道具屋のおっさんが勇者パーティーにリンチされた結果、一日を繰り返すようになった件。

名無し

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五話 道具屋のおっさん、逃げ出す。

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 オルグが向かった先は、橋を越えたずっと先にある街の中心部の大通りに面した武器屋だった。

「……これが、オルドの武器屋……」

 とにかくその規模の大きさに驚かされる。俺の道具屋の向かいにあったときは、スラム街にあってもおかしくないような今にも崩れそうなボロくて小振りな店だったのに、今じゃまるで高級ホテルみたいな佇まいだった。

「いやー、さすがに名前だけは君でも覚えてるだろうけど、これが僕の店『インフィニティ・ウェポン』だ。あの勇者パーティーもご来場なさったことがあるんだよ」

「……な、なんだって?」

 あいつら、ここにも来ていたのか……。

「何かされなかったのか?」

「……ん? まさかっ。それどころか、いい店だねって褒めてくれたよ。うちの自慢の高級武器も買ってくれたし、とても感じのいい方々だった……」

「……」

 あいつらは屑行為をするにもちゃんと相手を選んでるってことなんだろうか? オルグは平然と嘘をつくタイプだからただの作り話かもしれないが。

「大雑把に説明するよ。五階建てで、一階は武器屋、離れに鍛冶屋と馬小屋、二階は応接間と図書室、三階は広大な浴槽とサウナ、四階は仕事部屋と食卓、五階は僕と嫁の個室と寝室……つまり愛の巣さ……い、言わせないでくれ。ま、どこも大して広いわけじゃないけどね。いやー、自分の城を紹介するっていうのは実に照れ臭いねぇ……」

「……」

 オルグの謙遜はもう嫌味にしか聞こえなかった。

「ここに俺を泊めてくれるのか?」

「……ん?」

「泊めてくれるんだよな?」

「ごめん。モルネト君、もう一回言って。聞こえなかった……」

「……帰る」

「いやいや、待っておくれよ。ちゃーんと聞こえてるからあ!」

「……」

 小声で帰ると呟いたのにそれは聞こえるのか……。気が付くと俺の拳はプルプルと震えていた。オルグのやつ、ニヤニヤしてて優越感に浸ってるのが丸見えだから本当に気分悪いし殴りたい。

 俺は正直ここまで連れてこられたことを後悔していた。どうやらこの男に弄ばれるための玩具として招かれたらしい。でも、そうだとしても……ボロだが一つしかないコートを売ってまで安い宿に泊まるよりはマシだ……。ここまで来た以上、俺はそう自分に言い聞かせるしかなかった。



「――これが、僕の部屋だ。ちなみに、あのシャンデリラはかつて隆盛を誇ったあのバルバトス皇帝の……」

「……」

 五階まで紹介されたが、オルグは呼吸するように自慢話を挟んできた。自慢しなければこの男は生きられないのかと思うほどだ。

「で、オルグ、どこに泊めてくれるんだ?」

「ん? そりゃ決まってるだろう、馬小屋さ! ……ちょ、ちょっと待っておくれよ」

「ふ、ふざけるな……。馬小屋なんかに……」

「じょ、冗談。冗談だって……」

「……」

 ここまで自慢話を延々と聞かされて、この冗談はさすがに笑えない。もう殴ってしまおうかとも思ったが我慢した。ここで手を出せば、野宿も視野にいれなきゃいけなくなるからだ……。

「倉庫でいいかなあって……」

「……倉庫……?」

「怖いよモルネト君、睨まないでおくれよ……。倉庫っていっても、君が想像してるよりずっと広いんだ。君が普段使ってる部屋よりもずっとねえ……」

「……」

 いちいち癪に障るやつだが、あんまり反応すると却って喜びそうだな。

「……わかった。そこでいい。金は払わなくていいんだよな?」

「おいおい、僕と君の仲じゃないか。タダでいいよ、タダで……」

「じゃあ、案内してくれ」

「んんん? もう寝るのかい?? まだ夕方だよ?」

「ほかにやることもないし……」

 というか、これ以上くだらない自慢話を聞きたくないだけなんだがな……。

「ただいまー」

「お、おかえり、エレネー!」

「……はあ」

 思わず溜息が飛び出す。折角逃げられると思ったのに今度は嫁のエレネさんとやらを自慢されるのか。というかこの声、どこかで……。

「僕の友人が来ててね……」

「え、そうなの? って……あ……あの道具屋……!?」

「……あ、あ……」

 やはり常連客の一人、金髪お下げの少女だった……。この子が、この子がオルグの嫁だったのか。というか状況的にそうに違いない……。

 それでも気丈でいようとした。俺には到底手が届かない、勿体ないくらい可愛い子だから。でも、彼女は俺を見るやいなや、眉間にしわを寄せてまるでゴキブリでも発見したかのような顔をしていた。どうしてそんな目で俺を見るんだ。俺は何もしてないのに……。

「んー? どうしたんだい? エレネの知り合い?」

「知り合いというか、ただの道具屋だよ。友達に会うついでによく通ってたの。もう二度と行かないけどね」

「どうしてだい?」

「街中の噂になってるよ。知らないの?」

「あー、あれね。別にいいじゃないか」

「ええー!?」

「……」

 まさか、俺を庇ってくれるのか? この嫌味な男が……。

「溜まってたんだよ、きっと……。だってほら、彼の顔とか身形を見てご覧よ……ウプッ……いや失礼。可哀想じゃないか。彼女とかどう頑張っても一生できっこない感じだろう? 勇者パーティーの美人僧侶を見て、むらむらっとくるのは仕方ないことじゃないか……許してやろうよ……」

「えー……」

 オルグの言ってることは半分事実だが、かなりダメージがあった。さらに、好きだった常連客の女の子からの憐憫と侮蔑が入り混じったような視線を向けられて、自分がどうしようもなく惨めな存在に思えてくる。俺とこの男の違いはなんだ。このどうしようもない差はなんなんだ……。

 俺は人形……この男をより引き立たせるためだけの醜い人形……。もうこの空間には一秒でも長くはいたくない。嫌だ。たまらなく窮屈で今にも圧し潰されそうだ……。

「俺、ちょっとトイレに行ってくる」

「ああ、モルネト君、場所を教えるよ」

「場所はわかってるから」

「そ、そうなのかい? できれば一階にあるトイレを使ってほしいかなあ……」

「そうさせてもらう」

 俺はトイレに行くつもりなんてさらさらなかった。ただ一刻も早くこの魔境から逃げ出したくて、駆け足で階段を下りるとその勢いのまま武器屋から飛び出していった……。
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