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本編
88 瑠璃の都で何を知る2
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突然のイヴァンの謝罪に戸惑いつつも、全員が、それぞれの思惑で表面上は何事もなかったかのようにふるまった。わたしは気まずさをごまかすよう、むだにはしゃいだし、ラジウスはいつも以上ににぎやかだった。
(イヴァンは、真面目すぎるんだろうな)
セイといとこだといっていたから、真面目なのは血筋なのかもしれないと思う。わざわざ皇族が、自分の知らないところで起きた出来事に謝罪する必要なんて、きっとない。
「この世界に来てくれたからこそ今の平和がある。本当に感謝している。」って、わたしだけじゃなくて、ラジウスにも言いたかった言葉だったんだろうなと思う。
それに、この世界に来て悪いことばかりじゃないと思っているのは、うそではなかった。少なくとも自分は、もう元の世界に返してほしいとは思わない。どうやって生きていけばいいのかまだよくわからないながら、いまできることをしていきたいと思う。
(あとで、ちゃんとイヴァンと話をしよう。自分の気持ちを伝えないと)
賑やかな大通りを抜けた通りは、さきほどとは違う、落ち着いた雰囲気だった。
「ここはウラド大通りと言って、貴族向けの高級店が並ぶ通りです。皇室御用達のお店や古くからの老舗など、いくつもあるんですよ。うちの店もこの通りにあります。」
セイラが説明してくれるのを興味深く聞きながら、ショーウィンドウに飾られた商品を見て歩く。革小物やバッグが並ぶ女性向けの店にはじまり、武具、見たことがないような魔道具の店まで。1日ではとても見きれないくらいの店が並ぶ。
「うわ・・・、なに、これ。」
わたしが一目で心を奪われたのは、商品ではなく、店の正面にある扉だった。
見上げるほどの大きな扉には濃い緑色のタイルが嵌めこまれており、複雑な文様と文字に彩られている。異世界チートでどこの文字も読めるはずのわたしでも装飾文字の複雑さに解読できない。ただただ精緻で細かい文様に圧倒される。
となりのルーも、食い入るように扉の文字を見つめている。無言で扉に見入っていると、イヴァンが簡潔に説明してくれた。
「魔石を用いた防御扉だ。宝飾店なので盗難防止目的の魔術が施されているのだろう。」
イヴァンが教えてくれる言葉を聞いて、改めてまじまじと重厚な扉を見つめた。綺麗な色タイルかと思ったら、魔石を薄片に加工したものらしい。
アレクの説明では、この世界では動力源として魔石を使っているという話だった。石を薄く削れるってことは、かなりの技術力だ。おそらくさまざまな用途に使うこともあり、魔石の加工技術が発達したのだろう。
「これ、天然の魔石だよね。こんな大きくて質がいい魔石、初めて見るかも。薄くすることで表面積を増やしているんだ。さすがキリルの技術力、色も均一で、呪符もすごく丁寧に描かれていて、ほんと、すご・・・。」
わたしの手を握ったまま、ルーが感嘆の声を上げる。防犯用などの用途に用いる場合には品質が一定でコストも抑えられる人工魔石を使うのが一般的らしい。しかし古くから続く老舗だということもあり、何百年も前に作られた天然魔石製の防御扉が残っているんだそうだ。
「まさかアクセサリーより扉を気に入られるとは思わなかった。」
呆れたようにラジウスが言うと、セイラがうんうんと頷きながら、しみじみと呟いた。
「私たちにとっては見慣れた扉なんですけど、おふたりにとっては珍しいものなんですねえ。」
ふたりの言葉は耳に入っていたものの、なかなかこの場所から離れることができなかった。
こんな珍しいものを見れたなんて、街に連れてきてもらってよかったなあと思う。帰ったらアレクにも教えてあげたい。
「魔石は高価だって聞いたけど、この国の相場感ってどれくらいかなあ。」
「最近は比較的価格が下がっているが、それでも裕福な家でないと使えないな。ただ我が国は魔術師が多く研究も盛んだから人工魔石がかなり普及している。おそらく他国よりは安く手に入れられるはずだ。」
「人工魔石? 日用品として魔石って作られているの?」
なぜ驚いたかというと、以前聞いた話から技術的には実現可能だけど製造ラインに乗せるのは難しいと理解したからだ。この国はよその国よりも魔術が進んでいると言われたのを思い出す。
「ああ、採掘だけに頼っていては、とても需要をまかないきれないからな。人工魔石の材料は安価で、触媒もさまざまなものが開発されている。だが結局は人手で魔力を石に流し込む作業があるから手間と時間がかかる。標準的な魔術師で1日に数個作れるくらいか。」
ふえええ、そんな工場制手工業だとは思わなかった。それだと安価に流通させることは確かに難しい。それでも天然ものよりは安いのか。頭を整理しながら、ちょっとだけ心にひっかかることがあり、初歩的な質問で申し訳ないと思いつつ尋ねてみる。
「ええと、すごく魔力量が多い人が作ったら生産性があがるかな?」
隣にいたルーが、ぱっとわたしのほうを見た。魔術のことは本職のルーに聞いたほうがよかったのかなと反省したが、気分を害したとかではなさそうだったのでほっとする。
む、と少し考え込んだ後、ばかにすることもなくイヴァンが答えてくれた。
「論理上はそのとおりだが、実際にはそう簡単ではない。人の魔力量には限りがある。続けて魔力を流していたら、どこかで必ず魔力切れを起こす。」
「私はお城で働き始めてから、魔石の便利さを実感しましたねー。だって重い物を動かすのも、掃除するのも、全部魔石でできちゃうんですもん。実家でも使っていましたが、お湯を沸かすとか最低限のことでしたから。魔石ってその気になれば、ほんとなんでもできちゃうんだなーって。」
「セイラの実家は裕福だから魔石がありましたが、平民の子で城に来てから魔石を知ってびっくりする子もいますよ。」
「うーん、つまり魔石を買う余裕がない人はそもそも便利さを知らないから求めないし、便利さを知っている人は裕福だから現状のままで不便はなくて改善要望もあがらないってことか。」
率直なわたしの感想を聞いて、イヴァンが苦笑いした。
(イヴァンは、真面目すぎるんだろうな)
セイといとこだといっていたから、真面目なのは血筋なのかもしれないと思う。わざわざ皇族が、自分の知らないところで起きた出来事に謝罪する必要なんて、きっとない。
「この世界に来てくれたからこそ今の平和がある。本当に感謝している。」って、わたしだけじゃなくて、ラジウスにも言いたかった言葉だったんだろうなと思う。
それに、この世界に来て悪いことばかりじゃないと思っているのは、うそではなかった。少なくとも自分は、もう元の世界に返してほしいとは思わない。どうやって生きていけばいいのかまだよくわからないながら、いまできることをしていきたいと思う。
(あとで、ちゃんとイヴァンと話をしよう。自分の気持ちを伝えないと)
賑やかな大通りを抜けた通りは、さきほどとは違う、落ち着いた雰囲気だった。
「ここはウラド大通りと言って、貴族向けの高級店が並ぶ通りです。皇室御用達のお店や古くからの老舗など、いくつもあるんですよ。うちの店もこの通りにあります。」
セイラが説明してくれるのを興味深く聞きながら、ショーウィンドウに飾られた商品を見て歩く。革小物やバッグが並ぶ女性向けの店にはじまり、武具、見たことがないような魔道具の店まで。1日ではとても見きれないくらいの店が並ぶ。
「うわ・・・、なに、これ。」
わたしが一目で心を奪われたのは、商品ではなく、店の正面にある扉だった。
見上げるほどの大きな扉には濃い緑色のタイルが嵌めこまれており、複雑な文様と文字に彩られている。異世界チートでどこの文字も読めるはずのわたしでも装飾文字の複雑さに解読できない。ただただ精緻で細かい文様に圧倒される。
となりのルーも、食い入るように扉の文字を見つめている。無言で扉に見入っていると、イヴァンが簡潔に説明してくれた。
「魔石を用いた防御扉だ。宝飾店なので盗難防止目的の魔術が施されているのだろう。」
イヴァンが教えてくれる言葉を聞いて、改めてまじまじと重厚な扉を見つめた。綺麗な色タイルかと思ったら、魔石を薄片に加工したものらしい。
アレクの説明では、この世界では動力源として魔石を使っているという話だった。石を薄く削れるってことは、かなりの技術力だ。おそらくさまざまな用途に使うこともあり、魔石の加工技術が発達したのだろう。
「これ、天然の魔石だよね。こんな大きくて質がいい魔石、初めて見るかも。薄くすることで表面積を増やしているんだ。さすがキリルの技術力、色も均一で、呪符もすごく丁寧に描かれていて、ほんと、すご・・・。」
わたしの手を握ったまま、ルーが感嘆の声を上げる。防犯用などの用途に用いる場合には品質が一定でコストも抑えられる人工魔石を使うのが一般的らしい。しかし古くから続く老舗だということもあり、何百年も前に作られた天然魔石製の防御扉が残っているんだそうだ。
「まさかアクセサリーより扉を気に入られるとは思わなかった。」
呆れたようにラジウスが言うと、セイラがうんうんと頷きながら、しみじみと呟いた。
「私たちにとっては見慣れた扉なんですけど、おふたりにとっては珍しいものなんですねえ。」
ふたりの言葉は耳に入っていたものの、なかなかこの場所から離れることができなかった。
こんな珍しいものを見れたなんて、街に連れてきてもらってよかったなあと思う。帰ったらアレクにも教えてあげたい。
「魔石は高価だって聞いたけど、この国の相場感ってどれくらいかなあ。」
「最近は比較的価格が下がっているが、それでも裕福な家でないと使えないな。ただ我が国は魔術師が多く研究も盛んだから人工魔石がかなり普及している。おそらく他国よりは安く手に入れられるはずだ。」
「人工魔石? 日用品として魔石って作られているの?」
なぜ驚いたかというと、以前聞いた話から技術的には実現可能だけど製造ラインに乗せるのは難しいと理解したからだ。この国はよその国よりも魔術が進んでいると言われたのを思い出す。
「ああ、採掘だけに頼っていては、とても需要をまかないきれないからな。人工魔石の材料は安価で、触媒もさまざまなものが開発されている。だが結局は人手で魔力を石に流し込む作業があるから手間と時間がかかる。標準的な魔術師で1日に数個作れるくらいか。」
ふえええ、そんな工場制手工業だとは思わなかった。それだと安価に流通させることは確かに難しい。それでも天然ものよりは安いのか。頭を整理しながら、ちょっとだけ心にひっかかることがあり、初歩的な質問で申し訳ないと思いつつ尋ねてみる。
「ええと、すごく魔力量が多い人が作ったら生産性があがるかな?」
隣にいたルーが、ぱっとわたしのほうを見た。魔術のことは本職のルーに聞いたほうがよかったのかなと反省したが、気分を害したとかではなさそうだったのでほっとする。
む、と少し考え込んだ後、ばかにすることもなくイヴァンが答えてくれた。
「論理上はそのとおりだが、実際にはそう簡単ではない。人の魔力量には限りがある。続けて魔力を流していたら、どこかで必ず魔力切れを起こす。」
「私はお城で働き始めてから、魔石の便利さを実感しましたねー。だって重い物を動かすのも、掃除するのも、全部魔石でできちゃうんですもん。実家でも使っていましたが、お湯を沸かすとか最低限のことでしたから。魔石ってその気になれば、ほんとなんでもできちゃうんだなーって。」
「セイラの実家は裕福だから魔石がありましたが、平民の子で城に来てから魔石を知ってびっくりする子もいますよ。」
「うーん、つまり魔石を買う余裕がない人はそもそも便利さを知らないから求めないし、便利さを知っている人は裕福だから現状のままで不便はなくて改善要望もあがらないってことか。」
率直なわたしの感想を聞いて、イヴァンが苦笑いした。
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