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第二章
清掃師、知識を披露する
しおりを挟むガーラントたちに少しでもやり返せたことが影響したのか雰囲気は上々で、この調子なら残り八日でも充分登頂できそうだと感じていた。
とはいえ、新たに挑む迷宮山だ。不安がまったくないわけではないので、みんなで『アント・ヘブン』について知ってることを言い合いながら進むことにした。
「と、とにかく、あの山はとても恐ろしいところだ……それだけは確かなのだっ……!」
「リーダー……折角ちょっと見直したのに台無し……」
「ロディお兄ちゃんは恥ずかしいから黙っててっ」
「リーダーさん、そんなの当たり前ですぅ」
みんな辛辣だな。それだけ気心が知れた仲っていうのもあるんだろうけど、俺がフォローを入れておくか。
「まあまあ。リーダーは責任を感じすぎて『アント・ヘブン』について調べるどころじゃなかったんだろうし、しょうがないよ」
「う、うむっ! ほかのメンバーと違い、アルファ君はよくわかってるなっ! わははっ!」
「……」
ロディがいつもの調子に戻ってて安心する。
「じゃあ次、あたしねっ。出てくるモンスターはボスを含めてキラーアント、フライアント、アリジゴク、クイーンアントの四種類。主に戦う敵はキラーアントで、体が人間の大人並みに大きくて脚も長くて鋭いから要注意だよ」
サーシャの説明に俺を含めてみんなが相槌を打つ。
確か『アント・ヘブン』は洞窟内を登って頂上を目指す迷宮山で、その過程でキラーアントっていう大きな蟻のモンスターが出てきて、岩山の周囲を浮遊するフライアントと戦うことは滅多にないらしい。
「次はわたし。えっとね……『アント・ヘブン』の洞窟って、真っ暗でいっぱいあって、正解の穴を選ばないとずっとその中でループしちゃうんだって」
シェリー、相当緊張してるのかたどたどしい説明だったが、俺たちがうなずいたことでほっとしたらしく胸を撫で下ろしてる。
「私の番ですねぇ。『アント・ヘブン』は外から登ろうとするとフライアントさんに邪魔されますし、風が凄く強いので中を登っていくしかないのですよぉ」
ミュートの説明が終わる頃には、みんな欠伸したり目を擦ったりしながらうなずく余裕さえ見られた。
知らない迷宮山には恐ろしいイメージがつきものだが、それについて知識を共有すると恐怖が薄らいでくるから不思議だ。だからこそ準備がいかに大事かってことだが……って、俺の番か。視線が集まってきてやっと気づいた。
「みんな知ってるかもしれないけど、『アント・ヘブン』は一日ごとに岩山が動く仕様で、ただでさえ複雑な地形なので覚えることが難しい。それと、洞窟の中は湿った斜面で滑りやすくなってて、一度滑落し始めると、勢いがついた場合ピッケルを使っても歯止めが利かなくなる。最悪の場合、地下の空間に落ちて巨大なアリジゴクに食べられてしまうから、急ごうとするよりゆっくり進んだほうがいいんだ」
「「「「……」」」」
みんな呆然とした顔で黙り込んでる。もしかしたら知識をひけらかしたように見えたのかもしれない。でもそう思われたとしても構わない。なるべくパーティーを危険な目に遭わせたくないからな。
「さ、さすがアルファ君だ……!」
「アルファって、ホント勉強熱心ね」
「アルファお兄ちゃん、すごーいっ」
「細かくて凄いですぅ」
「……あはは、俺は掃除役だし、情報収集くらいしか能がないからしっかり勉強させてもらったよ」
みんないい人でよかった。パーティーでの俺の役目もこれで確立されてきた感じだろう。
「……」
そういえばマリベルたちはやたらと大人しいな。まさかまた寝てるんだろうか? 気になったので、雑音を消して彼女たちのいる胸ポケットにそっと耳を傾けてみる。なんか盗み聞きみたいだが、たまにはこういうのもいいんじゃないか。
「あぁ……ハニーアント、わしも楽しみなのじゃあっ……」
「あらあら、マリベルったらはしたないですわ、涎が出てますわよ?」
「はっ……」
「ふっ。我もあの甘みをたまに味わいたくなる」
「ユリムもいっぱいあまあましたいれしゅうー」
「……」
なるほど、蟻のモンスターがたまにドロップするっていう蜜についてみんな語ってたってわけか。食べ物のことを考えると、ドワーフたちも味覚のほうに集中するのか静かになるんだな。
しかしやっぱり、オーガたちのいる危険極まりない迷宮山へ行くというのに蜜のことで頭が一杯なんだから、俺たちとは次元がまったく違うと感じた。
「――あ、見えてきましたぁ」
「「「「あっ……」」」」
ミュートが指を向けた先には、幾つかの山々の間から雲を挟んで、長方形の岩山『アント・ヘブン』が顔を覗かせていた。ほかの山と比べてみればわかるが、想像してたものよりずっと大きいんだな。
「み、みみみっ、みんな落ち着くのだああぁっ!」
「だからー、リーダーがまず落ち着いてよ」
「ホントだよ」
「リーダーさん、少し冷静になりましょうねぇ?」
「ああ、そうだよリーダー、アルフェリナも応援してるんだから」
嘘は言ってない。
「ア……アルフェリナさん……私はやるぞおおおおぉぉっ!」
リーダーが急に一人だけウォーキングバードを走らせたので、俺はみんなと苦笑した顔を見合わせつつ背中を追いかけたのだった……。
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