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第1話

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「けけっ……。どうよ、優也ちゃん。の配信だよなあ~」

「おらっ! よく見ろってんだよ、優也。少しでも目を瞑ったらぶん殴るからな。その目に焼きつけろ!」

「ひっ……」

 夜更けに近い学園寮の一室にて、訪れてきた不良の二人組――長髪ピアスのタクヤと金髪坊主頭のマサルが端末を取り出して僕に見せつけてきたのは、見るに堪えないものだった。

 一人の男が、2メートルはあるカエルのモンスターに下半身を噛みつかれて泣き叫ぶという凄惨なシーンなんだ。こんなの見たら夜眠れなくなるじゃないか。不良《いじめっ子》たちはそれを狙ってるんだろうけど……。

 それだけじゃない。彼は配信していた探索者ってことで、画面に流れる緩いコメントが強烈なコントラストになっていた。

『い、いでええよぉぉ。だっ、だれがあぁ、だずげで。まだ……まだじにだくねえよぉおっ……』

『わおっ、残酷ぅー><;』

『てかもう、ここからカエル倒しても助からんやろ』

『可哀想ww』

『あの人、大きなネズミちゃんみたいで可愛いv』

『来世頑張れ』

『い、嫌だ……がっ……ぎあああぁぁぁっ!』

 巨大カエルに嚙みつかれながらも必死にもがいていた男が、次の瞬間には遂に上半身も飲み込まれ、カエルの腹の中から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

「けけっ。マサル、見ろよお。優也ちゃんが今にも泣きそうな顔してるぜええ……」

「うお、マジかよタクヤ。これくらいで泣くとか、優也ってホント情けねえな!」

「げへへっ。これからも俺たちがいじめてやっからあ、覚悟――ぶっ⁉」

 グシャッと小気味よい音がした。僕の拳が、得意顔のタクヤの鼻っ面にめり込んだ瞬間だ。

 これはいわゆる正拳突きってやつで、威力は少ないけど最短距離で当てられるし、相手は避けるのも困難なので急所を狙うなら最適なやり方だ。

「こ、こいつ! 俺の必殺技を食らわせたろうか――ぶぎゃっ⁉」

 必殺技《スキル》を使わせる前に、僕のハイキックがもう一人のいじめっ子、マサルの顎に命中した。うわ、白目剥いちゃってる。一発だ。

 蹴りってバランスが崩れやすいし、喧嘩じゃ不向きって言われてて当たるかどうかも不安だったけど、相手が興奮しすぎてたのか命中してくれた。この日のためにずっと練習してきてよかったあ。

「……お、覚えてろよおぉ……」

「く、クソッタレが! 今度はスキルで死ぬほどいじめてやっからな!」

「う、うん。じゃあね」

 不穏な捨て台詞を残して、フラフラと僕の部屋から去っていくタクヤとマサル。部屋は違うとはいえ、同じ最下級クラスにいるんだし、大したスキルなんて持ってないくせに。

 それにしても、彼らに恐ろしい動画を見せられて泣きそうになったけど、なんとか切り抜けられてよかった。

 僕の名前は白石優也《しらいしゆうや》。この探索者育成のための学園『ホライズン』の生徒で、クラスは最下級のGだ。まだ今月――4月初めに入学して十日しか経ってないから仕方ないけどね。

 全生徒は地平線のように横一線で、誰でも探索者として成功できるチャンスがあるというのを校標としている。

 探索者っていうのは、モンスターやダンジョンが普通に存在するこの世界においては治安維持の役割も兼ねている。

 警察が泥棒を捕まえたり殺人事件を調査したりするのが仕事なら、近隣で発生したモンスターやダンジョンを潰すのが僕たち探索者の役目ってわけ。

 特に、僕らみたいな最下層のクラスは率先的に退治に行かされる。そこで死傷者が何人も出て機能不全に陥るようだと、モンスターが強い可能性を考慮し、掃討する役目は上位クラスに引き継がれていく。

 モンスターを倒したりダンジョンを攻略したりするとMPモンスターポイントDPダンジョンポイントが得られて、それを使っていつでも端末で好きなときに素材ガチャや合成をすることができる。

 その素材っていうのが、不思議な力を持つ特殊な元素で、それらを合成させることで、スキルやレベル、従魔、武器等が生まれるんだ。

 ガチャで道具や素材を手に入れると、それは自身の端末の画面に表示されるし、自身のステータス同様に鑑定系のスキルがなくても調べることもできる。

 また、それらをタップすれば実体として手元に出てくる。スキルに関しては念じることで使用できる。

 といっても、そういったものを作る素材ですらレアだから、ガチャをいくら回しても何も出ないなんてことはざらにあるそうだ。合成するにしてもレアなものができる成功率は雀の涙ほどっていうから、スキル獲得なんて今の僕には夢物語といえるだろう。

 あ、そうだ。どうせだから端末で自身のステータスをチェックしてみよう。ステータスはまとめて見たり個別で見たり、さらに照準を絞って一つの項目のみ見たりできるんだ。今回は全部見ることにする。

 ステータス

 名前:『白石優也』
 年齢:『15』
 性別:『男』
 称号:『いじめられっ子』『Gクラス』

 レベル:『1』
 腕力:『2』
 俊敏:『2』
 体力:『2』
 技術:『2』
 知力:『1』
 魔力:『1』
 運勢:『1』

 MP:『0』
 DP:『0』

 スキル:『無し』
 従魔:『無し』
 武器:『無し』
 防具:『無し』
 道具:『無し』
 素材:『無し』

 一応、学園内のトレーニング施設で懸垂とか歩行運動とかVR格闘とか十日間毎日やってるんだけど、数値はそんなにというか1しか上がってない。こんなもんだ。

 学園では、戦闘関係の授業だけでなく普通の授業もやっているとはいえ、不良たちにいじめられて学業に集中できなかったせいか知力は1のままだ。

 学園には教会や神社もあって、そこでお祈りをすると魔力や運勢が上がるそうだけど、それらを上げてどうなるかいまいちイメージできないので、今のところやる予定はない。

 ポジティブ思考によっても運勢は上がりやすくなるんだそうだ。そうした自分の行動によって周りの評価が上がるのも関係するらしい。

 レベルっていうのは才能みたいなもんで、これが高いと各ステータスの数値も上がりやすくなるんだとか。といってもモンスターを倒して経験値をゲットできるわけじゃなく、ガチャでしか高いレベルは手に入らないんだけどね。

「いやー、白石のあんちゃん、いじめっ子をあっさり撃退するなんて強いね」

「あ、どうも、青野さん。でも、あんなの偶然ですよ」

 一緒に寮の大部屋に住む一人、年配男性の青野弥助《あおのやすけ》さんに声をかけられた。今年で70歳になるそうだけど、可愛がっていた孫が学園に入ったことがきっかけで、それなら自分もなってやろうと探索者になるのを決意したらしい。孫は一つ上のクラスにいるんだとか。

 青野さんはこの部屋に住む人の中じゃ最年長だけど、別にこれくらいの年齢の生徒がいるのは珍しくもない。15歳以上なら、10万円の入学費用さえ払えば誰でも探索者になることが可能なんだ。

「そんな風に謙遜しなさんな! ところで、あんちゃんは一体どんな凄いスキルを持ってるんだ?」

「え、えっと……そ、それなりにです」

「それなりとな! ほーほー! はぁ、いいのう。そんなに強いのなら、昇格もすぐだろうて」

「あはは。そうだといいんですけど」

 もちろん、ステータスを見ればわかるけど僕はスキルなんて持っていない。じゃあなんで不良たちにあんなことができたかっていうと、に教えられたからだ。

 それは、僕にとっては憧れの人だった。

 神山不比等《かみやまふひと》――この学校に入ってきてすぐ、群がる不良たちを次々となぎ倒してしまっただけでなく、モンスターも率先して一人で討伐したことで、試験を実地する必要もなく僅か三日でEクラスへと二段も昇格してしまった。

 初日から不良たちにいじめられて泣いていた僕は、神山さんに尋ねたんだ。どうしたらそんなに強くなれるのか、何か強いスキルが必要なのかって。

 そしたら、彼は呆れ顔で溜め息をついたのち、こう言った、『スキルは確かに重要だけどよ……そんな細かいことよりも、とにかく何も考えずに先に拳を出せ。喧嘩で一番大事なのはハートだ。俺にぶちのめされたくないならもう話しかけるな』だって。格好良くて痺れちゃったなあ。

 そういうわけで、僕はいじめられないように強くなりたいし、神山さんの背中を追いかけているんだ。モンスターやダンジョンはもちろん、いじめっ子たちのことは今でも怖いけど、僕は神山さんのようになりたいっていう気持ちのほうが強かった。

 それに、クラス――階級がGからFに上がるだけでも、月頭に貰える支給額が10000円から倍額の20000円までアップするしね。暮らしをよくするために昇格したいのはもちろんのこと、いずれ神山さんと並び称されるほどの存在になりたい。

 果てにはレジェンドの探索者になって、この世のあらゆるダンジョンを制覇したい。

「見てろ。絶対に成り上がってやる……」

 不良を殴ったことで少し腫れた拳を見つめながら、僕は改めてそう誓うのだった。
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