93 / 133
本編
92 ゲームチェンジャーとの邂逅1
しおりを挟む
帰国まで残り2日。やるべきことはまだ残っている。
今日はイヴァンと一緒に神殿へ行くことになっているのでルーはお留守番。そう告げると、ルーは明らかに不満そうな顔をした。左耳のイヤーカフに触れるのは不機嫌なときの癖だ。
「えーー、なんで僕は一緒じゃないのさ。いいじゃん、一緒に行ったって。」
今日も安定のわがままぶりに対して、イヴァンは気分を害した様子もなく、咎めもしなかった。他国の皇族に対してこの態度は確実に不敬罪に問われそうだが、そうならないのは2人の関係性ゆえか、それともルーの態度はもうあきらめられているのか。または両方か。
「すまんな、今日は王族とそれに準じる相手以外は対面不可なんだ。かわりにラジウスを置いていくから我慢してくれ。」
「僕で申し訳ありませんが、特別に皇室直轄の薬草園をご案内しますよ。我が国にしかない植物も多数ありますから、きっとお気に召すと思います。」
すまなそうにするイヴァンの隣で、にこにことラジウスが言う。それを聞いて、不機嫌さを隠さなかったルーがぴくりと反応した。興味津々で耳をぴんと張った猫みたいで、ちょっと笑ってしまう。魔術先進国の薬草園なんて魅力的な場所、この機会を逃すわけにはいかないに違いない。
ルーは表面的にはぶすくれた顔をしながら、でもこれ以上は文句を言わなかった。
「絶対にイヴァンと離れちゃダメだよ。早く帰ってきてね。」
子どもみたいなことを言われて、ルーと玄関で別れた。
書類上は婚約者だということもあり、イヴァンとふたり、同じ馬車に乗って移動する。移動中は、わたしの好きなスイーツの話とか、キリル公国の風習とか、たわいもない話に花が咲いた。お互いの興味が似ているだけじゃなくて、イヴァンが上手にわたしの話を聞いてくれたのが大きい。緊張をほぐそうとして明るい話題ばかり選んでいることが窺えた。本当に皇子様とは思えないほど気遣い屋だと思う。
神殿は、遠目から見ても荘厳で、巨大な建物だった。日本の神社みたいなのを想像していたけれど、宮殿レベルの規模感かもしれない。敷地に入って馬車を降りた途端、ほかの場所よりも空気がきれいだと感じたこともあって、神聖な場所だということを実感する。
これだけの建物を建築・維持できるとなると、この国では宗教的な組織が果たす役割が大きいか、または信者数がよほど多いかだろうか。そんなことを考えながら大きな扉の前までたどり着いた。
イヴァンの護衛として後ろに控えている2人の騎士と一緒に、特別な魔力で清めてもらってから神殿に入る。かつてアナスタシアも同じ行動を取ったと思うと不思議な感じだ。でもなぜかその記憶はない。
「これから会う相手は、俺の祖母であり、異世界からの魔力召喚者であり、巫女でもある女性だ。俺が生まれたときには既に神殿に入っていたから、数えるほどしか会ったことはない。」
「!」
歩きながら小声で囁かれた言葉に息を吞む。魔力召喚者? ということはラジウスやわたしと同じような身の上ということ?
まさかそんな相手に面会するとは思っていなかった。自分は特殊な存在だという認識でいたが、この国は意外と同じような人間が普通に暮らしているのかもしれない。
それにしても事前に言ってくれれば聞きたいことを整理してきたのに。その人の国内での立場とか、巫女の役割とか、聞きたいことは沢山あったけど、今さら聞くわけにもいかない。後でまとめて聞こうと心に決めてしずしずと隣を歩く。
長い通路を抜けて通された部屋に入る。中に入った途端、白檀のお香のような、お線香のような、独特の香りがした。
入口に立っている女性から香油を額に塗られてから中へ進む。広い部屋には季節の花々が飾られていた。そのせいなのか、それとも部屋の主の影響なのか、室内は清らかな空気で満たされていた。
「よう、来た。近う。」
イヴァンの祖母と聞いていたが、奥から聞こえてきた声は、思ったよりもかなり若々しい声だった。目の前には紗のカーテンがかかっており、姿は見えない。
ふたり同時に一礼してから、イヴァンに手を取られて前に進む。カーテンが開き、目の前に美しい女性が座っていた。ふたりで女性の前まで歩み寄った。
「アリサ様、お久しぶりです。昨年の祭礼以来ですが、お変わりないようで何よりです。」
イヴァンはそう言いながら、膝をついて礼をした。慌てて私も彼に倣って膝をつく。アリサ様と呼ばれた女性は、「堅苦しいことは無しにしてたもれ」とカラカラと笑った。
そのまま、じいっと顔を見つめられる。目を合わせて失礼かどうかわからないまま彼女の顔をまじまじと見つめると、エメラルドグリーンの瞳はこちらを見ているようで、でも何も映していないことに気づいた。
(ひょっとして、よく見えてない?)
眼球が動いていないということは、ほとんど見えていないのかもしれない。目を逸らせないまま黙っていると、アリサ様は笑みを浮かべて口を開いた。
「さて、そちらの娘は私と同類よのう。今度はいったいどこの国から来たのかえ?」
「へ、あ、東京、日本から来ました。」
あまりに自然に尋ねられたので、思わず口から自然に返事が出てしまい、慌てる。隣のイヴァンは「ニホン?」と怪訝な顔をしている。そりゃそうだ、東京なんて言ったって伝わるんだろうか、と言った後に後悔したが、驚いたことにアリサ様は驚いた様子もなくわたしの言葉を聞いてくれた。
「ニホンは実際に行ったことはないが、かつて友人がおったので知っておるよ。懐かしいことよの。」
「え?? 知ってるんですか?」
まさかの返事に驚愕する。アリサ様は両手でわたしの手を取り、ぽつぽつと話し出した。
「不肖の孫から聞いたかもしれんが、我が国は10年に1度、異世界からの魔力を持った魂のかけらを召喚しておる。我は50年前に儀式を行い、魔力を得た。おそらく今までの中でもっとも新しいもので、2000年頃のエジンバラに住んでいた記憶がある。」
驚きすぎて、なんて相槌を打っていいものかもわからなかった。決して近くはないけれど、知っている場所で、ほぼ同年代を生きた魂だなんて。あれ、でも50年前なのに、2000年の記憶があるって変じゃないか?と疑問に思った。アリサ様はわたしの心を見透かしたように疑問に答える。
「この世界と、おぬしが元いた世界では時間軸が捻じれておる。しかも神の采配か、毎回召喚するたびに、必ず異なる時代、異なる国の魂が引き寄せられる。恐らく、おぬしの依代は我が国の者ではないため、理がずれたのだろうよ。興味深いこと。」
今日はイヴァンと一緒に神殿へ行くことになっているのでルーはお留守番。そう告げると、ルーは明らかに不満そうな顔をした。左耳のイヤーカフに触れるのは不機嫌なときの癖だ。
「えーー、なんで僕は一緒じゃないのさ。いいじゃん、一緒に行ったって。」
今日も安定のわがままぶりに対して、イヴァンは気分を害した様子もなく、咎めもしなかった。他国の皇族に対してこの態度は確実に不敬罪に問われそうだが、そうならないのは2人の関係性ゆえか、それともルーの態度はもうあきらめられているのか。または両方か。
「すまんな、今日は王族とそれに準じる相手以外は対面不可なんだ。かわりにラジウスを置いていくから我慢してくれ。」
「僕で申し訳ありませんが、特別に皇室直轄の薬草園をご案内しますよ。我が国にしかない植物も多数ありますから、きっとお気に召すと思います。」
すまなそうにするイヴァンの隣で、にこにことラジウスが言う。それを聞いて、不機嫌さを隠さなかったルーがぴくりと反応した。興味津々で耳をぴんと張った猫みたいで、ちょっと笑ってしまう。魔術先進国の薬草園なんて魅力的な場所、この機会を逃すわけにはいかないに違いない。
ルーは表面的にはぶすくれた顔をしながら、でもこれ以上は文句を言わなかった。
「絶対にイヴァンと離れちゃダメだよ。早く帰ってきてね。」
子どもみたいなことを言われて、ルーと玄関で別れた。
書類上は婚約者だということもあり、イヴァンとふたり、同じ馬車に乗って移動する。移動中は、わたしの好きなスイーツの話とか、キリル公国の風習とか、たわいもない話に花が咲いた。お互いの興味が似ているだけじゃなくて、イヴァンが上手にわたしの話を聞いてくれたのが大きい。緊張をほぐそうとして明るい話題ばかり選んでいることが窺えた。本当に皇子様とは思えないほど気遣い屋だと思う。
神殿は、遠目から見ても荘厳で、巨大な建物だった。日本の神社みたいなのを想像していたけれど、宮殿レベルの規模感かもしれない。敷地に入って馬車を降りた途端、ほかの場所よりも空気がきれいだと感じたこともあって、神聖な場所だということを実感する。
これだけの建物を建築・維持できるとなると、この国では宗教的な組織が果たす役割が大きいか、または信者数がよほど多いかだろうか。そんなことを考えながら大きな扉の前までたどり着いた。
イヴァンの護衛として後ろに控えている2人の騎士と一緒に、特別な魔力で清めてもらってから神殿に入る。かつてアナスタシアも同じ行動を取ったと思うと不思議な感じだ。でもなぜかその記憶はない。
「これから会う相手は、俺の祖母であり、異世界からの魔力召喚者であり、巫女でもある女性だ。俺が生まれたときには既に神殿に入っていたから、数えるほどしか会ったことはない。」
「!」
歩きながら小声で囁かれた言葉に息を吞む。魔力召喚者? ということはラジウスやわたしと同じような身の上ということ?
まさかそんな相手に面会するとは思っていなかった。自分は特殊な存在だという認識でいたが、この国は意外と同じような人間が普通に暮らしているのかもしれない。
それにしても事前に言ってくれれば聞きたいことを整理してきたのに。その人の国内での立場とか、巫女の役割とか、聞きたいことは沢山あったけど、今さら聞くわけにもいかない。後でまとめて聞こうと心に決めてしずしずと隣を歩く。
長い通路を抜けて通された部屋に入る。中に入った途端、白檀のお香のような、お線香のような、独特の香りがした。
入口に立っている女性から香油を額に塗られてから中へ進む。広い部屋には季節の花々が飾られていた。そのせいなのか、それとも部屋の主の影響なのか、室内は清らかな空気で満たされていた。
「よう、来た。近う。」
イヴァンの祖母と聞いていたが、奥から聞こえてきた声は、思ったよりもかなり若々しい声だった。目の前には紗のカーテンがかかっており、姿は見えない。
ふたり同時に一礼してから、イヴァンに手を取られて前に進む。カーテンが開き、目の前に美しい女性が座っていた。ふたりで女性の前まで歩み寄った。
「アリサ様、お久しぶりです。昨年の祭礼以来ですが、お変わりないようで何よりです。」
イヴァンはそう言いながら、膝をついて礼をした。慌てて私も彼に倣って膝をつく。アリサ様と呼ばれた女性は、「堅苦しいことは無しにしてたもれ」とカラカラと笑った。
そのまま、じいっと顔を見つめられる。目を合わせて失礼かどうかわからないまま彼女の顔をまじまじと見つめると、エメラルドグリーンの瞳はこちらを見ているようで、でも何も映していないことに気づいた。
(ひょっとして、よく見えてない?)
眼球が動いていないということは、ほとんど見えていないのかもしれない。目を逸らせないまま黙っていると、アリサ様は笑みを浮かべて口を開いた。
「さて、そちらの娘は私と同類よのう。今度はいったいどこの国から来たのかえ?」
「へ、あ、東京、日本から来ました。」
あまりに自然に尋ねられたので、思わず口から自然に返事が出てしまい、慌てる。隣のイヴァンは「ニホン?」と怪訝な顔をしている。そりゃそうだ、東京なんて言ったって伝わるんだろうか、と言った後に後悔したが、驚いたことにアリサ様は驚いた様子もなくわたしの言葉を聞いてくれた。
「ニホンは実際に行ったことはないが、かつて友人がおったので知っておるよ。懐かしいことよの。」
「え?? 知ってるんですか?」
まさかの返事に驚愕する。アリサ様は両手でわたしの手を取り、ぽつぽつと話し出した。
「不肖の孫から聞いたかもしれんが、我が国は10年に1度、異世界からの魔力を持った魂のかけらを召喚しておる。我は50年前に儀式を行い、魔力を得た。おそらく今までの中でもっとも新しいもので、2000年頃のエジンバラに住んでいた記憶がある。」
驚きすぎて、なんて相槌を打っていいものかもわからなかった。決して近くはないけれど、知っている場所で、ほぼ同年代を生きた魂だなんて。あれ、でも50年前なのに、2000年の記憶があるって変じゃないか?と疑問に思った。アリサ様はわたしの心を見透かしたように疑問に答える。
「この世界と、おぬしが元いた世界では時間軸が捻じれておる。しかも神の采配か、毎回召喚するたびに、必ず異なる時代、異なる国の魂が引き寄せられる。恐らく、おぬしの依代は我が国の者ではないため、理がずれたのだろうよ。興味深いこと。」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
290
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる