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闇竜討伐の旅
31.謎の男
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王都を出てまたいくつかの村や町に立ち寄っていると、街道の近くにトロールが住み着いて困っているという話を聞いたので、サフィアとアーサーは旅のついでにそれを退治していた。主に警備隊や自警団がいなかったり、あっても人手や装備の足りない村にありがちな問題だ。
「アイツで最後だな」
馬を下りて、アーサーの案内でしばらく歩くと水辺にトロールの後姿を発見した。このあたりの草木がトロールの居場所や数をアーサーに教えてくれるので、夜が来る前に退治が終わりそうだ。
これまで十体近く倒していたので、トロール退治のパターンは決まっていた。
「いくぞ」
「ええ」
アーサーが草魔法を使い、地面から生やした木の根でトロールを拘束した。
「ウオオオオオ!」
トロールは必死にもがくが、四肢に巻き付かれ、どうにもできないようだった。あれは定番の草魔法だが、人の三倍ほどある巨体の動きを封じられるほどの強度と大きさの根を生み出せる人はそうそういないだろう。
サフィアが両手で大斧を構え、まずはトロールが武器を持っていた右手を切り落とす。
「はあっ!」
「ギャアア!」
トロールは魔法が使えないタイプの魔物なので、こうして攻撃手段さえ奪ってしまえばあとはもう恐ろしくない。二人でトロールの息が止まるまで攻撃を続ければ、それで終わりだ。
「終わったわね。日が傾いてきたし、急いで次の村に行きましょう」
「ああ」
トロールの死体はそのままに、サフィアは馬に乗った。魔物や獣の死体は周囲の生き物の糧になるので、わざわざ処理しなくても良いのだ。
しかしアーサーは馬に乗らず、何かに耳を傾けているようだった。草木が話しかけてきているのだろうか。サフィアが待っていると、アーサーは突然、自らの足で走り出した。
「アーサー!?」
サフィアは慌てて、自分も馬を下りて走った。一体、何があったのだろう。自分にも言わず行くということは、それだけ急がなくてはならない何かがあったのだろう。
しばらく走ってやっと追いつくと、アーサーの目の前には、彼の草魔法のツタに捕らわれた人間の男がいた。黒いマントを身に付けていて、少なくともサフィアには見覚えのない人物だった。怯えた表情でアーサーを見つめている。
「この人は?」
「さあ。どうやら、俺たちのあとをつけていたらしい」
「え……?」
旅の途中の勇者や聖女に町や村の外で話しかけたり、その後を追うことは禁止されている。
長い夜の間は先に進めないので町々に滞在するし、その間の交流は危害さえ加えなければ自由だ。しかし街道では移動の邪魔になったり遅らせたりする場合があるし、ずっとついてこられては勇者や聖女のストレスになり、集中を欠いてしまう原因になりかねない。万が一闇竜の場所までついてこられたら、最悪だろう。だからレプティル王国の法で、しっかりと禁止されているのだ。
つまりこの男は、法を犯してまで自分たちを追っていたことになる。
「あなたは? 一体、何が目的です?」
サフィアが問い詰めると、男は泣きながら叫んだ。
「も、申し訳ございません! じ、自分は作家でして、あの、ぜひ、勇者様と聖女様の冒険譚をえがかせていただきたいと思いまして……!」
闇竜討伐の物語は、この世界で長く愛されるお話だ。せっかく自分と同じ時代にそれが起こっているのなら、書きたいと思うこと自体は分からなくもないが……。
「ですが、討伐が終わり次第その道程も含め大教会から発表がありますし、我々のあとを追うことが法で禁止されていることを知らないわけではありませんよね?」
「は、はい、承知しております。ですが、あの、他の者とは違う、臨場感のあるものを書きたいと、欲を我慢できず……」
「それで、こうして俺たちの時間を奪っているわけだが?」
「も、申し訳ございません!」
男の主張はそうおかしいものではないが、違和感がすごかった。まず、ただの作家が護衛も付けずに一人で魔物や獣がいる街道にいるだけでおかしい。
アーサーが近づいてきて、サフィアの耳元で言った。
「こいつ、作家だとは言っているが、俺のツタを避けようとする動きは戦闘慣れしている感じだった。普通じゃない」
「やっぱり? なんだか変だと思ったのよ」
「こういうときはどうしたらいいんだ?」
「…………わたしたちの最優先事項は闇竜討伐よ。とりあえずこのまま捕縛して、次の村に連れていきましょう。憲兵に連絡してもらって、あとはそこの人たちに任せるしかないわ」
「分かった」
アーサーのツタで縛ったまま、男の荷物を取り上げた。そしてマントを剥ぎ、ポケットや服の中まで確認する。武器を持ってはいるが、旅の装備としてはおかしくない範囲だった。
「俺の馬に括りつけるか」
馬のところに戻り、アーサーは男を容赦なく馬の上に縛り付けた。そして馬がはぐれないように手綱を持ち、サフィアの後ろに乗る。
「じゃあ、いくわよ」
「ああ」
サフィアが自分の馬の手綱を握り、走らせた。アーサーの馬はちゃんとあとをついてきてくれている。
背中に感じるアーサーの体温とお腹に回された腕の力強さにどきどきしながらも、サフィアは身を引き締めて馬を走らせ続けた。今代は、何かとイレギュラーなことが多い。それはきっと、最大のイレギュラーである、後から見つかった勇者アーサーに関係しているのだろうと思った。
「アイツで最後だな」
馬を下りて、アーサーの案内でしばらく歩くと水辺にトロールの後姿を発見した。このあたりの草木がトロールの居場所や数をアーサーに教えてくれるので、夜が来る前に退治が終わりそうだ。
これまで十体近く倒していたので、トロール退治のパターンは決まっていた。
「いくぞ」
「ええ」
アーサーが草魔法を使い、地面から生やした木の根でトロールを拘束した。
「ウオオオオオ!」
トロールは必死にもがくが、四肢に巻き付かれ、どうにもできないようだった。あれは定番の草魔法だが、人の三倍ほどある巨体の動きを封じられるほどの強度と大きさの根を生み出せる人はそうそういないだろう。
サフィアが両手で大斧を構え、まずはトロールが武器を持っていた右手を切り落とす。
「はあっ!」
「ギャアア!」
トロールは魔法が使えないタイプの魔物なので、こうして攻撃手段さえ奪ってしまえばあとはもう恐ろしくない。二人でトロールの息が止まるまで攻撃を続ければ、それで終わりだ。
「終わったわね。日が傾いてきたし、急いで次の村に行きましょう」
「ああ」
トロールの死体はそのままに、サフィアは馬に乗った。魔物や獣の死体は周囲の生き物の糧になるので、わざわざ処理しなくても良いのだ。
しかしアーサーは馬に乗らず、何かに耳を傾けているようだった。草木が話しかけてきているのだろうか。サフィアが待っていると、アーサーは突然、自らの足で走り出した。
「アーサー!?」
サフィアは慌てて、自分も馬を下りて走った。一体、何があったのだろう。自分にも言わず行くということは、それだけ急がなくてはならない何かがあったのだろう。
しばらく走ってやっと追いつくと、アーサーの目の前には、彼の草魔法のツタに捕らわれた人間の男がいた。黒いマントを身に付けていて、少なくともサフィアには見覚えのない人物だった。怯えた表情でアーサーを見つめている。
「この人は?」
「さあ。どうやら、俺たちのあとをつけていたらしい」
「え……?」
旅の途中の勇者や聖女に町や村の外で話しかけたり、その後を追うことは禁止されている。
長い夜の間は先に進めないので町々に滞在するし、その間の交流は危害さえ加えなければ自由だ。しかし街道では移動の邪魔になったり遅らせたりする場合があるし、ずっとついてこられては勇者や聖女のストレスになり、集中を欠いてしまう原因になりかねない。万が一闇竜の場所までついてこられたら、最悪だろう。だからレプティル王国の法で、しっかりと禁止されているのだ。
つまりこの男は、法を犯してまで自分たちを追っていたことになる。
「あなたは? 一体、何が目的です?」
サフィアが問い詰めると、男は泣きながら叫んだ。
「も、申し訳ございません! じ、自分は作家でして、あの、ぜひ、勇者様と聖女様の冒険譚をえがかせていただきたいと思いまして……!」
闇竜討伐の物語は、この世界で長く愛されるお話だ。せっかく自分と同じ時代にそれが起こっているのなら、書きたいと思うこと自体は分からなくもないが……。
「ですが、討伐が終わり次第その道程も含め大教会から発表がありますし、我々のあとを追うことが法で禁止されていることを知らないわけではありませんよね?」
「は、はい、承知しております。ですが、あの、他の者とは違う、臨場感のあるものを書きたいと、欲を我慢できず……」
「それで、こうして俺たちの時間を奪っているわけだが?」
「も、申し訳ございません!」
男の主張はそうおかしいものではないが、違和感がすごかった。まず、ただの作家が護衛も付けずに一人で魔物や獣がいる街道にいるだけでおかしい。
アーサーが近づいてきて、サフィアの耳元で言った。
「こいつ、作家だとは言っているが、俺のツタを避けようとする動きは戦闘慣れしている感じだった。普通じゃない」
「やっぱり? なんだか変だと思ったのよ」
「こういうときはどうしたらいいんだ?」
「…………わたしたちの最優先事項は闇竜討伐よ。とりあえずこのまま捕縛して、次の村に連れていきましょう。憲兵に連絡してもらって、あとはそこの人たちに任せるしかないわ」
「分かった」
アーサーのツタで縛ったまま、男の荷物を取り上げた。そしてマントを剥ぎ、ポケットや服の中まで確認する。武器を持ってはいるが、旅の装備としてはおかしくない範囲だった。
「俺の馬に括りつけるか」
馬のところに戻り、アーサーは男を容赦なく馬の上に縛り付けた。そして馬がはぐれないように手綱を持ち、サフィアの後ろに乗る。
「じゃあ、いくわよ」
「ああ」
サフィアが自分の馬の手綱を握り、走らせた。アーサーの馬はちゃんとあとをついてきてくれている。
背中に感じるアーサーの体温とお腹に回された腕の力強さにどきどきしながらも、サフィアは身を引き締めて馬を走らせ続けた。今代は、何かとイレギュラーなことが多い。それはきっと、最大のイレギュラーである、後から見つかった勇者アーサーに関係しているのだろうと思った。
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