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本編
20 月に叢雲、花に風2 【side アレクセイ】
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「はろーー」
「うわっ。相変わらず心臓に悪い奴だ。事前に連絡はよこせと言っただろうが。」
突然宿泊先である部屋に現れると、不機嫌そうに相手が文句を言った。ここは王都でも有数の高級旅館で、そのなかでも随一の特別室。一泊するのに平民なら1か月分以上の生活費が吹っ飛ぶだろう。そこの特別室に連泊しているのは、隣国キリル公国の第二皇子であるイヴァンだ。彼の母はゼレノイ家出身で、セイとはいとこにあたる。
青みがかった黒髪と深海の青い瞳、長身はゼレノイ家の血なのか。しかし同じ色味を持つセイが怜悧で神経質そうな見た目なのに対して、イヴァンは鍛えた体つきで常に長剣を佩いているので一見騎士と見紛うほどだ。身分にも関わらず誰隔てなく接するので国民からの人気も高い。第二皇子という身軽な立場からか、皇族特有の威圧感もない。話しやすい相手だ。
そして、これだけ整った顔立ちなのに、奥手なのか浮いた話のひとつもない。男ばっかりの騎士団に入り浸っているからか。
「ねえ、イヴァンってこの前飲んだときに伴侶がほしいって言ってたよね。お勧めの子がいるんだけど、どう?」
人差し指を口に添えて、内緒話をするように尋ねた。彼がここにいるのは非公式な訪問だ。そこで運命の出会いをして相手を連れて帰る。おお、すごくロマンチックな話じゃないか。
しかし乗り気な私に対して、イヴァンのほうは、わかりやすく顔をしかめた。
「女衒みたいなことを言うな。あれからいろいろあって、色恋沙汰はこりごりだ。」
「えーっと、何かあったの?」
「話を聞きつけた奴がいて、宿の部屋に入ったら寝台に知らない女がいるんだぞ!? 恐怖でしかないだろう。」
「それって宿屋側のセキュリティ体制を疑う話だよねー。街中の宿屋なんて利用するからそんなことになるんだよ。」
「ちゃんと貴族向けの宿だった・・・だが俺の婚約者だと言い張ったらしい。しかも受付の担当者に大金を握らせて。」
説明しながらその時のことを思い出したのか、心底嫌そうな顔をした。まあ気持ちはわかるかな。夜這いくらいならまあ最悪仕方ないとして、刺客だったらどう責任取るんだろう。逆にうっかり殺してしまうことだってあるのに。頭が悪い。聞いているこちらまでうすら寒くなる。
「というわけで、やはりしばらく結婚はしなくていい・・・それにお前が勧める相手なんて胡散臭い。」
ぶすりとした顔でイヴァンが答えた。
「人の好意はありがたく受け取ったほうがいいと思うけどなー。若くて超美人で、魅了の魔力持ち、ほら君にぴったりだ。」
「だいたいそんな優良物件ならば、なんでお前が娶らないんだ。わざわざ人に押し付けるような真似しやがって。」
「うわ、するどいなー。だってガルダリケ神殿のトップの娘さんなんだよ。私が妃にしたら権力バランスがくずれるじゃない。その点君なら問題ないし、いいじゃん。」
はーーっ、とため息をつきながらイヴァンが答えた。
「公国だってそう単純じゃないだろう。これ以上聖ルーシの血を混ぜることに抵抗がある貴族だっているだろうし、魅了の魔力だけでは弱い。もう少し別の魔力でもあれば話は別だが。」
そうだった。かの国は皇族に嫁ぐためには強い魔力が求められ、代々見合う力を持つ令嬢が嫁いでいる。宰相家から隣国に嫁いだのもそれが理由だ。かつては令嬢の魔力量を嵩上げするために、異世界から魔力を取り込むことも行われたと聞く。まあ、大神官が彼女の魅了の魔力は強いと自慢していたから今回は何とかなるだろう。
みやげにと持ってきた王都でも評判だという菓子屋の箱を渡すと、イヴァンは目に見えてうれしそうな顔をした。包み紙で何かがわかったらしい。こんな男くさい奴だが甘いものに目がなくて、ちょくちょくお忍びで街に出て食べ歩きまでしていることも知っている。
待ちきれないのか、さっそく箱を開けて薄紙に包まれた焼き菓子を取り出していた。
「とりあえず会うだけ会ってみるというのは?若い二人が出会えば、何かぴぴっとくるものがあるかもよ。」
「仲人か、、、。お前の思惑で、自国のいざこざに俺を巻き込むなよ。」
あきれたようにイヴァンがつぶやき、色とりどりのアイシングがかかった焼き菓子のひとつに噛り付いた。
そんな会話をしてから数日後。身分を隠して参加した夜会で、イヴァンは(自称運命の出会いをして)アナスタシア嬢に一目ぼれしたらしい。色恋沙汰はこりごりとか言っていた割には単純だなあと思ったのは内緒だ。まあ、あれだけの美少女であれば一目ぼれするのも頷けるけどね。
良くも悪くも直情的なイヴァンは、さっそく大神官へ輿入れを打診し、色よい返事をもらったようだ。これで2人が結婚してくれれば丸く収まる。
あの強欲な大神官としても、公国の皇族と血縁関係を持てるのは悪い話ではないだろう。アナスタシア嬢とて、国民に人気があるイヴァンと結ばれるのであれば不満などないだろう。これで私へのうっとうしい話も静かになるに違いない。その時は単純にそう思った。
「うわっ。相変わらず心臓に悪い奴だ。事前に連絡はよこせと言っただろうが。」
突然宿泊先である部屋に現れると、不機嫌そうに相手が文句を言った。ここは王都でも有数の高級旅館で、そのなかでも随一の特別室。一泊するのに平民なら1か月分以上の生活費が吹っ飛ぶだろう。そこの特別室に連泊しているのは、隣国キリル公国の第二皇子であるイヴァンだ。彼の母はゼレノイ家出身で、セイとはいとこにあたる。
青みがかった黒髪と深海の青い瞳、長身はゼレノイ家の血なのか。しかし同じ色味を持つセイが怜悧で神経質そうな見た目なのに対して、イヴァンは鍛えた体つきで常に長剣を佩いているので一見騎士と見紛うほどだ。身分にも関わらず誰隔てなく接するので国民からの人気も高い。第二皇子という身軽な立場からか、皇族特有の威圧感もない。話しやすい相手だ。
そして、これだけ整った顔立ちなのに、奥手なのか浮いた話のひとつもない。男ばっかりの騎士団に入り浸っているからか。
「ねえ、イヴァンってこの前飲んだときに伴侶がほしいって言ってたよね。お勧めの子がいるんだけど、どう?」
人差し指を口に添えて、内緒話をするように尋ねた。彼がここにいるのは非公式な訪問だ。そこで運命の出会いをして相手を連れて帰る。おお、すごくロマンチックな話じゃないか。
しかし乗り気な私に対して、イヴァンのほうは、わかりやすく顔をしかめた。
「女衒みたいなことを言うな。あれからいろいろあって、色恋沙汰はこりごりだ。」
「えーっと、何かあったの?」
「話を聞きつけた奴がいて、宿の部屋に入ったら寝台に知らない女がいるんだぞ!? 恐怖でしかないだろう。」
「それって宿屋側のセキュリティ体制を疑う話だよねー。街中の宿屋なんて利用するからそんなことになるんだよ。」
「ちゃんと貴族向けの宿だった・・・だが俺の婚約者だと言い張ったらしい。しかも受付の担当者に大金を握らせて。」
説明しながらその時のことを思い出したのか、心底嫌そうな顔をした。まあ気持ちはわかるかな。夜這いくらいならまあ最悪仕方ないとして、刺客だったらどう責任取るんだろう。逆にうっかり殺してしまうことだってあるのに。頭が悪い。聞いているこちらまでうすら寒くなる。
「というわけで、やはりしばらく結婚はしなくていい・・・それにお前が勧める相手なんて胡散臭い。」
ぶすりとした顔でイヴァンが答えた。
「人の好意はありがたく受け取ったほうがいいと思うけどなー。若くて超美人で、魅了の魔力持ち、ほら君にぴったりだ。」
「だいたいそんな優良物件ならば、なんでお前が娶らないんだ。わざわざ人に押し付けるような真似しやがって。」
「うわ、するどいなー。だってガルダリケ神殿のトップの娘さんなんだよ。私が妃にしたら権力バランスがくずれるじゃない。その点君なら問題ないし、いいじゃん。」
はーーっ、とため息をつきながらイヴァンが答えた。
「公国だってそう単純じゃないだろう。これ以上聖ルーシの血を混ぜることに抵抗がある貴族だっているだろうし、魅了の魔力だけでは弱い。もう少し別の魔力でもあれば話は別だが。」
そうだった。かの国は皇族に嫁ぐためには強い魔力が求められ、代々見合う力を持つ令嬢が嫁いでいる。宰相家から隣国に嫁いだのもそれが理由だ。かつては令嬢の魔力量を嵩上げするために、異世界から魔力を取り込むことも行われたと聞く。まあ、大神官が彼女の魅了の魔力は強いと自慢していたから今回は何とかなるだろう。
みやげにと持ってきた王都でも評判だという菓子屋の箱を渡すと、イヴァンは目に見えてうれしそうな顔をした。包み紙で何かがわかったらしい。こんな男くさい奴だが甘いものに目がなくて、ちょくちょくお忍びで街に出て食べ歩きまでしていることも知っている。
待ちきれないのか、さっそく箱を開けて薄紙に包まれた焼き菓子を取り出していた。
「とりあえず会うだけ会ってみるというのは?若い二人が出会えば、何かぴぴっとくるものがあるかもよ。」
「仲人か、、、。お前の思惑で、自国のいざこざに俺を巻き込むなよ。」
あきれたようにイヴァンがつぶやき、色とりどりのアイシングがかかった焼き菓子のひとつに噛り付いた。
そんな会話をしてから数日後。身分を隠して参加した夜会で、イヴァンは(自称運命の出会いをして)アナスタシア嬢に一目ぼれしたらしい。色恋沙汰はこりごりとか言っていた割には単純だなあと思ったのは内緒だ。まあ、あれだけの美少女であれば一目ぼれするのも頷けるけどね。
良くも悪くも直情的なイヴァンは、さっそく大神官へ輿入れを打診し、色よい返事をもらったようだ。これで2人が結婚してくれれば丸く収まる。
あの強欲な大神官としても、公国の皇族と血縁関係を持てるのは悪い話ではないだろう。アナスタシア嬢とて、国民に人気があるイヴァンと結ばれるのであれば不満などないだろう。これで私へのうっとうしい話も静かになるに違いない。その時は単純にそう思った。
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