転移術士の成り上がり

名無し

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七段  無知というのは罪だ

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 まだ間に合うはずだ。転送部屋に続く通路はホール一階の内側に幾つもあるが、どこを通るのかは俺がよく知っている。

 ――いた。通路の半ばに差し掛かったところに、ルファス、ビレント、エルジェ、グリフの姿があった。

「お前ら、遅れた分今日の昼食はキノコ料理で済ませるぞ」
「えー、僕キノコ苦手なんだけど……」
「ビレント、キノコ苦手なんだ! じゃあそれで決まりね! ねっ、グリフ!」
「う、うむ!」
「うー……」
「……」

 みんな笑いながら歩いてる。……あれ? エルジェまであんな楽しそうにしてるなんて思わなかった……。なんか、邪魔しちゃ悪いみたいな空気になってる。……い、いや、あいつらのことだ。たまたまああいう和やかな空気になっただけで、すぐに険悪なムードになるに違いない。

 追尾してるのがバレないように少し遅れて十一階層の転送部屋まで行くと、彼らが戦っている姿を遠目に見ることができた。

 ……なんだ? みんな競うような酷い狩り方してるのかと思いきや、そんなことはまったくなかった。

 みんな固まってて、ビレントは支援をしっかりやってるし、ルファスも無駄にモンスターを追いかけるようなことをしない。グリフは味方を守りつつたまに槍で攻撃するくらいで、エルジェはモンスターがある程度沸いてきたところで大魔法を出し、一気に殲滅することで消耗を抑えている。

 今まで我慢できずに魔法を打ちまくって、精神力の消耗で肝心なときに出せずに落ち込んでた姿とは対照的だ。

 これって、まさか……いや、間違いない。俺が抜けたことで、得られる金銭設定を各自ではなく分配方式にしているんだ。というか、それ以上に纏まりがある。まるで俺がいないことで結束が強まった感すらあった。

「……」

 リボンを握りしめる手が震えた。俺ってなんなんだ。なあ、俺って一体なんなんだよ……。

 いや、まだわからない。すぐに本性を表すかもしれない。実際、俺がいたときだってああいう狩り方がまったくできないわけじゃなかった。明日、溜まり場に行って様子を見てみるか。もちろん、バレないように……。



 ……ホール三階にあるいつもの宿に泊まったが、一睡もできなかった。やたらと夜が長く感じたし、買っておいたパンもほとんど喉を通らなかった。ふと窓の外を見る。これだけ空は晴れやかだというのに、溜まり場に向かう足取りも心も滅茶苦茶重い。

 まるで体がそこに行ってはいけないとでも訴えてるかのように。でも、確認しなきゃ気が済まないんだ。このままじゃあまりにも理不尽だから……。

 一階に下り、例の場所に行く前にトイレに入って鏡を見つめた。自分の変装が上手くいってるか最後に見ておきたかったんだ。宿のトイレで何度も確認したがまだ不安だった。

 鍔の広いとんがり帽子を斜めに深く被り、体のラインがわかりにくい、ぶかぶかのフードを着込んだ。全身黒づくめで、今時珍しい典型的な魔道術士ウィザードのような格好だ。でもこれなら俺だとは気が付かないはず……。

 周囲から好奇の視線を集めながら歩くと、例の溜まり場が近付いてきた。……おいおい、まだ午前十時には十分以上届いてないってのにみんな揃ってるじゃないか。しかもだ。例のこじんまりしたベンチに四人仲良く並んで座っていた。あのルファスが窮屈そうに端のほうにいるし、表情も全然威圧的じゃなく、時折笑みを浮かべながら喋っていた。

 どういうことだ……。そこから離れすぎず近すぎず、微妙な位置で待ち合わせでもしてるような素振りをすることにした。

「あー、本当に清々したね」

 ……よし、ここならあいつらの会話もなんとか聞こえてくる。

「うむ。あの役立たずが消えてくれて本当に助かった!」

 ビレントの言葉にグリフが満足そうにうなずいている。役立たずって、どう考えても俺のことだよな……。

「うふふ。あたしの芝居、どうだった?」

 エルジェの言葉に、眩暈がしそうになった。……芝居、だと……?

「凄く上手かったぜ、エルジェ。シギルのやつ、すっかり信じ込んじゃってお前にぞっこんみたいだったな」
「うんうん、シギル先輩、唯一の味方って感じで縋ってたねぇ」
「うむ。あれはエルジェどのにストーカーしそうな勢いだった……」
「やだあ。あんな気持ちの悪い根暗男にストーカーされたら、怖くて夜も寝られないわよ……」
「「「わははっ!」」」

 ……これが、これが俺に対するあいつらの評価だというのか……。

「い、いいんだ、見ての通りだよ。ここを離れても惜しくないくらい、嫌われちゃってるんだし……」

 ビレントがきりっとした顔で俺の真似をすると、またみんな一斉に笑い出した。

「似てるー! もー、死んじゃうからこれ以上笑わせないでよー!」
「うむ……自分もあのとき、笑いを堪えるのに必死だった……ぷぷっ……」
「俺も。悲劇のヒロインみたいだったな、あいつ。自分にすげー酔ってたんじゃねえの?」
「あー、やだやだ。根暗男気持ち悪っ……! ただの脇役のくせにさ、さも重鎮みたいに出しゃばってたから総スカン食らって追いだされたってだけの話なのにねえ……」
「あはは。その通りだけど、エルジェの考えた計画鬼畜すぎぃ。さすがにシギル先輩が可哀想になってくる……」
「うふふ……」

 ……どうやら俺が分をわきまえずに出しゃばっているように見えたらしい。無知というのは罪だな。そう、俺も……。まさか、俺を追い出す計画の首謀者がエルジェだったとはな……。

 俺がどれだけみんなのためにやってきたかも知らずに……畜生ッ……。クソッタレめ……。俺はやるぞ。やってやる。俺は存在自体を否定されたようなもんだからな。それなら、俺もあいつらに同じことをしてやる。元仲間として、せめて苦しませずに殺してやるよ。皆殺しだ。思い知らせてやる。俺の無念を絶対に思い知らせてやるぞおぉぉ……。
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