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第26話
「それでは、みなさぁん、五限目は自習のお時間ですよぉー!」
「「「「「はーい!」」」」」
桜井先生の天真爛漫な呼びかけで午後の授業が始まる。五限目は彼女が言うように自習の時間だ。教壇に立って僕らを眺めてるだけの先生は、本当にただの幼女にしか見えない。
「……」
熱くも寒くもない、昼下がりのちょうどいい気温の中、窓から陽射しも遊びにきて、僕を含めてFクラスの生徒たちはそれぞれの課題に取り組む。この上なく和やかなムードだから、油断すると睡魔が襲ってくる。
窓の外に見える遅咲きの桜には、目の回りが白い薄緑色の小鳥たちが訪れ、歌うように囀る。そんな長閑なポエムが無限に溢れそうになる中、やつ――恐怖の大王が遂に戻ってきた。
「「「「「っ……⁉」」」」」
黒縁眼鏡の悪魔は、平和な空気を切り裂くように堂々と教室に入り込んできた。そうかと思うと、席に座ってまもなく何か思い出したような顔になって立ち上がった。
「おっと、そうだ、そうだった……。俺としたことが、言わなければならない重要なことがあるというのに、新人たちに気を取られたせいかすっかり忘れていた。いやはや、まったく。フッ……」
田中琥珀は、いつもの眼鏡を上げる仕草と微笑をセットにしたあと、仮面を脱いだかのように一転して表情を険しくしてみせた。
「この前……俺が不在の間のことだ。愚かにもモンスターを退治しにいったFクラスの生徒がいたと聞いた! それは一体どこのどいつで、何故だというのだっ⁉」
片方の拳で机の上を強打する田中琥珀。それでビクッと肩を震わせたのが小鳥ちゃんだ。
あー、そういえばカエルのモンスターが大量発生したあのとき、上級クラスからだと小鳥ちゃんだけ僕たちのところへ助けに来てくれたんだよね。
そのおかげもあって、青野さんたちを残して僕と汐音だけでカエルの本体を探しにいけたわけなんだけど。この男、それの何が気に入らないっていうんだろう……?
「さっさと名乗り出ろ! さもなくば容赦しないぞっ!」
田中琥珀が凄い形相で叫んだことで、小鳥ちゃんが肩を竦めながらも立ち上がる。
「……わ、私だ。モンスターを退治しにいったのは、私のおじいちゃんを助けようと思ったからで……」
「ほう、青野小鳥だったか。お前に祖父がいたとはな……」
へえ、田中琥珀はそのことを知らなかったのか。この男はボスはボスでもサボり魔というだけあって、クラスメイトの情報には疎かったようだ。
「えっと、その祖父というのはじゃな、実はわしのことで――」
「――それはそれとして、だ」
アピールしたのに、またしても華麗にスルーされる青野さん。
「……なんともくだらん話だ。助けるのはむしろモンスターのほうだとは思わないのか? 愚かな人間など助ける価値もない……」
「えっ……」
驚嘆の声が思わず僕の口から飛び出してしまうくらい、あいつはとんでもない理屈を並べ始めた。助けるのはモンスターのほうって……。
「事情が事情だけに今回だけは特別に許してやるが、ルールは一つしか決められないからと、その間隙を狙うのは絶対に許されんぞ……」
「……」
ボスの暴論に対して、異議を唱える生徒は一人もいなかった。タクヤとマサルもすっかり怯んでしまったのか、苦虫を噛み潰したような顔をするだけだった。誰も逆らえないんだから独裁者そのものだ。
「もう一度、俺がここで決めたルールを復唱させてもらう。今度破ったとわかれば絶対に容赦しない……」
「「「「「……」」」」」
田中琥珀はおもむろに席を立つと、恐怖を煽るかのように席の間を歩きながら語り始めた。
「まず、一つ目……俺の許可なしにモンスターを倒すな。二つ目、上昇志向など持たずになんでも適当にやれ。三つ目、俺の命令には即座に従え。四つ目、公的な権威、すなわち教師には従わずに歯向かえ。五つ目、力こそ正義だということを心得よ。六つ目、心の醜さという、人間の本性を剝き出しにしろ。以上だ」
「……」
田中琥珀のぶちまけた宣言内容に僕は驚かされる。彼に対する、独裁者という印象は完全に正解だった。まるで王様だ。
「いいか、覚えておくがいい。これが最低限だ……」
ズレた眼鏡を持ち上げながら、ボスが威嚇するような低い声を発する。彼が語った六か条だけでも充分だと思うのに、これで最低限なのか……。
田中琥珀はグルっと教室を歩いて回ったのち、自身の席まで戻ってきてニヤリと笑った。何か妙なことでも思いついたんだろうか。嫌な予感がする。
「……今、面白いことを考えた。お前たち、新人たちのことが生意気だとは思わないか?」
「「「「「っ……⁉」」」」」
「どうした? 違ったのかね? いや、生意気だと思わないはずがないだろう。新人が生意気にもふんぞり返っているのだからな。こいつらを潰したいとは思わないのか? 猫を被るな。その醜い嫉妬心、敵愾心こそが人間の本性なのだからな」
「……」
やっぱりそう来たか。彼は相当に人間不信なんだね。
「というわけだ。心して聞け。お前たちはこれから、絶対に新人を襲わねばならない……」
「「「「「うっ……うおおおおぉぉっ!」」」」」」
その直後だった。あれだけ大人しかったFクラスの生徒たちが一斉に立ち上がり、殺気立った視線を向けてきた。
それも、ほとんどが青野さんに集中して。見た目的に一番狙いやすいっていうのもあるんだろうけど。
「ちょ、ちょいと待ってくれ……なんでわしばかり見るんじゃ……⁉ た、たしゅけてええええっ!」
僕は俊足を生かして青野さんを庇うように立つと、襲い掛かってくる生徒たちを次々と投げ飛ばしてやった。
「あ……あわわっ……!」
おっと。一人だけ勢い余って、桜井先生のいる教壇まで投げ飛ばしてしまった。
「「「「「ひぃいっ……」」」」」
こうなるともう、みんなビビッて僕を攻撃する人なんていなくなる。
「さすが優也兄貴だぜぇっ! こんの野郎ぉおっ!」
「優也さんナイスッ。雑魚は俺たちに任せてくれっ! 死ねやオラッ!」
「白石のあんちゃん、助かったぞい! おのれら……年寄りを舐めると承知せんぞおぉおっ!」
「……」
タクヤとマサル、青野さんが逃げた生徒たちに追い打ちをかける。それにしても、青野さんはやっぱり立ち直りが早い。
「まあまあ、みんな。その辺にしておこうか。田中君のルールを破ったら酷い目に遭うんだし」
「無駄……」
「「「「「な、なんだこいつ……」」」」」
一方、汐音に対しても小鳥ちゃんを含めて何人か襲い掛かってたけど、彼女は当然のように無傷だった。まあS級武器の死神の大鎌もあるしね。逆に襲った人を心配してしまうレベルだ。
「フッ……まあまあやるとは思っていたが、ここまでとはな。誉めてやろう」
この騒動を生み出した田中琥珀は、余裕たっぷりに拍手までする始末。彼には高レベルの『鑑定眼』スキルがあるから予想してたことではあるんだろうね。
おそらく、恐怖政治でFクラスを引き締めるためだけでなく、僕たちの能力を探る意味合いもあったんだとは思うけど。
それにしても、ここまでのことをされるんじゃ、みんないくら切り替えが早いとはいえ窮屈で仕方がないと思う。こんな恐怖政治は早々に終わらせなきゃいけない。
正直、僕としては田中琥珀と勝負したいっていうのが一番なんだけど、人間自体を敵視する彼の哀れな意識を変えるためにも……。
「田中琥珀、君がいいなら僕と勝負してくれないかな?」
「ほう。新人の分際で俺に勝負を挑むとはな……。いいだろう。その勝負、受けて立とう。だが、条件もある」
「条件……?」
「そうだ。負けたほうはこの学園を去るというのはどうだ?」
「……構わないよ。その条件で戦おう」
「それと、だ。勝負の日時や場所もこちらで決めさせてもらう。三日後の正午、グラウンドだ。連帯責任として、白石優也。お前が負ければ仲間たちもこの学園を去ることになるだろう」
「いいけど、それなら味方にも戦う権利はあるよね?」
「フッ……無論だ。戦うだけ無駄だろうがな……」
「ざ、ざけんあぁっ。優也兄貴がてめぇなんかぶっ殺してやっからよぉぉ……」
「んだんだ! てめーなんぞ優也さんにぶちのめされて、学園どころかこの世からおさらばすることになんぜっ……⁉」
「うむ、白石のあんちゃんには勝てるまい! 田中琥珀とやら、若いのに死んでしまうとは気の毒よのう!」
「……」
僕がボスを殺すの前提かよ……。
「っていうか、その前にみんな戦うんだからね?」
「「「うっ……」」」
青い顔をするタクヤたち。このままじゃ三馬鹿って言われかねないし、彼らにも頑張ってほしいところ。
「私が優也君に回るまでに……終わらせる……」
「ははっ……」
汐音が言うと、本当にそうなりかねないから洒落になんない。
「フンッ、威勢だけは上級だな。この辺で整理させてもらう。この俺と戦うのは5人ということでいいな?」
「……ま、待ってくれ。この勝負、私も白石優也側で参加する!」
まさかの参加宣言をしたのは、小鳥ちゃんだった。
「ちょっ……⁉ こ、小鳥よ、それはやめたほうが――」
「――おじいちゃんは黙ってて! 私、白石優也ってやつの男気に惚れたんだ。だから、彼の味方になりたいっ!」
「こ、小鳥よ……わ、わしを差し置いて、ほかの男を好きになるというのかああぁぁっ⁉」
「おじいちゃん……空気読もうよ……」
「ちょっ……⁉ 小鳥よっ、話は終わっとらんぞおおぉぉぉっ……!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にした小鳥ちゃんによって、教室から連れ出される青野さん。
なんていうか、色んな意味でどっと疲れた……。
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