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第三三話 漁夫の利
しおりを挟む「あ、ほら見てご覧なさい、ハワード様がいるわよっ!」
「やっぱりママの言う通り復活したんだあっ! ハワード様抱いてー!」
「バカねえ、あなたはまだまだ子供でしょ!」
「えへへー」
「ハワード、応援してるぞー!」
「ハワード最高ー!」
「「「「「ワーッ!」」」」」
「……」
あれから俺は一人変装を解き、存在感を『0』から『+3』まで神精錬した上で、わざと目立つように歩いていた。
これはただ単に自己の存在を主張してるっていうわけじゃなくて、もちろんちゃんとした計略があるからだが、まさかここまで騒ぎになるなんて思いもしなかった。
照れ臭さはあったが、俺は彼らに引き攣った笑顔で手を掲げる仕草を何度か繰り返したあと、唐突に顔をしかめながら座り込み、右腕――神の手――を庇う仕草を見せつけてやった。
「――う、うぐぐ……!」
「ハ、ハワード様、どうしたのっ!?」
「まだ神の手が完全に治ってないんじゃ……?」
「ハ、ハワード、あんただけが頼りなんだ! 早く神の手を完治させて頑張ってくれよ!」
「頼みますぞいっ!」
「あ、ああ……。みんな、ありがとう。少し無理をしすぎたようだ。ゆっくり治させてもらうよ……」
俺は苦しそうに右腕を庇いつつ、心配そうに見つめてくる民に向かって左手を掲げてみせた。実際に右手の状態を神精錬で微妙に折ってるから痛みはあるし、演技には見えないはずだ。さて、あとはやつらがこれに釣られてくれるといいんだが……。
◆ ◆ ◆
「――たっ、たたたっ、大変だ! みんなっ……!」
青ざめた顔のグレックが、今にも転びそうになりながらも勇者ランデルたちのいるテラス席に辿り着く。
「な、なんだよグレック、そんなに大慌てしちゃって……」
「はしたないわよ、グレック。それに失礼だわ。未来の王様に向かって……」
「うんうんっ。グレックお兄ちゃんったら、王様のランデルお兄様とお妃様のルシェラお姉様に処刑されちゃうよお!? ぷんぷんっ……」
「はぁ、はぁぁ……じょ、冗談を言ってる場合じゃねえんだって……! ハ、ハワードのやつがすぐ近くにいやがったんだよ……!」
「「「えっ……」」」
勇者ランデル、魔術師ルシェラ、治癒師エルレの三人がきょとんとした顔を見合わせる。
「じゃ、じゃあ、ただのそっくりさんじゃなかったってこと!? 僕の予想が外れちゃった……」
「待って、それじゃあ本当にあの男が力を取り戻したっていうわけ……?」
「ふえぇっ? もうただの無能のはずだよぉ、あのハワードとかいうきもい人……」
「いや……実際にハワードに似てるってやつが迷宮術士のダンジョンを攻略したのは間違いねえわけで、本物もこっちに来てやがるってことは……もう、本来の力を取り戻してるって考えるべきなんじゃねえかな……」
「「「……」」」
ランデルたちの顔に、刻まれるかのように焦りの成分が色濃く浮かんでくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、それって、あの神の手も復活しちゃってるってことだよね……?」
「な、なんなのよ、なんでこんな大事なときにあいつが帰ってくるっていうのよ……!?」
「ひっく……えぐっ……あたし怖いよぉ……」
「な、泣くなよエルレ。まだ希望がないわけじゃねえ……! みんな、この話には続きがあるんだよ」
「「「続き……?」」」
「そうそう。神の手が戻ったっていっても、やつは右腕を庇う仕草を見せていた。つまり、まだ完全じゃねえってことだと思う」
「あ、あははははっ……。なんだよグレック、一瞬おしっこ漏れちゃうかと思ったよ。それを早く言えよもう!」
「ほんっと。ふざけないでよグレック。私も心臓が止まるかと思ったわ。てか、その様子なら以前の状態には程遠いんじゃないの……?」
「ふぅ。グレックお兄ちゃんったら、あわてんぼうさんなんだからぁっ……」
「ははっ、みんな現金すぎるぜ。俺もだが……」
一転して安堵した様子のランデルたちに対し苦笑いを浮かべるグレックだったが、すぐに表情を引き締めた。
「でもさ、やつの神の手がいつか以前の状態まで回復するかもしれねえって考えたら、厄介な存在であることに変わりはねえよ。今、とどめを刺しちまおうか……?」
「いや、待って。あいつを利用するのよ」
「「「えっ……?」」」
ルシェラの発言に注目が集まる。
「みんな、考えてみて。今後、あの女王が誰をフィアンセにするのか……その判断材料として決め手になるのが、迷宮術士の作った難易度の高いダンジョンを攻略すること、だと思うのよ」
「「「つまり……?」」」
「つまりね、手負いのハワードに攻略させて、私たちがそれにあやかればいいだけ。漁夫の利っていう言葉もあるでしょ?」
「「「あっ……」」」
「ふふっ、いい考えでしょ? ただ、ハワードが私たちを誘い出すために演技をしてる可能性もあると思うのよね」
「へ……? ルシェラ、冗談きついよ。ハワードって、正直でお人よしで純粋さだけが取り柄みたいな、そこら辺にいる世間知らずのガキをそのまま大人にしたみたいな無能の塊だよ?」
「それはそうだけど、私たちにこっぴどく裏切られたことで性格も変わってるかもでしょ」
「「「確かに……」」」
「一応、念のために調べておいたほうがいいと思うの。もし復活してたら私たちが束になってもかなう相手じゃないし、まずはあいつに会ってみないと……。正直もう顔も見たくないくらいなんだけど、あいつとは長い付き合いだから嘘をついてるかどうかなんてすぐわかるしね。早速手紙を出すわ」
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