92 / 133
本編
91 二の足を踏む【side イヴァン】
しおりを挟む
待たせていた馬車で屋敷に戻り、ルーとアナスタシア嬢と別れた。ふたりとも歩きなれていないせいか疲れている様子だったので、夕食は取りやめ、セイラに部屋に軽食を運ぶよう手配させておく。
確かに俺やラジウスにとってはなんてことない距離でも、普段外に出歩かない人間にはつらかったかもしれない。体力差を考慮しなかったことを反省しつつ、同じくセイラにも早めに上がって休むよう伝えた。
一息する間もなく、家令が翌日の予定を確認しに来た。本日父のところに、明日聖ルーシ国王がこちらに来訪する旨の通知が届いたとのこと。まあ姫を迎えにくるんだろう。非公式とはいえ、いつものような唐突な転移ではないためそれなりに用意が必要になる。準備に滞りがないよういくつか指示をしておく。
自室に戻り、軽装に着替える。いいタイミングでラジウスがよく冷えたワインをグラスに注いだ。俺はグラスを受け取るなり一気に飲み干した。
「あーあ、何やってるんですか。今頃やけ酒ですか?」
「・・・・・・」
ぐちぐち言いながら次の酒を注いでくれるので、それも一気に飲み干す。ラジウスが呆れたような顔をしているが、知ったこっちゃない。
「だいたい服をプレゼントしたら脱がせとまでは言いませんがね、せめて一言『似合っている』とか、褒めるべきだったんじゃありませんか?」
「そんな気の利いた事、俺に言えるわけないだろう。それに仕立てた服ができあがるのは明後日だ。」
憮然として返事をすると、チーズが乗った皿が無言で差し出された。
「もー、逆ギレするのやめてくださいよね。そんなこと言ったって本物は別れ際に渡すんですから、目の前で褒める機会は今日しかなかったんですよ。だいたい今日は、余計なのが1人ついてきたとはいえ、殿下と姫のデートと言っても過言ではなかったんですから。そのせっかくの機会を活かさなかったのは自分ですよ。」
ラジウスの言いたいことはわかる。至極正論なので言い返すこともできない。
「・・はあ、一歩踏み出せない自分が馬鹿みたいだ。」
「告白できないことですか? まったくいい歳して奥手なんですから。」
ラジウスは手近な椅子を引っ張ってきて勝手に座り、手酌で飲み始めた。しかたないので、つまみの皿を手前に押し出し2人で食べられるようにしておく。
それにしても、今日は控えめに言って最高に素晴らしい一日だった。彼女の笑顔を思い出すだけで、顔が緩む。
表情から俺が今考えていることわかったのだろう、ラジウスが言葉を続けた。
「まあ、にやにやするのもわかりますけど。ほーんと、かわいかったですねえ。ちょっとしたことにも全力で喜んでくれて。今時のご令嬢ではなかなか見られないくらい素直な方で。正直、主にはもったいないです。」
「うるさい、お前が言うな。」
「事実ですもん。あーあ、僕だってもっと姫といちゃいちゃしたいですよう。でも僕の魔力じゃ心は変えられませんからねー。形だけでも婚約しているんですから、あきらめないで頑張ってくださいってば。」
酒が入った分自分の欲まで漏れているし、容赦もないが、ラジウスの言うことは正しい。俺にもう少し甲斐性があれば既成事実のひとつも作りたいところだが、自分がされて嫌なことを相手に強要できるわけもない。
でも、今日一緒に過ごしてみて、改めて彼女の内面を好ましいと思った。
俺の自己満足で贈った服にも喜んでくれて。書店でも興味深そうにあちこち見て回って、いろいろ尋ねてくれて。
(いくらなんでも、それは反則だろう!)
屋台でラジウスに琥珀を買ってもらい、うれしそうに礼を言っているのを見たときには、そう思わずにはいられなかった。
あんな庶民が土産物に買うような屋台の琥珀をもらって、あんなに喜ぶ令嬢なんて他にいるだろうか。
しかも俺がケーキを食べていても馬鹿にしなかった。
今までさんざん『立派な騎士がお菓子好きなんて似合いません』だの『一国の皇子がケーキ屋めぐりなんてちょっと・・・』だの言われてきたのに。
はっきり言って「女性が憧れる理想の皇子サマ」のイメージを押し付けられるのはまっぴらだったし、否定されるたびに「お前自身には興味はない、皇子、騎士、という肩書に興味がある」と言われているような気がして気持ちが暗くなった。
たったそれだけ。それだけのことではあるのだけど。
(自分を受け入れてもらえたようで、とてもうれしかったんだ)
残された時間はあと2日。巫女として神殿にいる祖母に彼女を会わせて、元のアナスタシア嬢が残した荷物を引き渡せば、終わり。
いくら彼女を好ましく思っていても、俺には国や家族は捨てられない。アレクの手の内に囲い込まれてしまった彼女の気持ちをこちらに振り向かせるだけの魅力が俺にあるとも思えない。
黙り込んだ俺を見て、「そんなんなら姫に媚薬のひとつも盛ればいいのに」とあきれた顔をしてラジウスが呟いた。
確かに俺やラジウスにとってはなんてことない距離でも、普段外に出歩かない人間にはつらかったかもしれない。体力差を考慮しなかったことを反省しつつ、同じくセイラにも早めに上がって休むよう伝えた。
一息する間もなく、家令が翌日の予定を確認しに来た。本日父のところに、明日聖ルーシ国王がこちらに来訪する旨の通知が届いたとのこと。まあ姫を迎えにくるんだろう。非公式とはいえ、いつものような唐突な転移ではないためそれなりに用意が必要になる。準備に滞りがないよういくつか指示をしておく。
自室に戻り、軽装に着替える。いいタイミングでラジウスがよく冷えたワインをグラスに注いだ。俺はグラスを受け取るなり一気に飲み干した。
「あーあ、何やってるんですか。今頃やけ酒ですか?」
「・・・・・・」
ぐちぐち言いながら次の酒を注いでくれるので、それも一気に飲み干す。ラジウスが呆れたような顔をしているが、知ったこっちゃない。
「だいたい服をプレゼントしたら脱がせとまでは言いませんがね、せめて一言『似合っている』とか、褒めるべきだったんじゃありませんか?」
「そんな気の利いた事、俺に言えるわけないだろう。それに仕立てた服ができあがるのは明後日だ。」
憮然として返事をすると、チーズが乗った皿が無言で差し出された。
「もー、逆ギレするのやめてくださいよね。そんなこと言ったって本物は別れ際に渡すんですから、目の前で褒める機会は今日しかなかったんですよ。だいたい今日は、余計なのが1人ついてきたとはいえ、殿下と姫のデートと言っても過言ではなかったんですから。そのせっかくの機会を活かさなかったのは自分ですよ。」
ラジウスの言いたいことはわかる。至極正論なので言い返すこともできない。
「・・はあ、一歩踏み出せない自分が馬鹿みたいだ。」
「告白できないことですか? まったくいい歳して奥手なんですから。」
ラジウスは手近な椅子を引っ張ってきて勝手に座り、手酌で飲み始めた。しかたないので、つまみの皿を手前に押し出し2人で食べられるようにしておく。
それにしても、今日は控えめに言って最高に素晴らしい一日だった。彼女の笑顔を思い出すだけで、顔が緩む。
表情から俺が今考えていることわかったのだろう、ラジウスが言葉を続けた。
「まあ、にやにやするのもわかりますけど。ほーんと、かわいかったですねえ。ちょっとしたことにも全力で喜んでくれて。今時のご令嬢ではなかなか見られないくらい素直な方で。正直、主にはもったいないです。」
「うるさい、お前が言うな。」
「事実ですもん。あーあ、僕だってもっと姫といちゃいちゃしたいですよう。でも僕の魔力じゃ心は変えられませんからねー。形だけでも婚約しているんですから、あきらめないで頑張ってくださいってば。」
酒が入った分自分の欲まで漏れているし、容赦もないが、ラジウスの言うことは正しい。俺にもう少し甲斐性があれば既成事実のひとつも作りたいところだが、自分がされて嫌なことを相手に強要できるわけもない。
でも、今日一緒に過ごしてみて、改めて彼女の内面を好ましいと思った。
俺の自己満足で贈った服にも喜んでくれて。書店でも興味深そうにあちこち見て回って、いろいろ尋ねてくれて。
(いくらなんでも、それは反則だろう!)
屋台でラジウスに琥珀を買ってもらい、うれしそうに礼を言っているのを見たときには、そう思わずにはいられなかった。
あんな庶民が土産物に買うような屋台の琥珀をもらって、あんなに喜ぶ令嬢なんて他にいるだろうか。
しかも俺がケーキを食べていても馬鹿にしなかった。
今までさんざん『立派な騎士がお菓子好きなんて似合いません』だの『一国の皇子がケーキ屋めぐりなんてちょっと・・・』だの言われてきたのに。
はっきり言って「女性が憧れる理想の皇子サマ」のイメージを押し付けられるのはまっぴらだったし、否定されるたびに「お前自身には興味はない、皇子、騎士、という肩書に興味がある」と言われているような気がして気持ちが暗くなった。
たったそれだけ。それだけのことではあるのだけど。
(自分を受け入れてもらえたようで、とてもうれしかったんだ)
残された時間はあと2日。巫女として神殿にいる祖母に彼女を会わせて、元のアナスタシア嬢が残した荷物を引き渡せば、終わり。
いくら彼女を好ましく思っていても、俺には国や家族は捨てられない。アレクの手の内に囲い込まれてしまった彼女の気持ちをこちらに振り向かせるだけの魅力が俺にあるとも思えない。
黙り込んだ俺を見て、「そんなんなら姫に媚薬のひとつも盛ればいいのに」とあきれた顔をしてラジウスが呟いた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる