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★愛里ワールドその9(灰色の世界)

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 踏みとどまるってなに? 
 この世界にいる愛里ちゃんを全部倒したんだから、もう終わりじゃなかったの。
 ドラクエでもボスを倒したらエンドロールが流れるのにーっ!

「あたしはこの世界から一生出れないの?」

 パパが無言で羽根を震わせました。


 愛里城の5階。
 仲間モンスターたちのお部屋&遊び部屋ですが、今は指令本部でもあります。
 窓から見える桜色の空に黒鉛色の雲が浮かび、稲光と豪雷が轟ました。
 険悪をイメージする風船がたくさん発生しています。
 ナメクジ型のスクリーンからは、マークⅢちゃんの荒々しい息づかいと、心配する勇者さまの声か聞こえ、マークⅢちゃんがしゃがみ込んだのでしょう、視点が低くなりました。
 
「灰色の世界。急激に広がっている模様! 我が軍のモンスターを1000匹以上配下にしています!」
 
 キノコちゃんから報告が入りました。
 灰色の世界は、うっかり召喚した綾小路さんと元K―1選手の二人の世界です。
 勇者さまとマークⅢちゃんのやり取りに夢中だったから、気にも留めていなかった。

「3時間前、綾小路が現実世界に戻ったのを確認したが、K―1は残っていたのか」

 巨大セミのパパが、口吻コウフン《樹液を吸う細いアレ》を動かしました。
 
「元K―1と思われし飛行している生物を確認。人の姿を残していません」

「倒したトンボムカデの能力を取り込んだのでしょう。厄介ですね」

「取り込む?」

「はい。体内に取り込んだのでより大きく、羽根も獲得して、顔が人間で身体はトンボムカデですね」

 なんかキモい。
 あれ? 想像したら、気持ち悪く感じちゃっている。
 以前だったら、全然平気で、むしろ興味が湧いちゃうのに。なんか変。あたしの感覚が変だ。
 女子力が上がったってわけじゃなさそう。
 いや、いまはそれどころじゃない。灰色の世界を消さなきゃ。放おっておくと大変なことになる。  

「相手はRPGをやり込んでいる。この世界の特性を十分活かして仲間を増やし、最速でレベルアップしていますね」

「マムちゃんたちを向かわせてっ! モンスターちゃん5万匹もお供に付けたら、大丈夫かなパパ」

「たぶん」




 一時間後。
 キノコモンスターちゃんが震えながら報告しました。

「ぜ、全滅です、大魔王さまっ! マム指揮官殿以下、クモちゃ殿、ホネホネ殿、のうみそ殿、ムカちゃ殿、全て奴らに取り込まれました!」

「ええええ――――っ!!」

 あの子たちは、あたしが現実世界で大切にしていたオモチャが乗り移った子たち。
 この世界に来たら動いてお喋りして、だから嬉しかった。
 ずっと一緒にバトルしてきた子たちだったのに。大切な仲間たちだったのに。
 怒りで身体が勝手に震えます。 

「愛里……?」

「あ、なんでもないよ、パパ」

 どうしてなのか、右手の人差し指と中指の先っぽが薄っすらと透け始めていたのです。
 パパに気付かれないよう、慌てて後ろ手に組んで苦笑いしました。

 なんでなの? 怒りが身体を消すの。それともマークⅢちゃんが苦しんでいるのと関係があるの?

「400レベル以上もある彼ら5匹を取り込んだとなると、相当手強い」

 巨大セミのパパが複眼を光らせました。

「じゃ、能力も?」

「たぶん」

 魔法を習得していたから、凄くまずい。

「パパどうしよう……」

「残ったのは、城内のモンスター約100匹と、私と、愛里だけだね」

 勇者さまに相談したくても、空のスクリーンは真っ暗です。

「マークⅢちゃん、寝てるのかなー」

「寝ているというより、閉じこもっているのでしょう。外界と心界のはざまで、消耗を押さえているのです」

「大魔王さまっ! 灰色の世界が、全世界の70%を超えました!」

 見渡す限り桜色だったお空は、もう灰色部分が大半になっていました。
 このままだと、心の世界が灰色の世界でいっぱいになっちゃう! K―1に征服されちゃう!
 ああ、そうか! だからあたしが透けているんだ。

「奴らはモンスター約4万を率いて、こっちに、アイリ城に向かってきてます!」

「あわわわわわ」

「愛里っ、そ、それはっ!」

「あーっ!」

 透けてゆく部分がどんどん広がって、もう両腕ともありませんでした。

「消えている……」

「なんか、怖い。この世界は、あたしはどうなっちゃうの?」

「この世界は愛里の心だよ。このまま灰色で埋め尽くされたら、灰色の王であるK―1が主人格になる」

「ええええええっ! それじゃ、身体は愛里だけど、中身はおじさまってこと? そうなの?」

「残念だけど、たぶん」

 イッヤ――――――ッ!! 
 絶対にイヤ! イャったらイヤ!

「K―1さんを倒す、あたし。頑張るあたし。猛烈にがんばっちゃう!」

 ああ、でもでも、相手は強くなり過ぎているよ~。
 もっと早くにコツコツ頑張っていればよかった。膨れ上がってからだと大変。

 そんなとき、パッカリお空のナメクジ型スクリーンが開きました。やっとマークⅢちゃんが目覚めたのです。
 広島駅の新幹線待合場。カメラを向けれれている勇者さまの姿が写されました。 
 もちろん、大急ぎで思念を込めました。

(勇者さまーっ! 助けて下さーい。聞こえますかー。あたしピンチなのー。今度は本当なのー)

 以前と同じように飛ばしたのですが、おかしい。おかしい。
 勇者さまは綾小路さんとばかり会話していて、反応がないのです。 

「消えかかっているから、残念だけど思念の能力が消えているのだと……」

 パパが言いました。
 勇者さまにあたしの声が届いていないんだ。

「そ、そんな……。じゃ、もしかして召喚魔法コイコイもできないの?」

「たぶん」

「大魔王さま! 最北の門がモンスターの攻撃によって崩壊しました。奴らがなだれ込んで来ます」

「ちょっと、行ってくる」

「あっ、パパーっ! いっちゃやだー」

「大丈夫だよ、愛里」

 パパのレベルは410。普通のモンスター相手だったら無敵だけど、マムちゃんたちを取り込んで強くなった灰色ボスには勝てない。逆にパパも取り込まれちゃう。

「ヤツだって弱点があるはず。愛里はここで待っててくれ」

「パパーっ!」

 複眼を優しい桃色に変え、羽根をビィィィィーンと震わせ、パパは戦火に向かいました。
 もの凄く不安。愛里城の5階にはあたしと小さなキノコちゃんしかいないもん。
 
「勇者さま……」

 試しに、コイコイを唱えてみたけど、パパの言う通り変化はなかった。
 絶望の淵に落とされた気分。愕然としながら窓の外のスクリーンを見上げると、現実世界の勇者さまはホテルの一室で綾小路さんに翻弄されていました。

(愛里……っ。愛里……っ! 心の中の愛里っ。僕の声が届いているかい! 聞こえていたら、返事をしてくれっ!)

 聞こえる、勇者さまの声。
 困っているんだ。ピンチなんだ。

『ライディーン!』『スカラ!』『バイキルト!』『ベホマ!』『ピオリム!』

 何でもいい。まだ使える魔法が残されているなら、勇者さまに効いてっ! 
 唱えたのですが、あたしの声が虚しく響くだけ。思念ができないから、やっぱり魔法も届かないんだ。

 せっかく勇者さまがあたしに助けを求めているのに、聞こえているのに、ちゃんと届いているのに。
 あたし……お返事できない。なにもできない……。

「こら――――っ!! セミ愛里っ!」

 そんなとき、女の子の声が轟ました。

「馬鹿かっ! おっさんが妙に強くなってっから来てみたら、犯人はてめえかっ! なんで綾小路とK―1野郎を召喚しちまったんだっつーの!」

「えっ、えっ、えーっ、マークⅢちゃん? どこに居るの」

 実体は見当たりません。
 だけど、その声はあたしのモンスターちゃんたちが倒したと言い張るマークⅢちゃんです。
 思念じゃない。心の声じゃない。
 直接あたしの耳元で話しているとしか思えないのでした。

「教えられねーし」

「そうなの」

 だったら、話しかけなきゃいいのに。

「見ろよスクリーンを。綾小路はK―1野郎の魔法を受けてマッチョマンになってやがるし」

「ごめん、それあたしのせい。つい勇者さまをも一回召喚するつもりでコイコイしたんだけど、うっかり……」

「失敗したんならしたで、後始末しろっつーの! せっかく大魔王にしてやったのに、意味ないっ」

「ご、ごめん……」

「いいからさっさとアイツらを倒せっつーの!」

「うーん、ちょっと無理かも」

「かもじゃねーし。あたしらどっちが主人格になるかってレベルで争っているどころじゃねーぞ」

「わかっているけど……」

 マークⅢちゃんはあたしと人格交代してからずっと現実世界に居たから、心世界を詳しく知らないんだ。
 マムちゃんたち重臣が取り込まれ、あたしの能力も低下していることを知らないんだ。
 無理だって意味を詳しく説明しました。
 
「なるほど」

「でしょー」

「でしょ、じゃねーし! ヤバいじゃねーか!」

「そうなのよ。あっと、一つ質問いい? あたしマークⅢちゃんを倒したけど、なんで取り込めてないの? パパが言うように踏みとどまっているの?」

「あのなー。倒されたのは青世界のモンスターたちだけ、あたしは倒されてないし」

「うそ! モンスターちゃんが倒したって言ってたよー」

「倒したのは、あたしをコピーしたマネマネ《外見はもちろん、能力も一部真似ることができるモンスター》だよ。あたしは上空に避難したわけ。仮にあたしを倒したのなら、この心世界が消え始めているはずだろ」

 なんと、モンスターちゃんが倒したって思っていたのは、マネマネだったんだー。

「仕方がない……消すか……この世界を……」

「消す?」

「そう。K―1野郎もろとも消してしまう。倒せないのならこの世界ごと消すしかない。
 4年前、愛里の心が分裂してできた心世界だから、人格が一つになれば心世界は消える。この世界に存在している全てのモンスター、仕組み、空間」

「そ、それは困る……」

「なに言っている。そもそもセミ女がやっていたことだろ。
 あたしを倒して人格統合するってことは、この心世界を消すってことだし。それにこのままだと、アイツに心世界共々あたしらも倒され、愛里を乗っ取られちまう」

 愛里を乗っ取られる……。

「見た目は小学生、心はK―1のおっさんだ」
 
 それあたしも思ったやつ。

「コナンみたい」

「謎解き遊びじゃねーし」

「とにかく、この世界が存在するには、2つ以上の愛里人格がないとダメなんだ。一つになった途端に心世界は消える」

「アレフカルトのコンビニも消えちゃうわけね」

「はぁ~?」

「月刊SM恋コイをはじめとした、あくしょんばいおれんす本を豊富に品揃えしていて、ああ、あれも消えちゃうーっ!」

「心配してんのそこかっ!」

「読もう読もうと思っていた。悔やまれるぅー」

「現実世界で読めばいいっつーの!」

「あくしょんばいおれんす本を紐で縛らないという画期的なお店よ。立ち読みできる穴場よ、穴場っ! 分からない? この素晴らしさがっ?」

「どこに感心してんだよ。てかあくしょんばいおれんす本ってなんだ。エロ本だろ。女子がエロ本読むなっつーの!」

「……エロ本? 違うよ。SM本だよー。アクションとバイオレンスが融合された大人が楽しむご本だよ。ぞぞぞぞってなるんだからー」

「何も分かっていない、コイツ。もーっ! 同じ愛里として恥ずかしいよ~」とため息が聞こえました。

「まあいいや。どうせ統合すれば解決するか」

 愛里の人格を一つにすることは、そのままあたしかマークⅢちゃんのどちらかが消えて無くなるってこと。
 もしあたしが消えたら、どんな気分なんだろう。
 悲しくも悩みも、こうやって想像している不安も無くなるんだろうか。
 
「それしかあたしらが助かる道はないよ」

「あたしら……」

「そう、あたしら」

『あたしら』って、なんか嬉しい。あたしも含めて考えているってことだよね。
 あたしら同じ愛里だもん。愛里が愛里じゃなくなったら最悪。それはよく分かる。

「そこでだ、よく聞けセミ女。
 あたしが取り込まれてやっから終わりにすればいい。それであたしらの世界を終えろ」


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