聖女の使命のためだけに生きてきましたが、突然現れた人嫌い勇者さまに溺愛されました

天草つづみ

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闇竜討伐の旅

28.偶然の出会い

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 謁見の間を出たあと、サフィアとアーサーはそれぞれの客室に案内された。夕食は時間になったら部屋まで運ばれるが、アーサーは呼び出されて別室でメアリー姫と食べることになるそうだ。
 サフィアは説明を聞いたあと自分の部屋に入って、ベッドに飛び込んだ。ばふっと柔らかい布団に受け止められて、教会との違いに驚いた。あそこもそれなりに良いものが置いてあるが、ここまでではなかった。けれど、その心地良さでサフィアの気分が上がるわけではなかった。

「はあ~……」

 大きくてふわふわの枕を抱き締める。
 本当はアーサーに会って話したいけれど、今日はやめたほうが良いだろう。勇者と聖女とはいえ、寝室で男女二人きりになるのは外聞が悪い。まして、ここはアーサーの結婚相手がいる王城だ。

 アーサーとメアリー姫が、ついに二人きりで会う。
 給仕もいるからまったくの二人きりというわけではないだろうが、それでも、心にくるものがあった。アーサーはサフィアのことを好きでいてくれるけれど、それはきっと、アーサーの周りに女の子が少なかったのもあるだろう。
 教会では男女別れて生活していて、女で訓練場を使うのなんてサフィアくらいだ。だからアーサーの性格もあって、他の女性とすれ違うことはあっても話すことはなかっただろう。旅でも、サフィアと二人で行動するから他の女性と会う時間がない。だからサフィアを魅力的だと思ってくれただけで、あんな美人のお姫様と一緒に過ごしたら、ころっといってしまうかもしれない。

「なんて……本来、そうなるべきなのよ……」

 アーサーがメアリー姫を好きになってしまうなんて嫌だ。だけど、本当はそうなるべきだし、それが一番丸く収まるのだ。

「思い出で良いって思ってたはずなのに……うそつき」

 枕に顔を埋める。どんどん欲深くなっていく自分が嫌だった。

――でも、思うだけ。思うだけだから、許してください……。旅が終わったら、わたしは一人で教会に戻りますから……。

 メアリー姫の最後の目を思い出しながら、サフィアは涙を流した。





 泣き終わって、腫れないように目を冷やしたところで扉をノックされた。

「はい」
「失礼いたします。お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」

 メイドが食事を乗せたワゴンとともに入って来て、テーブルに配膳してくれた。そのまま給仕のため残ってくれるようだったが、サフィアは落ち着かないからと断った。

 夕食の時間ということは、アーサーはもうメアリー姫のところに行ったのだろうか。
 サフィアはとても食べる気分になれなくて、特に理由もなく部屋を出た。けれど行くあてもなく、ぼんやりと隣のアーサーの部屋を眺める。とっくに夜になっていて、蝋燭は灯されているものの廊下は薄暗かった。

――本当に食事で終わるのかしら? そのまま、夜の庭を散歩……とか、するのかしら……。

 窓の外を見る。サフィアが今いる廊下は庭園には面していないようで、城壁と城の間の細い道が見えるだけだった。
 そうしていると足音が聞こえて来たので反射的にそちらを向くと、廊下の角を曲がってきた人物と目が合った。

「聖女様……?」

 茶色い髪に緑の目の、全く知らない青年だった。
 サフィアはいつもの聖女らしい笑みを浮かべて、青年に礼をした。服装からして、貴族だろう。

「はい。聖女のサフィアでございます」

 青年は少し固まったあと、眉を下げてサフィアの前まで歩いてきた。

「突然申し訳ございません。勇者様と聖女様がいらっしゃっていることは知っていたのですが、まさかお会いできるとは思わず……。僕は、ニュート・ハミルトンと申します」

 サフィアはこの青年のことは知らないが、ハミルトン家のことは知っていた。レプティル王国で最も宰相を輩出した家だ。今の宰相もハミルトン家の人間なので、彼の親族だろう。

「ハミルトン様。お会いできて光栄でございます」
「僕の方こそ……聖女様とお会いできるなんて、一生の思い出です」
「そんな、大袈裟な……」

 サフィアが笑うと、ニュートも微笑んだ。誰もいない廊下に二人の小さな笑い声が響く。そして、ニュートは少し考えるような仕草をしたあと、緊張した面持ちで口を開いた。

「あの……もしよろしければ、少し庭を散策しませんか? もう夜ですが、明かりが沢山用意されていて、綺麗なんですよ」
「まあ、そうなんですか」

 まだご飯も食べていないし……とサフィアは迷った。不用意に部屋を出るなということは言われなかったので、庭を見るくらいは大丈夫だと思うけれど、初対面の人とわざわざ行こうとも思わない。

「……では、よろしくお願いいたします」

 でもニュートの表情があまりにも切羽詰まっている様子だったので、サフィアは頷いてしまった。
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