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☆セナさんのお願い

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 セナさんは、僕を何処へ連れてゆく気だろうか。
 まさか、またホテルというわけじゃないだろうな。だったら、申し訳ないがちゃんと断らないといけない。
 そのほうがずっと優しいし、紳士だ。セナさんにも、愛里にも、そして自分にも。


 僕はセナさんと寮の廊下を歩く、階段を降りて玄関へ。
 丁度、トイレから出てきた寮生にばったり出会ってしまった。
 二十歳には強烈過ぎたのか、セナさんのキャミソールからはみ出そうな豊満な胸や、伸びた真っ白い脚に寮生の両目が踊っている。 

 即セナさんが「お邪魔しています」とほほ笑んで会釈したら、「あ……ど、どうぞ……」と首をひねりつつ、僕の耳元で「どちら様?」と囁いてきた。
 聞き逃さなかったセナさんが、「あら。彼女です。もーっ。ちゃんと紹介してよねー」と僕の腕に絡まった。
「はあ……彼女さんですか……」信じられないって顔で、セナさんと僕を見る。

 そりゃそうだろう。綾部さんも『山柿くんの彼女ですから♪』と言い触らしながらK大寮に頻繁に来ているのだ。
 実際は岩田の顔を見にだけど。

「そっか……やっぱり、あれ。キミの入っている『ナンパ同好会』だったっけ、あれで知り合ったってわけ?」

 触れ合いサークルだって、それに彼女じゃないし、と言い返したかったが、話しが長くなりそうなので、「まあ、そんなとこ」と区切って玄関に向かった。

「ああんっ。待ってよぉ~!」

 らしくない言い方でセナさんが僕に駆け寄った。
 何がしたいのか。綾部さんも、女の子は男を困らして嬉しいのだろうか。

 玄関で靴に履き替えていると、運悪く寮母さんが夕飯の買い出しから帰ってきた。

「あら、このあいだの」
「山柿くんの彼女のセナと言います。お邪魔しておりました」
「彼女……」
「はい。彼女」

 目が点になった寮母さんだったが、「それはよかった。よかったじゃない山柿くん!」と一応喜んでくれた。
 僕は苦笑いしてみせ、後で説明しなければいけないと思った。
 僕がそれじゃ、と言って寮母さんの横を抜けて玄関を出る。

「山柿くんの夕飯は作らない、って思ってたらいいのね」

「えあっと……そ、そうですねー」

 いらん気を使わなくていいのに。もうこう言うしかないじゃないか。

「じゃ、楽しんできなさいな♪」

 完全に誤解している寮母さんに、セナさんが手を振り笑みを送り、僕も苦笑いしながら手を振った。そして歩きだしたセナさんに並んで僕も続く。
 ポケットのサングラスをかけようと思ったが、寮母さんの言葉を思い出して止めておいた。

 少し歩いてから、セナさんが携帯を耳にあてた。

「ウチだ。うん。建成は一人になったから、うん。じゃ頑張って」

 セナさんはそう話して通話を終えた。
 誰にかけたんだろうか? 頑張る?



「あの時もここを通ったわね」

 一週間前の、バスじゃなく歩きで駅に向かったあの日のことだ。
 先輩から変なメールがきて、それからホテルへ。

「あの……あの時は、本当に、ごめんなさい、セナさん!」

「突然どうしたの?」

「いや、あの……電話でしか謝ってなかったし、こうやってちゃんと頭を下げてなかったし」

「あぁ~、ホテルでウチから逃げた、あれね」

「ほんと、ごめんなさい!」

「いいわよいいわよ、電話でさんざん愚痴と嫌味言ったし。もうスッキリよ。
 でもまさか、あそこでトンズラするとは思わなかったわー」

「ははは……」

「やっぱ、愛里ちゃんなの? あの子が気になって、ウチとは出来ないわけ?」

「い、いや……そういうわけじゃ……」

「ウチが折り紙を捨てたから、カチンときたんでしょ。違う?」

「まあ、多少は……」

「嘘つき! だってあれから直ぐに出てったじゃない」

 突然どうしたんだセナさん。

「黙って。前の時だって……どう考えたって……あんたは、……いつもあの子のことばっかり……。
 だからウチはイライラするばかり……どうすればいいのよ。ウチをどうしてくれたのよっ!」

 セナさんの脚が止まった。ゆっくりと振り向く。瞳が赤くなっていた。

「あの子と、どうなりたいの? 付き合うつもり? 彼女にするつもり? 
 今は無理だからあの子が年頃になるまで待って、それから告白すんの? 
 そんでふられたらどうすんのよ! バカじゃん。大バカじゃん!」

 返す言葉が無かった。そのとおりだから。
 気丈な女優が涙を指で拭って鼻を啜る。ハンドバックからティッシュを取り出して、ビビィィィ――ッッ! とかました。
 
「いや、だた、憧れているだけだ。満開の桜を愛(め)でるように、愛里を愛でているだけ。付き合うとか……はは……」

 セナさんは口を緩めた。
 また、そんなこと言うのね。そんな声が聞こえてきそうな笑みだった。

「ずっとずっと、話したいことがあって、だけどなかなか話せなくて……。
 あんたはあの子に夢中だし。ウチみたいなA∨女優なんかじゃ、本気で相手にされないのかな、そううじうじ思って。
 だけど、あんたが先輩たちへ、メールで電話で言い返してくれた時、はっきりと分かった。
 ウチが好きなのはあんただって。絶対絶対あんただって。あの子にも負けないんだって!」

「セナさん……」

「ウチこの仕事に誇りを持ってる。やりがいだってある。
 同年代のA∨女優には負けない自信だってある。
 だけど……本音を聞かされるとマジ凹む。心が折れちゃう。
 だからあんたの言葉は嬉しかったよ、ほんと。ずっとずっとあんたと一緒にいたい。ウチはあんたと……」

 正直に返事訊かせて、と言われたが、どどど、どうすれば良いんだ。どう返事をすれば。
 僕は愛里が好きで、それは間違いないわけで、だからといって、それをそのまま正直に告げても良いものだろうか。
 わあってるよ、そんなこと――っ! とぶっ飛ばされたりして。
 もっとも飛ばされてセナさんの気が済むのならそれでも良いんだけど、そうもいかないよな。 

「キスして欲しい……。いつもウチからだから、あんたからして欲しい。
 それが付き合ってくれる意味。正式なウチの彼氏。そしてウチの父に会って貰う」
 
「父って、お父様にですかーっ!」

「うん」

 ……ダメかなと、言いながら、もう首に両手が回っているし。
 唇を尖らし強引に近づけようとしているし。

「楽しくない? ウチとじゃやっぱり楽しくないの……?」

 まずい。まずい。セナさんのリップが僕の口に着陸しようとしている。
 キスしたら付き合うのか? 彼氏になって、即父親と面会? そうなるのか?
 
「しょ、しょんなことは……」

 口をひょっとこみたいに真横に向け、辛うじて交わす。口付近の筋肉がおかしくなりそうだ。

「やっぱり……やっぱりダメなのか……」

 そう言ってセナさんは僕を解放してくれた。
 悲しそうに俯き、また鼻を啜った。

「そんなこと……」

「気を使わせちゃったみたいね、ごめん……。ウチって恋愛経験ないからどう伝えたらいいか、マジわかんないわ」

 気がつけば、僕たちの周囲に人だかりが出来ていた。
 美女と怖男の寸止めキスが興味を引いたのだろうか、僕はセナさんの手を引っ張ってその場を離れた。
 そろそろ愛里が寮へ到着しただろうか。岩田よ、頼むぞ。
 
「そんなに気になるの? やっぱり……」

「いや、そんなんじゃ……。でも、こんな大事な話し……なんでわざわざ今なんだ?
 別の落ち着いた日でもよかったんじゃないか?」

「だって、あんたと愛里ちゃんを会わせたくなかったんだもん。ウチ悪い女かもしんないけど、会わせたくなかったんだもん」

「会ったからって、なにも――」

「嘘。愛里ちゃん一人で来るのよ。あんた絶対エロいのすんでしょ!」

「しませんって! ……ちっと待って……えっ、愛里が一人で来る? 監督はどうした」

「仕事で急用ができたわけ。仕方ないでしょ」

 そんなこと岩田は何も言っていなかったぞ。
 




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