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第12話

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「あ……」

 いつの間にか、僕の視界の片隅には、サバイバルゲームの制限時間が表示されている。

 残りおよそ5時間だ。

 おそらく、端末を通じて猪川先生が適用させたものだろう。ゲームの終了を知らせる口笛が生徒らに聞こえない可能性も考えたっぽい。

 それにしても、ゲームが始まってからまだ1時間しか経ってないんだな。

 いつもなら1時間なんてあっという間なのにやたらと長く感じるのは、それだけ重い空気が漂ってたからなんだろう。

 重い空気といえば、ついさっきまでどんよりとした空気だった青野さんが、今では嘘のように朗らかに歩いていた。

「今に見とれっ! 生まれ変わった青野弥助の勇姿というものを見せてやるんじゃ。大和魂というやつじゃ! ぶははっ!」

「「「……」」」

 僕はタクヤたちと困惑した顔を見合わせる。

 なんていうか、青野さんは物凄く切り替えが早いタイプなんだなと。そこはやっぱり、長い人生を生きている先輩なだけあると感じた。

「なんせ、こっちには白石のあんちゃんがいるわけだからな。勇気百倍じゃっ!」

 ブンブンと異次元のバットを威勢よく振り回す青野さん。

「青野爺さんよぉ、それじゃ大和魂っていうより、まるで虎の威を借りる……なんだっけぇ? マサルゥ」

「タクヤ、キツネだろキツネ。今の青野爺にピッタリな台詞だなっ!」

「青野さん、相手はまだ36人も残っているんですから、油断なんてできないですよ」

「じゃかあしい! そんなん、お前たちに言われんでもわかっとるわい! ……あ、白石のあんちゃんは別じゃ!」

 激高したかと思うと、一転して低姿勢で謝ってくる青野さん。これにはタクヤとマサルも気分を害したのか、二人とも額に青筋を浮かせて今にもブチ切れそうな顔になっていた。

「あいつよぉ、とっとと退場させたほうがよかったかもしれねえぜぇ」

「ほんとほんと……俺らで可愛がってやっか?」

「二人とも、いい加減にしようか?」

「「ご、ごめっ」」

「青野さんも、危ないからあんまり先頭を行きすぎないように」

「りょ、了解じゃっ」

 ああいうことがあったためか、青野さんはもちろん、みんな僕の言うことをよく聞いてくれるようになった。

「とにかくじゃ、少数精鋭とは、まさにこのことじゃなっ!」

「まーた性懲りもなく調子に乗ってるぜぇ、青野爺さんがよお」

「おい青野爺、はりきりすぎて腰を壊《いわ》したら置きざりにすっからな?」

「はあ⁉ わしはこう見えてな、まだまだ現役なのじゃよ。ぶははっ! 白石のあんちゃんほどじゃないがっ」

「げへへっ、優也ちゃんは凄そうだなぁ」

「だなっ!」

「おいおい……」

 場違いなことに、笑い声が絶えない。生死を賭けたサバイバルゲームの真っただ中だっていうのに、僕たちが一瞬何をやってるのかわからなくなるくらい、雰囲気は滅茶苦茶良かった。




「「「「……」」」」

 あれからしばらくして、僕らはまたしても重い空気に支配されつつあった。

 というのも、どれだけ竹林の中を進もうと、自分たち以外に人の姿が見当たらないんだ。これは明らかにおかしい。

「ずぅーっと歩いとるのに、ここまで誰もおらんのは、なんでなんじゃ……?」

「優也ちゃんにビビッて逃げたんじゃねぇのぉ?」

「おい、普通にありえそうだな、それ」

「いやいや、人数的に向こうが圧倒的に有利なんだし、それはない……あ……」

「ど、どうしたんじゃ、白石のあんちゃん」

「これってまさか……残り全員でパーティーを組んでる可能性もあるんじゃ?」

「「「えっ……⁉」」」

「だってそうじゃなきゃ、いくらこの竹林が広大だといっても、ここまで僕たち以外に誰一人一切見つからないわけがない」

「「「……」」」

 青野さん、タクヤ、マサルの青ざめた顔が返答だった。残りすべてが結託しているとは限らないけど、それに近い状況になってる可能性は充分にありえると思ったんだろうね。

「――主、右のほうから音がするモ」

「……」

 クロムの声がしてハッとする。一塊になってるなら、今まで遭遇しなかったのも頷ける。もし相手がバラバラだったら、何人かにコンタクトしててもおかしくないだけに。

「青野さん、タクヤ、マサル。あっちのほうからなんか聞こえたみたい」

「……わ、わわっ、わかったのじゃっ……」

「……き、緊張してきたぜぇ……」

「……しゃ、しゃらくせえ。やってやる……!」

 僕の言葉でみんな頷いて歩き始める。

「――一杯いる」

「「「っ……⁉」」」

 すると、やがて人の姿が見えてきたのでみんなで伏せることになった。てか、一目で集団だとわかる数だ。一体何人いるんだ、これ……。ただ、集団で慎重に移動してるみたいなので、歩く速度は速くない。

 というわけで、僕を先頭にして伏せながら匍匐前進して少しずつ移動し、やつらの人数を把握してみる。ただ、密集している竹が邪魔でそれが難しい。

「1、2、3――」

「――主、わかったモ。あいつら、35人いるモ」

「お……さすが。あとで鉄の塊をご馳走してあげるね」

「やったモッ」

 どうやって数えてるのかわからないけど、クロムは警戒心が強いだけあって耳だけじゃなく目もよさそうだ。

 それにしても、35人か……。一人足りないだけで、なんと、本当に残りほぼ全員でパーティーを組んでいたってわけだ。

 多分、最初からそういう風に違うパーティーに見せかけて、竹林の中で合流するって打合せしてたんだろうね。

「数を調べたら、全部で35人いたよ」

「「「……」」」

 早速青野さんたちに報告すると、みんな顔面蒼白になっていた。そりゃそうか。一人足りないだけで、これだけの数を一度に相手にしなきゃいけないわけだから。

「……一体、何がどうなっとるんじゃ……」

「……いかれてるぜぇ。そこまで優也ちゃんを潰したいってのかよおぉ……」

「……マジであいつら、正気を失ってるとしか思えねーぜ……」

「……」

 これも全て、僕を害するためか。たとえこの戦いで生き残っても、一度にこれだけの数、昇格できるわけもないのに。つまり、昇格よりも僕の殺害か再起不能を望んでるわけだね。

 その執念たるや凄まじい。なんでそこまで恨まれちゃってるんだろ? 恐怖心が原因でやらなきゃやられるっていうのも理解できなくもないけど、それにしてもやりすぎだ。正直そこまでして狙われる理由がさっぱりわからないや。

「……ど、どどっ、どうするんじゃ。あれだけの数、さすがにあんちゃんでも厳しかろうに……。ここは、恥を忍んで一旦逃げるべきかもしれん……」

「青野爺さん、あんたなぁ……さっきまでの威勢はどこ行ったよ? こういうときにこそよぉ、優也ちゃんを信頼するときだろうがあっ⁉」

「んだんだ! 青野爺、俺らで優也を支えてやらなきゃどうすんのよ!」

「む、むぐぐっ。そ、それはそうじゃが……」

「……」

 タクヤとマサル、いいこと言ってくれてるんだけど、かつて僕をいじめてた二人とは思えないくらいの変わりようにまず驚いてしまう。

「あ……俺さ、今思い出した……」

 ん、マサルがハッとした顔で気になることを言い出した。

「マサル、とんでもないことって?」

「もしかしたら、黒崎汐音《くろさきしおね》ってやつがこの作戦を考えたんじゃねえかって」

「黒崎汐音……?」

 聞き覚えのない名前だ。そんな人いたっけ? まあ、クラスメイトに関しては普段から接点もなくて関心が薄かったっていうのもあるけどね。

「あいつはマジでやべーやつなんだ。ほら、一人最後部の窓際の席に座ってよ、無表情で外を凝視してるやつがいただろ?」

「あっ……」

 そういえば、そんな生徒がいたような。とても長い髪と大きな赤いリボンが印象的な、それ以外は地味なやたらと影が薄い女の人。無表情で滅多に喋らない感じの。

「あいつが言ったんだよ。例の転校生の五十嵐竜也にな。白石優也が番を張ってるって」

「マサル、それは俺も聞いたぜぇ。ありゃ、地味に見えるが相当におっかねえ女だぁ。俺たちがG級の不良ツートップっていうなら、やつはってやつだなぁ……」

「あ、あの人が、陰の支配者なのか……」

 もしそれが本当だとして、彼女は僕に一体なんの恨みがあるっていうんだろう? 会話すらしたこともないのに。

 鑑定眼スキルはまだ精度が低くて、鑑定に成功した生徒はほんの一握りだ。その上、訓練ばかりしてたから、疲労困憊なのも相俟ってクラスの人たち全員を鑑定して回る余裕なんてなかった。

 唯一鑑定に成功した人の中でも、特筆したものを持ってる生徒はいなかった。

 だから全員を鑑定する必要なんてないのかもだけど、その黒崎汐音って人は要注意なのかもしれない。

「なんせ、やつはずーっとこのクラスで留まってるらしいぜ」

「な、なんで……?」

「知らねえけど、昇格したくねえ理由でもあるんじゃねえの?」

「ふむうぅ……なんという恐ろしい娘がおるんじゃ。まるで悪魔じゃな? そんなおっかないもんに比べたら、わしの孫の小鳥が天使のようじゃ……」

「……」

 黒崎汐音、か。その人がこの作戦を本当に立案したのかどうかは知らないけど、五十嵐君をけしかけてきたことは事実のようだし、僕に対して何かよからぬ感情を抱いてる可能性はありそうだ。

 ただ、今はとにかくあの集団をなんとかするのが先決だろう。
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