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新たな竜騎士
命の価値(2023/09/10 改編)
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心臓が引き裂かれるような、悲鳴。それは死の予感と怯えを孕んだものだった。
二人に遅れて、エメラルデラは弾かれたように振り返り、シエスが止める間も無く駆け出す。
その後を、オダライアが追い掛けた。
エメラルデラが人混みのを掻き分けようとすると、悲鳴がもたらす混乱によって、逆行してくる人々とかち合う。
押し返されそうになり、行くてを阻まれるエメラルデラに追い付いたオダライアは、高く鳴いて主人に自分の存在を知らせた。
「オダライア!!」
エメラルデラがオダライアの背に飛び乗ると、一気に視座は高さを増し、視界が開ける。
エメラルデラは紫色の瞳に逃げ惑う人々と、鮮やかな紅血が飛び散る様を映した。そして周囲を埋め尽くす悲鳴。
怒号。
考えるより先に、エメラルデラはオダライアを走らせていた。
オダライアの強靭な脚力が大地を噛み、蹴ると同時に人々の頭上を斜め上に跳躍する。
巨大な体躯は、左右で壁を為す渓谷から伸びた木の幹を爪で掴み、再び鋭く蹴った。
勢いをつけて先へと飛躍するオダライアの胴を脚で挟み、エメラルデラは先を見据えた。
エメラルデラの目に、男の下卑た笑みと、振り上げられる剣が映り込んだ。
男の持つ刃は、血に片身を沈めた女性と傍らで泣き叫ぶ少女に向けられていた。
薄汚れた姿が、少女が流民であることを教えてくれる。
「おかあ゛さ、ぁあ゛あ゛んんん」
少女は、凶器に身を晒したまま、泣いていた。
周囲に少女に手を差し伸べる者はいなかった。
助けるどころか、誰しもがその場から逃げ出そうとしていた。
エメラルデラは、激しい怒りを覚える。
───人の命が、簡単に奪われていい筈がない
エメラルデラは少女との距離を埋めようと、咄嗟にオダライアの背に足を掛けて、前へ飛んだ。
「止めろ!!」
エメラルデラが喉を裂かんばかり叫ぶと、刃を振り上げる男の腕が一瞬止まった。
僅かな時間が、生まれる。
少女に向かって飛んだエメラルデラの身体は重力に引かれ、地面に擦れる。
下にした左半身を強かに打ち付け、地面に広がる血の海溝へと沈み込みながら、男から庇うように少女を胸に抱き込んだ。
「エメラルデラさん!!」
「エメラルデラ逃げなさいっ」
シエスとヘルメティアの叫ぶ声が聞こえる。
視線をそちらに向けると、人垣を掻き分けて走り寄ろうとする二人の姿が見えた。
いつも目深に被っているフードは乱れ、露わになってしまった二人の表情に、エメラルデラは思わず困ったように笑った。
────逃げろだなんて、無茶を言ってくれる
背中が、不意に焼けるように熱くなる。
周囲から悲鳴が響いた。
切り裂かれたエメラルデラの背中に、男の怒声が叩き付けられる。
「汚ぇ地虫が、帝国民の道を塞ぎやがって!!」
「っ…、…っ…」
吐き捨てられる言葉とともに、再び刃が迫る。
鞭を振り下ろすように斜めに薙がれる背から、新たな血が溢れた。
直後に骨が削られる鮮烈な痛みが、エメラルデラを襲う。
エメラルデラは唇を噛み締め、声を圧し殺した。
激痛に頭の芯が焼け尽くようであったが、腕に抱いた少女の嗚咽がエメラルデラの意識を引き戻した。
見下ろした先には、恐怖と混乱、そして罪悪感に苛まれて泣きじゃくる幼い顔があった。
「あっ、あ゛っ、ううう…っ…っ」
「大丈夫だ、私は…大丈夫。だから泣かないで」
殊更に穏やかなエメラルデラの声は、女性とも男性ともつかぬ優しい声音で少女に囁きかける。恐怖に震える少女は、エメラルデラの言葉に唇を噛み締め、嗚咽を耐えようとした。
少女の気丈さに、まだ生きねばと心が奮い立つのを感じる。
エメラルデラは霞む視線を走らせ活路を求めた。
だが、オダライアの主人を呼ぶ声は遠く。聖地を目の前にして、亡命を望むシエスとヘルメティアを巻き込む訳にはいかなかった。
未だ届かない神樹を網膜に焼き付けるよう、エメラルデラは聖地に目を向けた。
あそこに行きたかった。
行かねばならなかった。
待ってくれている誰かが、いるから。
それは死を前にした直感か。願望か。
言い知れぬ切なさが、エメラルデラの胸に込み上がる。
それでも、エメラルデラは少女を庇ったことを後悔していなかった。
男が握る白刃が、再び振り下ろされる。
容赦のない刃はエメラルデラの首を狙っていた。
シエスとヘルメティアが意を決して飛び出して来るのが、目に入る。
だが、二人が間に合うとは思えなかった。
───自分は、ここで、死ぬ
覚悟を決めたエメラルデラが目蓋を閉ざそうとした瞬間、世界が眩く輝いた。
何千
何万
何億
幾星霜の時を重ねて、届くような眩さ。
夢にまで見た、否、夢に見続けた何者かがエメラルデラと帝国民を名乗る男の間に、落ちてきた。
二人に遅れて、エメラルデラは弾かれたように振り返り、シエスが止める間も無く駆け出す。
その後を、オダライアが追い掛けた。
エメラルデラが人混みのを掻き分けようとすると、悲鳴がもたらす混乱によって、逆行してくる人々とかち合う。
押し返されそうになり、行くてを阻まれるエメラルデラに追い付いたオダライアは、高く鳴いて主人に自分の存在を知らせた。
「オダライア!!」
エメラルデラがオダライアの背に飛び乗ると、一気に視座は高さを増し、視界が開ける。
エメラルデラは紫色の瞳に逃げ惑う人々と、鮮やかな紅血が飛び散る様を映した。そして周囲を埋め尽くす悲鳴。
怒号。
考えるより先に、エメラルデラはオダライアを走らせていた。
オダライアの強靭な脚力が大地を噛み、蹴ると同時に人々の頭上を斜め上に跳躍する。
巨大な体躯は、左右で壁を為す渓谷から伸びた木の幹を爪で掴み、再び鋭く蹴った。
勢いをつけて先へと飛躍するオダライアの胴を脚で挟み、エメラルデラは先を見据えた。
エメラルデラの目に、男の下卑た笑みと、振り上げられる剣が映り込んだ。
男の持つ刃は、血に片身を沈めた女性と傍らで泣き叫ぶ少女に向けられていた。
薄汚れた姿が、少女が流民であることを教えてくれる。
「おかあ゛さ、ぁあ゛あ゛んんん」
少女は、凶器に身を晒したまま、泣いていた。
周囲に少女に手を差し伸べる者はいなかった。
助けるどころか、誰しもがその場から逃げ出そうとしていた。
エメラルデラは、激しい怒りを覚える。
───人の命が、簡単に奪われていい筈がない
エメラルデラは少女との距離を埋めようと、咄嗟にオダライアの背に足を掛けて、前へ飛んだ。
「止めろ!!」
エメラルデラが喉を裂かんばかり叫ぶと、刃を振り上げる男の腕が一瞬止まった。
僅かな時間が、生まれる。
少女に向かって飛んだエメラルデラの身体は重力に引かれ、地面に擦れる。
下にした左半身を強かに打ち付け、地面に広がる血の海溝へと沈み込みながら、男から庇うように少女を胸に抱き込んだ。
「エメラルデラさん!!」
「エメラルデラ逃げなさいっ」
シエスとヘルメティアの叫ぶ声が聞こえる。
視線をそちらに向けると、人垣を掻き分けて走り寄ろうとする二人の姿が見えた。
いつも目深に被っているフードは乱れ、露わになってしまった二人の表情に、エメラルデラは思わず困ったように笑った。
────逃げろだなんて、無茶を言ってくれる
背中が、不意に焼けるように熱くなる。
周囲から悲鳴が響いた。
切り裂かれたエメラルデラの背中に、男の怒声が叩き付けられる。
「汚ぇ地虫が、帝国民の道を塞ぎやがって!!」
「っ…、…っ…」
吐き捨てられる言葉とともに、再び刃が迫る。
鞭を振り下ろすように斜めに薙がれる背から、新たな血が溢れた。
直後に骨が削られる鮮烈な痛みが、エメラルデラを襲う。
エメラルデラは唇を噛み締め、声を圧し殺した。
激痛に頭の芯が焼け尽くようであったが、腕に抱いた少女の嗚咽がエメラルデラの意識を引き戻した。
見下ろした先には、恐怖と混乱、そして罪悪感に苛まれて泣きじゃくる幼い顔があった。
「あっ、あ゛っ、ううう…っ…っ」
「大丈夫だ、私は…大丈夫。だから泣かないで」
殊更に穏やかなエメラルデラの声は、女性とも男性ともつかぬ優しい声音で少女に囁きかける。恐怖に震える少女は、エメラルデラの言葉に唇を噛み締め、嗚咽を耐えようとした。
少女の気丈さに、まだ生きねばと心が奮い立つのを感じる。
エメラルデラは霞む視線を走らせ活路を求めた。
だが、オダライアの主人を呼ぶ声は遠く。聖地を目の前にして、亡命を望むシエスとヘルメティアを巻き込む訳にはいかなかった。
未だ届かない神樹を網膜に焼き付けるよう、エメラルデラは聖地に目を向けた。
あそこに行きたかった。
行かねばならなかった。
待ってくれている誰かが、いるから。
それは死を前にした直感か。願望か。
言い知れぬ切なさが、エメラルデラの胸に込み上がる。
それでも、エメラルデラは少女を庇ったことを後悔していなかった。
男が握る白刃が、再び振り下ろされる。
容赦のない刃はエメラルデラの首を狙っていた。
シエスとヘルメティアが意を決して飛び出して来るのが、目に入る。
だが、二人が間に合うとは思えなかった。
───自分は、ここで、死ぬ
覚悟を決めたエメラルデラが目蓋を閉ざそうとした瞬間、世界が眩く輝いた。
何千
何万
何億
幾星霜の時を重ねて、届くような眩さ。
夢にまで見た、否、夢に見続けた何者かがエメラルデラと帝国民を名乗る男の間に、落ちてきた。
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