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本編
111 彼女のハジメテ2 【sideルー】
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「ふふ、いつまでもルーのこと独占してたら怒られるからね。」
シアの言葉は、うれしくて、うれしくない。
もっとわがままを言っても許されるのに。僕は、いつも自分の気持ちを飲み込んでしまう彼女がもどかしかった。
ほしいものも、したいことも飲み込んで、周囲の空気を読んで行動する。優等生だけど、そんなふうにがまんしてほしくはない。
(『戻りたい』って、言ってほしいのに)
でも、それができないのがシアだと知っている僕は、それ以上何も言えなかった。
代わりに、せめて彼女を喜ばせたいと思って話題を変える。
「これ、できたから持って来たんだ。」
足元に置いておいた袋から箱を取り出して渡すと、シアの顔がみるみる笑顔になった。想像以上の反応に目を瞠る。
「すごい、プリザーブドフラワーみたい。すごく素敵、ありがとう!」
(うわ、持ってきてよかった)
僕が持ってきたのは、直径20センチくらいのガラスケースだ。中には特殊な溶液に付け込んで水分を抜いたガーベラが入っている。イヴァンからもらった花束を保存したいという希望を聞いて僕が作ったものだ。
正直、他の男からの贈り物なんて取っておきたくなかったけれど、こんなに喜んでくれるんなら、やってよかった。実はこの溶剤は、魔術材料になる魔獣の素材を保存するためのものだけど、そのへんのことは言わなくていいやと思う。
「はい、これもあげる。」
満足した僕は、次に無色透明の液体が入った瓶を手渡した。
「ありがとう・・・これは?」
「数滴で即死確実な毒薬。無色透明だし、ぜったい足がつかないからおすすめだよ。」
「・・・・・はい?」
「こんな実用的な贈り物をもらったのは、はじめてでしょ?」
「──たしかに、こんな物騒なものもらったのは、はじめてだけど・・・」
自信を持っておすすめしたのに、シアは微妙な反応だった。おかしいな、もっと喜んでくれると思ったのに。わけがわからなくなって、口から言葉が零れ出る。
「だって・・・ずるい。」
シアがきょとんとした目をしている。こんなこと言うと子どもみたいだけど、言わずにはいられなかった。
「僕だってシアのはじめてがほしい。あんな花をあげたくらいで、イヴァンがシアの「はじめて」になるのは納得がいかない。」
僕が言っているのは、あの日、キリル公国でイヴァンと別れたとき。花束を受け取ったシアは「男性から花をはじめてもらった」と言ったことだ。根に持つのも情けないとは思いながら、じくじくと心の奥で悔しく思っていた。
言わんとすることがわかったのか、シアはふんわり笑って、僕の手を両手で包んだ。
「わたしが自分から好きだって伝えたのは、ルーがはじめてなんだけど・・・それじゃ、だめ?」
「・・・だめ・・・じゃない。」
シアのとっておきの告白に対して、僕は俯いて答えた。
そんなふうに言われたら、これ以上言えなくなってしまう。ずるい。しかも、自分は特別じゃないかと思ってしまうじゃないか。期待させてるって、わかってるのかな。
・・・いや、絶対わかってないだろうな。
ちらりと発言の主に目をやると、両手で自分の頬に触れながら自嘲気味につぶやいた。
「まあ、今はこんな美人さんだから言えるっていうのもあるんだけどね。元の自分のままだったら、きっとルーに好きなんて言えなかったと思う。」
「んもう、まだそんなこと言ってるの?」
何度言っても聞いてくれないことに呆れながら、僕は立ち上がってシアを立たせ、ぎゅっと手を握った。僕の気持ちが伝わればいいと思いながら。
「あ・の・ね、僕は元のアナスタシア嬢には、まったく心惹かれなかったよ。いまのシアが、好きなんだよ。わかってる?」
少しだけかがんで、上目遣いでじっとシアの顔を見つめると、シアは目に見えて顔が赤くなった。視線を逸らそうとするの無言で拒絶する。
(なんでわかってくれないんだろう)
どんなに外見が美しくても、打算ずくで近寄ってくる人間は嫌いだ。シアみたいに、全力で僕のことを信頼して、好意を寄せてくれる相手がいい。もちろん彼女が持つ異世界の魔力は魅力的だし、女神のような美しい姿はいつ見てもうっとりするけど、それはまた別の話だ。
それに造作は同じでも、話し方や表情がまったく違うから、元のアナスタシア嬢とシアはとても同一人物には見えない。くるくる変わる表情や、くったくのない笑顔は、おそらく元のコトネのものなのだろう。そして僕が惹かれたのは、彼女の素直な表情だった。
たまらなくなって、僕はシアのくちびるをぺろりと舐めた。
瞬間、びくっとシアのからだが強張る。素直な彼女が考えるであろうことなんて、手に取るようにわかる。きっとアレクの妃として入った後宮で僕といちゃいちゃするのに罪悪感を感じているに違いない。
そんな必要ないのに。
僕はシアが拒否しないのをいいことに、柔いからだを軽く抱き寄せた。抵抗もなく、ぽすんと僕の腕の中に納まる。全身が緊張していて、今の状況に戸惑っているのがわかった。
そっとキスすると、はふ、と待ちわびたようにシアの口から息が漏れる。その隙に舌を入れ、彼女の舌をやさしくなぞった。
腕の中の彼女が、快感に身を震わせる。力が抜けて僕に体重を預けはじめた。キスだけで気持ちよくなってくれていることがわかってたまらない。まだ魔力も流していないのに、こんなに感じてくれるなんて。
もっともっと蕩かせたいと欲が出た。
(もっとしていいかな、いいよね、別に)
そう思って、彼女のワンピースを脱がそうとしたタイミングで、目の前の空気が震える。転移の気配だ。
そうして、僕たちの前に立ったのは、案の定いま一番会いたくない人物だった。
「・・・ねえ、これってわざと?」
最大級の不機嫌さを滲ませて僕が尋ねる。言われた相手は僕の怒りなど気にもしない風情で、天使のような笑みを見せた。
「やだなー、偶然だってば。気にしないで続けていいよ。最近、他人の行為を見学するのが気に入っちゃってねー。」
「観察、のまちがいじゃ・・・」
恥ずかしさからか真っ赤な顔でつぶやくシアに、「はは、そうかも」という能天気なアレクの声が重なった。
シアの言葉は、うれしくて、うれしくない。
もっとわがままを言っても許されるのに。僕は、いつも自分の気持ちを飲み込んでしまう彼女がもどかしかった。
ほしいものも、したいことも飲み込んで、周囲の空気を読んで行動する。優等生だけど、そんなふうにがまんしてほしくはない。
(『戻りたい』って、言ってほしいのに)
でも、それができないのがシアだと知っている僕は、それ以上何も言えなかった。
代わりに、せめて彼女を喜ばせたいと思って話題を変える。
「これ、できたから持って来たんだ。」
足元に置いておいた袋から箱を取り出して渡すと、シアの顔がみるみる笑顔になった。想像以上の反応に目を瞠る。
「すごい、プリザーブドフラワーみたい。すごく素敵、ありがとう!」
(うわ、持ってきてよかった)
僕が持ってきたのは、直径20センチくらいのガラスケースだ。中には特殊な溶液に付け込んで水分を抜いたガーベラが入っている。イヴァンからもらった花束を保存したいという希望を聞いて僕が作ったものだ。
正直、他の男からの贈り物なんて取っておきたくなかったけれど、こんなに喜んでくれるんなら、やってよかった。実はこの溶剤は、魔術材料になる魔獣の素材を保存するためのものだけど、そのへんのことは言わなくていいやと思う。
「はい、これもあげる。」
満足した僕は、次に無色透明の液体が入った瓶を手渡した。
「ありがとう・・・これは?」
「数滴で即死確実な毒薬。無色透明だし、ぜったい足がつかないからおすすめだよ。」
「・・・・・はい?」
「こんな実用的な贈り物をもらったのは、はじめてでしょ?」
「──たしかに、こんな物騒なものもらったのは、はじめてだけど・・・」
自信を持っておすすめしたのに、シアは微妙な反応だった。おかしいな、もっと喜んでくれると思ったのに。わけがわからなくなって、口から言葉が零れ出る。
「だって・・・ずるい。」
シアがきょとんとした目をしている。こんなこと言うと子どもみたいだけど、言わずにはいられなかった。
「僕だってシアのはじめてがほしい。あんな花をあげたくらいで、イヴァンがシアの「はじめて」になるのは納得がいかない。」
僕が言っているのは、あの日、キリル公国でイヴァンと別れたとき。花束を受け取ったシアは「男性から花をはじめてもらった」と言ったことだ。根に持つのも情けないとは思いながら、じくじくと心の奥で悔しく思っていた。
言わんとすることがわかったのか、シアはふんわり笑って、僕の手を両手で包んだ。
「わたしが自分から好きだって伝えたのは、ルーがはじめてなんだけど・・・それじゃ、だめ?」
「・・・だめ・・・じゃない。」
シアのとっておきの告白に対して、僕は俯いて答えた。
そんなふうに言われたら、これ以上言えなくなってしまう。ずるい。しかも、自分は特別じゃないかと思ってしまうじゃないか。期待させてるって、わかってるのかな。
・・・いや、絶対わかってないだろうな。
ちらりと発言の主に目をやると、両手で自分の頬に触れながら自嘲気味につぶやいた。
「まあ、今はこんな美人さんだから言えるっていうのもあるんだけどね。元の自分のままだったら、きっとルーに好きなんて言えなかったと思う。」
「んもう、まだそんなこと言ってるの?」
何度言っても聞いてくれないことに呆れながら、僕は立ち上がってシアを立たせ、ぎゅっと手を握った。僕の気持ちが伝わればいいと思いながら。
「あ・の・ね、僕は元のアナスタシア嬢には、まったく心惹かれなかったよ。いまのシアが、好きなんだよ。わかってる?」
少しだけかがんで、上目遣いでじっとシアの顔を見つめると、シアは目に見えて顔が赤くなった。視線を逸らそうとするの無言で拒絶する。
(なんでわかってくれないんだろう)
どんなに外見が美しくても、打算ずくで近寄ってくる人間は嫌いだ。シアみたいに、全力で僕のことを信頼して、好意を寄せてくれる相手がいい。もちろん彼女が持つ異世界の魔力は魅力的だし、女神のような美しい姿はいつ見てもうっとりするけど、それはまた別の話だ。
それに造作は同じでも、話し方や表情がまったく違うから、元のアナスタシア嬢とシアはとても同一人物には見えない。くるくる変わる表情や、くったくのない笑顔は、おそらく元のコトネのものなのだろう。そして僕が惹かれたのは、彼女の素直な表情だった。
たまらなくなって、僕はシアのくちびるをぺろりと舐めた。
瞬間、びくっとシアのからだが強張る。素直な彼女が考えるであろうことなんて、手に取るようにわかる。きっとアレクの妃として入った後宮で僕といちゃいちゃするのに罪悪感を感じているに違いない。
そんな必要ないのに。
僕はシアが拒否しないのをいいことに、柔いからだを軽く抱き寄せた。抵抗もなく、ぽすんと僕の腕の中に納まる。全身が緊張していて、今の状況に戸惑っているのがわかった。
そっとキスすると、はふ、と待ちわびたようにシアの口から息が漏れる。その隙に舌を入れ、彼女の舌をやさしくなぞった。
腕の中の彼女が、快感に身を震わせる。力が抜けて僕に体重を預けはじめた。キスだけで気持ちよくなってくれていることがわかってたまらない。まだ魔力も流していないのに、こんなに感じてくれるなんて。
もっともっと蕩かせたいと欲が出た。
(もっとしていいかな、いいよね、別に)
そう思って、彼女のワンピースを脱がそうとしたタイミングで、目の前の空気が震える。転移の気配だ。
そうして、僕たちの前に立ったのは、案の定いま一番会いたくない人物だった。
「・・・ねえ、これってわざと?」
最大級の不機嫌さを滲ませて僕が尋ねる。言われた相手は僕の怒りなど気にもしない風情で、天使のような笑みを見せた。
「やだなー、偶然だってば。気にしないで続けていいよ。最近、他人の行為を見学するのが気に入っちゃってねー。」
「観察、のまちがいじゃ・・・」
恥ずかしさからか真っ赤な顔でつぶやくシアに、「はは、そうかも」という能天気なアレクの声が重なった。
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