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本編

48 自覚 救い 恋心

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初めて見たとき、あまりの美貌に驚いたのを今でも覚えている。

銀色の髪は光り輝くようで、ルビーのような深紅の瞳は神秘的。日本人からするとあり得ない色彩。突然キスされて、これは絶対夢に違いないと思ったっけ。

一目ぼれだったのかもしれない。この世界で初めてやさしくしてくれたからかもしれない。理由はいくつもあるし、どれも違うかもしれないけど。

・・・そして。わたし自身を好きになってくれたわけではないとしても。

(きっと、ルーのことが好きなんだ)

心の中でつぶやくと、すとんと腑に落ちた。

もともと恋愛とは縁がない人生だったので、この気持ちをなんて呼べばいいのか本当は、よくわからない。ただ、最後に手を取るのは彼でありたい。一緒に過ごすのも。笑うのも、泣くのも。

キスされると気持ちいい。抱きしめられると、どきどきする。もちろんアレクやセイに同じことをされても気持ちいいんだけど、自分も同じように返したいと思うのは、今のところルーだけだ。

この世界は、女性が複数の男性と関係を持つのに抵抗がない。まさに逆ハーレムじゃないかと突っ込みたくもなるが、彼らにとってはこれが当たり前で、自分のほうがマイノリティだ。突然180度違う価値観のなかに放り込まれても、受け入れるのには時間がかかる。等しく全員の手を取るのは自分には難しい。

これがゲームなら正解の選択肢があって、上手に選べばハッピーエンドになるんだろう。全員から等しく愛を受け取って、自分も幸福で「皆は幸せに暮らしました」という結末。

でも、わたしにできるのは。正解ではないかもしれないけれど、今の気持ちに素直になるだけだ。



「・・・もし、わたしがこんな美人じゃなくて、魔力がなくても、ルーはわたしと一緒にいてくれる?」

絞り出すように、言った。目を合わせられなかった。聞くのは怖いけど、聞かずにはいられない。

良く考えると今朝(というか昼ごろ)目が覚めてから、ずいぶんと時間が経過しているはず。昨日のように侍女さんが来る気配もないことから、部屋に結界を張っているのかもしれないと思い至った。

部屋にふたりきりでいるのは慣れているし、いつもなら落ち着くはずなのに、今は息が詰まりそうだ。指先が冷たい。たぶん今わたしはとてもひどい顔をしているだろう。

わたしの質問を聞いたルーは、少し考えた後に困ったように笑った。

「すき・・・君が好きだよ。だからいつも一緒にいたいし、ほんとうは僕だけを見てほしい。」

落とされる優しいキス。触れられた部分が甘くてくらくらする。その言葉を素直に信じていいのかわからなくて、念押しするように再度尋ねる。

「本当のわたしはこんな美人じゃないし、ルーよりもずっと年上だよ。」

「僕はいまのシアしか知らないから、元のコトネの姿をどう思うかは、正直わからない。魔力は・・・君を好きになったきっかけだから、『もし』魔力がなかったら好きじゃなかったかもしれない。ねえ、シアはこの世界で初めて出会った相手が僕じゃなくても、僕のことが好きだった?」

「え?」

「例えば、目覚めたときに傍にいたのがセイだとしたら、どう?」

ルーは小首をかしげ、いたずらっぽく瞳をきらめかせて問いかけた。そんなことは考えたことがなかったけど、もしそうだとしたらセイを好きになっていただろうか?

わからなくなって黙ってしまったわたしを見て、ルーはくすくすと笑った。

「わからないよね?だって君が初めに出会ったのは僕だし、コトネは既にアナスタシアのからだで、おいしそうな魔力に溢れてたんだから。『もしそうだったら』を考えても仕方がないんじゃないかな。」

「でも・・・」と反論しようと発した言葉を遮るように、ルーは言葉を続けた。

「無防備で、頼りなくて、素直なところが好きだよ。自分に自信がなくて、僕を頼ってくれる、今の君がいい。君のおかげで僕は救われた。アレクだってきっとそう。」

その一言を聞いて不覚にも泣きそうになる。今のわたしがいちばん欲しかった言葉だから。

なにかの役に立たなきゃと思っていた。存在する理由を探して、アレクがくれる役割に縋ろうとしていた。でもルーは、なにもできないわたしでも好きだと言ってくれた。

ほんとうのわたしを無理に暴かなくてもいい、いまのわたしのままで生きてもいいのだと。勝手な思い込みかもしれないけれど、そう認めてもらえた気がした。


深呼吸をひとつ。そして顔を上げる。佐々木琴音という名前と、劣等感ばかりだった気持ちは心の引き出しにしまってしまおう。

「ルーと一緒にいたい。アナスタシアの存在は捨てたくない。セイを幸せにしたい。どれも捨てたくない場合はどうすればいいの?」

我ながら支離滅裂な気持ちだと思いつつ、整理できないまま素直にルーに伝えた。呆れられるかな、と思ったら、稀代の魔術師は、なんてことないように言った。

「だいじょーぶ。面倒なことはアレクがなんとかしてくれるから。だから、コトネ・・・ううん、シアには、今の自分を知って、ちゃんとこの世界と向き合ってほしいんだ。」

そういうと、大げさなくらいに両腕を拡げてわたしをぎゅっと抱きしめた。唇に何度も触れる柔らかな感触。それは、いつも以上にやさしいキスだった。

「シアの望みはぜんぶ、僕が叶えてあげる。だって、はじめに言ったじゃない。僕は君の味方だって。」

そう言って、蕩けるように笑った。
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