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本編
72 闇の瞳と救いの光1 【side ラジウス】
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─── 闇が広がる。黒よりも深く重い、漆黒の闇が。
僕の名前はラジウス・ディ・クレマ。もともとは違う名前だったけれども、異世界召喚されたときに元の名前は捨てた。
そう、僕は10年前まで別世界に生きていた。
今でもその時のことは覚えている。遠くで、鐘の音がすると思って目覚めたら、まったく知らない場所にいた。
僕が横たわっていたベッドの周りには数人の男達がいて、全員が白い衣装を身にまとっていたから異常な状態だということは一目で理解できた。
「お目覚めになりましたか。此処はキリル公国。貴方様は本日よりラジウス・ディ・クレマという名前で生きていただきます。」
もっとも年かさの男が僕に告げる。何それ、意味がわからない。
(僕の名前はミヒャエルだ。お前たちの言うことなんて知らない。)
そう言いたかったが、恐怖で言葉にすることはできなかった。
オーストリア帝冠領。それが僕が生まれた国だ。もちろんキリル公国なんて名前は聞いたことがない。
ついさっきまで、やさしい母様と尊敬する父様と一緒に過ごしていたのに、急に見知らぬ場所で、見知らぬ男達から説明を受ける。しかも鏡を見せられ、自分の知らない他人が映る気味悪さ。
一見丁重な扱いを受けているとはいえ、戦争捕虜と変わらない。下手に余計なことを口走って殺されないとも限らないので表面上はおとなしく彼らに従うことにした。
ラジウスは身分が高い家の出身らしく、衣食住は申し分なかった。上質な衣服、恵まれた教育、おいしい食事。1人で過ごすには広すぎる部屋には大量の本もあり、見知らぬ国の文字なのに、なぜか全て読むことができた。
本を読み、人から話を聞くうちに、ここが物語で語り継がれているような未知の世界だということがわかってきた。幼いころに呼んだ絵本では選ばれた魔法使いのみが魔力を扱えたし、そもそも想像の産物でしかなかった。
しかしこの世界では動力源として生活道具として、また人殺しの武器として当たり前に使われていた。また僕は保有する魔力が非常に多く、利用価値の高さから神殿に軟禁されているのだということも世話してくれる人の態度から窺い知れた。
家族と離れてしまったことは悲しいけれども、戦時と比べれば命の安全が保障されているだけましだと自分に言い聞かせた。
そのうちに他人の名前で呼ばれることにも慣れた。神殿での生活は退屈ではあるが穏やかで、接する人々はおおむね僕のような異世界からの召喚者には好意的だった。恵まれた容姿をしていたこともあり、年頃の少女が頬を染めて話しかけてくることもあった。
それから1か月ほど経っただろうか。一人で部屋にいて本を読んでいると、ノックの音がした。ドアを開けると別れてしまった母親と同じかそれ以上の年齢の婦人、いや女が真っ赤な唇に笑みを浮かべて立っていた。
「ラジウス、私はあなたの叔母よ。クッキーを焼いてきたの。少しお時間をいただけるかしら?」
言われるがままに部屋に通すと、女は持参したカゴから手作りのクッキーを出して僕に差し出した。
「ありがとうございます。」
ラジウスにとって血縁者でも、僕にとっては全くの他人。それでも自分のために菓子を焼いてくれたことには感謝を感じてありがたく受け取った。
「ラジウス、貴方、記憶がないって本当?」
「はい、申し訳ありません。」
「私に奉仕してたことも覚えてない?」
「はあ、、申し訳ありませんが。」
奉仕の意味が分からずとりあえず詫びると、女はおもむろに僕の顔に手を添えてじっと僕の顔を見つめた。そして口紅がついた唇で、ぬるりと僕の唇を舐めた。
「ひっ・・・。」
突然舐められた驚きと嫌悪感で悲鳴が上がりそうになるのを必死で堪える。気持ち悪い。なのに女はそのまま僕のシャツを脱がし、ズボンに手をかけた。
眼が、ぎらぎらして飢えた獣みたいだった。
「もう一度はじめから奉仕の仕方を教えてあげますからねえ。ふふ、怖がらなくてもいいのよ。」
「やめ、、やめて・・・」
がたがたと震えながら、必死で後ずさる。広い部屋のはずなのに、すぐに壁に辿り着き逃げ場がなくなった。ニタリと気味が悪い笑顔を浮かべて女が距離を詰める。ゆっくりと歩を進めながら自分でドレスの胸元をはだけさせ、大きな乳房を見せつけた。真っ赤な爪が僕を捕らえる。
(逃げられない、どうしよう)
ズボンが下ろされ、下着も脱がされそうになる。気持ち悪い。無我夢中で『やめろっ!触るな!』と大声を出した。すると今まで笑顔だった女は突然動かなくなった。本人もなぜ意思に反して体が動かせないのかがわからず険しい顔をしている。
僕もなにがなんだかわからない。でもとにかく助かった。
「は・・・」
ずるずると壁に崩れるように座り込む。叫び声を聞きつけた神官が僕の部屋に入ると、そこには震えながら座り込む半裸の僕と、乳房をむき出しにしたまま動けなくなっている女の姿があった。
そこからは状況が一変した。僕には闇の魔力があり、言霊で人を操ることができることがわかったから。
闇の魔力持ちは非常に希少で100年に1人いるかいないかだそうだ。聖女に次ぐ力だ、近いうちに王家から声がかかるだろう、名誉なことだ、といった声が耳に入る。尊い魔力を顕現させたクレマ家は安泰だろう、うらやましいことだという声も。
その一方で、周りの人間の態度が急変した。今まで好意的に接してくれていた人たちが、一様に怯える目で僕を見るようになった。
当然だろう、僕の言葉ひとつで自分の意志とは無関係に従うのだ。恐怖と言わずして何と言おう。人と接する機会が極端に減り、話をするのはごく限られた数人になった。
そうして、人を意のままに操る能力を手に入れた代わりに、僕は孤独になった。
僕の名前はラジウス・ディ・クレマ。もともとは違う名前だったけれども、異世界召喚されたときに元の名前は捨てた。
そう、僕は10年前まで別世界に生きていた。
今でもその時のことは覚えている。遠くで、鐘の音がすると思って目覚めたら、まったく知らない場所にいた。
僕が横たわっていたベッドの周りには数人の男達がいて、全員が白い衣装を身にまとっていたから異常な状態だということは一目で理解できた。
「お目覚めになりましたか。此処はキリル公国。貴方様は本日よりラジウス・ディ・クレマという名前で生きていただきます。」
もっとも年かさの男が僕に告げる。何それ、意味がわからない。
(僕の名前はミヒャエルだ。お前たちの言うことなんて知らない。)
そう言いたかったが、恐怖で言葉にすることはできなかった。
オーストリア帝冠領。それが僕が生まれた国だ。もちろんキリル公国なんて名前は聞いたことがない。
ついさっきまで、やさしい母様と尊敬する父様と一緒に過ごしていたのに、急に見知らぬ場所で、見知らぬ男達から説明を受ける。しかも鏡を見せられ、自分の知らない他人が映る気味悪さ。
一見丁重な扱いを受けているとはいえ、戦争捕虜と変わらない。下手に余計なことを口走って殺されないとも限らないので表面上はおとなしく彼らに従うことにした。
ラジウスは身分が高い家の出身らしく、衣食住は申し分なかった。上質な衣服、恵まれた教育、おいしい食事。1人で過ごすには広すぎる部屋には大量の本もあり、見知らぬ国の文字なのに、なぜか全て読むことができた。
本を読み、人から話を聞くうちに、ここが物語で語り継がれているような未知の世界だということがわかってきた。幼いころに呼んだ絵本では選ばれた魔法使いのみが魔力を扱えたし、そもそも想像の産物でしかなかった。
しかしこの世界では動力源として生活道具として、また人殺しの武器として当たり前に使われていた。また僕は保有する魔力が非常に多く、利用価値の高さから神殿に軟禁されているのだということも世話してくれる人の態度から窺い知れた。
家族と離れてしまったことは悲しいけれども、戦時と比べれば命の安全が保障されているだけましだと自分に言い聞かせた。
そのうちに他人の名前で呼ばれることにも慣れた。神殿での生活は退屈ではあるが穏やかで、接する人々はおおむね僕のような異世界からの召喚者には好意的だった。恵まれた容姿をしていたこともあり、年頃の少女が頬を染めて話しかけてくることもあった。
それから1か月ほど経っただろうか。一人で部屋にいて本を読んでいると、ノックの音がした。ドアを開けると別れてしまった母親と同じかそれ以上の年齢の婦人、いや女が真っ赤な唇に笑みを浮かべて立っていた。
「ラジウス、私はあなたの叔母よ。クッキーを焼いてきたの。少しお時間をいただけるかしら?」
言われるがままに部屋に通すと、女は持参したカゴから手作りのクッキーを出して僕に差し出した。
「ありがとうございます。」
ラジウスにとって血縁者でも、僕にとっては全くの他人。それでも自分のために菓子を焼いてくれたことには感謝を感じてありがたく受け取った。
「ラジウス、貴方、記憶がないって本当?」
「はい、申し訳ありません。」
「私に奉仕してたことも覚えてない?」
「はあ、、申し訳ありませんが。」
奉仕の意味が分からずとりあえず詫びると、女はおもむろに僕の顔に手を添えてじっと僕の顔を見つめた。そして口紅がついた唇で、ぬるりと僕の唇を舐めた。
「ひっ・・・。」
突然舐められた驚きと嫌悪感で悲鳴が上がりそうになるのを必死で堪える。気持ち悪い。なのに女はそのまま僕のシャツを脱がし、ズボンに手をかけた。
眼が、ぎらぎらして飢えた獣みたいだった。
「もう一度はじめから奉仕の仕方を教えてあげますからねえ。ふふ、怖がらなくてもいいのよ。」
「やめ、、やめて・・・」
がたがたと震えながら、必死で後ずさる。広い部屋のはずなのに、すぐに壁に辿り着き逃げ場がなくなった。ニタリと気味が悪い笑顔を浮かべて女が距離を詰める。ゆっくりと歩を進めながら自分でドレスの胸元をはだけさせ、大きな乳房を見せつけた。真っ赤な爪が僕を捕らえる。
(逃げられない、どうしよう)
ズボンが下ろされ、下着も脱がされそうになる。気持ち悪い。無我夢中で『やめろっ!触るな!』と大声を出した。すると今まで笑顔だった女は突然動かなくなった。本人もなぜ意思に反して体が動かせないのかがわからず険しい顔をしている。
僕もなにがなんだかわからない。でもとにかく助かった。
「は・・・」
ずるずると壁に崩れるように座り込む。叫び声を聞きつけた神官が僕の部屋に入ると、そこには震えながら座り込む半裸の僕と、乳房をむき出しにしたまま動けなくなっている女の姿があった。
そこからは状況が一変した。僕には闇の魔力があり、言霊で人を操ることができることがわかったから。
闇の魔力持ちは非常に希少で100年に1人いるかいないかだそうだ。聖女に次ぐ力だ、近いうちに王家から声がかかるだろう、名誉なことだ、といった声が耳に入る。尊い魔力を顕現させたクレマ家は安泰だろう、うらやましいことだという声も。
その一方で、周りの人間の態度が急変した。今まで好意的に接してくれていた人たちが、一様に怯える目で僕を見るようになった。
当然だろう、僕の言葉ひとつで自分の意志とは無関係に従うのだ。恐怖と言わずして何と言おう。人と接する機会が極端に減り、話をするのはごく限られた数人になった。
そうして、人を意のままに操る能力を手に入れた代わりに、僕は孤独になった。
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