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本編
19 月に叢雲、花に風1 【side アレクセイ】
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2年前に父を弑して即位したのは21歳の時だった。聖ルーシ王国 第69代国王 アレクセイ・アル・ヴァルルーシ、またの名を「血塗られた聖王」。それが、今の私が背負う肩書だ。
──重い王冠を戴いたときから、私が果たすべき役目はよくわかっている。
「アレクセイ陛下におかれましては、本日も麗しく何より。」
月の初めに行われる定例の謁見は退屈だ。この男が言うことは、いつも同じだから。
「陛下、アナスタシアをぜひ陛下の妃に迎えていただきたい。わが娘ながら、あれほど美しい娘は他にはいません。強い魅了の魔力も持っておりますゆえ、必ずや陛下のお傍でお役に立てるかと存じます。」
神殿各地の報告もそこそこに、自分の娘を妃にと勧めだしたのは大神官ノルド。国教として信仰されているガルダリケ神殿の頂点にいる男だ。大ぶりの宝石をあしらった腕輪を身に付け、最高級の白絹で仕立てられた法衣に金糸で織られた上着を羽織っている。オラリと呼ばれる豪華な織りの聖帯は、彼の身分の高さを表していた。王である私が身に付ける衣服の何倍も金がかかっているだろう姿は、とても神に仕える清廉な身とは思えない。
ひじ掛けに頬杖をつき、足を組んで神官服に身を包んだ相手を見下ろす。
「えーーー、やだよ。私はもっと男慣れしてなさそうな子が好みだし、恋愛結婚に夢を持ってるんだ。」
わざとつまらなそうに答えると、目の前の男は悪役めいた顔でにやりと笑い、自慢げに答えた。
「それならば問題ございませんな。アナスタシアは純潔を守っており男を知らぬ身体ですし、これから恋に落ちていただければよろしい。」
あきれるほど欲丸出しの男だが、先王に重用されていたのは事実だ。娘が寵愛されれば同じように甘い蜜が吸えるとでも皮算用しているのだろう。
(まさか本気で『恋に落ちればいい』なんて思っているんだろうか)
王妃に求められるのは色恋ではなく、論理的な思考力や先を見通す力だ。それを娘の美貌ばかりをアピールするなど愚かにもほどがある。
それに、あれはとても『男を知らない』とは言えないだろうと思ったが黙っておいた。おそらく娘の容姿に絶対的な自信があるんだろうなあ。確かにアナスタシア嬢の見た目は非常に美しいし、正直私だって見惚れるほどだ。鑑賞用としては完璧だろう。この親からなぜあそこまで美しい娘が生まれるのか、、、謎だ。
「うーーん、そうじゃないんだけど。とりあえず考えておくよ。」
これ以上は続けても無駄だと判断し、話を打ち切った。横で控えていたセイが「本日はお引き取りを」と冷たい声で目上にあたる大神官に退出を促した。
謁見の間には、私とセイ、それと数人の事務官と護衛だけが残った。
「んーーーーー、つかれた。セイも、おつかれさま。」
両手を組んで思い切り伸びをする。冷えた果実水が入ったグラスを手わたしながらセイが苦笑した。
「よくもまあ、毎回同じことを言えるものだと感心して眺めていますよ。」
「ほんとに。よほど自分の娘を妃にしたいんだろうねえ。本人がそれを望んでるとも思えないけど。」
「私の予測では、そのうち『アナスタシア嬢を妃にするよう神託が下りた』とか言い出すと思いますよ。陛下も早く婚約者なりなんなりお決めになってしまえばよろしいものを。」
笑えないジョークだが、あの大神官の勢いでは本当にやりかねないなと思う。
「婚約者ねえ。理想の相手がいないんだから、しょうがないじゃない?」
そう言うと、セイが「理想の相手とは?」と興味深そうに尋ねた。この歳になって妃の1人もいないというのは憂うべき事態と周りでは認識されている。適当なことを言えば速攻で相手を探してこられそうで、うっかりしたことは言えない。
(そういえば、あいつが伴侶を探していると言っていたか)
つい先日、酒の席で誰か結婚相手を紹介しろと冗談交じりに言っていた男のことを思い出す。あのときは酔っていたが、相手を探しているのは嘘ではないはず。声をかけたらいい方向へ転がる可能性がある。
私は果実水を半分ほど飲み椅子から立ち上がった。どの程度本気なのか、少し揺さぶりでもかけてみるとしよう。
「理想・・・そうだねえ。私のことを理解したうえで一緒に悪だくみができる、共犯者みたいな相手がいいや。」
ひらひらと手を振り、供もつけずに部屋を出た。
私は、200年以上続く聖ルーシ王国のなかでも突出して魔力量が多い王だと言われている。自分ではよくわからないが、近隣諸国でここまで魔力を持った王族はいないし、自分の親や祖父を見る限りでもそう思う。
保有しているのは、膨大な風の魔力。鋭い刃のように敵を切り裂くこともできるし、風が通る場所であれば音(主に声だね)を拾うことも可能だ。自分ひとりであれば即時、複数であれば条件付きだが転移もできる。
それ以外は王付きの魔術師であるルーがなんとかしてくれる。あれは事情があって回復系の魔術だけは全くダメだけど、私にはもったいないほどの優秀さだ。少しばかり我儘で、自分勝手で、空気を読まないところは玉に瑕だが、、、付き合いは長いし気心も知れているしで、頼りにしている。
私は外出するため簡単に身支度を整えると、目的の人物の元へ転移した。
──重い王冠を戴いたときから、私が果たすべき役目はよくわかっている。
「アレクセイ陛下におかれましては、本日も麗しく何より。」
月の初めに行われる定例の謁見は退屈だ。この男が言うことは、いつも同じだから。
「陛下、アナスタシアをぜひ陛下の妃に迎えていただきたい。わが娘ながら、あれほど美しい娘は他にはいません。強い魅了の魔力も持っておりますゆえ、必ずや陛下のお傍でお役に立てるかと存じます。」
神殿各地の報告もそこそこに、自分の娘を妃にと勧めだしたのは大神官ノルド。国教として信仰されているガルダリケ神殿の頂点にいる男だ。大ぶりの宝石をあしらった腕輪を身に付け、最高級の白絹で仕立てられた法衣に金糸で織られた上着を羽織っている。オラリと呼ばれる豪華な織りの聖帯は、彼の身分の高さを表していた。王である私が身に付ける衣服の何倍も金がかかっているだろう姿は、とても神に仕える清廉な身とは思えない。
ひじ掛けに頬杖をつき、足を組んで神官服に身を包んだ相手を見下ろす。
「えーーー、やだよ。私はもっと男慣れしてなさそうな子が好みだし、恋愛結婚に夢を持ってるんだ。」
わざとつまらなそうに答えると、目の前の男は悪役めいた顔でにやりと笑い、自慢げに答えた。
「それならば問題ございませんな。アナスタシアは純潔を守っており男を知らぬ身体ですし、これから恋に落ちていただければよろしい。」
あきれるほど欲丸出しの男だが、先王に重用されていたのは事実だ。娘が寵愛されれば同じように甘い蜜が吸えるとでも皮算用しているのだろう。
(まさか本気で『恋に落ちればいい』なんて思っているんだろうか)
王妃に求められるのは色恋ではなく、論理的な思考力や先を見通す力だ。それを娘の美貌ばかりをアピールするなど愚かにもほどがある。
それに、あれはとても『男を知らない』とは言えないだろうと思ったが黙っておいた。おそらく娘の容姿に絶対的な自信があるんだろうなあ。確かにアナスタシア嬢の見た目は非常に美しいし、正直私だって見惚れるほどだ。鑑賞用としては完璧だろう。この親からなぜあそこまで美しい娘が生まれるのか、、、謎だ。
「うーーん、そうじゃないんだけど。とりあえず考えておくよ。」
これ以上は続けても無駄だと判断し、話を打ち切った。横で控えていたセイが「本日はお引き取りを」と冷たい声で目上にあたる大神官に退出を促した。
謁見の間には、私とセイ、それと数人の事務官と護衛だけが残った。
「んーーーーー、つかれた。セイも、おつかれさま。」
両手を組んで思い切り伸びをする。冷えた果実水が入ったグラスを手わたしながらセイが苦笑した。
「よくもまあ、毎回同じことを言えるものだと感心して眺めていますよ。」
「ほんとに。よほど自分の娘を妃にしたいんだろうねえ。本人がそれを望んでるとも思えないけど。」
「私の予測では、そのうち『アナスタシア嬢を妃にするよう神託が下りた』とか言い出すと思いますよ。陛下も早く婚約者なりなんなりお決めになってしまえばよろしいものを。」
笑えないジョークだが、あの大神官の勢いでは本当にやりかねないなと思う。
「婚約者ねえ。理想の相手がいないんだから、しょうがないじゃない?」
そう言うと、セイが「理想の相手とは?」と興味深そうに尋ねた。この歳になって妃の1人もいないというのは憂うべき事態と周りでは認識されている。適当なことを言えば速攻で相手を探してこられそうで、うっかりしたことは言えない。
(そういえば、あいつが伴侶を探していると言っていたか)
つい先日、酒の席で誰か結婚相手を紹介しろと冗談交じりに言っていた男のことを思い出す。あのときは酔っていたが、相手を探しているのは嘘ではないはず。声をかけたらいい方向へ転がる可能性がある。
私は果実水を半分ほど飲み椅子から立ち上がった。どの程度本気なのか、少し揺さぶりでもかけてみるとしよう。
「理想・・・そうだねえ。私のことを理解したうえで一緒に悪だくみができる、共犯者みたいな相手がいいや。」
ひらひらと手を振り、供もつけずに部屋を出た。
私は、200年以上続く聖ルーシ王国のなかでも突出して魔力量が多い王だと言われている。自分ではよくわからないが、近隣諸国でここまで魔力を持った王族はいないし、自分の親や祖父を見る限りでもそう思う。
保有しているのは、膨大な風の魔力。鋭い刃のように敵を切り裂くこともできるし、風が通る場所であれば音(主に声だね)を拾うことも可能だ。自分ひとりであれば即時、複数であれば条件付きだが転移もできる。
それ以外は王付きの魔術師であるルーがなんとかしてくれる。あれは事情があって回復系の魔術だけは全くダメだけど、私にはもったいないほどの優秀さだ。少しばかり我儘で、自分勝手で、空気を読まないところは玉に瑕だが、、、付き合いは長いし気心も知れているしで、頼りにしている。
私は外出するため簡単に身支度を整えると、目的の人物の元へ転移した。
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