不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

めるの

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70 かりそめの静けさ1 【side アレクセイ】

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朝一番にキリル公国の公館を訪れた使者は、首を項垂れて戻ってきた。膝をつき震える手で差し出したのは1通の封筒と、1輪の紅い薔薇だった。

「陛下、申し訳ございません。姫君にお目見えすることは叶わず、こちらの書状を第二皇子より預かっております。」

「ご苦労だったね。ありがとう」

使者は役目を果たせなかったことを詫びたが、私としては、おおむね予想通りだったので特に驚きもしなかった。こんな連れ去り方をして、素直に会わせてもらえるなんて、はなから考えていない。手順を踏んだだけだ。

恐縮しきりで頭を下げる使者を労って、書状を受け取る。公国の紋章入りの封筒に入った、正式文書だった。

セイが丁寧にペーパーナイフで開封し、取り出した書状を私に手渡す。中に書かれていたのは今回の件に関する言い訳めいた内容で、ばかていねいにイヴァンの署名まで入っている。無言で中身を確認した。

使者が退出した後、人払いをした会議の間はがらんとしている。残ったのは私のほか、途方に暮れた表情をしたセイと、最高潮に機嫌が悪いルーの3人だけだ。

「ねー、なんて書いてあるの?」

頬杖をつきながら不貞腐れた顔でルーが尋ねる。セイは何も言わなかったが早く聞きたいと目が語っていた。

「ああ、キリル公国の議会では正式にアナスタシア嬢と第二皇子との婚姻を承認しており法的には彼女は婚約者のままだと。そのため母国で破棄手続きを行うためしばらく彼女を預かる、本人の了承も取れている。薔薇が枯れるまでには手元に返すから心配するな。そういう内容が、恐ろしく遠回りな表現で書いてあるよ。」

我ながら変な顔で嗤っているだろうなと思いつつ、答えた。セイは空になった封筒に目を遣りながら得心がいかないと言いたげに首をかしげる。

「イヴァン殿下はこのような策を弄する性格ではないですし、、、誰かが悪知恵を働かせたのでしょうね。それにしてもお披露目直後に連れ去るなんて、何を考えているのか。」

「たぶん何も考えてないと思うよ。衝動的に行動を起こして後付けで理由をでっち上げた感じ。ただたちが悪いことに言ってることは正論で、こちらに反論の余地はないということかな。」

イヴァンは良くも悪くも素直な性格だから、何か企んでいるのであれば必ず顔に出る。昨夜の様子ではそんなそぶりは見せなかった。一緒にいた侍従が主犯でイヴァンは巻き込まれたとみて間違いないだろう。

「まさか議会の承認まで持ち出されるとは思いませんでした。」

「そんなの相手の屋敷に行って問答無用でシアを連れて帰ってくればいいんじゃない?」

私とセイのやりとりを聞いてじれったくなったのか、ルーが口を挟んだ。面倒なことを嫌うルーらしい直截的な手段だが、今回はそれができない事情がある。

「公館の敷地内は治外法権だ。ましてや本人の同意を得て連れて行ったと正式な文書で説明してきている。へたに動くと国際問題になりかねない。イヴァンを信用して待つしかないよ。」

魔術に長けた者が多いキリル公国では、我が国よりも魔力の利活用が格段に進んでいる。違う言い方をすると、魔力感知、防御に関する技術も桁違いだ。私やルーの魔力量と質をもってしても、相手に気づかれずに魔力を行使することは難しい。

正面からいくことも秘密裏にいくこともできない、まさに八方ふさがりとも呼べる状況だった。

もちろん力ずくで行こうと思えばできなくもない。しかし政治的な配慮をすると今回は彼女が無事に帰ってくるのを待つのが最善と思われた。

「薔薇が枯れるまでって言いながら、枯れないよう小細工して渡すって感じワルイ。」

ぶつぶつと文句を言いながらルーがパチンと指を鳴らした。それと同時にテーブルに置かれていた薔薇が一瞬で灰になる。紅い瞳は怒りでいつも以上に血の色めいて見えた。

「彼女は王宮から外に出たことがないのでしょう?不安に思わなければよいのですが。」

心配げにセイが呟くのを聞き、ルーが嫌そうな顔をした。

ぐしゃりと手の中の紙を握りつぶす。イヴァンに婚約を勧めたのは紛れもなく私自身だが、まさかこんなことになるとは思わなかった。イヴァンと一緒であれば安全なはずだが、万が一にも彼女の身に何かあったら許さない。自分への怒りとも後悔ともつかない気持ちが沸き上がった。
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