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再会
帰還─テオドール視点─
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今日はよく晴れた日だった。
空は高く、渡り鳥が頭上を走っていく。
これから訪れる季節を告げる鳥達を眺めていたテオドールの胸に、重苦しく濁った不安が、雨雲のように垂れ込めてくる。
「ぱぱ…、どうしたの…?」
空から視線を離して舌足らずな声がした方を見下ろすと、テオドールと手を繋いでいる幼い少女が大きな瞳を瞬かせていた。
思わずこぼれそうになっていた溜息を飲み込み、繋いでいた小さな手を硬い掌で、力強く握る。
「いいや、何でもねェからな。ほら、行くぞ」
テオドールは火傷に引き攣れた顔を笑顔に変えると、視線を前へと向けた。
少し先を歩く少年と少女が立ち止まってこちらを振り返り、小さな手を力一杯振っていた。
「おとうさん、はやく!!」
「お兄ちゃんたち、待たせちゃうよ」
急かす二人の声に応えて幼い少女は、テオドールの手を引っ張って走り出した。三人の幼子達の明るく笑う顔を見る度に、テオドールの胸に不安が沸き上がる。
この子達はこれから迫ってくる厳冬の季節を、しっかり乗り越えられるだろうか。
考える度に、まだ十分とは言い難い冬の蓄えを思い出すのだ。
それと同時に、数ヶ月前に送り出した一人の子の姿が脳裏に過った。
自分が最初に育てた、何より大切な子だ。
16になって自分の道を見つけたなら、見送ってやらなければ思う反面、今でも引き留めていればと後悔が頭を擡げる。
子供達に手を引かれながら、テオドールは肩越しに西の空へと目をやると、遠くの木々を薙ぎ切るように撓る姿が目に映る。
遅れて突然の突風が頬を打った。
巻き上がる砂と落葉を片手で防ぎ、目を凝らす。
鋭く迫り来る大きな影が、視界に入った瞬間。テオドールは力の限り声を張り上げていた。
「竜だっ…!!逃げろ、お前達!!」
果たして、逃げ場なんてものがあるのか。
6年前に竜がもたらした戦火の悪夢は、それでもまだ幾ばくか距離があった。
しかし、死を身近に感じさせるだけの生々しさを記憶に刻み付けていた。
そして、戦禍で親を亡くした幼い子達にとっては、竜はまさに恐怖の象徴でしかなかった。
「やだ、ぱぱっ…やだぁ」
「あっ、あ゛…、っ、…」
「とうさん、二人をつれてってっ…!!」
手に縋ることしか出来ない幼い少女、声を失い震える少年。そして、恐怖しながら気丈に幼い兄弟を逃がそうとする少女。
目の前に竜は迫っていた。金色に輝く眸がテオドール達を捕らえている。
もう、逃げられる距離ではない。
飛び去っていくのを祈りながら、テオドールは三人を守るように胸に抱え込む。その背中に太陽を遮る威容の影が、落とされた。
死を覚悟した瞬間、懐かしい声が響き渡った。
「────…父さん、ただいま」
見上げれば、竜の背から覗き込む人影が見えた。
黒髪は風を孕んで靡き、背負った太陽によって縁取られて、王冠を得たように輝いているようだった。
美しく澄んだ紫色の瞳が、力強く笑っているように見える。
「…エメラルデラか!?」
テオドールの声に応えて、木々より高い位置から飛び降りた人影は身を屈めて地面に難なく着地すると、立ち上がる。
その姿は間違いなく、エメラルデラ本人だった。
空は高く、渡り鳥が頭上を走っていく。
これから訪れる季節を告げる鳥達を眺めていたテオドールの胸に、重苦しく濁った不安が、雨雲のように垂れ込めてくる。
「ぱぱ…、どうしたの…?」
空から視線を離して舌足らずな声がした方を見下ろすと、テオドールと手を繋いでいる幼い少女が大きな瞳を瞬かせていた。
思わずこぼれそうになっていた溜息を飲み込み、繋いでいた小さな手を硬い掌で、力強く握る。
「いいや、何でもねェからな。ほら、行くぞ」
テオドールは火傷に引き攣れた顔を笑顔に変えると、視線を前へと向けた。
少し先を歩く少年と少女が立ち止まってこちらを振り返り、小さな手を力一杯振っていた。
「おとうさん、はやく!!」
「お兄ちゃんたち、待たせちゃうよ」
急かす二人の声に応えて幼い少女は、テオドールの手を引っ張って走り出した。三人の幼子達の明るく笑う顔を見る度に、テオドールの胸に不安が沸き上がる。
この子達はこれから迫ってくる厳冬の季節を、しっかり乗り越えられるだろうか。
考える度に、まだ十分とは言い難い冬の蓄えを思い出すのだ。
それと同時に、数ヶ月前に送り出した一人の子の姿が脳裏に過った。
自分が最初に育てた、何より大切な子だ。
16になって自分の道を見つけたなら、見送ってやらなければ思う反面、今でも引き留めていればと後悔が頭を擡げる。
子供達に手を引かれながら、テオドールは肩越しに西の空へと目をやると、遠くの木々を薙ぎ切るように撓る姿が目に映る。
遅れて突然の突風が頬を打った。
巻き上がる砂と落葉を片手で防ぎ、目を凝らす。
鋭く迫り来る大きな影が、視界に入った瞬間。テオドールは力の限り声を張り上げていた。
「竜だっ…!!逃げろ、お前達!!」
果たして、逃げ場なんてものがあるのか。
6年前に竜がもたらした戦火の悪夢は、それでもまだ幾ばくか距離があった。
しかし、死を身近に感じさせるだけの生々しさを記憶に刻み付けていた。
そして、戦禍で親を亡くした幼い子達にとっては、竜はまさに恐怖の象徴でしかなかった。
「やだ、ぱぱっ…やだぁ」
「あっ、あ゛…、っ、…」
「とうさん、二人をつれてってっ…!!」
手に縋ることしか出来ない幼い少女、声を失い震える少年。そして、恐怖しながら気丈に幼い兄弟を逃がそうとする少女。
目の前に竜は迫っていた。金色に輝く眸がテオドール達を捕らえている。
もう、逃げられる距離ではない。
飛び去っていくのを祈りながら、テオドールは三人を守るように胸に抱え込む。その背中に太陽を遮る威容の影が、落とされた。
死を覚悟した瞬間、懐かしい声が響き渡った。
「────…父さん、ただいま」
見上げれば、竜の背から覗き込む人影が見えた。
黒髪は風を孕んで靡き、背負った太陽によって縁取られて、王冠を得たように輝いているようだった。
美しく澄んだ紫色の瞳が、力強く笑っているように見える。
「…エメラルデラか!?」
テオドールの声に応えて、木々より高い位置から飛び降りた人影は身を屈めて地面に難なく着地すると、立ち上がる。
その姿は間違いなく、エメラルデラ本人だった。
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