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第13章 背中に手を回す
誰が…
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「不法侵入かよ」
家に帰りそのまま自分の部屋を開けると、ベッドに寄りかかるように座っている姿に思わず声が出た。
びっくりするより先に、安堵で声がにじみそうなのを必死でこらえた。
涼だ。
涼だった。
黒髪以外はあの夏とまるで変わらない、あのままの涼だった。
「不法侵入じゃないよ。マスターが部屋で待ってればいい、って部屋に入れてくれたのにさ…ちぇっ。会ったら感激して、千尋さんから抱き着いてきてくれるかと思ったのに、残念だな」
少し不貞腐れたような言い方も涼そのものだった。
「誰が抱き着くか。この詐欺師」
心臓が、突然走り出したように脈打っている。
手先が微かに震えているのを悟られないように、ゆっくりとコートを脱ぎ、ハンガーにかけながら、気づかれないように視線を送った。
ああ…涼だ。
薄く香ってくるシトラスの香りも変わっていない。
ベッドによりかかって足を投げ出す姿勢。あの夏が再生されたみたいだった。
「…詐欺師ってさ…俺が言い訳する前に、バレちゃったみたいだね。それ…」
涼が千尋が手に持っていた紙袋に気が付いたようだ。啓介の結婚祝いが入ったその袋には涼がモデルをやっているブランドのロゴが大きく入っている。それを見て、その一瞬で、涼はすべてを察したようだった。
千尋が、すでに、涼が消えた原因もそして今のことも、分かったことを察したのだろう。
「これさ。啓介の結婚祝いなんだよ。奥さんになる人のリクエストなんだってさ。」
「へえ。啓介先輩、結婚するんだ。たしかに、結婚が早いタイプだよね…それより…」
涼が「ここに座って」とベッドのとなりをトントンと叩いた。
心持ち、ちょっと距離を開けて座ると、
「千尋さん…ああ、本当に千尋さんだ」
涼が不意に抱きついてきた。
「千尋さん、大きくなったね」
涼が千尋の頭を撫でる。
「ならねーよ。子供じゃないんだから大きくなるわけないだろ。それより、オマエ。何なんだよ、急にいなくなったり、急に現れたり」
涼の胸の中でくぐもった自分の声を聞くのが懐かしい。
「サプライズってやつ?」
明るい声の割には、涼の目のふちが少し赤くなっているのに気がついた。
「サプライズにしたって、過激すぎだろ。普通、もうちょいヒントくらい残していくだろ」
「だってさ。俺、心臓の手術したんだよ。」
「知ってるって、っていうか、さっき知ったんだよ。」
「でね、もし手術が失敗して、死んじゃったら……千尋さん、泣くでしょ? それは絶対に嫌だったんだよ。だったら、黙ってフェードアウトしておこうかなって。……その時は、自分がどうなるかわからなかったから」
肩をすくめながら、わざと軽い調子で言う。
言葉の裏にある本音は、千尋にもすぐにわかった。同じ立場なら、自分だってそう考えただろう。
きっと自分も同じ立場になったら同じことをするかもしれない。
気持ちはすごくよくわかったから、責める気もまるで消え失せていた。
でも、それをどうやって伝えたらいいのかわからず、千尋は、腕を伸ばして、頭を撫でるように涼の髪に触れた。「頑張ったな」と言いたいのに、喉の奥でつかえてしまったから、手のひらに気持ちを込める。
相変わらず、しっとりとしてるくせに、サラサラとした髪だ。
「無事に戻ってこれたな」
「うん」
よくドラマで見るシーンでは、「手術は成功です」の一言で済んでしまうけれど、実際には、そのあとも麻酔から目覚めない、合併症、術後の経過、そして、そのあとも、痛みやリハビリや今までの生活ができないストレスや、あきらめなくてはならない多くのことなど、想像を超えて来るいろいろな現実を一つずつクリアして、そして、やっと元の世界に戻ってくる。
それを全部越えてこの部屋に、千尋の目の前に涼が戻ってきた。
それって、奇跡みたいなもので。
大げさだけど、運命とか、なんか見えないものに「ありがとう」って言いたくなった。
「俺ね、アメリカで大学入ってすぐに病気が見つかったんだ。モデルの仕事を始めた矢先で、すぐにではなくても、経過をみて手術をしなくてはダメだって言われて、かなり、投げやりになったんだよね。」
落ち着いた声で涼が話し始めた。
「…うん」
友達のこととして涼が話してた時、「自覚症状はない」って言ってたから、涼にとっていきなりの宣告だったのだろう。
「心臓の手術なんていきなり聞いたら、もうダメなんじゃないか、って思って。成功してもさ、ずっと制限だらけの人生とか面倒じゃん。好きなことも出来ないかもしれない。だったらもう短くてもいいやって思って、それなら、子どもの頃過ごした日本で過ごしておきたいなって思って、日本に来た。……でね、千尋さんに会ったってわけ。」
「でも俺のこと、かわいそうなやつだと思って近づいたんだろ?」
じゃなきゃ、自分と似たような境遇に同情したのだろう。
「違うよ。全然、違うよ。最初っから、千尋さんの顔は好みだって言ってるでしょ。好みのド真ん中だし、チャラぶってるのも、ツンデレなのも面白かったし。初めて会ったときから“この人と恋人になりたい”って。だから、俺、めっちゃ必死でアピールしたでしょ。」
「…ハハっ。そうだったな。あの頃って、すっごく楽しかったよな。」
思い出すと笑えてきた。
2年以上も前なのに、細かいことまで、ちゃんと覚えてる。
家に帰りそのまま自分の部屋を開けると、ベッドに寄りかかるように座っている姿に思わず声が出た。
びっくりするより先に、安堵で声がにじみそうなのを必死でこらえた。
涼だ。
涼だった。
黒髪以外はあの夏とまるで変わらない、あのままの涼だった。
「不法侵入じゃないよ。マスターが部屋で待ってればいい、って部屋に入れてくれたのにさ…ちぇっ。会ったら感激して、千尋さんから抱き着いてきてくれるかと思ったのに、残念だな」
少し不貞腐れたような言い方も涼そのものだった。
「誰が抱き着くか。この詐欺師」
心臓が、突然走り出したように脈打っている。
手先が微かに震えているのを悟られないように、ゆっくりとコートを脱ぎ、ハンガーにかけながら、気づかれないように視線を送った。
ああ…涼だ。
薄く香ってくるシトラスの香りも変わっていない。
ベッドによりかかって足を投げ出す姿勢。あの夏が再生されたみたいだった。
「…詐欺師ってさ…俺が言い訳する前に、バレちゃったみたいだね。それ…」
涼が千尋が手に持っていた紙袋に気が付いたようだ。啓介の結婚祝いが入ったその袋には涼がモデルをやっているブランドのロゴが大きく入っている。それを見て、その一瞬で、涼はすべてを察したようだった。
千尋が、すでに、涼が消えた原因もそして今のことも、分かったことを察したのだろう。
「これさ。啓介の結婚祝いなんだよ。奥さんになる人のリクエストなんだってさ。」
「へえ。啓介先輩、結婚するんだ。たしかに、結婚が早いタイプだよね…それより…」
涼が「ここに座って」とベッドのとなりをトントンと叩いた。
心持ち、ちょっと距離を開けて座ると、
「千尋さん…ああ、本当に千尋さんだ」
涼が不意に抱きついてきた。
「千尋さん、大きくなったね」
涼が千尋の頭を撫でる。
「ならねーよ。子供じゃないんだから大きくなるわけないだろ。それより、オマエ。何なんだよ、急にいなくなったり、急に現れたり」
涼の胸の中でくぐもった自分の声を聞くのが懐かしい。
「サプライズってやつ?」
明るい声の割には、涼の目のふちが少し赤くなっているのに気がついた。
「サプライズにしたって、過激すぎだろ。普通、もうちょいヒントくらい残していくだろ」
「だってさ。俺、心臓の手術したんだよ。」
「知ってるって、っていうか、さっき知ったんだよ。」
「でね、もし手術が失敗して、死んじゃったら……千尋さん、泣くでしょ? それは絶対に嫌だったんだよ。だったら、黙ってフェードアウトしておこうかなって。……その時は、自分がどうなるかわからなかったから」
肩をすくめながら、わざと軽い調子で言う。
言葉の裏にある本音は、千尋にもすぐにわかった。同じ立場なら、自分だってそう考えただろう。
きっと自分も同じ立場になったら同じことをするかもしれない。
気持ちはすごくよくわかったから、責める気もまるで消え失せていた。
でも、それをどうやって伝えたらいいのかわからず、千尋は、腕を伸ばして、頭を撫でるように涼の髪に触れた。「頑張ったな」と言いたいのに、喉の奥でつかえてしまったから、手のひらに気持ちを込める。
相変わらず、しっとりとしてるくせに、サラサラとした髪だ。
「無事に戻ってこれたな」
「うん」
よくドラマで見るシーンでは、「手術は成功です」の一言で済んでしまうけれど、実際には、そのあとも麻酔から目覚めない、合併症、術後の経過、そして、そのあとも、痛みやリハビリや今までの生活ができないストレスや、あきらめなくてはならない多くのことなど、想像を超えて来るいろいろな現実を一つずつクリアして、そして、やっと元の世界に戻ってくる。
それを全部越えてこの部屋に、千尋の目の前に涼が戻ってきた。
それって、奇跡みたいなもので。
大げさだけど、運命とか、なんか見えないものに「ありがとう」って言いたくなった。
「俺ね、アメリカで大学入ってすぐに病気が見つかったんだ。モデルの仕事を始めた矢先で、すぐにではなくても、経過をみて手術をしなくてはダメだって言われて、かなり、投げやりになったんだよね。」
落ち着いた声で涼が話し始めた。
「…うん」
友達のこととして涼が話してた時、「自覚症状はない」って言ってたから、涼にとっていきなりの宣告だったのだろう。
「心臓の手術なんていきなり聞いたら、もうダメなんじゃないか、って思って。成功してもさ、ずっと制限だらけの人生とか面倒じゃん。好きなことも出来ないかもしれない。だったらもう短くてもいいやって思って、それなら、子どもの頃過ごした日本で過ごしておきたいなって思って、日本に来た。……でね、千尋さんに会ったってわけ。」
「でも俺のこと、かわいそうなやつだと思って近づいたんだろ?」
じゃなきゃ、自分と似たような境遇に同情したのだろう。
「違うよ。全然、違うよ。最初っから、千尋さんの顔は好みだって言ってるでしょ。好みのド真ん中だし、チャラぶってるのも、ツンデレなのも面白かったし。初めて会ったときから“この人と恋人になりたい”って。だから、俺、めっちゃ必死でアピールしたでしょ。」
「…ハハっ。そうだったな。あの頃って、すっごく楽しかったよな。」
思い出すと笑えてきた。
2年以上も前なのに、細かいことまで、ちゃんと覚えてる。
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