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本編
49 夜のお作法1 【閑話:1】
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※本編36より少し遡って、アレクと夜を過ごす前のお話です。まだ愛称で呼んでいない時期なので「陛下」呼びです。
側妃になるにあたり、改めてこの国の一般常識を学んだほうが良いとセイから言われ、急遽アレクセイ陛下から講義を受けることになった。
まさか王様直々に教えてもらうなんて恐れ多い、別の講師がいい、と訴えたが、「今の時期は私は意外と時間に余裕があるから大丈夫だよ。それに君の世界の話をもっと聞きたいし。」と強引に押し切られてしまった。にっこりと笑った陛下の後ろで、セイがため息をついたのも、ばっちり目撃している。大丈夫かなあ・・・。
というわけで、現在に至る。
場所は、王の私室。今日はドアが少しだけ開けてある。軽食も兼ねたスコーンやサンドイッチが乗ったトレイ、口直しのカットフルーツ、かわいい焼き菓子、熱々の紅茶と長居をする準備も万端だ。
かつて押し倒された現場でもあるが、ふしぎと嫌悪感はなかった。前回訪ねたときには緊張していて周りをよく見もしなかったが、改めて部屋を見ると全体的に落ち着いた雰囲気で、思った以上に居心地が良さそうだからかもしれない。
ちなみにルーは講義のじゃまになるという理由でお留守番だ。さんざんごねていたが、退屈だと思ったのか最後にはあきらめてどこかへ行ってしまった。
侍女さんが丁寧に紅茶をカップに注いでくれるのを待って、陛下が口を開いた。
「君は、アナスタシア嬢の記憶は持っているんだよね?」
状況を再確認するような質問に対してあいまいに頷く。自信をもって頷けないのは、記憶が完全ではないからだ。何かの拍子に、あたかも映画を観るかのように彼女の記憶の一部を垣間見ることはあるが、アナスタシアの人生全てを見たわけではない。
自分でコントロールできない記憶なので、これでアナスタシアとして公の場で振舞えるかと問われるとかなり不安はある。つい最近もセイから「お願いですから他の人間、特に男性には気安く笑顔を振りまかないでください。」と何度も念押しされたばかりだ。
記憶として残る映像ではアナスタシアは多くの男性には笑いかけていたはずだが、同じように振舞っても何かが違うらしい。元日本人としては愛想笑いは標準装備なので、ついつい誰にでも微笑んでしまうのだけれど。
その話をアレクセイ陛下にしたところ、「うん、セイの言いたいことはわかるよ。君が笑いかけると誤解を招きかねないからね。」と笑いをかみ殺したような顔で言われた。
ほかに避けるべき場所や要注意人物など、優先度が高い情報からひととおり説明してもらうと、もう頭はいっぱいいっぱいだった。書きとめようと持ち込んだノートにも書ききれない。そもそも手書きなんて最近ではほとんどしないので、手も疲れるばかりだ。
「あーあ、こんなときスマホがあればなあ。」
独り言のように小声でつぶやいたことばに、耳ざとくも陛下が反応した。
「え?『すまほ』ってなんのこと?辞書みたいなもの?」
「ううん。スマホは手のひらサイズの機械で、いろいろな機能がまとまって入っているの。例えば遠くの人と会話したり、文字や自分の姿をやりとりしたり。自分の声も残せるから、今教えてもらった内容を記録しておくとかもできるのよね。」
「へえー、複数の魔術が同時に使えるようにあつらえた魔石みたいなものかな。この世界では魔術が使えるのは特権なのに、君のいた世界では魔術と同等の機能を大衆化して誰でも使えるようにしているなんて、聞けば聞くほど理解できないよ。」
この王様にはスマホが誰でも使えることが心底不思議らしい。価値観が違うとこうも違うのかと奇妙に思う。
「わたしからすると魔力のほうがよっぽど不思議なのになあ。個人に紐づくエネルギーに頼る生活って不安定じゃないのかな?魔石の安定供給は可能なの?」
「基本的には自然界に存在する魔力が凝縮されて魔石となるから、それを採掘して使っているね。鉱脈があるから今は比較的生産は安定しているけど、安価に供給はできないので貴族が主に利用している。人工的に魔力を込めて魔石として結晶化することもできるけど、手間も時間も魔力も必要だから、日常生活に使う用途ではないねえ。」
「人工的に魔石を大量生産できる方法があれば、もっとみんなの生活が便利になるってこと?」
「そうだね、安価に提供できれば庶民も手に入れやすく利便性は向上するね。多少質が悪くても低価格であれば問題ないか。うーーん、考える余地はあるかな。」
少し目を伏せて考えに耽る陛下は、ほんとうに理想の王子様そのものだ。完璧な左右対称、神様の自信作に違いないであろう造作の美しさについまじまじと見つめてしまう。視線に気づいたのか、青空のような澄んだ瞳がこちらを映す。
「ごめんね、話がそれちゃったね。今日の講義で一番大事な話。初夜の作法を伝えておこうと思ったんだ。」
突然の言葉にあれこれ想像してしまい、思わず赤面する。陛下は面白いものを観察するようにわたしを見た。
側妃になるにあたり、改めてこの国の一般常識を学んだほうが良いとセイから言われ、急遽アレクセイ陛下から講義を受けることになった。
まさか王様直々に教えてもらうなんて恐れ多い、別の講師がいい、と訴えたが、「今の時期は私は意外と時間に余裕があるから大丈夫だよ。それに君の世界の話をもっと聞きたいし。」と強引に押し切られてしまった。にっこりと笑った陛下の後ろで、セイがため息をついたのも、ばっちり目撃している。大丈夫かなあ・・・。
というわけで、現在に至る。
場所は、王の私室。今日はドアが少しだけ開けてある。軽食も兼ねたスコーンやサンドイッチが乗ったトレイ、口直しのカットフルーツ、かわいい焼き菓子、熱々の紅茶と長居をする準備も万端だ。
かつて押し倒された現場でもあるが、ふしぎと嫌悪感はなかった。前回訪ねたときには緊張していて周りをよく見もしなかったが、改めて部屋を見ると全体的に落ち着いた雰囲気で、思った以上に居心地が良さそうだからかもしれない。
ちなみにルーは講義のじゃまになるという理由でお留守番だ。さんざんごねていたが、退屈だと思ったのか最後にはあきらめてどこかへ行ってしまった。
侍女さんが丁寧に紅茶をカップに注いでくれるのを待って、陛下が口を開いた。
「君は、アナスタシア嬢の記憶は持っているんだよね?」
状況を再確認するような質問に対してあいまいに頷く。自信をもって頷けないのは、記憶が完全ではないからだ。何かの拍子に、あたかも映画を観るかのように彼女の記憶の一部を垣間見ることはあるが、アナスタシアの人生全てを見たわけではない。
自分でコントロールできない記憶なので、これでアナスタシアとして公の場で振舞えるかと問われるとかなり不安はある。つい最近もセイから「お願いですから他の人間、特に男性には気安く笑顔を振りまかないでください。」と何度も念押しされたばかりだ。
記憶として残る映像ではアナスタシアは多くの男性には笑いかけていたはずだが、同じように振舞っても何かが違うらしい。元日本人としては愛想笑いは標準装備なので、ついつい誰にでも微笑んでしまうのだけれど。
その話をアレクセイ陛下にしたところ、「うん、セイの言いたいことはわかるよ。君が笑いかけると誤解を招きかねないからね。」と笑いをかみ殺したような顔で言われた。
ほかに避けるべき場所や要注意人物など、優先度が高い情報からひととおり説明してもらうと、もう頭はいっぱいいっぱいだった。書きとめようと持ち込んだノートにも書ききれない。そもそも手書きなんて最近ではほとんどしないので、手も疲れるばかりだ。
「あーあ、こんなときスマホがあればなあ。」
独り言のように小声でつぶやいたことばに、耳ざとくも陛下が反応した。
「え?『すまほ』ってなんのこと?辞書みたいなもの?」
「ううん。スマホは手のひらサイズの機械で、いろいろな機能がまとまって入っているの。例えば遠くの人と会話したり、文字や自分の姿をやりとりしたり。自分の声も残せるから、今教えてもらった内容を記録しておくとかもできるのよね。」
「へえー、複数の魔術が同時に使えるようにあつらえた魔石みたいなものかな。この世界では魔術が使えるのは特権なのに、君のいた世界では魔術と同等の機能を大衆化して誰でも使えるようにしているなんて、聞けば聞くほど理解できないよ。」
この王様にはスマホが誰でも使えることが心底不思議らしい。価値観が違うとこうも違うのかと奇妙に思う。
「わたしからすると魔力のほうがよっぽど不思議なのになあ。個人に紐づくエネルギーに頼る生活って不安定じゃないのかな?魔石の安定供給は可能なの?」
「基本的には自然界に存在する魔力が凝縮されて魔石となるから、それを採掘して使っているね。鉱脈があるから今は比較的生産は安定しているけど、安価に供給はできないので貴族が主に利用している。人工的に魔力を込めて魔石として結晶化することもできるけど、手間も時間も魔力も必要だから、日常生活に使う用途ではないねえ。」
「人工的に魔石を大量生産できる方法があれば、もっとみんなの生活が便利になるってこと?」
「そうだね、安価に提供できれば庶民も手に入れやすく利便性は向上するね。多少質が悪くても低価格であれば問題ないか。うーーん、考える余地はあるかな。」
少し目を伏せて考えに耽る陛下は、ほんとうに理想の王子様そのものだ。完璧な左右対称、神様の自信作に違いないであろう造作の美しさについまじまじと見つめてしまう。視線に気づいたのか、青空のような澄んだ瞳がこちらを映す。
「ごめんね、話がそれちゃったね。今日の講義で一番大事な話。初夜の作法を伝えておこうと思ったんだ。」
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