貴方のために

土田

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ボクはそこでポケットに片方の手を入れ、レコーダーの停止ボタンを押した。
これだけ聞ければ、もう十分だ。

「木を見て森を見ず、だな。…わかった。時間を取らせてすまなかったね。」


そう言い立ち上がろうと、ボクは机に置いたままでいた方の手に力を入れる。


「あ、あの!」


戸惑いながら、でも必死にボクを呼び止めたのはお友達だ。
「なに?」とボクは手に入れた力を抜き座り直した。


「彼は、俺にとって大切な友達なんです。」

「ああ、それで?」

「だから、その…制裁、は…」

「教室で言った通り、ボクは穏健派だ。制裁を指示したりはしないし、目の届く範囲ではさせない。」


そう言うと安心したようにホッと息を吐き頬を緩めるお友達。

彼は知らないんだ。


「でも、ボクは隊員からあまり好かれていないし、寧ろ邪魔だと思われているよ。」


親衛隊の本当の恐ろしさを。


「今日ここで君に聞いたことは録音させてもらった。明日の親衛隊の集会で報告させてもらう。」

「ッそんな!!」


焦ったのはお友達。
プライドの高い親衛隊が、これを聞いて何を思うか。
まぁ、怒りや憎しみ、だろうな。


「自分の言ったことには責任を持てよ、転入生。」


そう言い、今度こそ立ち上がる。


「最近バカ集団にも回ってくる仕事が増えてね。話を聞いてもらえないならそろそろ仕事に戻りたいんだ。先生にこの部屋の鍵を返さなければならないから、出ていってくれるか?」

「それなら俺がやっておきます!」

「いや、ここを借りたのはボクだ。ボクから返さないと失礼だろ。」

「そう、ですね。スミマセン。」

「そんな奴に頭下げる必要ねーよ!!」


「行こうぜ!」と、頭を下げる友達の腕をむんずと掴み部屋から出ていく転入生と、つんのめりながら引っ張られていくお友達。
彼は去りぎわに申し訳なさそうな顔をしてまた頭を下げていった。

彼はたぶん気付いた。
転入生の長所と言う名の短所に。
いや、気付いていてほしい。
きっと今、転入生を本当の意味で守れるのは彼しかいないだろうから。

自分のこれからを思うと何度しても足りないであろう溜息を吐き、ボクも部屋を後にし、その足で職員室へと向かった。

部屋の使用許可を出してくれた教師に使い終わったことを報告し鍵を返すと、「お疲れ様」と労いの言葉を掛けられた。
そこで、この教師は転入生の副担任だったことを思い出したが、ボクは苦笑いを浮かべ「いえ、」と首を振ることしかできなかった。
ボクの表情から悟ったのだろう、その目には諦めの色が濃く出ていた。

職員室を出ると、親衛隊の隊員が向こうから歩いてくるのが見えた。


「あ、隊長!」


向こうもボクに気付いたようで、声をかけてきてくれた。
互いに少し早足で落ち合う。


「やぁ、こんにちは。仕事の方はどうなっているかな?」

「はい、今日は元々量も少ない上に順調で、もうこれを提出すれば終わりです。」


そう言って抱えていたファイルを手に持ち直し強調する。


「そうか、よかった。行けなくて悪かったね。」


「いえ!」と首を振りながら笑顔で答えてくれる彼。
その顔にはうっすらと隈が出来ていた。
こう健気にされると、仕事をする時間を割いたのにあまり成果が得られなかった自分が情けなくなる。

今親衛隊は、過激派と穏健派が半々くらいで構成されてる。
ボクが一年の頃は穏健派ばかりだったのだが、昨年の隊長に触発されたり、役員に抱かれたことによって特別な感情が芽生えてしまったりして大勢が過激派になってしまったのだ。
それでもまだ半々で押さえられているのは、皆純粋に生徒会の役に立ちたいという気持ちがあるからだろう。

でもそれも限界に近い。


「せめてものお詫びに、それはボクから顧問に渡しておくよ。だから今日はもう帰るといい。」

「でも、それじゃ…」


「いいから。」と、半ば奪うようにファイルを取る。
申し訳なさそうに眉を下げ狼狽える彼を安心させようと、笑みを浮かべ頭を撫でてやる。


「だいぶ疲れているようだから、今日はもう部屋に戻ってゆっくり休みなさい。きっと、また明日からは今より忙しくなる。」


「じゃあね。」と頭を撫でていた手をそのまま上げ、くるっと背を向け上げていた手を振りながら来た道を戻る。

先程よりも重い気持ちで職員室のドアをノックし、開ける。
「失礼します」と一礼してから中に入り、すぐに後ろを向いてドアを閉め、そこで一度気合いを入れるために深呼吸をした。
ファイルをもつ手に力が入る。

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