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本編

91 二の足を踏む【side イヴァン】

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待たせていた馬車で屋敷に戻り、ルーとアナスタシア嬢と別れた。ふたりとも歩きなれていないせいか疲れている様子だったので、夕食は取りやめ、セイラに部屋に軽食を運ぶよう手配させておく。

確かに俺やラジウスにとってはなんてことない距離でも、普段外に出歩かない人間にはつらかったかもしれない。体力差を考慮しなかったことを反省しつつ、同じくセイラにも早めに上がって休むよう伝えた。

一息する間もなく、家令が翌日の予定を確認しに来た。本日父のところに、明日聖ルーシ国王がこちらに来訪する旨の通知が届いたとのこと。まあ姫を迎えにくるんだろう。非公式とはいえ、いつものような唐突な転移ではないためそれなりに用意が必要になる。準備に滞りがないよういくつか指示をしておく。

自室に戻り、軽装に着替える。いいタイミングでラジウスがよく冷えたワインをグラスに注いだ。俺はグラスを受け取るなり一気に飲み干した。

「あーあ、何やってるんですか。今頃やけ酒ですか?」

「・・・・・・」

ぐちぐち言いながら次の酒を注いでくれるので、それも一気に飲み干す。ラジウスが呆れたような顔をしているが、知ったこっちゃない。

「だいたい服をプレゼントしたら脱がせとまでは言いませんがね、せめて一言『似合っている』とか、褒めるべきだったんじゃありませんか?」

「そんな気の利いた事、俺に言えるわけないだろう。それに仕立てた服ができあがるのは明後日だ。」

憮然として返事をすると、チーズが乗った皿が無言で差し出された。

「もー、逆ギレするのやめてくださいよね。そんなこと言ったって本物は別れ際に渡すんですから、目の前で褒める機会は今日しかなかったんですよ。だいたい今日は、余計なのが1人ついてきたとはいえ、殿下と姫のデートと言っても過言ではなかったんですから。そのせっかくの機会を活かさなかったのは自分ですよ。」

ラジウスの言いたいことはわかる。至極正論なので言い返すこともできない。

「・・はあ、一歩踏み出せない自分が馬鹿みたいだ。」

「告白できないことですか? まったくいい歳して奥手なんですから。」

ラジウスは手近な椅子を引っ張ってきて勝手に座り、手酌で飲み始めた。しかたないので、つまみの皿を手前に押し出し2人で食べられるようにしておく。

それにしても、今日は控えめに言って最高に素晴らしい一日だった。彼女の笑顔を思い出すだけで、顔が緩む。

表情から俺が今考えていることわかったのだろう、ラジウスが言葉を続けた。

「まあ、にやにやするのもわかりますけど。ほーんと、かわいかったですねえ。ちょっとしたことにも全力で喜んでくれて。今時のご令嬢ではなかなか見られないくらい素直な方で。正直、主にはもったいないです。」

「うるさい、お前が言うな。」

「事実ですもん。あーあ、僕だってもっと姫といちゃいちゃしたいですよう。でも僕の魔力じゃ心は変えられませんからねー。形だけでも婚約しているんですから、あきらめないで頑張ってくださいってば。」

酒が入った分自分の欲まで漏れているし、容赦もないが、ラジウスの言うことは正しい。俺にもう少し甲斐性があれば既成事実のひとつも作りたいところだが、自分がされて嫌なことを相手に強要できるわけもない。

でも、今日一緒に過ごしてみて、改めて彼女の内面を好ましいと思った。

俺の自己満足で贈った服にも喜んでくれて。書店でも興味深そうにあちこち見て回って、いろいろ尋ねてくれて。

(いくらなんでも、それは反則だろう!)

屋台でラジウスに琥珀を買ってもらい、うれしそうに礼を言っているのを見たときには、そう思わずにはいられなかった。

あんな庶民が土産物に買うような屋台の琥珀をもらって、あんなに喜ぶ令嬢なんて他にいるだろうか。

しかも俺がケーキを食べていても馬鹿にしなかった。

今までさんざん『立派な騎士がお菓子好きなんて似合いません』だの『一国の皇子がケーキ屋めぐりなんてちょっと・・・』だの言われてきたのに。

はっきり言って「女性が憧れる理想の皇子サマ」のイメージを押し付けられるのはまっぴらだったし、否定されるたびに「お前自身には興味はない、皇子、騎士、という肩書に興味がある」と言われているような気がして気持ちが暗くなった。

たったそれだけ。それだけのことではあるのだけど。

(自分を受け入れてもらえたようで、とてもうれしかったんだ)

残された時間はあと2日。巫女として神殿にいる祖母に彼女を会わせて、元のアナスタシア嬢が残した荷物を引き渡せば、終わり。

いくら彼女を好ましく思っていても、俺には国や家族は捨てられない。アレクの手の内に囲い込まれてしまった彼女の気持ちをこちらに振り向かせるだけの魅力が俺にあるとも思えない。

黙り込んだ俺を見て、「そんなんなら姫に媚薬のひとつも盛ればいいのに」とあきれた顔をしてラジウスが呟いた。
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