと掻きまわして、考えることを諦めた。とにかく自分たちがやることは、闇竜を倒すことだけだ。
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