95 / 133
本編
93 ゲームチェンジャーとの邂逅3
しおりを挟む
「アリサ様は、召喚をして他人の魔力、魂を取り込んで・・・よかったと思いますか?」
くちびるが乾く。隣のイヴァンからは心配そうな目が向けられている。アリサ様は、一度まぶたを閉じた後、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「よかった、というよりも、感謝してもしきれないと言ったほうが近いな。我は召喚を行わねば生きてはいけなかった。」
あっさりとした物言いとはうらはらに、辛さを噛み締める彼女の表情からは、その言葉が決して大げさではないことが伝わった。
「アリサ様の場合は、召喚による意識の混濁はなく、純粋に記憶と魔力だけを手に入れられたのでしたよね?」
確認するようにイヴァンが尋ねると、アリサ様はわたしへ視線を向けて頷く。
「通常は皆そうだ。そなたのように召喚された側の意識が依代よりも前面に現れる可能性はゼロではないが、極めてまれだ。依代本人が望まない限り。」
「俺も過去の文献を見たが、今までアナスタシア嬢のような状況に陥った例は見つけられなかった。」
「一度だけ、自死した王を依代に召喚を行った際に同じ状況が起きた。無意識に本人が生きることを拒んだから、召喚された側に主導権が移ったのだと判断された。そのことがあってから、儀式の前に当事者には万が一の可能性を伝えるようにもしている。」
「なるほど。本人の生存欲次第で、意識の主導権が変わるのか。」
淡々と続くふたりの会話は、依代本人が望んだから今の状況が起きたと言っているように聞こえる。それはつまり──
「アナスタシアが、無意識に生きることを拒んだ?」
絶望的な気持ちで言葉が口から洩れる。なんてことだ、セイが聞いたら絶対悲しむ。自分で口にして、自分で落ち込む。
でも、報われない恋に絶望して逃げ出したアナスタシアの記憶は、たしかにそれを裏付けるもので。
イヴァンとアリサ様が同時にこちらを見た。どちらも憐み、心配、そんな表情が浮かぶ。これ以上何も言えず口を閉ざすと、泣いている子供を宥めるかのようなやさしい口調でアリサ様が続けた。
「たしかにその可能性が高いだろう。だがひとつだけ言えるのは、この依代にとって何よりも必要だったのがそなたの魂で、そなたの魂が入ったおかげで救われたはずだ。我と同じように。」
「わたしが必要だった・・・?」
アリサ様が頷く。
「さよう。召喚は無差別ではなく、互いに求め合った魂だからこそ引き寄せられるもの。その依代が渇していたモノをそなたが持っていたから引き寄せられ、受け入れられた。いずれ馴染み、同化していくはずだ。」
言わんとすることは、なんとなくだけど理解できた。
きっとアナスタシアに足りなかったのは「自分に正直になること」。
わたしに足りなかったのは「自分を認めて愛すること」。
欠けたピースが嵌まるように、足りない部分が補われたから今のわたしがある。アナスタシアでもあり、琴音でもある、わたしが。
それにセイにアナスタシアの気持ちを伝えた後に感じた「うまく混じってる」感覚。同化すると言うのは、そのことだろう。あれほど違和感を感じた超絶美少女のこの外見も、いつのまにか受け入れている自分がいる。どんなことにも慣れるものだと我ながら驚いた。
「だから他人のからだだと意固地にならず、受け入れてやれ。」
まるで心を見透かされたような言葉をアリサ様から言われた。
異変に気付いたのは、帰りの馬車内だった。
正直、しばらくはアリサ様の言葉で頭がいっぱいで、周りのことまで気が回っていなかった。せっかく受け取ったアナスタシアの荷物すら忘れそうになったくらいだ。イヴァンに付き添っていた護衛の人に指摘されて慌てて取りに戻るはめになった。
(だめだ、とりあえず頭を整理して、アレクに相談しよう)
なんとなくだけど、セイに相談したくないなと思った。ルーは・・・アナスタシアのことを嫌っていて、あまり相談に乗ってくれない気がする。腹黒とはいえアレクが一番論理的で納得がいく答えをくれる予感がする。
(それに、いちおう共犯者だしね)
とりあえずイヴァンに口止めしよう。あれ、そういえば馬車に乗ってから、一言もしゃべっていない。
行きではあれこれと話をしてくれたイヴァンが、一言も発せずに黙りこくっている。向かいに座る彼に注意を向けると、心なしか呼吸も荒い気がする。顔も赤いかもしれない。
体調でも悪いのかなと思いつつ、とふと彼の手元に目を遣ると、右手で彼自身の左手に爪を立てているのが目に入った。鍛えられた手の甲には無数の爪の後が残り、中には血が滲んでいる場所すらある。
わたしはぎょっとしてイヴァンに声をかけた。
「ちょっと、手! 血が出てる!」
慌てて彼の手に触れようとしたら、顔を上げたイヴァンから乱暴に振り払われた。
くちびるが乾く。隣のイヴァンからは心配そうな目が向けられている。アリサ様は、一度まぶたを閉じた後、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「よかった、というよりも、感謝してもしきれないと言ったほうが近いな。我は召喚を行わねば生きてはいけなかった。」
あっさりとした物言いとはうらはらに、辛さを噛み締める彼女の表情からは、その言葉が決して大げさではないことが伝わった。
「アリサ様の場合は、召喚による意識の混濁はなく、純粋に記憶と魔力だけを手に入れられたのでしたよね?」
確認するようにイヴァンが尋ねると、アリサ様はわたしへ視線を向けて頷く。
「通常は皆そうだ。そなたのように召喚された側の意識が依代よりも前面に現れる可能性はゼロではないが、極めてまれだ。依代本人が望まない限り。」
「俺も過去の文献を見たが、今までアナスタシア嬢のような状況に陥った例は見つけられなかった。」
「一度だけ、自死した王を依代に召喚を行った際に同じ状況が起きた。無意識に本人が生きることを拒んだから、召喚された側に主導権が移ったのだと判断された。そのことがあってから、儀式の前に当事者には万が一の可能性を伝えるようにもしている。」
「なるほど。本人の生存欲次第で、意識の主導権が変わるのか。」
淡々と続くふたりの会話は、依代本人が望んだから今の状況が起きたと言っているように聞こえる。それはつまり──
「アナスタシアが、無意識に生きることを拒んだ?」
絶望的な気持ちで言葉が口から洩れる。なんてことだ、セイが聞いたら絶対悲しむ。自分で口にして、自分で落ち込む。
でも、報われない恋に絶望して逃げ出したアナスタシアの記憶は、たしかにそれを裏付けるもので。
イヴァンとアリサ様が同時にこちらを見た。どちらも憐み、心配、そんな表情が浮かぶ。これ以上何も言えず口を閉ざすと、泣いている子供を宥めるかのようなやさしい口調でアリサ様が続けた。
「たしかにその可能性が高いだろう。だがひとつだけ言えるのは、この依代にとって何よりも必要だったのがそなたの魂で、そなたの魂が入ったおかげで救われたはずだ。我と同じように。」
「わたしが必要だった・・・?」
アリサ様が頷く。
「さよう。召喚は無差別ではなく、互いに求め合った魂だからこそ引き寄せられるもの。その依代が渇していたモノをそなたが持っていたから引き寄せられ、受け入れられた。いずれ馴染み、同化していくはずだ。」
言わんとすることは、なんとなくだけど理解できた。
きっとアナスタシアに足りなかったのは「自分に正直になること」。
わたしに足りなかったのは「自分を認めて愛すること」。
欠けたピースが嵌まるように、足りない部分が補われたから今のわたしがある。アナスタシアでもあり、琴音でもある、わたしが。
それにセイにアナスタシアの気持ちを伝えた後に感じた「うまく混じってる」感覚。同化すると言うのは、そのことだろう。あれほど違和感を感じた超絶美少女のこの外見も、いつのまにか受け入れている自分がいる。どんなことにも慣れるものだと我ながら驚いた。
「だから他人のからだだと意固地にならず、受け入れてやれ。」
まるで心を見透かされたような言葉をアリサ様から言われた。
異変に気付いたのは、帰りの馬車内だった。
正直、しばらくはアリサ様の言葉で頭がいっぱいで、周りのことまで気が回っていなかった。せっかく受け取ったアナスタシアの荷物すら忘れそうになったくらいだ。イヴァンに付き添っていた護衛の人に指摘されて慌てて取りに戻るはめになった。
(だめだ、とりあえず頭を整理して、アレクに相談しよう)
なんとなくだけど、セイに相談したくないなと思った。ルーは・・・アナスタシアのことを嫌っていて、あまり相談に乗ってくれない気がする。腹黒とはいえアレクが一番論理的で納得がいく答えをくれる予感がする。
(それに、いちおう共犯者だしね)
とりあえずイヴァンに口止めしよう。あれ、そういえば馬車に乗ってから、一言もしゃべっていない。
行きではあれこれと話をしてくれたイヴァンが、一言も発せずに黙りこくっている。向かいに座る彼に注意を向けると、心なしか呼吸も荒い気がする。顔も赤いかもしれない。
体調でも悪いのかなと思いつつ、とふと彼の手元に目を遣ると、右手で彼自身の左手に爪を立てているのが目に入った。鍛えられた手の甲には無数の爪の後が残り、中には血が滲んでいる場所すらある。
わたしはぎょっとしてイヴァンに声をかけた。
「ちょっと、手! 血が出てる!」
慌てて彼の手に触れようとしたら、顔を上げたイヴァンから乱暴に振り払われた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
290
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる