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★愛里ひとり
しおりを挟む翌日。
目が覚めてキッチンに向かうとママがいました。
エプロンをして朝食を作っているのです。
「どうしちゃったのママ?」
最近、あたしが料理を覚え色々作り始めたら、『上手ねえ、本当に美味しいわ』ママは何を食べても喜んでくれ、いつの間にか食事はあたしが殆ど作るようになっていたのです。
「あら。おはよう」
「あっ。おはよう。珍しいママが作るなんて。でも嬉しいーっ!」
「たまには良いでしょう」
「うんうん」
以前ならこの時間は、ママはお部屋で睡眠中。
あたしが学校に行った後から起きて掃除洗濯をしてお仕事に直行するのです。
ハードなお仕事らしくて帰宅はいつも深夜。帰れない事もしばしば。
でもあたしには兄さんがいるから寂しくなんかありませんよ。
「今日も早く帰るつもりだけど、もしかしたら遅くなるかもしれん。その時はごめんね」
「ううん。大丈夫」
「そうそう。プールに落ちた愛ちゃんの下着は回収しておいたから。今日洗濯しておくわね」
「ありがとうママ」
久しぶりにママと食べれて幸せでした。
学校へ到着すると、今日も美咲はお休みでした。
インフルですから仕方ありませんね。
ブラックの動きには細心の注意を払いながら、おくった学校内。何ごともなく下校時間になりました。
問題はここからなのです。
隣の3-3クラスの覗いてみると、もうブラックは下校しており、昨日みたいにあたしの家の庭で隠れている可能性が高いのです。
「あっ!!」
声を漏らしてしまいました。
「どうしたの愛里ちゃん」
「いえ、なにも。えへへへ」
誤魔化しましたが、笑っている場合ではありません。
ママに洗濯した下着をお外に干さないで、と言うのを忘れていました。
もしかしたら、いえ、もしかしなくとも先回りしたブラックが、フラフラと裏庭に回って、見つけたあたしの洗濯物を……。
ごっくんっ!(ツバを飲み込んだ音)
以前、縦笛をやられたみたいに……。
うっぎゃあああああああああああ――――っっっ!!!
穿けない穿けない、二度と穿けなくなっちゃうじゃないっ。
「愛里ちゃん。今日よかったら天海さん家にお見舞いに――」
バビュ――――――ン。
近くのお友だちがそう行ってくれたのですが、理由も言わずに全速力で廊下を駆けました。
途中六年生の女子に注意されたようですが、止まらず階段を落ちるように降りて、下駄箱で靴に履き替えダッシュで校庭を抜けます。
空は真っ黒い雲がモウモウと広がっていて、今にも雨が降りそうでした。
雨さん降ってくれないかしら。遠慮なんかしないで、じゃんじゃん降って欲しいです。
ブラックがあたしの家の前で待機できないくらい降ってくれればいいにの。
願いは叶いそうでした。ポツポツと落ちてきた小雨は、あたしが家の近くにまでくるとザーザー降りになっていました。
全身ずぶ濡れのまま、家が見える手前の角から、そっと顔半分だけ出して様子を伺うと、
なんと傘でした。
黒色の傘をさしたブラックこと羽沢耕司が、あたしの家の柵の手前で立っているじゃーないですか。
黄帽をかぶり手には何も持たずランドセルを背負ったまま、学校から直にここに来たのです。
でも柵の中に入っていないのは幸いでした。パンティーは無事です。
昨日ママが言った一言が効いているのだと思います。
でもどうしょう……。
ブラックがあそこに立っている限り、家に入れないのです。
叩くように落ちる雨は痛いし冷たいし、どうすればいいの……。
十分くらいでしょうか、ブラックが諦めて居なくなるのを期待して隠れていたのですが、その気配は無くて、仕方なく来た道を引き返しました。
別に何処へゆくというわけではありません。取り敢えず商店街方面、雨を凌げる場所を探してとぼとぼと歩いているだけ。
夕方にしては暗くなっている道路を自動車が走り抜けてゆきます。
タイヤが弾いた水が下半身にかかりました。
でもどこからがそれなのか分からないほど、身体が濡れているのでした。
スーパーの入り口に到着すると、買い物客の目線を受けながら、濡れたスカートを絞り、靴を脱いで中に入ったお水を捨てました。
あたしの姿がよほど哀れに見えたのでしょうか、知らないおばさまが話しかけてくれ、『傘が無いから』とだけ言ったらビニール傘をくれました。
「ありがとう」
感謝を言ってから、そのおばさまがスーパーから帰られるのを見送りました。
ママはもう帰っているかな。昨日と同じだったら、そろそろ帰宅している時間だもの。
期待して家へ帰ってみます。今度はビニール傘があるのでこれ以上は濡れませが、濡れて張り付いた服が痛いほど冷たくてたまりません。
雨足は酷くなりばかりで、視界は真っ暗でした。
横殴りの雨になってきたのを、傘を斜めにして遮りながら進みます。
すると到着した家の近く、さっきと同じように角から覗いてみると、家の前には誰もいません。
帰宅したのでしょう、ブラックは。
流石にこの雨です。耐えられなかったのでしょう。
やったーっ!
早速家で熱々のシャワーを浴びましょう。あったか~いホットカルピスも飲みたいっ。
駆け足で飛び出して玄関に向かうと、
「やっと帰ってきたね。岩田さん……」
家の入り口、柵から少し離れた場所に立っている電信柱、からヌッと姿を表した黒い影に、
どっひゃ――――っ!
と飛び上がったあたしは、転んで尻もち状態。もっとずぶ濡れになってしまいました。
「ブブブブ……」
「何処へ行っていたの岩田さん。待ちくたびれたよん」
あたしが震える指で差す場所には、真っ暗い傘をさしたブラック。
舞う雨も気にせず黄帽を風ではためかせながら立っているのです。
――しつこさ、凄すぎっ!
その根性別のとこへ向けなさいって!
「さっ。寒かっただろう。僕も待ってて寒かったんだよ。さあ、早く家へ入ろうよ」
「だだ誰があんたなんかとっ! ここはあたしのお家なんだから。岩田の人間以外誰も入れないんだからっ!!」
尻もちをついたまま、仁王立ちしているブラックに叫びました。
「冷たいなあ。折角待っていたのに」
「知らない知らない知らないっ!!」
どし破りの雨音に消されそうなあたしの声。その時突然、カッと世界が一瞬輝きました。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
遅れて地響きのような唸る音――――カミナリ。
勇者さまの呪文みたいで素敵です。
ブラックが驚いて両耳を塞ぎました。
今がチャンスです。
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