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第12章 真実
フレグランス
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もうすぐ大学院が終わるという春の初めのころだった。
啓介から『結婚する!』と連絡がきた。
『結婚祝い、これでよろしく!うちの奥さんのリクエストなんだ。奥さんって…照れるな~。結婚パーティも頼むわ!』
絵文字だらけの、いかにも幸せそうなメッセージと一緒に送られてきたのは、四角いガラス瓶の写真だ。どう見てもただの瓶だが、どうやら「ルームディフューザー」というらしい。全然知らなかったが、調べてみると人気のブランドらしい。
面倒くさいと思いつつ、リクエストされた以上、断るわけにもいかず、千尋は、そのブランドの店舗がある洒落た街まで足を運んだ。
「ったく、アウェイすぎだろ……」
地下から地上に出た瞬間に思わずそうこぼれる。
人も建物もキラキラしていて、場違い感がすごい。地下鉄でここまで出てくるのは、どれくらいぶりだろう。外国……いや、異次元に迷い込んだ気分すらする。
この2年間、家と大学を往復するだけの毎日だった。
大学時代にあれほど、「彼女欲しい~」と言っていた啓介は、就職先で出会った女性と、電撃的に結婚を決めたという。就職してまだ2年目での結婚だ。
まったく、大違いだ。
千尋はようやく社会人になるところなのに、啓介はもう「奥さん」との新しい生活を始め、ディフューザーなんてものを使って洒落た香りに包まれる暮らしを始めるらしい。
あの啓介がね~と思うが、意外に、まあ、啓介だからなぁ、とも思う。
まだずっと友人関係が続いているのも、ありがたかった。
大通りから一本入った通りにその店はあった。黒いアイアンのフレームがすーっと伸びた大きなガラス張りのシンプルな作りが逆に高級感を感じさせる。
場違いどころじゃない。ネットで買えばよかったと、後悔しながらも、大きなガラスのドアを開け、ショップに入ると、甘い花の香りとスパイスのような香りがほのかに感じられる。香水やアロマキャンドルなど、香りを扱うフレグランスブランドというのだと、ネットで検索して知った。
高い天井からは静かな音楽が流れ、白を基調としたインテリアもディスプレイされている大きな花も雑誌か映画でしか見たことないものだ。
それにオシャレな女性客ばかりで居心地も最高に悪い。
――早く買って、帰ろう。
店員に声をかけて、ルームディフューザーを出してもらい、プレゼント用のラッピングをお願いした。
「少しお待ちください」と案内された椅子に腰をかけた時、不意に視界の隅に大きなポスターが入り込んだ。男性用香水の広告だ。
モノクロのビジュアルに、モデルの男性の見上げるような横顔のアップだ。
「えっ?」
平行な二重のライン、左耳の小さなほくろ。
見間違えるはずはなかった。
髪色は黒く、少し髪が短くなっていたが、あれは涼だ。絶対に涼だ。
目が勝手に涼の証拠を探そうと動きまわる。
ポスターの左下には、「モデル:RYO.KUDO」の文字。
次の瞬間、スマホを取り出して検索をしていた。
すぐにブランドのサイトを開いて、「モデル」のタブ、そしてプロフィールをタップする。
《モデル:RYO.KUDO
日本生まれ。アメリカ育ち…
やはり、涼だ。
記憶の中にある、あの夏一緒に過ごした涼よりも、よそ行きの少し大人びた顔だった。
―――18歳でモデルデビュー直前に心臓疾患が見つかり、一時は活動を断念する。その後、手術とリハビリを経てモデルに復帰。その“諦めなかった生き様”と透明な光に似た、やさしくも揺るがない強さが、ブランドコンセプト「自分の道を歩む人の背中を静かに押してくれる香り」のイメージに重なり、キャンペーンモデルに抜擢。》
……心臓疾患?
指先が画面の上で止まる。目を疑う。文章を何度も読み返す。
涼が―――?
あの夏、あんなに元気で、明るくて、楽しそうに笑っていたのに。
そんな素ぶり、少しも見せなかったのに、涼が?
すぐには信じられなかった。
そういえば「友達がさ、心臓の手術しなきゃいけないって」と言ってたことを思い出した。
あれ…か。
あれは友達じゃなく、自分のことだったってことか。
他には、何かあったか?
記憶をたどる。何か見逃していたのかもしれない。
頭の中がすごい勢いで、あの夏から違和感を探り出しては答え合わせをする。
…俺も部屋にいたほうが楽だから…
…今年は海はいいや…
…最強の思い出になりますね…
…千尋さん、心臓の手術の痕を見せて…
いくつかの違和感が溶けていった。
きっと、心の中では何かを感じていたのかもしれない。
啓介から『結婚する!』と連絡がきた。
『結婚祝い、これでよろしく!うちの奥さんのリクエストなんだ。奥さんって…照れるな~。結婚パーティも頼むわ!』
絵文字だらけの、いかにも幸せそうなメッセージと一緒に送られてきたのは、四角いガラス瓶の写真だ。どう見てもただの瓶だが、どうやら「ルームディフューザー」というらしい。全然知らなかったが、調べてみると人気のブランドらしい。
面倒くさいと思いつつ、リクエストされた以上、断るわけにもいかず、千尋は、そのブランドの店舗がある洒落た街まで足を運んだ。
「ったく、アウェイすぎだろ……」
地下から地上に出た瞬間に思わずそうこぼれる。
人も建物もキラキラしていて、場違い感がすごい。地下鉄でここまで出てくるのは、どれくらいぶりだろう。外国……いや、異次元に迷い込んだ気分すらする。
この2年間、家と大学を往復するだけの毎日だった。
大学時代にあれほど、「彼女欲しい~」と言っていた啓介は、就職先で出会った女性と、電撃的に結婚を決めたという。就職してまだ2年目での結婚だ。
まったく、大違いだ。
千尋はようやく社会人になるところなのに、啓介はもう「奥さん」との新しい生活を始め、ディフューザーなんてものを使って洒落た香りに包まれる暮らしを始めるらしい。
あの啓介がね~と思うが、意外に、まあ、啓介だからなぁ、とも思う。
まだずっと友人関係が続いているのも、ありがたかった。
大通りから一本入った通りにその店はあった。黒いアイアンのフレームがすーっと伸びた大きなガラス張りのシンプルな作りが逆に高級感を感じさせる。
場違いどころじゃない。ネットで買えばよかったと、後悔しながらも、大きなガラスのドアを開け、ショップに入ると、甘い花の香りとスパイスのような香りがほのかに感じられる。香水やアロマキャンドルなど、香りを扱うフレグランスブランドというのだと、ネットで検索して知った。
高い天井からは静かな音楽が流れ、白を基調としたインテリアもディスプレイされている大きな花も雑誌か映画でしか見たことないものだ。
それにオシャレな女性客ばかりで居心地も最高に悪い。
――早く買って、帰ろう。
店員に声をかけて、ルームディフューザーを出してもらい、プレゼント用のラッピングをお願いした。
「少しお待ちください」と案内された椅子に腰をかけた時、不意に視界の隅に大きなポスターが入り込んだ。男性用香水の広告だ。
モノクロのビジュアルに、モデルの男性の見上げるような横顔のアップだ。
「えっ?」
平行な二重のライン、左耳の小さなほくろ。
見間違えるはずはなかった。
髪色は黒く、少し髪が短くなっていたが、あれは涼だ。絶対に涼だ。
目が勝手に涼の証拠を探そうと動きまわる。
ポスターの左下には、「モデル:RYO.KUDO」の文字。
次の瞬間、スマホを取り出して検索をしていた。
すぐにブランドのサイトを開いて、「モデル」のタブ、そしてプロフィールをタップする。
《モデル:RYO.KUDO
日本生まれ。アメリカ育ち…
やはり、涼だ。
記憶の中にある、あの夏一緒に過ごした涼よりも、よそ行きの少し大人びた顔だった。
―――18歳でモデルデビュー直前に心臓疾患が見つかり、一時は活動を断念する。その後、手術とリハビリを経てモデルに復帰。その“諦めなかった生き様”と透明な光に似た、やさしくも揺るがない強さが、ブランドコンセプト「自分の道を歩む人の背中を静かに押してくれる香り」のイメージに重なり、キャンペーンモデルに抜擢。》
……心臓疾患?
指先が画面の上で止まる。目を疑う。文章を何度も読み返す。
涼が―――?
あの夏、あんなに元気で、明るくて、楽しそうに笑っていたのに。
そんな素ぶり、少しも見せなかったのに、涼が?
すぐには信じられなかった。
そういえば「友達がさ、心臓の手術しなきゃいけないって」と言ってたことを思い出した。
あれ…か。
あれは友達じゃなく、自分のことだったってことか。
他には、何かあったか?
記憶をたどる。何か見逃していたのかもしれない。
頭の中がすごい勢いで、あの夏から違和感を探り出しては答え合わせをする。
…俺も部屋にいたほうが楽だから…
…今年は海はいいや…
…最強の思い出になりますね…
…千尋さん、心臓の手術の痕を見せて…
いくつかの違和感が溶けていった。
きっと、心の中では何かを感じていたのかもしれない。
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