42 / 56
藤次郎-3
しおりを挟む
かなりの時間、飲んでいた。それでも、周りの者は切り上げる様子も無く延々騒いで飲んで歌って身分の区別なく盛り上がっている。
藤次郎は酒が嫌いではないが強くは無かった。自分の飲める量も理解はしていたが、やはり、新参者と言うだけで、そこかしこからご指名を受け、そのたびに酒を注がれ、それを飲み干す。これではどんな酒豪気取りもやられるのに時間はかからない。藤次郎も同じだった。
「ちと、厠に」
そう告げるとふらりと場を離れ静かな離れの方に移動し一人何処ともなく腰を下ろしていた。
「酔いが回った……」
涼しげな風が吹く渡り廊下を渡った先の庭に、横になるのにちょうどいい庭石をみつけて、そこへ倒れこむように寝そべった。
どこからとなく虫の音が聞こえてくる。虫は何処でも同じ声で鳴くものなのだなと当たり前に感心して、庭石の上で仰向けになると満点の星空が目に入ってくる。その星の光を消し去る様に満月が天頂から藤次郎を見つめていた。
「今夜は満月か……
虫の音も月の光も風音も……」
なんとなく知っていた和歌を口にした。
「我が恋ますは秋にぞありける……
どなたか恋しいお方がおありなのですか?」
爽やかな、虫の音にも負けないような透き通る声が頭の方からかけられた。
咄嗟に起き上がり、声のする方を振り向くと、そこには少女がにっこりと微笑み藤次郎の方を見ていた。はっきりした瞳が印象的で黒髪を眉の所で切りそろえた。18歳くらいの少女だ。
「これは失礼いたしました。姫のご在所でしたか。知らぬとはいえ、とんだご無礼を」
藤次郎が深々と頭を下げると。少女は、
「ふふふ。私はここの姫ではありませんよ。それに、ここはただの渡り廊下です。誰でも通る事が出来るのですよ。でも石の上に寝てる人は見かけませんけどね」
そう言うと少女は藤次郎の寝そべっていた庭石に近づき、手でどけてと合図をすると隣に座った。
「あ~。月がきれい。だから、あなた、月の歌を詠んでいたのね? そういう事か。私、こういう儚げでふとしたことで壊れてしまいそうな月夜が大好き。月はいいわね。いろんなものが見れて。でも、自由なのかしら? いつも同じところを回っていますものね。案外、お月様は不自由に思っておられるのかも知れませんね。ふふふ。
それにしても、今晩は賑やかですね? 何の宴ですか?」
「はい、跡継ぎ様の元服のお祝いでございます。」
「そうなんですか……
そうなんですね」
少女の表情が陰るのを見て取った藤次郎は
「いかがされましたか? ご気分でも?」
少女の顔を覗きこむ様に聞くと
「何でもありません。……あなたは心がおきれいですね」
少女は覗き込まれている顔を覗き返して、いたずらっぽく言った。
「急に何ですか?」
「ふふふ。私には見えるのです。あなたの心が」
「本当ですか?」
「そう。見えるの。でもそれだけ」
また、少女は月を見ながら顔を曇らせる。
「…………」
「さて、部屋に戻るとしましょうか」
少女がぴょんと石から飛び降り庭を歩きだしたとき、
「あの、お名前を教えていただけませんか?」
藤次郎が少女の背中に声をかけた。もっとその少女と話をしてみたかった。出来ればつながりを求めたかったのだ。
「え? 私の?」
そう言うと藤次郎の顔をしばらく見ていたが
「そうなのね。わかった。
私は佳宵。美しい夜という意味よ。あなたは?」
「さ、佐々木藤次郎です。」
「そう、藤次郎。あなたとは、またどこかで縁がありそうな気がするわ。風邪などひかない様に」
そう言うと佳宵は手を振って奥へと消えていった。
藤次郎は酒が嫌いではないが強くは無かった。自分の飲める量も理解はしていたが、やはり、新参者と言うだけで、そこかしこからご指名を受け、そのたびに酒を注がれ、それを飲み干す。これではどんな酒豪気取りもやられるのに時間はかからない。藤次郎も同じだった。
「ちと、厠に」
そう告げるとふらりと場を離れ静かな離れの方に移動し一人何処ともなく腰を下ろしていた。
「酔いが回った……」
涼しげな風が吹く渡り廊下を渡った先の庭に、横になるのにちょうどいい庭石をみつけて、そこへ倒れこむように寝そべった。
どこからとなく虫の音が聞こえてくる。虫は何処でも同じ声で鳴くものなのだなと当たり前に感心して、庭石の上で仰向けになると満点の星空が目に入ってくる。その星の光を消し去る様に満月が天頂から藤次郎を見つめていた。
「今夜は満月か……
虫の音も月の光も風音も……」
なんとなく知っていた和歌を口にした。
「我が恋ますは秋にぞありける……
どなたか恋しいお方がおありなのですか?」
爽やかな、虫の音にも負けないような透き通る声が頭の方からかけられた。
咄嗟に起き上がり、声のする方を振り向くと、そこには少女がにっこりと微笑み藤次郎の方を見ていた。はっきりした瞳が印象的で黒髪を眉の所で切りそろえた。18歳くらいの少女だ。
「これは失礼いたしました。姫のご在所でしたか。知らぬとはいえ、とんだご無礼を」
藤次郎が深々と頭を下げると。少女は、
「ふふふ。私はここの姫ではありませんよ。それに、ここはただの渡り廊下です。誰でも通る事が出来るのですよ。でも石の上に寝てる人は見かけませんけどね」
そう言うと少女は藤次郎の寝そべっていた庭石に近づき、手でどけてと合図をすると隣に座った。
「あ~。月がきれい。だから、あなた、月の歌を詠んでいたのね? そういう事か。私、こういう儚げでふとしたことで壊れてしまいそうな月夜が大好き。月はいいわね。いろんなものが見れて。でも、自由なのかしら? いつも同じところを回っていますものね。案外、お月様は不自由に思っておられるのかも知れませんね。ふふふ。
それにしても、今晩は賑やかですね? 何の宴ですか?」
「はい、跡継ぎ様の元服のお祝いでございます。」
「そうなんですか……
そうなんですね」
少女の表情が陰るのを見て取った藤次郎は
「いかがされましたか? ご気分でも?」
少女の顔を覗きこむ様に聞くと
「何でもありません。……あなたは心がおきれいですね」
少女は覗き込まれている顔を覗き返して、いたずらっぽく言った。
「急に何ですか?」
「ふふふ。私には見えるのです。あなたの心が」
「本当ですか?」
「そう。見えるの。でもそれだけ」
また、少女は月を見ながら顔を曇らせる。
「…………」
「さて、部屋に戻るとしましょうか」
少女がぴょんと石から飛び降り庭を歩きだしたとき、
「あの、お名前を教えていただけませんか?」
藤次郎が少女の背中に声をかけた。もっとその少女と話をしてみたかった。出来ればつながりを求めたかったのだ。
「え? 私の?」
そう言うと藤次郎の顔をしばらく見ていたが
「そうなのね。わかった。
私は佳宵。美しい夜という意味よ。あなたは?」
「さ、佐々木藤次郎です。」
「そう、藤次郎。あなたとは、またどこかで縁がありそうな気がするわ。風邪などひかない様に」
そう言うと佳宵は手を振って奥へと消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
合成師
あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる