あの夏の嘘つき

suezu

文字の大きさ
27 / 48
第8章 傷痕とキス

傷痕にキス

しおりを挟む
「手術の時、怖かった?」
まだ、涼が傷口をなぞっている。
その手の感触で、子供のころ、「かわいそうに」と泣きなが抱きしめてくれた祖母をなぜか思いだした。
「怖かったというよりも、その頃はかなり症状が悪くてさ。辛くて辛くて、いつもわめいて泣いてたんだよ。でもそうすると、父さんも面倒みてくれたおばあちゃんも、もっと辛そうな顔をして泣くんだ。それがすごく嫌だったな。だから、早く手術したいって思ってた」
「…そうだったんだね」
 涼が頭をかがめて、手術の痕にキスをする。その姿が何かの儀式のように見える。
「その頃、俺、千尋さんの近くにいたかったな。何の役に立てなくても…寒いよね。ごめんね。変なお願いをしちゃって。」

涼が丁寧に千尋のパジャマのボタンをしめた。
「いいけどさ、なんで、こんなもの、みたいわけ?」
ピッとリモコンの音がして、ベッドサイドの照明が少し落ちた。
「興味本位ってわけじゃなくて」
薄暗くなった天井に視線を向けたまま涼が続ける。
「うん、わかってるよ」
「…友だちが、高校の時の友だちが、心臓の病気が見つかったって連絡がきたんだ。」
「それは心配だな」
涼はあまり、自分の話をしないから、友だちの話を聞くなんて初めてだ。
高校の時の友人ということは、アメリカの友人だろう。
「今のところは元気だけど、いずれ手術をするらしい」
「…そう」
「元気だから、本人もあまり自覚症状がなくて、家族もわからなかったらしいけど、近いうちに手術したほうがいいんだって」
涼の声が少し不安そうだ。
「…きっと大丈夫。その友達は手術してすぐによくなるよ」
「……でも心臓の手術って、やっぱり怖いと思う。どんなに大丈夫って言われても、万が一って考えるよ。」

ベッドの中で、涼が千尋の手を握ってきた。きっと仲が良かった友人なのだろう。
手のひらから涼の不安が伝わってくるようだった。
「大丈夫だって。俺の手術の痕をみただろ。先生たちがきちんと手術してくれて、丁寧に縫ってくれて、手術してからもう10年以上経ってても、ちゃんと心臓が動いてるだろ。今なんて、そのころよりももっと手術の技術が進歩してて、それに涼の友達ってことはアメリカだろ。アメリカの心臓手術の技術ってすごいっていうじゃん」
「…うん、そうは聞くけど。俺、自分が今までずっと健康だったからか、そういう話聞くと、すごく怖くなる」
「それに、その友達もすぐに元気になって楽しく暮らせるよ」
「どうして、思えるの?」

涼がカラダを横に向けて千尋を見つめた
「俺はさ、病気をもって生まれたから、元気な時期がまるでなかったんだよ。マイナスから人生がスタートしてるわけ。でもさ、20年以上たっても、そこそこに暮らしてて、この夏は涼が一緒で、自分史上最高に楽しめてる。今夜は人生初で花火も見た。マイナスからスタートして、今、こんなに楽しめてんだから、今まで健康でプラスの人生を送ってきたその友だちなら、手術した後でも、楽しい人生になると思うよ」
 一気にそう言った後に、ちょっとぶっちゃけすぎたと後悔をした。
ただ、友だちの病気を知って、落ち込んでいる涼を励ましたかっただけだ。
「そうか、そう考えればいいんだ。」
涼が小さくうなずくと動きにあわせて、ベッドサイドのライトの光がちらちらと揺れる。
「いろいろ考えちゃうと、こんがらがっていくだけだからさ」
「……千尋さんは、怖くないんですか?」
問いのかたちは曖昧だったが、何を聞きたかったのかは伝わってくる。
病気と生きること。その先にあるかもしれない終わりのこと。怖くないのか。
真正面から来たな、と思った。
そりゃ、怖い。寝る前に「明日の朝、目が覚めるのだろうか」と考えない夜はない。
「俺ね、人生って意外と、どうにかなるもんだと思ってんだよね」
少し笑いながら言う。
「今まで何回も、もうダメかもって思ったけど、どうにか乗り越えてきたし。そうやって生きてるとさ、不意にラッキーなことも起きたりして。だからたまに、人生って実はそういう仕組みなんじゃないかって思う」
またぶっちゃけてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

BL短編

水無月
BL
兄弟や幼馴染物に偏りがちです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...