あの夏の嘘つき

suezu

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第11章 痛み

寝たい

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「涼、体調悪い?」
「全然。ただ、千尋さん不足でつらかった」
「なら、いいけど」
いつもと違って涼が黙ったままだからなのか、いつもは意識していなかった涼の心臓の鼓動が頬に伝わってきた。
「さっき、急いだからかな。涼の心臓が今日はコトンコトンって動いてるぞ。」
涼が、びっくりしたように顔を上げる。
「コトンコトン?ドキドキじゃなくて?俺の心臓の音が弱いってこと?」
「ちげーよ。」
そういって、千尋が涼の胸に耳を当てる。耳を押し付けるとかすかにザーという海の中の静けさのような音と規則正しくコトンコトンと心臓の音が響いている。

「やっぱ、コトンコトンだな。涼は心臓の音までカッコつけてんな。」
「カッコつけてみたいけど、自分じゃどうにもできないよ。」
涼は軽く笑って、千尋の目を真剣なまなざしでのぞき込む。
「ねぇ、千尋さん、今日は泊まってってほしい。」
「別にいいけど…」
「よかった。今日は絶対に離れたくないんだ。」
今日の涼はどこか変だ、と感じた。
いつもならもっと軽い口調でポンポンと話してくるのに、いつもよりもテンポが遅いし、困ったような笑顔を貼り付けている。
真由子のことをまだ、疑っているわけではないだろうし。
「でね、千尋さん…」
耳もとで響いたその声が、左耳の奥をくすぐるように染み込んできて、思わず背筋がぞわっとした。

「千尋さんと寝たいんだ」
「……」
息が一瞬、止まった気がする。
「意味わかる?」
「…わかる」
最初に泊まったあの花火の夜から、何となく「そういうこと」もあるだろうとは思ってたし、頭の中で妄想してみたりもした。
嫌じゃない。むしろ、めちゃくちゃ意識してた。
けど、自分から「どうすんの、しないの?」なんて恥ずかしすぎて、言えるわけないし、
だから「まあ、こういうのは涼が言い出すまで待つかな」と思っていた。
で、とうとう来た。言われた。

「いいの?」
涼の声がまた耳にかかってきて、ダメだ、思考が完全にフリーズしそうだった。
このまま涼の腕の中にいたら、自分がもうどうにかなりそうだったので、とりあえず腕をほどいた。
正直、ドキドキしすぎて、思考がキャパオーバーだが、この期に及んでジタバタしてるみっともないところも見せたくない。
「うん。いいよ。大丈夫」
口だけは強がっておく。
「わかってんのかなぁ?本当に」
「わかってるって。」
「だって、千尋さん、初めてでしょ?」
「…えっ、こういう時、そういうこと言う?涼のデリカシーってどうなってんの?」
思わずソファのクッションを投げつけそうになった。

「いや、ごめん、ごめん。そうじゃなくって。あの、本当にわかってんのかな、って、確認ていうか…」
涼があたふたと両手を振って焦っている。
「どうせ、オマエとはちげーよ。どうせ涼は山ほど経験積んでんだろ?あーはいはい、モテる男はいいですねえ。どうせ、俺は誰からも相手にされなかった陰キャだよ。」
「…いや、そんなつもりじゃなくて。ごめんなさい。ほんと、俺が悪い。すんなりと、千尋さんがOKしてくれたから、俺、びっくりしちゃって。」
「今さらビビらねーよ。」
「うん、ごめん。うれしいんだ。ちゃんと、俺たちって恋人なんだなって思えるのが、うれしくてさ」
「……」
「なんか、こう…安心したいんだ。俺、千尋さんが誰かに取られそうで、どうしようもなく不安になるんだ。」
「そんな奇特なヤツはいないと思うけどな…でもさ、俺、俺、ぶっちゃけ、そういうことは、よくわかんないから、涼がちゃんとリードしろよ。」
「うん。」
涼がふわっと笑って、もう一度、ぎゅっと千尋を抱きしめてくる。

その腕があったかくて、ちょっとだけなぜか、悔しくなる。
「前から思ってたんだけど、千尋さんってさ、思いきりがいいよね。いい意味で、男前っていうかさ。そこがすごく魅力だなって思う」
「男前って…俺、そんなキャラじゃないけどな」
「ほら、就職のエントリーシートの「健康」の欄だって、不利になるってわかってても、嘘をつかないし」
「ははっ。でも、それでまだ内定とれてないから、困ってるけどな。」
涼が小さく笑って、千尋の背中をぽん、と優しく叩いた。
「大丈夫だよ。千尋さんの魅力に気づく人は多いと思う。だから、俺は心配になっちゃうんだ」

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