僕は美女だったらしい

寺蔵

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<ただ、幸せなだけの日常>

 目を覚ました時、僕は八鬼の胸を背もたれにして、暖かなお湯の張られた浴槽に身を沈めていた。

「起きたか」
「八鬼……?」

 一瞬どこか判らなかった。
 ここは、寮の僕の部屋じゃなく八鬼の部屋だったっけ。

 僕みたいな一般人が使う部屋とは違い、八鬼の部屋は特別室でキッチンとトイレ、そしてお風呂まで完備してあった。

 浴槽は身長が百九十に届く八鬼でもゆっくり入れるぐらいに大きい。
 体勢を変えて八鬼の胸に擦り寄ると、優しく撫でて、スポンジで体を洗ってくれた。

 このお風呂は、いわゆる日本式のお風呂じゃなくて、浴槽の中で全部済ませるスタイルのお風呂だ。
 湯船で洗うのは当然なんだけど何だか違和感がある。
 いや、洗うのに違和感があるんじゃなくて、八鬼が優しく洗ってくれるのが違和感なのかもしれない。

 お父さんにもお母さんにも優しくしてもらえなかった僕なんかを、こんな大事に扱ってくれる人がいるなんて。
 体が洗い終わると次は髪だ。頭を揉むようにシャンプーして、コンディショナーまで付けてくれた。
 八鬼が僕用にと用意してくれた甘い香りのコンディショナーだった。
 リラックスできるアロマ効果もあるらしい。

「いい匂い……」
「だな。美味そうな匂いだ」

 八鬼がくくって笑う。
 僕もなんだか楽しくなって背中を八鬼の胸にぶつけた。

「八鬼の体って傷だらけだね……」

 腕の傷に指先だけでそっと触れる。
 八鬼の体にはざっと見るだけでも肩に胸にお腹にといくつも裂傷がある。
 喧嘩なんかしたこともない僕には、何が起こったらこんなに傷がついてしまうのか想像もつかない。
 痛いかもしれないから、触れるか触れないかぐらいの軽さで傷跡を撫でた。

「八鬼が痛い思いするのは嫌だ……」

 ぴく、って八鬼が肩を揺らして僕を引き寄せた。
 なんだか表情が険しい。

「何?」
「お前はマジで馬鹿か」

 どうして。

「こんだけ痛い思いさせた男相手にアホなことぬかしてんじゃねーよ」

 八鬼が掴んだ僕の手にはうっすらと青く浮かぶ痣があった。
 出会ったばかりの頃、無理やり押さえつけられてた時についたものだ。

「これは昔の話だから関係無いよ」
「有るだろうが。とにかく俺を心配すんのやめろ。クソ、今まで過去を後悔した事なんて無かったっつーのに……一ヶ月前に戻りてぇ」

 本気で後悔したみたいに言うから笑ってしまった。

「笑ってんじゃねーよ」
「だって、今日も首の後ろに思いっきり噛み付いたくせに、そんな前のこと言うなんて」
「それはいいんだよ。マーキングだからな」

「マーキング? ってどういう意味?」
「俺のモンって印」

 八鬼の物……?
 嬉しくてまた顔がにやけてしまう。

 八鬼は歯型に触りながら、コンディショナーをシャワーで洗い流してくれた。
 髪を滑る指の感触が気持ちいい。
 優しく扱ってくれる八鬼に擦り寄る。

「なに甘えてんだよ」

 ――甘え?

 その単語が脳内に走った途端、『男が甘えるなみっともない!!』って怒鳴るお父さんの姿がフラッシュバックした。
 甘えちゃ駄目だ、僕は、男なんだから……!

「――――!!」

 バチンって脳内に電撃が走った。

 八鬼に呆れられる。
 みっともないって罵られる。
 怒られて、怒鳴られて、気持ち悪がられる……!

「――そ――そうだよね、お父さんも言ってた、男が甘えるなんて気持ち悪いって。こんな、大事に扱ってくれる人が始めてで……つい、甘えてごめん、その、今度からは自分で後始末するから――」

 立ち上がろうとしたんだけど、腕を引っ張られて八鬼の胸に倒れ込んだ。

「またお父さんかよ。諦めろっつったろ。変に頑張ろうとすんな。俺もお前に甘えてるんだからお前も俺に甘えろ」

「八鬼が……僕に、甘えてる……!? ど、こが?」
「これも」

 八鬼が僕の首の後ろをなでた。そこにあるのは八鬼の歯型だ。

「これも」
 続いて、僕の手首にある痣をなでる。
「俺がお前に甘えてるから傷つけてるんだよ。お前が俺に甘えて、俺がお前に甘えて、おあいこだろ」
「――――」

「体に傷を付ける俺の甘えに比べたら、お前の甘えなんて無いようなもんだ。もっと甘えてこい」
「ひ……、や……!」
「うっせ。暴れんな」
 指が中まで入ってきて、中に入ってた精液も全部掻きだした。処理が終わると僕の額にキスをくれた。

「俺が甘えてる分、お前も甘やかしたい」

「でも、みっともない、」

「あぁ? お前に甘える俺もみっともねーっつーのか?」
「や、八鬼は、ちが」

「ならお前も違うだろ。両親に言われたことは全部忘れろ。俺の話だけ聞いてろ」

 八鬼に噛み付くようなキスをされた。

 体から力が抜けて八鬼にもたれかかる。

 ここに両親は居ない。僕を大事にしてくれる人しか居ない。
 自分を押さえつけて感情を殺す必要はない。
 なんだかひどく安心して、じわりと目の奥が熱くなった。


☆☆☆☆☆


「また、明日」

 パジャマ変わりにしている服に着替え、腰が抜けてふら付きながらもドアに手をかける。
 この部屋は僕の部屋の二倍の広さがあるけど二人部屋ではなく個室だった。当然ベッドも一つしか無い。

「あ? どこ行くんだよ」
 八鬼が一気に不機嫌な顔になる。

「自分の部屋に戻るよ?」

「何のために」
「寝るために決まってるだろ。ここ、ベッド一つしかないもん」

「一緒に寝りゃいいだろ。ベッドだってダブルだぞ」

 え!?

「い、いいの!?」
「あぁ」

 八鬼がシーツ変えてくれたベッドに乗る。
 ここはドラム式の洗濯機まで完備してある。八鬼はシーツを突っ込むと僕の隣に入って来た。ぎゅって背中から抱き締められる。

 これ好きだ。気持ちいい。

「八鬼って、ベタベタするの嫌いだと思ってた」

 布団の中で幸せな気分で呟く。
 こんなにくっついてくれる人だなんて予想さえしてなかった。
 暖かくて気持ちいい。

「嫌いだよ。あちーしウゼーし」

 八鬼の突き放した返事に背筋が冷えた。
「な、なら、部屋に戻るよ」

 こんなにくっついてたら八鬼からウザがられてしまう。捨てられてしまう。焦って体を起こした。

「お前は別」
 起き上がろうとした体を布団に引っ張りこまれる。

「お前は……目を離したら消えそうだから傍にいろ」
「…………」

 僕は消えたりしないよ。八鬼が傍に居てくれる限り。
 でも、そう言ってもらえるのが嬉しい。

 暖かい腕の中で目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。
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