あの夏の嘘つき

suezu

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第11章 痛み

ヒトミ

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「こっちが、『数理最適化論』で、こっちが『情報セキュリティ論』のレジュメとノート。で、レポートの課題はこれ。」
「ありがとう。ほんと、助かる。」
10日ぶりに行った大学で、真由子にノートを見せてもらった。卒業がかかっている年だから、単位は絶対に落とせない。
「卒論を書くのは手伝えないけど、提出フォーマットとスケジュールはメールで送っておくね」
「本当に仁見さんには助けてもらってばかりで、ありがとう」

就活をもう一度やるつもりではいる。でも、何よりも優先すべきは大学卒業だ。それだけは死守しなければならない。その分、真由子のサポートは本当に心強かった。
いつもの学食脇のパーラーで真由子からノートを受け取って、ポケットからスマホを取り出そうすると、後ろから腕を強く引っ張られた。

「千尋さん」
「おっ、涼。今、連絡しようとしてたとこ…」
今日は学校の後に会おうと約束をしていた。
昨夜のうちに、体調が回復したこと、就活がダメだったこと、その両方をメッセージで伝えて、何回かやりとりをした。
「すごく心配だった」とか、「会いたかった」とか。
あとは、「ドーナツ、やっぱあの店のが一番」とか。
いつも通りの温度のメッセージを見て、心の中のわだかまりは全部溶けたと思う。
あのビルのエントランスホールで涼を見かけたということは伝えなかった。
時間が経って冷静になると、わざわざ言うほどのことでもないと思ったし、あのとき電話を切ったことで涼に変な罪悪感を持たせたくなかったからだ。

「千尋さん。こっち…」
「どっ、どこ行くんだよ?」
「俺の部屋だよ」
千尋の反応を待たずに、涼は腕を引っ張って大学の正門へ向かうと、通りかかったタクシーを止めた。涼のマンションへと向かう。
「何?何?どうした?」
「時間がもったないから」
「でも、いきなりタクシーなんてさ…」
タクシーの中で二人になっても涼はにこりともしない。

豪華なマンションのエントランスを抜けると、相変わらず飾り気のない涼の部屋で、ソファーをに座ってと視線で示されて、腰を下ろすと涼もすぐ隣に座ってきた。
「どうしたんだよ、いきなり」
「1秒でも早く二人きりになりたかったから」
涼の視線が躊躇なくまっすぐに千尋の目に向かう。
「千尋さん、あの女の子とつきあいはじめたの?」
「はあ?」
「さっき、女の子と仲良さそうに一緒にいるところを見た」
「ああ、仁見さんのことか」
「ヒトミさん?」
「うん。中学の同級生なんだ。俺の病気のことも知ってるし、ノートとか過去問とか助けてもらってる。」
「啓介先輩が言ってたよ。最近、あの二人はいつも一緒にいるから、付き合いはじめたって」
「はぁ~?そんなわけないだろ。啓介がまた、面白く話を盛ってるだけだって」
ほんと、啓介はいつも、話を面白おかしくヘンな方向へと進めてしまう。
「でも、付き合ってないのに、ヒトミって名前呼びなんだ。」
「違う、違うって。仁見真由子だからヒトミさん。真由子って下の名前は呼べないだろ。」
涼は「ヒトミ」は下の名前だと思ったらしい。
「なんだ、まぎらわしい名字ってやめてほしいな。心臓に悪い」
ふっと涼が息と毒を吐く。
「昔の同級生が大学にいるなんて聞いてない」
「俺だって最近、知ったんだよ」
「なんで今さら、千尋さんに名乗ってきた?」
「さあ。俺がしんどそうに見えたんだろ。優等生だし」
「本当にそれだけ?」
「それだけ。コーヒー一杯も一緒に飲んでない」
お礼にコーヒーでも奢ろうと思うが、真由子はいつもマイボトルを持参している。本当に律儀な優等生だ。

「でも……俺はその人、千尋さん狙いだと思う」
涼が珍しくいらだった声を出した。
「まさか。中学の時に俺がいじめられてたの知っても、何も出来なかったからお詫びだって。ただ、それだけだよ。」
涼は千尋の背に腕を回し、胸に抱え込むようにして「そうかな」とつぶやく。
まだ納得してないようだ。
「ちょっと離れただけなのに、誰かにとられる気がして怖かった」
そっと涼の腕をほどき、両手でその手を握る。
千尋なりの大丈夫だよ、というサインのつもりだ。
涼が少し泣きそうな笑顔を浮かべた瞬間、また、胸の中へと抱きしめられ、ゆっくりと唇が触れた。静かで長いキスが落ちてきた。
言葉のかわりに髪をなでる指が、不思議と冷たい。
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