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第4章 魔の力
181 二人の少女
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食堂から逃げてきた俺は、特に行くあてもなくシャルル亭の中を右往左往していた。
──何考えてんだ……あの女……
女心と秋の空とはいうが、それにしてもあんな行動をとる女性が多数派じゃないとは思っている。
それともこれがイケメン補正というヤツなのだろうか。
この世界での俺はゲームでキャラメイクした通りの見た目になっている。日本に居たときより異性に優しくされたとしても不思議ではない──のか?
──くそっ……どうしよう……
「えっしょ、うんしょ……」
どうしたものかと廊下で立ち往生していると、ふとシラハの姿が目に入ってきた。
掃除の途中だったのだろうか。水がいっぱいに入ったバケツを、背中を反らしながら両手で持っている。
どうやら相当に重いらしい。顔が少し赤くなっていて汗が滲んでいる。
そんな懸命に働く子供を見ていたら手を貸したくなるのが人間というものだろう。
「よかったら俺が持ちますよ」
「んっ……あ、あれっ?」
だがそれはお節介だったらしい。
俺の声にシラハが振り返ったその瞬間、シラハは大きく体勢を崩し始めた。
「ちょっ、あぶないっ!」
シラハが水を廊下にぶちまける前に、なんとか彼女が持っているバケツを支えることに成功する。
少しの後悔と気まずさを感じつつも俺はふらふらとしているシラハに声をかけた。
「すいません。大丈夫ですか?」
「は、はいっ。大丈夫です。ありがとうございますっ!」
だがシラハは気にしないでくれていたらしい。
思わず頬がゆるんでしまうような可愛い笑顔をいっぱいに見せつけてくれる。
「でもっ、おにーさん。どうしたんですか? 食堂はあっちですよ。迷子ですか?」
にこにこと笑いながらも、不思議そうにくいっと首を傾げるシラハ。
少しどう答えていいか迷ってしまった。エイミーから逃げてきたとバカ正直に答えるのもおかしいだろう。
「あ、あぁ……その、トイレはどこかなって思いまして」
だがあまり黙っているのも怪しすぎるので適当な言い訳をしておくことにした。
するとシラハはそれを間に受けたのか一度バケツを床においてぺこりとお辞儀をする。
「これは失礼しましたっ! えっと。私の背中の方に進んでもらって、右ですっ」
素早く右手を九十度に上げながら早口でしゃべるシラハ。
その一生懸命な対応が愛らしくてバケツを運ぶのを余計に手伝いたくなったが──
「あの、あの。是非是非ゆっくり楽しんでいってくださいねっ! シャルル亭はいつもキラキラの笑顔でサービスしますのでっ!」
手首をくいっとまげて猫のようなポーズをとるシラハ。
台詞、仕草、表情──それら全てがミハのそれを彷彿とさせる。
そんな彼女を見ていると仕事を手伝おうとする事が失礼になってしまうような気がした。
「……ありがとうございます。おかげで楽しめていますよ」
「はいっ! では私はこれでっ!」
うーっ、と唸りながらバケツを持ち上げるシラハ。そのまま俺の後ろ側に進んでいく。
少し後ろ髪をひかれるような感じにはなったが彼女があんなに自分でやろうと頑張っているのだ。そのプライドは尊敬に値するものだろう。
とはいえエイミーのこともある。少し時間を潰してから食堂に戻った方がいいかもしれない。そう考えた俺は、せっかくシラハから場所をきいたこともありトイレに寄っていくことにした。
シラハが歩いてきた方向に足を進めT字の廊下を右に曲がる。
そこはすぐに行き止まりになっていて壁側に扉が一つだけ存在している。
扉の前には掛札で何かが書いてあるのが見えた。これがトイレを示す文字なのだろう。
そう思って扉を開けてみると──
「だれっ!?」
鋭い少女の声が俺の耳に飛び込んできた。
「あ、あれ?」
その光景は俺の予想していたものとは全く違っていた。
トイレ──というか、思いっきり普通の部屋だ。
その中では机に向かって座っているショートカットの茶髪の少女がいた。
「ど、どちらさま……でしょうか……」
その少女もシラハやミハと同じく虎耳の獣人族だった。
だが彼女達のようにメイド服は着ていない。着用しているのは物凄く地味な茶色いローブだ。
年齢はシラハよりもさらに下だろうか。日本で言うならば小学生の年齢であることは間違いないだろう。
そんな少女が恐怖に満ちた視線を俺に向かって送っている。
「え、いや。トイレを借りようとしてて……」
シラハの言葉を聞き間違えたのだろうか。
そんなはずは無いと思いつつも目の前の少女が放つ疑いの視線は全く消えていない。
「ちっ、違います。ここっ、スタッフルームで……文字、見えなかったんですか?」
──そういいうことか……
あの掛札はスタッフルームと書いてあったのだろう。
それにも拘わらず入ってきたのだ。俺の言葉に信憑性が無いのも頷ける。
「あー……すいません。俺、文字が読めなくて」
「そ、そうですかっ……トイレは部屋を出て左ですので……」
早く出ていけ、と言外で訴えてくる少女。
あからさまに向けられる嫌悪の感情にどことなく傷ついてしまったが非はこちらにある。
俺は急いでその部屋から出ようと扉に手をかけ──
「はい。失礼しま──」
「おにーさん! ごめんなさいっ! 貴方から見たら左でしたっ!!」
「うわっ!?」
「きゃっ!」
……たところで体に軽い衝撃を感じた。
先にきいた声だ。姿を見るまでもない。
見下ろせば、予想通り若干涙目になったシラハの顔があった。
「あいたた……ご、ごめんなさいっ。だいじょーぶですか?」
尻餅をついた体勢から慌てて立ち上がりシラハが心配そうに俺の事を見上げてくる。
シラハの方が痛い目にあったであろうに、よくできた子だ。
そう感心して、俺は彼女に視線を合わせて声をかけた。
「俺は平気です。シラハさんこそ大丈夫ですか?」
「はいっ……あれ?」
ふと、シラハの視線が俺の目から下にそれる。
「そのロザリオ……おねーちゃんの……?」
──何考えてんだ……あの女……
女心と秋の空とはいうが、それにしてもあんな行動をとる女性が多数派じゃないとは思っている。
それともこれがイケメン補正というヤツなのだろうか。
この世界での俺はゲームでキャラメイクした通りの見た目になっている。日本に居たときより異性に優しくされたとしても不思議ではない──のか?
──くそっ……どうしよう……
「えっしょ、うんしょ……」
どうしたものかと廊下で立ち往生していると、ふとシラハの姿が目に入ってきた。
掃除の途中だったのだろうか。水がいっぱいに入ったバケツを、背中を反らしながら両手で持っている。
どうやら相当に重いらしい。顔が少し赤くなっていて汗が滲んでいる。
そんな懸命に働く子供を見ていたら手を貸したくなるのが人間というものだろう。
「よかったら俺が持ちますよ」
「んっ……あ、あれっ?」
だがそれはお節介だったらしい。
俺の声にシラハが振り返ったその瞬間、シラハは大きく体勢を崩し始めた。
「ちょっ、あぶないっ!」
シラハが水を廊下にぶちまける前に、なんとか彼女が持っているバケツを支えることに成功する。
少しの後悔と気まずさを感じつつも俺はふらふらとしているシラハに声をかけた。
「すいません。大丈夫ですか?」
「は、はいっ。大丈夫です。ありがとうございますっ!」
だがシラハは気にしないでくれていたらしい。
思わず頬がゆるんでしまうような可愛い笑顔をいっぱいに見せつけてくれる。
「でもっ、おにーさん。どうしたんですか? 食堂はあっちですよ。迷子ですか?」
にこにこと笑いながらも、不思議そうにくいっと首を傾げるシラハ。
少しどう答えていいか迷ってしまった。エイミーから逃げてきたとバカ正直に答えるのもおかしいだろう。
「あ、あぁ……その、トイレはどこかなって思いまして」
だがあまり黙っているのも怪しすぎるので適当な言い訳をしておくことにした。
するとシラハはそれを間に受けたのか一度バケツを床においてぺこりとお辞儀をする。
「これは失礼しましたっ! えっと。私の背中の方に進んでもらって、右ですっ」
素早く右手を九十度に上げながら早口でしゃべるシラハ。
その一生懸命な対応が愛らしくてバケツを運ぶのを余計に手伝いたくなったが──
「あの、あの。是非是非ゆっくり楽しんでいってくださいねっ! シャルル亭はいつもキラキラの笑顔でサービスしますのでっ!」
手首をくいっとまげて猫のようなポーズをとるシラハ。
台詞、仕草、表情──それら全てがミハのそれを彷彿とさせる。
そんな彼女を見ていると仕事を手伝おうとする事が失礼になってしまうような気がした。
「……ありがとうございます。おかげで楽しめていますよ」
「はいっ! では私はこれでっ!」
うーっ、と唸りながらバケツを持ち上げるシラハ。そのまま俺の後ろ側に進んでいく。
少し後ろ髪をひかれるような感じにはなったが彼女があんなに自分でやろうと頑張っているのだ。そのプライドは尊敬に値するものだろう。
とはいえエイミーのこともある。少し時間を潰してから食堂に戻った方がいいかもしれない。そう考えた俺は、せっかくシラハから場所をきいたこともありトイレに寄っていくことにした。
シラハが歩いてきた方向に足を進めT字の廊下を右に曲がる。
そこはすぐに行き止まりになっていて壁側に扉が一つだけ存在している。
扉の前には掛札で何かが書いてあるのが見えた。これがトイレを示す文字なのだろう。
そう思って扉を開けてみると──
「だれっ!?」
鋭い少女の声が俺の耳に飛び込んできた。
「あ、あれ?」
その光景は俺の予想していたものとは全く違っていた。
トイレ──というか、思いっきり普通の部屋だ。
その中では机に向かって座っているショートカットの茶髪の少女がいた。
「ど、どちらさま……でしょうか……」
その少女もシラハやミハと同じく虎耳の獣人族だった。
だが彼女達のようにメイド服は着ていない。着用しているのは物凄く地味な茶色いローブだ。
年齢はシラハよりもさらに下だろうか。日本で言うならば小学生の年齢であることは間違いないだろう。
そんな少女が恐怖に満ちた視線を俺に向かって送っている。
「え、いや。トイレを借りようとしてて……」
シラハの言葉を聞き間違えたのだろうか。
そんなはずは無いと思いつつも目の前の少女が放つ疑いの視線は全く消えていない。
「ちっ、違います。ここっ、スタッフルームで……文字、見えなかったんですか?」
──そういいうことか……
あの掛札はスタッフルームと書いてあったのだろう。
それにも拘わらず入ってきたのだ。俺の言葉に信憑性が無いのも頷ける。
「あー……すいません。俺、文字が読めなくて」
「そ、そうですかっ……トイレは部屋を出て左ですので……」
早く出ていけ、と言外で訴えてくる少女。
あからさまに向けられる嫌悪の感情にどことなく傷ついてしまったが非はこちらにある。
俺は急いでその部屋から出ようと扉に手をかけ──
「はい。失礼しま──」
「おにーさん! ごめんなさいっ! 貴方から見たら左でしたっ!!」
「うわっ!?」
「きゃっ!」
……たところで体に軽い衝撃を感じた。
先にきいた声だ。姿を見るまでもない。
見下ろせば、予想通り若干涙目になったシラハの顔があった。
「あいたた……ご、ごめんなさいっ。だいじょーぶですか?」
尻餅をついた体勢から慌てて立ち上がりシラハが心配そうに俺の事を見上げてくる。
シラハの方が痛い目にあったであろうに、よくできた子だ。
そう感心して、俺は彼女に視線を合わせて声をかけた。
「俺は平気です。シラハさんこそ大丈夫ですか?」
「はいっ……あれ?」
ふと、シラハの視線が俺の目から下にそれる。
「そのロザリオ……おねーちゃんの……?」
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