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決闘
しおりを挟む夜明けが間近に迫っている中、男爵であるシオン=ギルバートの領地は、森林エリアから抜け出したフォレストゴブリンたちの姿で溢れ返っていた。
「ハッハッハ……最高の眺めだなあ。この日をどんなに夢見たことか……! ジェナートよ、これが報酬だ。お前が普段貰ってる少ない給料の十倍だぞ」
「ど、どうも……」
教会の屋根にて、顔を仮面ですっぽりと覆い隠した人物が、黒尽くめの格好をした男ジェナートに小袋を手渡す。
「今回の計画は完璧であったな。まさか、三日以内に同じ個所を破壊してくるとは夢にも思わなかったということだ。今頃、間抜けの領主様はもちろん、兵士たちもお疲れでぐっすり眠っているだろう」
「間抜けな領主で悪かったな」
「な、何ぃっ……!?」
仮面の男が上擦った声を上げて周囲を見渡すと、領主のシオンや領兵たちを束ねる女騎士ルチアードら、配下たちによって教会が囲まれていた。
「ジェ、ジェナートォ、裏切ったな、貴様あぁっ!」
仮面をつけた男が怒鳴るも、既にジェナートはバックステップで退避しており、屋根の上には大声を上げた彼だけが立っている格好となった。
「う、うぬうう……だがな、貴様ら、こんなところで私を相手にしている場合か? 既にゴブリンたちは居住区を我が物顔で闊歩している。どれほどの犠牲者が出たのか、想像すらつかないほどだ。領主様お得意の演奏も間に合わんだろう――」
「――それなら心配いらぬ」
そこで鋭い声を発したのはルチアードだった。
「領民たちについては、既に安全な場所に避難させているからだ。ああしてゴブリンたちを泳がせておいたのも、お前の計画が成功したように見せかけるための演出にすぎぬ」
「ぬう……上手く騙されたわけか。しかし、あまりにも意外な結末であった。最近はまあまあ良いところを見せていたとはいえ、バカ領主で知られていたダメ子息に、この私がしてやられることになろうとは……」
「シオン様は昔のダメダメなシオン様ではないのですっ!」
「……違うのか? 領主様を堕落させているバカなメイドのエリュネシアよ……」
「え、あなたはどうしてわたくしめのことまで知っているんですか……って、失敬ですよ!? ここまでシオン様を育てあげたのはわたくしめなんですからっ!」
「……そうか。ならば、領主様は最近まで間抜けの振りをしていただけの有能な人物だったというわけか。間抜けなのは騙されていた私のほうだったのだな……」
観念した様子で屋根から飛び降りる仮面の男。
「さあ、とっとと捕縛したまえ。この人数を相手に抵抗しても無駄だというのはわかっている」
「ここまで大がかりなことをやった理由を教えてほしい」
そこで前に出てきたのは、領主のシオンであった。
「理由だと? そんなに知りたいなら教えてやろうではないか。それはな、貴様がギルバート家の者だからだ! 私は、貴様の父親に滅ぼされた貴族の末裔なのだからな……」
男が仮面を脱ぎ去って自身の正体を露にすると、周辺から驚きの声が上がる。それは領地を守る兵士たちの副長で、【魔術師】のゲラードであった。
「ゲ、ゲラード……姿が見えないから、一体どこをほっつき歩いてるのかと思っていたら、お前が犯人だったというのか……。信じていたというのに、愚かな……」
ルチアードが信じられないといった様子で声を震わせる。
「まあまあ、そうかっかなさらず、ルチアード様。これも仕方のない話なのですよ……。なんせ、私の親が死ぬ前に発した最期の言葉が、必ずギルバート家の血筋を根絶やしにしてくれ、ですからなあ。それは私の中で血となり肉となり、生きる理由となってしまった。しかし私自身、改心なされた領主様についていくのも悪くないと思い始めたこともあり、ジレンマに苛まれる前に早く決断したかったということ……」
「そうか……内心じゃ俺を認めてくれてたんだな。それならゲラード、お前にチャンスをやろう」
「えっ……?」
領主シオンの言葉に、ゲラードがさも意外そうな表情を浮かべる。
「これから俺と一対一で戦うんだ。お前が勝ったところでここから逃げることはできないが、俺を殺すチャンスはある」
「それは私にしてみたら望むところであるが、領主様にとっては一体なんのメリットが……?」
「謀反人とはいえ、お前の命をなるべく無駄にしたくないんでな。ただの処刑じゃなく、本当の意味で経験値に変えてやるだけの話だ」
「ハッハッハ! 私の命が領主様の血と肉になるわけか。それはそれは、結構なことで。それでは、喜んで受けて立ちますぞ、領主様」
魔術師ゲラードは胸に手を置いて恭しくひざまずいたあと、ニヤリと笑ってみせた。
◆ ◆ ◆
「「――ぐっ……!?」」
すっかり周囲が明るくなってきた頃だった。
【魔術師】ゲラードと俺の体が折り重なった直後、足元に血だまりができる。
「ハッハッハ! 終わりましたなあ、領主様……」
「はぁ、はぁ……」
まもなく倒れたのは、すっかり息を切らしている俺のほうではなく、笑い声を上げていたゲラードのほうだった。
やつはもう息をしていないが、憎たらしいほどに満足そうな笑みを浮かべていた。
彼はあんな過去を持っていながら、今まで我慢して俺に仕えてきただけでなく、領主として認めようとしてくれていたし、決闘という形で終わらせてやりたかった。
とはいえ、ゲラードとの戦いはまさに死闘だった。
最後の最後に明暗を分けたのは、現代ではバカにされがちな精神力とか根性の類だと思う。それくらい俺とゲラードの実力差は拮抗していたんだ。
前世で培ってきた俺の精神力が少しでもこの男に負けていたら、今頃倒れていたのは間違いなく彼ではなく俺のほうだったと断言できる。
ただ、気掛かりなことがある。心の奥底から、ざわめきみたいなものが聞こえてきて、それがどんどん大きくなっていく感覚があった。このままでは自分の存在が消えてしまうかのようだ。なんなんだ、これは……。
「シオン様ああぁっ!」
「シオン殿!」
「領主様っ!」
「……」
メイドのエリュネシア、女騎士ルチアード、それについ最近領兵になったロゼリアの声が聞こえてくるが、近くにいるはずなのにとても遠くにいるような気さえしてくる。
それに、なんだか眠い、凄く眠いんだ。強い眠気に誘われるような感覚が襲ってきて、もう止めようがなかった。
多分……俺は死ぬわけじゃないと思う。深い眠りにつくだけで、また目覚めるはずだ。
何かの因縁か、俺はこのシオン=ギルバートという堕落した貴族の男を成功させるために、この異世界へやってきたんだろう。
でも、決して無駄なんかじゃなかった。俺がやってきたことを、彼はきっと夢の中の出来事として覚えている。そんな確信があったからだ。
俺は完全にいなくなったわけじゃない。だからきっと、またいつの日かみんなと会える。そうしたら、真の領主としてようやく領地開拓を目指すことになる。
でも、まったく開拓できなかったわけじゃないと思う。無差別殺人事件や今回の事件を解決したことで、領主のことを思ってくれる領民が増えるはずだし、心の領地は増やせたんじゃないか。
ただ、俺は立派な領主である前に一人の人間なんだ。俺が帰ってくるそのときまで……エリュネシア、せめてお前だけは俺と過ごした日々のことを忘れないでいてくれ……。
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